『花火』



「あー、そっか、今日は花火大会の日だったか」
夕食後、何を見るでもなく新聞を眺めていた俺の目に飛び込んできたのは『未遠川花火大会』の文字。何で朝に見たときに気付かなかったんだろう。
「花火大会?」
「おう。いつもなら朝から藤ねえが煩いくらいに言ってくるからすぐに分かったんだけど、今年は合宿でいないから気付かなかった」
弓道部顧問の藤ねえと、同じく弓道部新主将に指名された桜は二日前からの合宿で冬木の街を離れている。その二人がいないのいいことに遠坂は二日前から衛宮邸に泊まり込んでいる。とはいったものの、迷惑なのかというとそうではなく、むしろ歓迎している。俺と遠坂はその、恋人同士だから誰にも文句は言わせないぞ。
「その、さ。良かったら今から一緒に行かないか?」
「――――え」
遠坂が驚いた。まさか俺が自分からそんな誘いを掛けてくるとは思わなかったのだろう。
「あ、いや、遠坂さえ良ければ、なんだけど……出来れば一緒に行きたいというか何というか……」
「うん、いいわよ。花火大会、一緒に行きましょ。士郎から誘ってくれるなんて嬉しいわ。着替えてくるからちょっと待っててね」
「お、おう。俺もその間に準備してくるよ」
今度は俺が驚かされた。遠坂が予想以上にあっさりと承諾してくれたからだ。あら、衛宮くんから誘ってくれるなんて珍しいわね、と皮肉っぽく言った後で仕方無さそうに、行ってあげるから感謝しなさい、とか言われるんじゃないかと戦々恐々したのは心にそっと仕舞っておこう。
「ええ、たぶん士郎の方が早いでしょうから玄関で待っててね」
「ん、分かった」
遠坂の笑顔に笑顔で答えてそれぞれの部屋へ向かう。
「財布も持ったし、こんなところかな」
得てして男の身支度とは簡単なものだ。これが慎二当たりだと違うのかもしれないけどな。
「……まぁ、そうだろうなぁ」
俺が身支度を整えて玄関へ来たとき、果たして遠坂はまだ来ていなかった。ま、自分でそう言ってたんだからおかしくはないか。それに、藤ねえや桜もいつも準備には時間が掛かるからな。
「あー、なんだろ。なんだか緊張してきたな」
靴を履いて、そのまま三和土に腰を下ろして待っているとドキドキしてきた。遠坂と二人きりで出掛けるだといつもそうだ。これも惚れた弱みかなぁ。
「お待たせ」
物思いに耽っているとパタパタと遠坂がスリッパを鳴らしながら小走りでやってきた。
「そんなに急ぐと危ないぞ。今朝ワックス掛けたばっかでまだ滑るからゆっくり来ないと……」
「へーきへーき……って、きゃぁ!?」
どたん。
「イタタ……」
「あー、だから言わんこっちゃない。ほら、大丈夫か?」
床に打ち付けた腰を摩っている遠坂を助け起こす。
「ありがと。次からは気をつけるわ。さ、行きましょう?」
いつものことだけど、切り替えの早い奴だなぁ。うーん、さすがは遠坂ってとこか。

「うわ、今年も多いな」
途中の道から人が増えてきたとは思ったけど、こんなに多いとは思わなかった。聖杯戦争中のデートで昼飯を食べた辺りなんか足の踏み場も無さそうだ。
「ねぇ、毎年こんなに大勢の人が来るの?」
「うーん、今年はいつもよりも多いんじゃないかな。去年とかはもう少し土手に余裕があったはずだ」
「ふーん、わたしはこういうところに来るのは初めてだからよく分からないけど、士郎がそう言うならそうなんだ」
「ええっ!? 遠坂、初めてなのか?」
ボカッ。
「馬鹿、声がでかい」
「イテテ……すまん、俺の配慮が足りなかった。まさか初めてだなんて思わなかったから」
グーで殴られた。いや、悪いのは俺なんだから、ガンドが飛んで来なかっただけマシか。
「ふん。わたしは遠坂なんだから。お父様がいなくなってからもずっと一人で頑張ってきたのよ」
「あ……ごめん。俺、遠坂の気持ちとかそういうの全然考えてなかった。本当に、ごめん」
「いいわよ、別に。わたしだってそれが嫌だったわけでもないし。それにほら、これからはその、士郎がいるんだし」
「……お前さ、ときどきとんでもなく恥ずかしいことさらっと言うよな」
シリアスな雰囲気から一転して恥ずかしさで一気に顔が赤くなってしまう。
「煩い、わたしだって恥ずかしいんだから。でも、嘘は言ってないつもりよ」
遠坂も顔が赤い。それでもなんとか顔を背けずに目を合わせるとにこ、と微笑んでくれた。
「よ、よし、いくぞっ」
「あ、こら、待ちなさいよ」
遠坂の手を掴んで歩き出す。遠坂は文句を言いながらも手を振り払おうとはしなかった。
「ちょっと士郎、いつまで手、握ってるつもり?」
「最後までかな。ほら、人が多いだろ? はぐれたりしたら嫌だからさ……」
……ほんとは違うけどな。いや、違わないけどそれだけじゃないってとこか。
「ほんと?」
ぐ、そんな目で見られると……。
「ねぇ、ほんとにそれだけなの?」
「うぅ……遠坂と手をつなぎたかったんだよ。どうだ、これで満足か」
恥ずかしくて遠坂と目を合わせることが出来ない。きっと俺の顔は茹蛸よりも真っ赤だろう。
「ん、満足。あ、士郎、たこ焼き食べたいな。ね、買ってもいい?」
「たこ焼き? いいけど、自分で金払えよ。俺は家の食費だけで手一杯だから余裕なんてこれっぽっちもないぞ」
土手の上の方の遊歩道には沢山の露店がある。遠坂はその中のひとつ、たこ焼き屋に目をつけたらしい。
「分かってるわよ。それくらい自分で払うから心配しないで」
それは助かるんだけど、よく考えて見ると男としてはちょっと情けないかも。でも、余裕がないのは本当だ。なんせ、大食らいの虎がいるからな。
「……すまん」
「気にしなくてもいいわよ。責任の一端はわたしもあるんだから。あ、すいませーん。たこ焼きひとつ」
……だったらせめて食費くらい入れてくれ。

「あつ、あつ、はふはふ……あー、やっぱタたこ焼きは焼きたてだわ、美味しい」
「そりゃよかったな」
俺たちは土手の斜面のやや上の方に腰を下ろしていた。遠坂は焼きたてのたこ焼きを美味そうに頬張っている。わざわざおっちゃんに新しく焼かせたものだ。
「何、士郎も食べたいの?」
俺、そんな顔したかな?
「いいわよ、あげる。はい、あーん」
「…………」
ま、いいかと言われた通りに口を開けると、あつあつのたこ焼きが放り込まれた。
「はふっ、はふっ……」
むぐむぐと咀嚼する。お、このたこ焼きはタコがでかいな、いい店だ。たまにタコの入ってないただの『焼き』になってるやつがある店もあるからな。
「あー、美味かった。さんきゅ、遠坂。たこ焼きは焼きたてが一番だな」
「あ、士郎もそう思う?」
こういうのは焼きたてに限るのよねー、と遠坂は二本の楊枝を使って口に運ぶ。知ってる人は知ってると思うが、たこ焼きに楊枝が二本ついてるのは二人で食べるためじゃなくて遠坂がやってるようにたこ焼きを崩さないで食べるためだぞ。

ひゅ〜…………ど〜〜ん。
「お、始まったみたいだな」
結局遠坂は俺に先の一個だけを与えると残りは全部自分で食べてしまった。空になったパックを脇に退けて、他愛もないお喋りをしていると開始の合図となる一発目が打ち上げられた。
ひゅ〜…………ど〜〜ん。
「わ、結構お腹に響くのね。びっくりしちゃった」
「そうか? だったら驚くのはまだ早いぞ。最後の方にはもっとでかいのがあるから」
確かに遠坂の言う通り打ち上げ花火の炸裂音は腹に響く。俺は迫力があるから結構好きなんだけどな。
ひゅ〜…………ど〜〜ん。
「ね、士郎、あの玉屋とか鍵屋って何?」
「え、ああ、あれか。へぇ、遠坂でも知らないことってあるんだ」
少し離れたところで、俺たちと同じような年頃の男女がたまや、かぎやと声を上げていた。
「……何よ、わたしが知らないのがそんなに可笑しいわけ?」
「うぇ!? そそそ、そんなこと、誰も言ってないだろ」
いや、驚いた。さっきのカップルを見てて頬が緩んでいたらしい。それが遠坂に誤解を与えてしまったようだ。
「じゃあ何で笑ってたのよ」
うわ、すっげぇ不機嫌そう。少しでも誤魔化そうとしたらすぐにばれそうだし、かといって本当のこというのも恥ずかしいしなぁ。
「ふーん、そういう態度取るんだ、衛宮くん」
あくまだ。あかいあくまがここにいる。ならば俺に出来ることはただ一つ。
「ゴメンナサイ」
謝る、だ。遠坂凛に馬鹿になっちまうくらいに惚れている衛宮士郎には彼女に勝つことなどできやしない。出来ることといったら最後の悪あがきくらいだ。
「でも、遠坂を笑ったわけじゃないから。俺だってたまたま雷画じーさんから聞いて知ってただけだし」
「……じゃあ、なんで笑ってたのよ」
「どうしても、言わなきゃダメか?」
「だめ。言わないと許さないんだから」
うう……あかいあくまは理不尽だ。せっかく空には色とりどりの大輪の花が咲いてるって言うのに、それに見向きもしないで俺を睨みつけるなんて。
「あっち。ほら、俺たちと同じくらいのカップルがいるだろ。なんていうか、凄く仲が良さ気で微笑ましかったから」
「ふーん。衛宮くん、恋人のわたしを差し置いて他の子見てたんだ」
「え?」
もしかしておれ、墓穴掘りました?
「士郎の馬鹿。あんたの恋人は私でしょ? だったらわたしだけ見てよ」
「うん、ごめん。そうやって拗ねた遠坂も可愛いよ」
たこ焼きを食べるときに離れて、体を支えていた手を重ねてみた。
「……ばか」
「うん、俺、ばか。だけど、遠坂のこと本当に好きだから」
「……ばか」
いつの間にか遠坂の体は俺にぴったりと寄り添っていて、体重をこっちに預けてきた。何て言うんだろう、これも幸せの重みってヤツなのかな。
「遠坂」
「なに?」
どーーーーーーーーん。
「――――――――」
「ん、士郎、何て言った?」
「……秘密。どうせ大したことじゃないし」
どうやら俺の言葉は一際大きい花火の炸裂音に掻き消されて遠坂には聞こえなかったらしい。ま、こればかりは仕方ないかな。一番でかい奴だったし。気にしないでおこう。
「ふーん、そう。ならいいけど」
遠坂も気にしないでくれた。正直、助かった。恥ずかしいから何回も言える内容じゃない。
「そろそろ帰るか」
立ち上がってぱんぱんとズボンを払う。それから遠坂に手を差し出す。
「あら、ありがと」
俺の手を取って立ち上がった遠坂もスカートの汚れを払う。ゴミはきちんとゴミ箱へ捨てた。花火の終了を告げる放送を背にゆっくりと帰路に着く。もちろん、握った手は離さない。
「あー楽しかった。士郎、誘ってくれてありがとうね」
にっこりと笑顔を見せてくれる遠坂。来年からしばらくは倫敦だけど、またいつか一緒に来れたらいいな。

例によってどこかへ投稿するときだけのあとがき
ども、須木透言います。たまにトールです。最近使ってませんが。
というか、Fateでは士×凛が一番だと言いたいだけです。
これを読んでくれた皆様、3票のうち1票を士×凛に入れちゃってくださるとうれしいな、とか言ってみる。
あとがき使い回しでゴメンナサイ。


魔術師のお礼状

うん、バカップル乾杯!
すっごいバカップルです、しかも強烈ストレートに。
好い意味で捻りも意外性も無いくらいストレートに二人がいちゃついてます。

書き手の愛が綴られてるなぁ。

士郎君は一体何を言ったんでしょうね。

「結婚しよう」かな?
「幸せだな」かな?
「・・・あくま」とかだったら凄いっす、間違いなくそう何度もいえない台詞です、命に関わるからね。

さてさて、人気投票も残すところあと一週間!
最後に笑うのは・・・誰だ!?

追伸
感想よろしくどーーぞ




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