これは、第五回他力本願寺優勝記念SSです。


a garden flooded with moonlight


気持ちの良い夜だった。

雲ひとつない空は、星々が競うように瞬き、真円を描く月はその星達を従えて、夜の闇を一際明るく世界を照らす。
地上を見れば、銀色に世界を染め上げる月光は何処までも優しく、揺り篭で眠る世界を見守っていた。
世界中が眠りに着いているそんな時間だ。
四角く切り取られたそんな夜の風景画を、月村忍は一人で眺めていた。

額縁の外側を見てみたくなって、閉じられた窓に手を伸ばし、一瞬躊躇した。
傍らで安らかな寝息を立てる恭也の眠りを妨げたくなかったからだ。
いつもの雰囲気とは裏腹に、年相応の、いや寝顔だけ見たらとても年上とは思えないくらい幼く見える、安らかな寝顔は彼女の宝物だった。

彼の周りには多くの少女が居り、忍が彼に出会ったのは一番最後だった。

彼は彼女達の、良き兄であり、良き弟であり、良き友人であった。
そして勿論、彼女にとっても人生で最初に出来た、心許せる友であったのだが。
心許せる友から、それ以上の感情を抱くのにさして時間は必要としなかった。
そして、忍の不器用な想いに彼もまた応えてくれたのだ。

だから、彼の寝顔を見ることが出来るのは、彼女だけの特権、それ故に、それは彼女の宝物だったのだ。

彼の眠りを妨げないように、そっと窓を開き、四角く切り取られた世界を広げる。

木々を渡る風は優しく、夜風が彼女の長い髪を揺らしていく。
世界を銀に染め上げる月が、あまりにも大きくて、手を伸ばせば触れられそうだ。

「・・・なんてね」

掴もうと手を伸ばす。
届くわけないと、聡明な彼女は知っているけれど。
それでも、と思った。
もしかしたら、と考えた。

何故なら彼女は、かつて一度それを掴むことができたのだから。

「・・・ん・・・、忍、どうしたんだ?」

見てるだけで良かった、側に居られれば良いと、そんな想いで眺めていた青年が、少し眠そうな眼で不思議そうに忍を見ていた。

「ごめんね、起こしちゃったね、恭也」

月に向かって伸ばした手を、そのまま彼の頬に伸ばす。

「いや、それはかまわないけれど、こんな時間にどうかしたのか?」

今度はきちんと触れることが出来た。
彼女にとっては、月と同じくらい大きくて、月よりも触れることが難しいと思っていた男性に。

「月が綺麗だったから・・・」

幸せそうに微笑む忍に、よくわからないながらも曖昧に微笑を返し、彼女に倣って空を眺める。

「なるほど、今夜は良い月夜だな」

全てが眠りについてしまった様な静かな夜、美しい月と優しい夜風だけの世界。

「だけど、まだ、夜風に当り続けるには少々早いだろ?」

キュッと背中から恭也の逞しい腕に抱きすくめられた。
堅く力強い腕と、包み込んでくれる暖かい体温。

「なら、窓を閉めようか?」

心地よい温もりに包まれながら、心にもないことを提案する。

「いや、もう少し、こうして見ていたい」

「月を?」

ニコリと微笑む彼女の視線は、ただただ無邪気で。
ああ、そうだな。なんてコクリと頷きを返す。
月と、月の光に照らされた美しい彼女を、もう少し見て居たかったから。



「夜の一族と人間と、どっちがいいのかな?」

そのまま二人静かに月光浴を楽しんでいた時、ポツリと忍が呟いた言葉に首を傾げる。

「今日ね、病院に行ってきたんだ」

「どこか悪かったのか?」

出会った頃から変わらない鈍感さで、自分を心配そうに覗き込む恭也に微苦笑を返し、首を横に振る。

「おめでとうございます・・・って」

その言葉の効果を確かめるように、恭也の表情を窺う。

「おめでとうございます・・・って?」

反芻し、頭を巡らせる。
それでようやく正解にたどり着いたのか、忍に向けてはっとした表情を向けた。

「もう、3ヶ月だって」

嬉しそうに、恥ずかしそうに、誇らしそうに、なんとも言えないような表情で告げられた言葉に、恭也は満面の笑みを返す。
それは、この寡黙な剣士の平素からは考えられないような破顔だった。

「恭也、嬉しい?」

「ああ、嬉しい。
俺は、特殊な環境で生まれ育った。
その事に悔いはない、幸せだったと胸を張って言える。
だけど、それとこれとは別で、やっぱり一般的な『家族』と言う物に憧れてなかったと言ったら嘘になる」

いつになく多弁なのは、本当に嬉しいからだろう。
その恭也の顔が不意に曇った。

「忍は嬉しくないのか?」

彼女の表情は、何処か浮かないように見えた。

「・・・ううん、そんな事ないよ」

言葉とは裏腹に、その美しい顔は先程までより、一層の苦衷を表していた。

「でもね、この子は夜の一族として生まれつくのかもしれないんだよ」

その言葉にはっとする。
俯きながら彼女が呟く言葉に眩暈がする。

「だから、恭也が望む『一般的』な家族にはなれないかもしれない」

「馬鹿な、違う、俺が言いたかったのはそうじゃないんだ」

堅い大地に臥し、焚火を囲い暖を取り、父と二人で旅をして生きてきた。
だから、憧れたのだ。
友人と疲れるまで遊び、家に帰れば待っていてくれる暖かい食事と優しい母親。
学校の他愛無い話を聞き、時に悪戯を叱られる。
そんなホームドラマのような、絵に描いたような家族と言う物に憧れただけなのだ。

忍が夜の一族だからとか、子供も人とは違うから、普通ではないから・・・。
そんな事はどうでも良くて、忍が居て、自分が居て、子供が笑って健やかに成長できる、そんな空間を望んだだけだったのだ。

「わかってる、わかってるよ、恭也」

慌てる最愛の人に微笑みかける。

「恭也が言いたいことはよくわかってるの。
ただ、それとは別の部分でね、私はこの子を普通の人として産んであげたいんだ」

優しく自らのお腹の中に眠る我が子を撫でる。

「人とは違う、夜の一族であることの悲しみなんて、抱えさせたくはないの。
私は恵まれているよ。
奇跡のような確率で恭也に会えた。
今では、なのはちゃんや那美やレンに晶に美由希ちゃん、そんなたくさんの友達も居てくれる。
・・・だけど、この子もそんな人に会えるとは、限らないから」

そんな事ない、なんて断言することは出来ない。
忍の半生を、自分と出会うまで、ノエルさんとさくらさんだけを友として、人の輪から外れて生きてきた彼女を知ってるから。

「それにね、夜の一族として生きる、と言うことは、大切な人との別れを繰り返して生きると言うことと同義だわ」

自分達とは違う時間軸を生きる彼女達。
その寿命は人よりも遥かに長い。
恐らく恭也が死を迎える時が来たとしても、忍は今と変わらない美しさを保っているに違いない。

愛する人との別れの哀しさは、恭也は誰よりも理解しているつもりだ。
それが原因で、心や身体に消えない傷を作ってしまうこともあるだろう。

自分の膝を無意識の内に撫でる。
父の死、それが彼の人生に残した大きな爪痕だった。

ましてや、『人と違う』彼女達だ。
心許せる人と出会うことが既に奇跡の領域なのに、ようやく出会った愛しい人は、皆自分を残して先に遠くに行ってしまう。

そんな思いをさせたくはない。
恭也は忍を幸せにしたいのだ。
けれど、どう足掻いたって、寿命ばかりは、御神の剣士にも決して打ち勝てない。

「・・・クッ」

悔しくて歯噛みする。

「そんな顔をしないで、恭也」

身体を入れ替え、今度は忍が恭也を包み込むように抱き締めた。

「私は貴方と出会えて幸せよ、別れが来る事も、その後、永劫の孤独を迎えることを知っていても、貴方と生きる刹那を選んだの。
それは私の決断、貴方が悔やむことじゃない」

忍に抱き締められ、我が子が宿る腹部に顔を埋める。

「忍、俺は、この子がどちらに生まれるかわからない。
だけど、例え夜の一族として生まれても、それでもきっと幸せになれると信じている」

どうして、無言で問いかける彼女の瞳を真直ぐ見つめながら、迷いなく呟いた。

「晶や美由希や赤星や、みんなの子供達が居れば、きっとこの子は友達に囲まれて成長し、孤独な時なんて過ごさないで済む。
忍が俺に会ったように、桜さんが真一郎さんに会ったように、いつかこの子にも生涯の出会いが訪れるはずさ」

「だけど、それでも必ず別れは訪れるわ・・・」

「俺と、忍のように?」

恭也の言葉に思わず息を呑む。
知らず知らずの内に、忍の言葉は、最愛に人との別れを恐れる自分の気持ちに変わってしまっていたことに気がついた。

覚悟してるから、それが来る日が怖くないわけじゃない、受け入れられるわけじゃない。

我が子を思う気持ちが、いつのまにか自分の感傷にすり替わってしまったとて、誰が彼女を責められよう。

「忍、やっぱり俺は、その子は夜の一族として生まれ着いてほしい。
俺が死んだ後も、君が寂しくないように。
君と、その子と、その子の伴侶と、その子の子供と・・・。
たくさんの俺と忍の幸せの証に囲まれて、賑やかな生を謳歌して、最後の最後まで幸せで居てほしいから」

そう言って彼女の涙を拭う。
彼女にとっての幸せとは、高町恭也と共に生きることなのだ。
ならば、恭也の死後など、今は想像もできない。

静かな恭也の呟きは、まるで、いつかの誓いの夜を思い起こさせる。



そしてね、忍、いつか遠い未来、俺が生まれ変わったら、もう一度恋をしよう。
潮風が遊ぶ、海鳴公園で・・・




拭っても拭っても溢れてくる涙。

「その頃には私、もうしわしわのお祖母ちゃんかもしれないわ。
それでも、恭也は見つけてくれる?恋してくれる?」

しかし、その表情は柔らかく、口元には笑みが浮かんでいる。

「50年後、俺はもうすっかり老人になってしまっているだろう。
けれど、忍はきっと今のままだ、町を歩けば誰もが振り返るお前のままだ。
そうなった時、忍は俺を置いて何処かに行ってしまうのか?」

「まさか!例えどれだけ年をとっても恭也は恭也だもん。
自信を持って、胸を張って、腕を組んで二人でデートするに決まってるじゃない」

「ならば俺だって同じだよ、生まれ変わってもまた月村忍に恋をする。
たとえ、その時、忍の容姿がどれだけ変わっていても。
高町恭也の魂は、月を見るたびに思い出すよ、君の事を・・・」


パタンと窓を閉め、もう一度二人唇を重ねて眠りに着いた。

「そっか、もう一度恭也と恋ができるのならば、この長い命も捨てた物じゃないかもね」

眠りの園で交わした約束。
それを見届けてくれるのは、二人の人生の契機に常に共に在った、優しい優しい銀世界の主、彼女と同じ名前を持つ真円を描く満月だった。


魔術師の後書き

ということで、フライングSS発表です。
だって、今日中に出さないと5月に一度もSS更新できないことになってしまうんだもん・・・(汗
それは、まあ冗談ですが、せっかくの人気投票の余韻が冷めないうちに公開したかったんです。
風邪ひいて、週末に集計作業が出来なかったのが痛かった。

さて、SSについて触れましょう。
まずは、久々のとらハSSです。
待っててくれた方大勢居ると思いますが、感想はいかがでしょうか?
忍の喋り方とかは大分思い出せたんですが、まだ恭也が思い通りに動かしにくいですが、それなりにリハビリ進んでるかな、何て自分では思いました。
ただこのネタ、本当はとらハ1をやり直してた時に思いついたネタなんです。
そう、忍のおばさん、さくらと真一郎用のシナリオだったんですよね。
しかし、今回忍恭也が優勝と言うことで、微調整かけて今回のネタになりマシた。
だからでしょうか、ラストの『いつか遠い未来で・・・』って部分が、あんまり恭也っぽくないといえばないかもしれないなぁ。

さくらと真一郎のエンディングの後、二人でこんな会話をして、最後今よりも幾分甘めな台詞で、生まれ変わっても・・・っていう流れでした。

あの二人の場合子供が居ないので、待ち続ける孤独と再び出会う奇跡のコントラスト。
さくらの「私がおばあちゃんになっても・・・」に対する真一郎の返答も、今の自分(ED時の老人真一郎)との対比になって綺麗に〆られたんですね。
でも、「いつか潮風が遊ぶ海鳴公園で」って言うのは、忍と恭也だから使えるフレーズなんで気に入ってます。
学校ではなく、偶然公園でであった二人なら、きっと遠い未来再び訪れる『偶然』からまたはじめられるんじゃないかと思うのです。

私の書くシリアスな忍はどうも月をモチーフにすることが多いんですが、それだけ印象的だったんですよね、忍シナリオと満月って・・・