『下弦の月』

 

 

 

―――とある神社から、ご神体が消失した。

 

それは、下弦の月が煌々とあたりを照らす、ある夜の出来事。依頼を受けて現場に赴いた薫は、その鳥居をくぐった途端にこう呟いた。

「何だこれは? 尋常な量じゃない……」

莫大な霊気の残滓。己の霊力の最大値を十とすると、それは百、もしくはそれ以上。

「御架月……どう思う?」

薫はその手に持つ、今では己の相棒となった一降りの刀に問いかけた。

「薫様……ご用心を。この神社の結界も普通ではありません」

そう。このような残滓なら、駆け出しの霊能者でもすぐに感知できるのだ。それが、鳥居をくぐるまでは何も感じられなかった。

「……うちに話が来るのも頷けるな。これはただごとではなか……」

この神社は年老いた神主が一人で切り盛りしていたが、数ヶ月前に亡くなってしまった。今は無人となっており、氏子のお婆さんが月に一度掃除に来るだけである。そのお婆さんが第一発見者だったので、消失した日時は不明。

「なんだろう……」

本殿に向かう薫の耳に御架月のつぶやきが届いた。

「御架月?」

「あ、いえ……この霊気に、少しなにかを感じたのですが……」

「それは?」

「すみません、よくわからないです」

「そうか……何か分かったら教えて」

「はい」

本殿の中も、例の残滓が色濃く残っている。慎重に周りを見ながら、ご神体が収められていた神座へ近づく。神座は既に開け放たれており、勿論もぬけの殻である。

「……変わったところは見受けられんが……この残滓の中心はやはりここか?」

「薫様! 台の下に何か見受けられます!」

「何だ?」

台をずらしてみると、そこにはかなり古い手紙のようなものがある。手にとって広げてみると、達筆で書かれた一文がしたためられていた。

「……読めん。御架月、読めるか?」

「読めないですが……何を書いてあるかは読み取れます」

「? 何か念でも込められてるの?」

「念……まではいかないようです。何かの思いの残滓、でしょうか」

「これも残滓、か。後手に回りすぎちょるな」

「読みます。『ここに、このつるぎをほうのうす。おおかみさまのみもとにてせいなるちからをえんことを』」

「ご神体は剣か?」

この神社に奉られているのは素戔嗚尊である。八岐大蛇を退治したときに得た天叢雲の剣の逸話はあまりにも有名だ。しかし、このような小さな廃神社のものなど価値があるとは思えない。

そうやって思考に耽っていた、その時。

「薫様! 何か来ます!」

「!!」

 

 

 

 

 

「おいおい、冗談だろ?」

耕介は自分が遠巻きに囲まれているのに気付いた。かすかに聞こえるうなり声……野犬だろうか?

「十六夜さん、何か分かります?」

その手に握る刀に問いかける。我が愛剣にして、愛するひと。

「わかりません。霊気の類が動いた気配はないようですが……」

「とりあえず、様子を見ましょうか。でも、俺がこれだと薫が心配だ」

ここは件の神社へと続く山道の入口。ここからは何も感じられなかったので、ひとまず一人で様子を見に行った薫。不測の事態を考えて耕介はここに残されたのである。

「神社の方にはいまだ何も感じられませんが……耕介様、如何致しましょう?」

「薫を追いかけたいけど……」

周りを見渡す。彼我の距離はおよそ10メートルにまで近づいている。しかも、闇夜に浮かぶ瞳の数は数え切れない。

「簡単には行かせてもらえそうにないな」

瞬間。そのうちの一匹が唸りを上げて襲いかかってきた!

「!」

鞘に収めたままの十六夜で、袈裟懸けに叩き付ける。

「〜〜〜」

悲鳴とも叫びとも取れぬ鳴き声を上げて群れの中へ逃げ込んだ。彼我の距離、既に5メートル。

「おいおい、何匹いるんだよ?!」

視認できる範囲で二十匹は下らない。

「耕介様、神社の方で動きが!」

「くっ! やるしかないのか?!」

十六夜を抜いて青眼に構える。ここで霊力を無駄遣いする訳にはいかないが、そうも言っていられない。

「十六夜さん、行きます」

「はい、存分に」

「神気……」

そうやって、祝詞をあげた刹那。

「〜〜〜!」

「〜〜〜!」

「〜〜〜!」

右手の方から上がる鳴き声。視線を向けると、何匹かが倒れている。

「何だ?」

 

―――そして、吹き抜ける一陣の黒い風。

 

その風が通り抜けた所には、何十匹もの野犬が倒れていた。そして、耕介の目の前で、風が姿を現した。

「恭也君?!」

それは、いつもの黒づくめの格好で、刀二本を背中に装備した恭也だった。

「耕介さん、これは?」

「わからない。君は……鍛錬かい?」

「はい、最近はこの辺で。耕介さんは?」

言いながら飛針で牽制する恭也。

「依頼でね。申し訳ないが、こいつらを片づけるのを手伝ってくれないか?」

「構いませんよ。これは足止めですか?」

「おそらく。早くしないと薫が心配だ」

「薫さんが?! どこですか?」

「この上の神社です。何か起こっているようです。」

いきなりの声に一瞬驚く恭也。

「十六夜さん?」

「はい、恭也様、申し訳ありませんが助太刀を……」

「……ここは俺に任せて下さい」

「「恭也君(様)?」」

今度は耕介と十六夜が驚く番であった。

「こいつらなら、俺一人でもどうにかできます。お二人は早く薫さんの元に」

耕介は考える。恭也と自分の戦闘力と、今の状況を鑑みると……

「すまない、このお礼は必ず」

「有り難うございます、恭也様」

「道を開けます。そのまま突っ切って下さい」

言うや否や、かき消える恭也。みるみるうちに、神社への道が開く。耕介は神社の方へと駆けていく。追いかけようとした野犬は、その刹那にばったばったと倒れていく。

「通しはしない」

そして、間に立ち塞がるように恭也の姿が現れる。それでも、野犬の数はまだ五分の一も減っていなかった。

 

 

 

 

 

「なんだ?! これは!!」

鳥居を抜けた瞬間、強烈な霊気を感じた。

「こんな霊気が外に漏れていない……結界か?」

「耕介様! 薫が!!」

十六夜が人型を取り、本殿の方へ飛ぶ。目を向けると、その横手にあるご神木に寄りかかる薫の姿。

「薫!!」

「耕介さんっ」

駆け寄ると、外傷はないものの、苦痛に顔をゆがめる薫。

「薫、動かないで。癒しをかけますっ」

「待て、十六夜っ」

なのに十六夜を制止する薫。

「どうした? 何があった?」

その行動に何かあると踏んだ耕介は、周りに集中しながら薫に問いかける。

「いきなり何かに襲われて……」

「耕介様、姉様」

「「御架月」」

十六夜同様、人型を取る御架月。しかし、その姿は心なしか薄れているようだ。

「薫様の霊力が奪われました。僕もこれが精一杯です」

「奪われた?!」

「はい……近くで急に……とてつもなく大きな霊気が……」

深呼吸で懸命に息を整える薫。

「御架月、相手は霊力を糧にする物の怪ですか?」

「それとは違う気がします……なにせ、薫様の莫大な霊力をほんの少しの間に……」

霊剣姉弟も、この度の相手には戸惑っているようである。

「この霊気からすると、邪悪なものではなさそうだが……」

「気を付けて、耕介さんっ……うちはまだ大丈夫です。霊気は温存して……」  

「よし、御架月、剣に戻って。十六夜さん、お願いします」

苦しげに話す薫の言葉に反して、耕介は十六夜に癒しを頼んだ。

「はい」

「耕介さんっ」

「大丈夫だ、少しくらい。十六夜さんは相互供給型だしな。」

「でも、何があるか分からないのにっ」

「もし俺がやられたらどうするんだ? 逃げる為の力がないとリベンジはできないぞ?」

にっこり微笑む耕介。あまりたちのいい冗談ではないが、その裏の耕介の優しさにはさしもの薫も反論できない。

「……おそらく、霊力を奪うにもなんらかの手順がいるはずです。その前になんとかできれば……」

「難しそうだな……わかった」

薫の顔色が戻ってきたのを確認して、耕介は周囲に気を放つ。霊気の収束場所はどうやら本殿の中のようだ。

「薫の霊力のお陰で位置が特定できるな。まさに怪我の功名だ」

束を握る手の力を強める。

「行くぞ、十六夜」

 

 

 

 

 

横たわる野犬の数は一体何十匹だろうか。その中で立つ恭也は、少しも息を切らさずに周囲の気を伺っていた。

(……これで終わりか?)

一応、急所は外している。殆どが峰打ちだが、数時間はこのままだろう。

(耕介さん……薫さんっ!)

刀を鞘に収めて走る。その速度は、先程の耕介など比べものにならない速さ。聞こえてくるのは、山道をかけている最中に響いてくる轟音。

(上では一体何が起きているんだ?)

何十段とある階段も一気に駆け抜け、境内に足を踏み入れる。

「!」

何かは分からないが、凄まじいプレッシャーを感じる恭也。

「これが……霊気?」

殺気とよく似た、それでいて何か清冽な力の波動。建物の方に目を向けると、そこには半ば崩壊した社屋が目に入る。その向こうで、何かの光が明滅し、それに合わせて轟音が響き渡る。

「戦っているのか?」

とにかく呆然としては居られない。恭也は本殿へと走る。

「恭也君?!」

横手から声がする。その声は。

 

恭也が最も聞きたかった声。

 

この世で最も大事な人の、無事を告げる福音。

 

薫は、ご神木に背を預けて根本に座り込んでいた。

「薫さん!」

駆け寄ると、外傷はないようだがこころなしか顔色に覇気がない。

「薫さん、大丈夫ですか?」

「ああ、心配なか。それより恭也君は何故ここに?」

表情が厳しくなる。この場に来たのを咎めているようだ。

「鍛錬の途中で、耕介さんが野犬に襲われていたので。急いで片づけて来たのですが……」

「そうか、すまん。みんなうちの不注意のせいじゃ」

口惜しそうに、申し訳なさそうに呟く薫。

「あれは、耕介さんが?」

「ああ、うちの代わりに戦ってくれとる」

その刹那、一際大きな轟音。それと共に、何かが本殿の方から飛んでくる。

「「!!」」

それは。

 

 

 

 

 

「……こいつは……」

神座の前にうずくまる何か。とんでもない霊気を纏ってこちらを見つめている。

「〜〜〜!!」

何かを叫んだと思うと、いきなり迫り来る霊弾!!

「耕介様! 横へ!!」

「うわっと!」

かろうじて避ける。後から響いてくる轟音。チラリとそちらを見ると、煙を上げながらぽっかりと穴を開けた壁。

「……とんでもないな」

すると、それはやおら立ち上がり、耕介の方へにじり寄ってくる。

「ひとまず奴の攻撃を避け続けて消耗させよう。十六夜、頼む」

「かしこまりました」

十六夜を青眼に構え、切っ先をアンテナ代わりにしてどちらにも動けるように備える。

「来ます! 左へ!」

「よし!!」

耕介を追いかけるように三連弾。ことごとくをかわして再び構える。

「〜〜〜」

何か唸ったかと思うと、その赤い瞳に光が灯る。

「!!」

耕介は本能で、背後に空いた穴へと飛び込んだ。同時に、何かが吸い取られる倦怠感。外に出て、衝撃を殺す為に回転して受け身を取る。

「やっぱりか、十六夜!」

「はいっ」

剣から温かな波動が伝わる。どうやら先程のが、薫の言う「霊気を奪う手順」のようだ。

「神気発勝」

祝詞をあげる。そしてほの光る、十六夜の刀身。

(おそらく、あいつは追って来る。その無防備な所にたたき込む) 

耕介はその独特の構えを取り、その瞬間に備えた。

「神咲一灯流……真威……」

刀身が光を強くする。はたしてその穴から、奴の姿!

「楓陣刃ぁぁっ!!」

深く踏み込み、下段から逆袈裟懸けに一閃。その光は一直線に奴に向かう。

 

―――しかし。

 

「なっ」

その光は、奴の前に現れた半球状の光の壁に阻まれる。奴が展開したのだろうか、耕介の放った光は収束していき、そのまま消滅していく。

「〜〜〜!!」

そして矢継ぎ早に放たれる光弾。その数は五つ。

「ずわっ!」

髪の毛と服の裾を少しもっていかれたが、何とか回避した耕介。

「耕介様、あの壁も霊気を吸収するようです!」

「隙をついて懐に潜り込むしかないか? ……厳しいな」

顔は笑えども、目が笑っていない。まだ耕介は、純粋な戦闘力ではまだまだ未熟であった。

「耕介様! 危ない!!」

「え、うわっ!」

三連弾が耕介に飛ぶ。何とか最小限の動きでかわす……が。

「!!」

 

―――目の前に、奴の姿。

 

「しまった!」

正面に光の壁を張りつつ、突進してくる様は、まるで流星のようで……その壁の霊圧を受けて、耕介はその身を吹っ飛ばされた。

 

 

 

 

 

「「耕介さん!!」」

「ぐはっ!」

そのまま、反対側のご神木に背中から激突する。恭也は駆け寄り、薫はその身を御架月に預けながら耕介の元へ。

「耕介さん! しっかり!」

「ぐ……」

口から血が流れる。

「耕介様!!」

十六夜も人型となり、耕介に癒しをかける。

「恭也……君か……」

「耕介さん?!」

「薫……すまん」

「とりあえず応急処置はしましたが……霊気をかなり奪われたようです」

「薫様、来ます!!」

同じく人型になった御架月が守るようにして前に立つ。

「「「!!」」」

 

―――そして、その全員の前に姿を見せたそいつは。

 

―――半月の光をうけてゆっくりと五人の方へと歩み寄ってくるその姿は。

 

「……白い……狼?」

赤い瞳を爛々と輝かせた、白狼。その大きさは、並の狼の倍はある。

「そんな……神の使いのはずなのに……」

薫が呆然と呟く。白い色を持つ動物霊は、低級ではあるものの神格に連なる者である。

「赤い瞳……僕と同じ……狂気に染まってる……」

かつて神咲を憎んでいた御架月。彼もその頃は瞳を赤く染め上げていた。

「これが……敵の姿か……」

 そう呟く恭也の声には、少しの怯えが混じっていた。

「恭也君! 見えるの?!」

それを受けた薫の言葉。怯えよりも別の意味で驚愕の色を濃くしている。そう、普通の人ならば、見えても限りなく濃い霧のようにしか見えないはずなのだから。

「はい……なんて……強い気……」

恭也にとっては、初めての体験である。常人なら、身が竦む。なにせ相手は人外、しかもそのあり方は恐ろしい程強力。

「薫、すまんが頼む。十六夜なら……」

「耕介さん?!」

「なんとか隙を見て、接近戦をしかけるんだ……遠距離攻撃は吸収される……」

身体の痛みだけでなく、己の不甲斐なさに顔をゆがめる耕介。

「……俺が引きつけます。薫さん、お願いします」

言うや否や、決死の表情で恭也は走って行った。両の手には既に抜き放たれた小太刀。

「恭也君?!」

白狼は動かない。己の勝利を確信しているのか、それとも……。

「御架月、耕介さんを頼む! 十六夜! 行くぞ!!」

「薫様、お気を付けて!」

「はい、薫!」

左へ回り込む恭也。白狼は動かず、目だけを向けるのみ。薫は右へと走る。

(すぐにケリをつける! 恭也君、無茶をしないで!)

束を握りしめる。流れてくる、十六夜の霊気。

「神気……発勝!!」

 

 

 

 

 

(懐に残った小刀は五本……鋼糸はおそらく役に立たない)

恭也はひたすら飛び回った。自分ではこいつにダメージを与えることはできない。ならば薫の一太刀が届くまで、囮として走り回るのみ!

「!」

まずは一本、小刀を投げる。白狼は見向きもしない。その上、奴の身体をすり抜けていく。

(承知の上!)

全速で目前まで肉薄し、後方へと跳躍する。

(……何も仕掛けない?)

ただ白狼は、恭也を目で追うのみ。まるで、何をしているのか分からなげに。

(ままよ!)

視界の中に薫の姿。もう少し、もう少しで……。

 

―――しかし。

 

「〜〜〜」

一鳴きして、白狼は薫の方へと首を向ける。既に薫は白狼のすぐ近くまで肉薄していた……恭也の背筋に冷たいものが走る。

「薫さん!!」

……恭也の中で、何かが弾けた。

 

 

 

(よし! 今だ!!)

残った霊気を振り絞り、走りながら上段に十六夜を構える薫。そして、裂帛の叫びを上げて、白狼に一太刀浴びせる瞬間……

「!!」

 

―――赤く光る瞳が、薫を捕らえる。

 

「がああああああっ」

抜けていく霊気。十六夜を握る手からも力が抜けていく。

(耕介さん……ごめんなさい……)

薫はここで、死を覚悟した。

(……恭也……君……)

そして。

成長して薫の前に再び現れた、不愛想だけど真っ直ぐな少年を。

戦う術を持たぬのに恐怖を殺して手を貸してくれた、この場に残してしまう少年の事を。

強く思った……その時。

 

―――御神流 奥義の歩法、『神速』

 

その少年の顔が、目の前にあった。

「……恭也……君……」

安堵の思いと共に先程の思いを口にして、薫の意識はブラックアウトした。

 

 

 

 

 

「薫さん……」

小太刀を捨てて薫を抱えたその右手には、しっかりとした彼女の鼓動と、暖かさが感じられる。

「恭也……君……」

いつの間にか目の前に現れた恭也に驚きながら。

「すまん。助けられっぱなしだな」

薫を救った恭也に感謝しながら。

「……助けついでに、もう一度、助けてくれないか?」

耕介はある可能性を考えていた。

「耕介さん?」

視線から白狼を外さぬままに薫を耕介の横に寝かせる。何故か白狼は動かないまま。

「あれが、見えると、言ったね?」

「はい」

「今の技、まだ使えるかい?」

「あと一度なら」

そう。

彼の膝は、先程の奥義を乱発できるようなものではない。今でも恭也は膝がズキズキと痛むのをこらえているのだ。

「じゃあ……」

耕介は、彼の左手に目を向ける。

「その刀は、重いかな?」

 

 

 

 

 

その時、白狼は動かなかった訳ではなかった。

「苦しんでいるのか?」

今なら見える。奴を覆う霊気の光が脈動しているのを。

「霊気を奪いすぎて制御しきれていないようです」

左から聞こえる、十六夜の声。

「先程の薫様の攻撃も、おそらくは本能で防いだのでしょう」

右から聞こえる、御架月の声。

「……楽にしてやろう」

両の手に力を込める。できるかどうかは分からないが、ここはやるしかない。

託してくれた、親愛なる男の為に。守るべき、大切な女の為に。目を閉じて、静かに……

 

―――神気発勝

 

……恭也は、祝詞を唱えた。

左手へ己の血が流れる感覚、そして返ってくる温かな波動。

霊剣・十六夜。

己を無にしてその波動を流す。右手に集まり、渦を巻く波動。

霊剣・御架月。

輝きを増す二振りの神咲一灯流至宝、操るは永全不動八門一派・御神真刀流。

 

―――神をも屠る修羅と化す。

 

「おおおおおおおおおおおおおっ!!」

身体を駆けめぐる熱を吐き出すが如く、恭也は突き進む。その霊気に反応してこちらへ頭を向ける白狼。展開される半球状の光。そして、

「〜〜〜」

一鳴きし、その赤い瞳を輝かせる瞬間!

 

―――御神流 奥義の歩法、『神速』

 

その瞬間、世界は灰色と化す。

右手の方から壁をすり抜け、奴の眼前に肉薄する。膝が悲鳴を上げているが、そんなものは聞こえない。左足を踏み出し、力を溜める。

 

―――御神流 奥義之六

 

「あああああああああああああっ!!」

時が、再び動き出す。恭也は既に白狼の胸元。そして、刹那。

 

―――薙旋

 

一太刀目が首を刎ねる。

二太刀目が頭を掻き消す。

三太刀目が身体を両断し。

 

「!!」

そこに、白狼の心臓の位置に、ほの光る何か。それは、赤い鎖に縛られた、古びた小太刀。

 

そして、四太刀目。

その小太刀めがけて、御架月が走る。赤い鎖を断ち切って、刃が小太刀に当たった……その時。

 

―――光が、爆発した。

 

 

 

 

 

「……や君! 恭也君!」

「え……」

気が付いた時、恭也の目の前にあったのは、ぼろぼろと涙を流す、愛しい人の顔。

「恭也君! 良かった!!」

「わっ、か、薫さん?!」

……抱きつかれた。なにやら意識も身体も痺れているのか、全然実感がないけれど。ただ、薫ってくる薫の髪の匂いが、恭也を少し落ち着かせた。

「……全く、恐ろしい奴だ」

横には、十六夜を杖代わりに立つ耕介。その後には十六夜の姿も御架月の姿もある。

「恭也様、有り難うございました」

「恭也様、やりましたね!」

「……どうなりました?!」

周囲を見渡す恭也。先程とはうって変わって静寂に包まれている。

「……あれを」

耕介が指さす。どうやら先程の位置から10メートルくらい吹っ飛ばされたらしい。そして、白狼がいた位置には……。

「あれは?」

そこには、先程の小太刀が突き刺さっていた。違うところと言えば、その刀身の輝き。

「恭也様、改めてお礼を申し上げます」

十六夜がそう言ってお辞儀をする。

「あれは間違いなく、私達の同族です」

御架月が小太刀に視線を向ける。

「ということは……」

「うん。神咲の初代様が遺した霊剣のうちの一本だろう。まあ、確認に行く前に……」

言いながら、にやりと笑う耕介。

「そろそろ離れたらどうだい? 薫」

「「!!」」

一気に顔を真っ赤にする二人であった。

 

小太刀に近づいてみると、さっきまでの輝きは徐々に収まっていった。薫が、小太刀を地面から抜き、その刀身を見やる。

「……やはり……銘があります」

すると、いきなり頭上から、少し幼いながらも凛とした声。

 

「真道破魔・神咲一灯・霊剣『華弦』」

 

「「「!」」」

「それが、我が銘」

そこには。

夜空に浮かぶ月のように、十六夜や御架月と同じ出で立ちの少女が浮かんでいた。

「神咲を次ぐ者よ、そして我が同族よ。我の解放に骨を折ってくれたこと、感謝いたす」

年の頃は丁度御架月と久遠の間くらいだろうか。黒くて長い髪を靡かせて、三人の元へ舞い降りる。そして、その視線が恭也に向けられる。

「………」

にっこりと微笑む。儚げながらも、どこかで強さが感じられる少女の、心からの笑み。

「華……弦……」

その幻想的な光景に息を飲む恭也。

「華弦?!……お前は……」

言いながら華弦近づく薫……の脇をすり抜けて……。

「有り難う! 恭也様!!」

「な!!」

恭也に抱きつく、霊剣・華弦。先程までの厳かな口調はどこへやら。

「え、お、おいっ」

慌てる恭也の周りでは。

「わ」

「あらあら、まあまあ」

「うお?」

先程の剣呑な状況とうって変わった状況に戸惑う他の三人。

「か、華弦……だっけ? その、離れて」

「どうしてですか? 私を起こしくれたのは恭也様ですよ? その上、助けてくれた。もう、一生ついて行くしかありませんっ」

「……恭也君、事の発端は君のせいだったのか……」

「「恭也様……」」

苦笑いする三人。残された薫はと言うと……。

「………」

なにやらぷるぷる震えている。

「もう、離しませんっ、ずっとお側にいて差し上げますっ」

「ちょっ、待て、華弦っ。とりあえず離れて……」

「……い……」

「か、薫さん?」

凄く不穏なオーラを感じた恭也は薫の方に眼をやる。

「いい加減にせんねーーーー!!」

……爆発。

「何、この人。私と恭也様を引き裂くつもり?」

一方、対照的に冷静な下弦。

「この馬鹿娘! 恭也君から離れい!」

「あ、何、焼き餅? 見た目は大人のくせに子供なのね」

「な!……ええい、そこへ直れ! 刀の錆にしちゃる!!」

言いながら、手にした華弦で華弦に斬りつける。

「なんで自分の錆になんなきゃいけないのよ!」

華弦の方も、すっかり口調が年相応。

「か、薫さん! 危ないから剣を……」

「へーんだ、離さないもん! 恭也様は私のなんだからっ」

「ガキのくせになんばいいよるかーーー!」

離れない華弦、逃げる恭也、追う薫。さっきのダメージはどこに行ったのやら。

「……薫のあれ、久しぶりに見たなあ……」

「ふふっ、まだ薫も子供ですね」

「薫様! お待ち下さい!!」

そんな面々を、夜明け近くの空から、下弦の月が見下ろしていた。

 

 

 

 

 

───真道破魔・神咲一灯・霊剣『華弦』。

 

本人曰く、その特性は吸収と固定。霊気を持つあらゆるものからそれを吸収し、その霊気を一時的に固定させる能力。強大な霊気をも隠蔽する結界は、彼女の使い手が得意としていたものを教わったとのこと。

そもそもの事の発端は、その使い手が命を落とした事にあった。持ち主を失い残された華弦は、周りのものから霊気を吸いながら、その身を保ってきた。それを魔剣の類と間違われ、封印の後に神社に奉納される。その後、代々の神主の祝詞と参拝者の祈りを糧として命をつないだが、その神社が無人と化した。もう、余命幾ばくもなかった華弦だったが、ある人物の呼びかけで目を覚ます。しかし、長年施されていた封印が劣化・暴走した為に、華弦はこの山の化身である白狼と誤って融合してしまう。

「で、そこに俺達が現れた、と?」

「そういうことです」

 あの後、耕介と恭也は華弦が辺りから吸収した霊気をもらい回復。追っかけっこで精魂尽き果てた薫をさざなみ寮に運んだ。勿論、華弦が薫への供給を最後まで渋ったからである。代わりに十六夜が癒しで回復させ、現在こうして薫の部屋で事情を聞き出しているところであった。

「じゃあ、あの結界も華弦が?」

「はい。回復する前に大事にしたくありませんでしたし」

恭也達の質問にぽんぽんと答える華弦。ちゃっかり恭也のすぐ側に座っている。

「………」

それをジト眼で眺める薫。恭也的には落ち着かない事この上ない。

「で、その君を起こした人物というのが俺、と?」

「そうです」

恭也にとっては身に覚えがなかった。確かにあの辺りを鍛錬の地に選んだ日、あの神社で挨拶をしたのはしたのだが。

「恭也様の念、とても強かった。 『神咲の力になりたい』って」

「あ……」

「……恭也君、ひょっとしてそれは……」

耕介の視線が薫に向く。

「!」

恭也もまたチラッと薫の方を見て、一瞬で顔を赤く染める。彼がこのような所を見せるのも珍しい。

「ま、まあ、その……」

「恭也君……ひょっとして……うちの……」

「違います」

同じく赤くなる薫に間髪入れずに華弦のつっこみが入る。

(確か……)

恭也は思い返す。あの時の祈り……それは、確かに薫の力になれるなら、と思ったのが一番大きい。が、そこには耕介や那美、久遠の力にもなりたいという思いも込めていた。華弦の主張もあながち間違ってはいない。

「……とにかく、一旦お前は鹿児島に」

「嫌です」

「っ! 人の話は最後まで聞けいっ」

「今までずっと放っておいたくせに、偉そうに言わないで下さい」

「それに関しては申し訳ないと思うちょるが、恭也君は部外者じゃっ。巻き込む訳には」

「何? 部外者に助けられたくせに」

「だから人の話は……」

恭也を挟んで再び口論を始める薫と華弦。

「……なんにせよ、一件落着……かな? 十六夜さん」

「そうですね。元気な妹もできましたし」

「姉様。俺、うまくやっていく自信がないです」

「恭也様といるのーーーーーーーーー!!」

「いい加減にせんねーーーーーーーー!!」

そして、さざなみ寮にこだまする二人の声は、締め切り前の漫画家によって収められた……とさ。

 

 

 

 

 

───この後、『霊剣・華弦』と『八景』を持つ二刀流退魔師が生まれるのは、また別のお話。

 

 

 

 

 

〜完〜

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何やらぱっと見、誰の応援SSだよ?!って感じですが、これは耕介×薫でも耕介×十六夜でも薫×御架月でも、ましてや恭也×華弦でもありません。恭也×薫の応援SSなんです。

すっかり魔術師殿の三次創作になってしまいましたが、要は名作『修羅の邂逅』の十六夜エンドバージョンです。恭也と薫が再会し、お互いの想いを確認し、戦った後のある日の出来事……的な感じと思ってやって下さい。

単に、薫を守って十六夜と御架月の二刀流で戦う恭也君が書きたかったのですが。しかもどんどん長くなり、最終的に20KB越え達成。HTML形式にしたら、約120KB越え……なんだかなあ……(汗

実はこの作品、私のとらハSSの処女作だったりします。他の方々の作品をあまり読んでないので、ネタかぶってるだろうなあ……と思いつつ(笑 説明不足や設定がおかしいなど、色々不具合もあるでしょうが、黙殺して頂ければ幸いです。

駄作ですが、皆様が楽しんで頂けるのを願って。

 

2005.07.25.  New-tral=Gray


魔術師のお礼状

まずは、更新が遅くなってしまい本当に申し訳ありません。

さて、ちなみに、全然『修羅の邂逅』の3次作にはなっていませんからご安心を。
だって、修羅の邂逅の御架月は・・・

十六夜と御架月の二刀流はさすがに長くて使いづらいだろうな・・・と、ちょっと思うのは私が意地悪だからですよね(笑
しかし、久遠となのはに加え華弦にも「お兄ちゃん」と好かれる恭也。
奴の名は今日からロリコンハンターだ!
と、ファンに殴られそうなことを思ってしまいました。

追伸

「姉様。俺、うまくやっていく自信がないです」
という
御架月の台詞が一番つぼでした。
私は御架月好き・・・

では、感想をドシドシ送っちゃってください。
拍手の場合『New-tral=Grayさん』長い!ってひとは私にわかるように『Gray』さんと書いてくれれば届けます。




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