冬の日の昼下がり。

綺堂さくらはさざなみ寮に遊びに来ていた。


外部から隔絶された環境。

暖かく迎えてくれる優しい住人達。

薫や美緒の影響か、『人でない者』に対する偏見も無い。


普段、人間世界と闇世界の間で気を張り詰め続けるさくらにとって、
さざなみ寮はなんとも居心地のいい場所だった。

あまりに居心地の良さに、毎日のようにさざなみに通いつめた彼女は、
いつしか『客人』から昇格し、『さざなみの通い寮生』と呼ばれるようになった。


「………♪」


手にした紅茶を口に運び、至福の表情を浮かべる。

冬の日の午後一番、暖かな陽が射し込むさざなみのリビングで、
さくらは、のんびりまったりと美味しい紅茶を満喫していた。


「良い時間ですね…」

「はい…本当に」



今、リビングにいるのはさくらと十六夜の二人。


薫とみなみは部活。

真雪と知佳は病院。

愛とゆうひは買物。

リスティ・美緒・楓の三人は
遊びにでかけてしまった。



さくらにとってはそれでも構わない。

人がいるさざなみも勿論好きだが、
人がいなくてもここの優しい空気は変わらない。

賑やかさと静けさ――
形は違えど、どちらも彼女を癒す存在である事に変わりはないのだ。




RRRRRRR・・・


「はい、さざなみ寮です」

勝手知ったる他人の家。
寮への電話に出るにも抵抗はない。


「おう、綺堂か」


聞き慣れた声。


「ええと、仁村さんですか?」

「そ。 あのさ、耕介のヤツに伝えてくれねっかな。
 知佳の検査が長引いて、ちょっと遅くなるってさ」

「あ、はい。分かりました」

「悪ぃね。頼んだよ」


かちゃん


「そういえば、耕介さんは出かけてませんでしたね」






・・

・・・

・・






とんとん

軽いノック。 だが、返事は無い。


「耕介さん」


呼びかけ。 やはり返事は無い。


かちゃ


部屋の鍵はかかっていない。


「耕介さん、いるんですか……?」


扉を少し開けて覗き込む。


暖かな陽が射し込むベッドの上で、
耕介は身体を横たえてすーすーと寝ていた。


「………くすっ」


さくらより年上で、体格もずっと大きい耕介だが、
こうして無防備眠っている姿は、可愛くすら感じられる。


「……本当に気持ちよさそう」


耕介の顔をそっと覗く。
普段から憎めない顔をしているが、寝顔はそれ以上だ。


(夜の一族の間では危険視すらされている「神咲の退魔剣士」が
 こんな愛くるしい寝顔をしているなんて誰も思わないでしょうね)


声を殺して、くすくすと笑う。


「でも耕介さん、今日はいい天気ですから、
 うたた寝してしまう気持ちも分かりますけど…


横に畳んであった毛布を広げて、


「そのまま寝てると風邪ひいちゃいますよ」


耕介の身体に毛布をかけようとした、


その瞬間。



「えっ……きゃっ!?」


突如、さくらは腕をつかまれ、
そのままベッドへと引きずり込まれた。


「え!? え!? え!?」


ぽすん、と音がして
さくらはベッドに倒れこむ。

いわゆる添い寝状態。
あまりの突然さに、さくらは何も抵抗できなかった。



どくん


ようやく自分の状況を把握したさくら。
途端に、胸の鼓動が早くなる。


どくん どくん


普段の耕介のイメージからか、
不思議と「乱暴される」という感覚は無い。


どくん どくん どくん


「ちょ、ちょっとっ…」


だが、耕介は止まらない。

自分にかけられた毛布をさくらにもかけると、
ぽんぽんとさくらの頭を優しく叩いた。


「あっ…」


こんな優しいスキンシップはいつ以来だろう。
もはや記憶にも残っていない子供時以来だろうか。


(って、そうじゃなくて!)


思わず流されそうになる自分を戒めて、
さくらはぎゅっと身を固める。



「………」


静寂


「………」


静寂



「………」


静寂



「あ、あの…こ、こ、耕介さん?」


おそるおそる、目の前にある耕介の顔を覗く。



「……すー……すー」


安らかな寝息。


「……寝て…る?」


戸惑い覚めやらぬさくらを一人残し、
耕介はいつしかまた眠りの世界に入っていた。


「……単に寝ぼけてた…だけ…?」


ふうっ


全身の力が一気に抜けた。


この、はた迷惑な管理人さんは
相変わらず、すーすーと実に気持ちよさそうに寝ている。

こんな姿を見せられては、不思議と怒りも湧いてこない。
さくらは思わず苦笑した。



しかし…、とさくらは思う。

普段のさくらなら、さっさと相手を突き飛ばして逃れているはずだ。
なぜ今日ばかりは、相手の為すがままになっていたのか。


(……耕介さんの寝顔に、見惚けていたから………なんてね)


何を馬鹿なことを。
自分の発想にさくらはまた苦笑する。



ふわり



気がつけば、
射し込む陽射しは暖かいし、
干したばかりの布団はこの上なく気持ちいい。



徐々に思考がぼんやりとしてくる。



そういえば
私はいつまでここで寝ているんだろう、
さっさと立ち上がらなくては……


半濁状態でそんな事をぼんやりと思ったのをさくらは、
その思考を最後に、別世界へと意識を埋没させていった。










・・








「耕介、ただいまー……って、さくら! な、何してるんだっ!?」



1時間後、

耕介の部屋で、耕介に抱きついて眠る彼女の姿が
リスティによって発見されるまで。










―――後日談




「…んで、本当に何も無かったんだな?」


「………はい」


耕介は、嫉妬に狂ったリスティにボコボコにされた上、
帰宅した薫と真雪から厳しい尋問を受けていた。


「すみません、私が悪いんです…」


さくらが申し訳なさそうに言う。


「まあまあ、何も無いってゆうんやし、もうえーやんか。
 …でもさくらちゃんって意外と大胆やね」

「ち、違います、あれは…!」


慌てるさくらを制して、薫が受け継ぐ。


「耕介さん。耕介さんが綺堂を…、
 その…引きずり込んだ言うんは本当とですか?」


「寝ぼけていて記憶が曖昧だけど、多分…」


ジロリ

一同の視線が一斉に厳しくなる。


「…どういうことですか」


「それは…」


「あー、それは多分あたしと間違えたのだ」


「「 …………………!? 」」


美緒の突然の発言に呆気にとられる一同(さくら含む)


「あたし、よく耕介の部屋で日向ぼっこするのだ。
 そーすると耕介は風邪ひかないように布団にいれてくれるのだ」


「……で、今日は逆光でさくらちゃんの姿を見て、
 似た耳をした美緒ちゃんと間違えた、と?」


こくり。


耕介と美緒が同時にうなずく。


「…そういえば今日は、安心しきって耳を出しっぱなしでした」


「そ、それはまあ構わんよ…。 
 せっかく遊びに来てるんじゃから、くつろいだらええ」


「で、でもそれじゃ。
 さくらちゃんが耕介さんに抱きついてたのは?」


「あー…途中で陽がかげって寒かったから多分無意識に
 暖かいお兄ちゃんにくっついたんじゃないかな」


こくん。


今度はさくらがうなずいた。






ようやく一同納得。
両名は解放された。




「しかし、本当にすまなかったね…。
 俺が寝ぼけて嫌な目あわせた上、説教まで聞かさせちゃって」

「いえ、気にしないでください …別に嫌じゃあありませんでしたから」

「え?」

「…な、なんでもありません」



この日から、

さくらがさざなみに来る理由が

一つ増えたとかなんとか。






「………むー」

「どうしたのリスティ?」

「……ライバルが増えた…」

「???」


 



「……!」

「? どうしたのだ、楓?」

「うち、いいこと思いついたわ」

「???」






数日後、

耕介の部屋に忍び込もうとしていた『ネコミミ姿』の楓が、

薫に説教を受けている姿が寮生達に目撃されたという。





Fin







<後書き>

耕介×さくら、まだカップル未成立時の話です。
「耕介×さくら」支援のSSのつもりで書いたですが…、
こんなヘボいのでも大丈夫なんでしょうか…(汗)

ちなみに三毛猫さんの「さざなみ寮的日常〜午後の一幕〜」や
御月さんの「ひだまりの中で」の影響をモロに受けてますw
めちゃくちゃいいSSですので、未読でしたらぜひお読みください。


魔術師のお礼状

落宝金銭さんからいただいた『耕介×さくら』応援SSです。
しかし、ヘボいだなんて謙遜を。
甘くてかわいいSSじゃないですか!
ただ、人様のサイトの宣伝するなぁ〜!!!(笑

と、いいつつ読みに行こうと思う魔術師であった。


さくらも可愛らしいけど、何となく耕介と日向ぼっこする美緒がかわいいなぁと思ったり。

しかし、本当に耕介は日溜りとか昼寝とか、似合いますよねぇ、なんかほんわかしちゃいます。
恭也だと、昼寝というよりも、盆栽とかと光合成みたいになっちゃいますし、武術家ですから『寝惚け』自体使いづらいですしね。

ぜひぜひ、美緒とさくらの獣耳’sに囲まれてお昼寝したいものですね


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