卒業式。
それはほとんどの人間に一生に一度だけ訪れる大事なイベントだ。
それはあらゆる人間に何かを決断させる日だ。
特に、彼女のような人間にはより一層特別な日となるのだろう。
彼女の名前は月村忍。
学園生活最後の年、初めて友達と言うものを作る事ができた彼女はその友達に淡い恋心を抱き続けていた。
それは何時からだろうか。あの時、それともあの時か。
彼女自身それを覚えていない為、彼女にとってはそれはどうでもいい事らしい。
大事なのは彼の事が好きかどうか、彼とこれからも共に歩んでいけるかどうか。それは、今日の彼女の行動次第であろう。
今日は卒業式。
恋する彼女が想いを告げられる最後の機会だ。
ここで告げられねば、一体何時告げるのか。
彼女は恋している。
それは彼女自身初めて抱いた淡い恋心。
事故――たとえそれが作為ある事故であっても――で知り合ったのが最初の出会い。
ほぼ初対面同士であったはずなのに、彼の言動に彼女は段々と惹かれて行った。
彼女は迷っていた。
本当に告白してもよいのだろうか。
彼は私の事を何とも思っていないのではないだろうか。
それだけならまだいい。
彼は優しい人間だ。その優しさから彼が苦しんでしまうのではないだろうか。
もし断られでもしたら、再び他人を信じることはできないのではないだろうか。
彼女は決断する事ができるのか。
この話は、そんな彼女の最後の試練である。
卒業式
「――よし」
鏡の中の見慣れた顔に、私は納得した。
今日は何時も以上にセットに気合を入れてみた。何時もより、三倍の時間をかけてセットした髪は私の持てる全てをつぎ込んだつもりだ。
顔を少し左右に向ける。
横目で確認できた場所も完璧に決まっている。
私は再び鏡に向かって、一度頷いた。
完璧にできた事に内心喜びながら私は最後の登校をする事にした。
今日は卒業式。
泣いても笑ってもコレが最後の学園生活。
三年間最低な学園生活で終わるはずだったが、彼のお陰で最低な学園生活にも終止符を打つ事ができた。
この一年は今まで生きてきた中で最高に幸せだった。
今まで作る事のできなかった友達が一気に増えた。他人と一緒に笑い合える事ができるようにもなった。
それは全て彼――高町恭也のお陰だった。
彼の事を考えただけで、胸の奥が少し痛む気がする。
今までそういう事に疎かった私も、それが一体何なのかは理解できる。
私は彼に恋をしているのだ。
彼のがっしりとした体格。
彼の無表情ながら整った顔。
何より彼の優しさ。
それら全てに私は恋をしている。
この気持ちに気づいたのは数ヶ月前。だけど、それからずっと彼に打ち明けられないでいた。
だが、それも今日までだ。
今日それを打ち明けないで、どうすると言うのだ。
最初、この想いを内に秘めたまま、彼の元から去ろうとも考えた。
私は夜の一族。
人間である彼とは寿命が全然違う。私と同じように長い時を生きる事のできる体ではないのだ。
もし一緒になれたとしても、いつかは終わりが来る。
彼が死んでから私が死ぬまで、更にそれ以上の年月を過ごさなければならない。
私はそんな苦痛に耐える自信が無かった。
その事に思い悩んでいた私を他の人は全く気づかなかったのに、彼はそれを目ざとく見つけた。
「月村、どうした? 何か悩んでいるのか? 俺で良ければ相談に乗るが」
私の想いには全然気がつかないくせに、そんな事には彼は鋭かった。
私はそんな彼に精一杯の笑顔でこう答えた。
「ん? この忍ちゃんに限って、悩み事なんてありえないよ、高町くん。そんな事より――」
私はその夜、独りベッドの中で泣いた。
彼の心遣いになんて事を言ってしまったのだろう、と。これで最後のチャンスを逃してしまったのではないか、と。
その時私はそれに気づき、決意した。
卒業式の日に必ずこの想いを打ち明けよう、と。
――制服もよし。リボンもよし。
登校前の最後の確認だ。ここでミスでも犯しては一生後悔するだろう。だから私は念入りに身だしなみを確認していた。
――うん、完璧!
体中全てを確認し終えた私は、いよいよ最後の登校をすることにした。
この家から車で海鳴の町まで行く事もこれが最後になるかもしれない。
ふいにそう思った私は少し涙ぐみそうになったが、それを必死に堪えた。
今泣く訳にはいかない、彼にそれを悟らせてはいけない、と。
流れる風景は何時もどおり変わらぬ、三年間ずっとこの場所で見続けていた風景だった。
ずっと変わらなかった彼らに私は励まされる。
忍頑張れ、お前なら行ける、と。
――うん、頑張ってくるよ。
流れる風景、木々、電信柱、全てが私に味方しているようだった。
錯覚なのだろうけれど、私はそれに勇気付けられた。
今なら私は彼に全てを告白する事ができる、と。
そうして、最後の決意を胸に秘めた時、見慣れた校門が段々と大きくなっていた。
――さぁ、頑張れ私。
車がゆっくりと停止する。
バックミラー越しにノエルと目が合った。
私はそれに頷いてみせると、ゆっくりとドアを開いた。
校門では春の蕾を沢山その身につけた木々が私を迎えてくれていて、その向こうに見慣れた私の大好きな後姿が颯爽と歩いているのを確認する事ができた。
――好きだよ、高町くん。
そうして私は運命の門を潜り抜けるのだった。
――あとがき――
ここでは初めましての方が多いでしょうね、霧城昂です。
ふと思いついてこんな応援SSを書いてみた次第ですが、如何でしたでしょうか?
これを読んで少しでも良かった、と思われたら「恭也×忍」にぜひその清き一票を。
魔術師のお礼状
はい、さすが霧城さんです。
恭也×忍物ですか、貴方もお好きですな・・・
忍の葛藤とか、少しでも勝算を上げたいといういじらしい乙女心がひしひしと伝わってきます。
さて、この忍嬢の告白に恭也は何て返すんでしょうか。
追伸
恭也が死んだ後も忍は一人過ごさなければならない・・・
そういやそうですよね、さくらのエンディングのように恭也と忍もなるはずですよね。
子供が生まれたりしているせいか、忍エンディングではそういった悲壮感があまり伝わってこなかったんで、けっこう新鮮に感じました。
いつもどおり感想よろしく。
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