『陽春』
朝の鍛錬を終えて、汗を流してから部屋に戻ってみると、ちょうどリスティが目を覚ましたところだった。
「ぅうん……おはよう、恭也」
ふぁ、と欠伸を噛み殺しながら体を伸ばしたリスティは眠そうに目を擦る。
「ああ、おはよう……!?」
何かに気付いた恭也は顔を真っ赤にしながらリスティから目を逸らした。
「恭也……? どうかしたの?」
「さすがに朝からそれはちょっと刺激的過ぎる」
「え――わわっ!?」
言われて自分の体を見たリスティは、自分が上半身をさらしていることに気づくと恭也以上に顔を赤くして、慌てて肌蹴た布団を引き寄せて自分の体を隠した。
「見た……よね?」
「いや、その、なんだ……すまん」
二人の間に気まずい空気が流れる。
「うぅ……」
「本当に、すまん」
このままだと土下座しそうなくらい深く頭を下げて、申し訳なさそうに謝る恭也を険しい表情で睨んでいたリスティだが、やがて諦めたように溜め息を吐くと表情を緩めた。
「はぁ……もういいよ、あれは不慮の事故だったってことで納得するから。それに、恭也になら見られても平気だし」
「だが……」
それでも顔を上げようとしない恭也にリスティはそれなら、といたずらな笑みを浮かべて提案してみる。
「恭也は春休みでどうせ今日も暇なんでしょ? ボクも今日は久しぶりのお休みだからさ、今日はボクに付き合ってくれないかな?」
「あ、ああ、そんなことでよければ」
「分かったならとっとと部屋から出る! それとも……恭也はボクの着替えるところを見たいのかな?」
「――っ!?」
シーツを身に纏ったままで恭也に擦り寄り、蠱惑的な笑みを浮かべてそう囁くと、恭也は顔を真っ赤にしながら慌てて部屋から出ると逃げるように離れていった。
「ふぅ……恭也ってば相変わらず初心だなぁ。もう何度も見せ合った仲なのにねぇ」
ひょいと肩を竦めると、誰にともなく呟きながらゆっくりと体を起こし服を身につけ始めた。
『恭也と待ち合わせてなんて気が気じゃない。そんなことをしてまで雰囲気を味わうなら最初から一緒に行くさ』とはデートらしいデートを夢見たリスティがたった一度で挫折したときに漏らした負け惜しみ。
というのも、待ち合わせ場所に30分も前から来て待っていた恭也は、リスティが来るその30分のうちに二桁に届こうかという恭也を狙う女性に声を掛けえられていたからだ。
これを聞いたリスティは思わず恭也を睨んだが、彼に責任が無いことは明白だったのでつまらなそうにふん、と一度鼻を鳴らすと機嫌を直した。
それ以来、出かけるときは一緒に出るか、どちらかが迎えにいくのが暗黙の了解となっていた。
「リスティ、少しばかり恥ずかしいのだが……」
歩みを進めるごとにむにゅむにゅと形を変えるソレの柔らかい感触に恭也は少しばかり居心地が悪そうに身を捩る。
「だーめ。今日はボクに付き合ってもらうんだから、コレもそれのうちだよ♪」
「むぅ……」
「それに、そろそろ慣れてもいい頃じゃないかなとボクは思うんだけど……」
じっ、と恭也の顔を見つめてから小さく、本当に小さくだが恭也には分かる程度に溜め息を吐いた。
「それを恭也に期待するほうが間違ってるか」
「……凄く馬鹿にされているような気がする」
「気のせいさ。ボクが恭也を馬鹿にするわけがないじゃないか」
――からかいはするけどね。
真面目な表情は崩さず、心の中だけでそう呟く。
「今はその言葉を信じておこう」
「むー、なんかいまいち信用がないなぁ」
「それこそ気のせいだ。それで、これからどこへ行くんだ?」
「とりあえず臨海公園かな。そろそろ桜も見ごろだろうしね♪」
リスティの声は弾む。
その弾む声に釣られて、自然と歩調も弾むように速くなる。
恭也はそんなリスティに苦笑するしかない。
「おいおい、そんなに急がなくても桜は逃げないだろう? それにしても……桜、か。桜台の方はもう満開なんじゃないか?」
「あ、そっか。それじゃあそっちに行こ♪」
言うが早いか、リスティは周囲に人がいないのをいいことにリアーフィンを輝かせた。
「いくら見ている人がいないからといって、簡単に“飛ぶ”な」
飛ぶ、の部分を意図的に強めて、恭也は嘆息した。
「ちっちっち。恭也は真面目すぎるんだよ。使えるものは有効に使ってあげないと、ね?」
恭也の鼻先に指を突きつけるようにして悪戯っぽく笑う。
そのままリスティが指で恭也の鼻先を軽く突くと、恭也は目を白黒させた。
「そういうわけで、恭也はボクが使ってあげよう」
恭也の腕を掴むとそのままぐいぐいと引っ張っていき、数ある桜の木のうちの一本の根元に腰を下ろした。
「ほら、恭也も座って」
「あ、ああ……」
リスティに促されるままに恭也は彼女の隣に腰を下ろし、足を投げ出して桜に背を預ける。
するとリスティはその恭也の足の間に移動し、彼の胸に背を預けて逆さまに彼を見上げる。
「リスティ?」
「えへへ♪」
満面の笑みを湛えるリスティに恭也は何も言わず優しい笑みを返すだけ。
時折吹く春風が桜の花びらを伴って二人の頬を撫でていく。
「お昼は桃子さんが翠屋で用意してくれるって言ってたからそれまでここでゆっくりしていこ?」
「…………」
恭也は何も言わず、そっと前に腕を回してリスティを抱きしめることで答える。
「それで、午後からはショッピングと洒落込むんだ」
もちろん恭也は荷物持ちね、と合わせたままの視線で語る。
「俺に拒否権は……あるはずがない、か」
「言ったでしょ、今日は一日中ボクに付き合ってもらうって」
この後、リスティに連れ回されてへとへとになっている恭也が海鳴の街の彼方此方で見かけられたとかなんとか。
後書きという名の応援
はじめましての方ははじめまして、そうでない方はお久しぶりです。須木透です。
『他力本願寺』開催前から書き始めてやっと完成しました。
タイトルと内容の齟齬とか、中身の薄っぺらさとかは恭リスへの愛でもってご容赦ください。
恭也やリスティはそんなキャラじゃない、と思うかもしれませんが仕様です。
少しずつ恭也×忍との差が開き始めているので、恭也×リスティを応援宜しくお願いします。
魔術師のお礼状
はい、管理人がFateプレイで忙しい中で、こうして投稿いただいてありがとうございます。
ところで、今回は恭リスなんですね、士凛はいいの〜?w
さて、リスティの色気と『あててんのよ』が、桜以上に満開な素晴らしいSSですね。
冒頭のサービスショットなんて鼻血物です。
そして、何度も『見せ合ってる』のに、いつまでも慣れないあたり恭也の朴訥な人柄が窺えますね。
引っ張りまわすのはリスティ、引っ張りまわされるのは恭也、と、微笑ましく、二人らしい関係に顔がにやけてしまいます。
なんて〜か、タイトルどおりのはるの暖かさをbヒシヒシと感じます。
とりあえず、リスティと恭也に心引かれた諸兄は感想をよろしくお願いします。