最期まで――






 ゆっくりと目を開く。

 目の前が赤く、霧でもかかったかのようにぼんやりとしている。

 しばらく経てば直るとも思ったが、今の俺の状況を思い出し、苦笑した。

 そんな状態でも、夜空に浮かぶ星や雄大な月の姿は見てとれた。





 ――あぁ、綺麗だな。





 しばらく見上げる事の無かった夜空は今の俺にもとても美しく感じられた。いや、こんな状態だからこそ、美しく思えるのかもしれない。

 視線を下に向ける。

 そこには何時もの黒衣と、腹を押さえている右手、そしておびただしい量の血があった。



 すでに意識も朦朧としており、この場はとても誰かの助けが来るような所でもない事から、自分がもう助からないのだ、と俺は自覚した。



 当然このような結末を予想していなかった訳ではない。

 こうなった時の事を考えて、後の準備は全てこなしてあった。俺の遺産などちっぽけなモノだが、それらが全て忍に託されるように既に知り合いの弁護士に遺書も渡してあった。

 それに俺には人生の目標と言えるような事は全て叶えている。

 結局俺は父さんを越えられなかったが、それはもう十数年前に諦めていた事だ。後悔はしていない。



 昔から少しは自覚していた事だが、今思い直してみれば本当に俺の人生は面白みがなかった。

 物心ついた時から俺は剣を振り回してきた。あの時も、あの時も。

 挫けそうになった事もあった。

 しかし、俺は今までひと時たりとも剣を忘れた事はなかった。

 まさに、俺の人生は剣そのものだと言っても過言ではなかろう。

 だが、それはあの時までだった。

 俺は学園生活最後の年、彼女と知り合った。

 彼女の名前は月村忍。およそ俺にはもったいない程綺麗な子で、何よりも俺たちは気が合った。

 お互いどこか感づいてはいたのだろう。

 生のどこかに夜の部分を持つ俺達は次第に惹かれあい、そして結ばれた。

 そして俺は彼女を生涯賭して守り抜こうと誓ったのだ。





 ――そうだ……それが俺にとっての最後の。





 そこまで思った時、血が喉元を通り過ぎ、俺は大量に吐血をした。

 既に真っ赤だった腕元が、更に赤く染まっていった。





 ――もう永くはないか。





 俺はゆっくりと目を閉じた。

 先ほどまで赤かった視界は一変して暗闇に閉ざされた。その暗闇にこの身ごと吸い込まれそうな気がする。

 そう思うと、俺は途端に怖くなった。

 だから俺は再び目を開こうとした。だが、開いたはずなのに目の前の暗闇が変わる事は無かった。





 ――な……こ、これは。





 どうやら内臓だけでなく、目までもイカれたらしい。





 ――もう、忍の顔を見る事も叶わないのだな。





 そう思うと、俺は更に恐怖した。

 そして思った。死にたくない、死にたくない、と。

 そのまま、五分か十分か――もう、時間の感覚もわからぬようになるまで恐怖した俺は、やがて気がついた。

 幾ら恐怖しても俺が助かる訳ではない、ならばこそ死ぬ時は彼女のことを想って死んでいこう、と。





 ――彼女の顔を思い浮かべる。





 人としては整いすぎたその顔に、綺麗で俺が大好きだった青みがかった長い髪。

 本当に俺には勿体無さ過ぎた妻だった。





 ――彼女の声を思い浮かべる。





「高町くん、おはよう」



「好きだよ、高町くん」」



「恭也、気をつけて行ってきてね」



「恭也、死んじゃやだよ」





 彼女の声一つ一つが鮮明に思い出される。

 それらは俺に様々な思い出を思い出させてくれた。



 彼女との出会い。

 彼女と席が隣同士になった時。

 授業中での事や、休み時間の事。

 そして、卒業式のあの出来事。



 それら一つ一つ思い出していく内に、頬に何か暖かい物を感じるような気がした。

 震える手で必死に頬にそっと触れる。

 それは涙だった。

 思い出にふけっている間に、俺は死に行く事、彼女を置き去りにする事に対して涙していたのだ。





 ――あぁ……忍、忍……





 彼女の顔、彼女の声、それらが俺に死ぬな、死ぬなと訴えかけている。

 叶うことなら、俺は生きてここから帰りたい。

 そして生涯彼女を守り続けていたい。

 だが、それは俺にはどうする事もできぬようだ。



 手足の感覚も無くなり、今動かしているのかどうかもわからない状態になってきた。





 ――忍、忍……俺は死にたくない、俺は……





 体中の感覚も、もはや無いに等しい状態だった。何とか動かせるのはこの頭だけのようだった。

 その頭も、もう満足に動かせる状態ではなかった。

 だからこそ、俺は最期まで忍のことを想うことにした。

 忍の顔、忍の声。





 ――すまない、忍。





 もはや、忍の顔や声も思い出せぬようになってきた。





 ――すまない……俺は。





 何故、こんな事を想っているのかも、もはや俺にはわからなかった。





 ――やくそくを……さ……いご……まで……



















――あとがき――

 どうも、応援用第二段となります霧城昂です。

 しかし思うがままに書き綴ってみましたが、これ本当に応援用SSになるのだろうか?(苦笑)

 自分のダメさ加減に呆れるところです。



 もし、こんなモノで良かったな、と想われた方がいらっしゃいましたら、是非恭也×忍に清き一票を。





魔術師のお礼状

はい、ハイペースで2作目ありがとうございます。
さすがの私もびっくりしてます。
応援SSで、片方のキャラ殺しちゃったぁぁ!?
でも、美しい死に様は美しい生き様を映す鏡のようですね。
最後の最後、朦朧とする意識の奥の無意識な世界でまで、想い続けられる人。

なんて美しい二人の関係。

そんな事を考えてしまいました。
あ・・・、もしかして、私が前回忍エンディングには悲壮感・・・みたいなこと書いたから悲壮感溢れる話を書いたとか?
だとしたら、感謝!
でも、本当は私はハッピーエンド主義者なんですよ〜!

さてさて、このSSに何かを感じた人は忍×恭也に投票してみてください。
感想についてはいつもどおり。
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