右を見る。
・・・真っ暗だ。
左を見る。
・・・・・・やっぱり真っ暗だ。

左右それぞれの分かれ道は、明かりもないまま、さらに奥へ奥へと続いている。
そう、今、リスティは真っ暗闇の中にいる。
助けてくれる人は誰も居ない。
そもそも、周りに人が居ないのだから当然だ。



物理的な暗闇。
それは、人間のもっとも根源的で、克服しようが無い恐怖。

孤独。
それは、時に物理的な暗闇以上に人の恐怖を掻き立てる。



周りを見渡す。
足元を照らす僅かな、本当に僅かな灯りだけで、世界は闇に覆われている。
そして、巨大な怪物の身体の中のように、奥へ奥へと続く細い通路。


ここは、巨大で暗い迷宮だ。






いや、比喩じゃなくて。





『落ち着け、落ち着け』

煙草に火をつけながら、自分に言い聞かせる。
ライターの炎が灯す頼りない明かりすら今は心強く感じた。

香り高い、お気に入りの煙草を胸いっぱいに吸い込む。
ふぅーと吐き出した紫煙とともに、胸に溜まった不安を吐き出そう。
そして、何とかして、いつものクレバーな思考を取り戻さなければ。

『こういう時はまず現状を把握し、何故こうなったのかを整理しないと』

別れを惜しむようにジッポの炎を消す。
この先、コイツだけが頼りなのだ。
こんな所で、ガスが切れたら目も当てられない。


そもそも、なんでこんな迷宮に迷い込んだのか。


君の手を引き歩くのさ


〜数日前〜

忙しかった仕事も終わった金曜日、真直ぐ寮に帰る気にもなれず、紅茶でも飲もうと思い立った。
金曜日の午後は、次の日が休日だからだろうか、ここのところ何故か、帰りに決まって紅茶が飲みたくなってしまう。

せっかく行くのだから、お気に入りの店に行こう。
そう考えるのは当然のことだ。

夕暮れ時の店内は学生で賑わっていた。
かといって、混雑しているわけではない。
程よい喧騒と活気、くつろぐにはなかなか理想的な状況といえる。
そもそも紅茶やケーキが美味しいこの店が、ガラガラなどという事態は、周りの学生達と同じように、自分がまだ同じ制服を着ていたとき以来、ついぞ目にした事が無い。
運よくリスティがお気に入りの席は今日も空いていた。
もっとも、仲間達とおしゃべりに来る学生ばかりの時間帯、一人掛けのカウンターが埋まることはそうないだろうけど。

見知った店員に紅茶とシュークリームのセットを頼む。
それが、彼女のお気に入りのメニューだった。
湯気とともに、紅茶の芳しい香りが鼻腔を擽る。

その香りと味を楽しみながら、紫煙を燻らせる。
無論、この煙草も彼女のお気に入りの銘柄だ。


お気に入りの店で、お気に入りの席に座り、お気に入りのメニューを味わいながら、お気に入りの煙草を楽しむ。

幸せだ。

思わず、笑みがこぼれてしまう。
人の目を惹くプラチナブロンド、モデル顔負けのプロポーション、そして、整った容姿の妙齢の美女。
そんな彼女の、思わずこぼれた幸せな微笑、男なら誰でも瞳を奪われても仕方がない。
御多聞に漏れずカウンター越しに瞳を奪われる店の店員。

そんな視線を感じてリスティが微笑む。

「僕の顔に何かついてるかい、恭也」

見惚れていた気恥ずかしさから何も言えない恭也を見て、リスティは先ほどよりもさらに鮮やかな微笑を浮かべる。

「いや、幸せそうだなと思いまして」

照れくささからか、いつもよりもさらに無愛想な返答。

「僕に見惚れたかい?」

そんな、恭也の顔に僅かに挿した頬の赤さを見逃さず追い討ちをかける。

「いえ・・・・・・・・・その・・・」

お気に入りを取り揃えたこの店の中でも、一番のお気に入りである少年に対し、今度は悪戯っぽく笑いかける。
お気に入りを並べたところにたまたま恭也が居るのだ、断っておくが恭也が居るからお気に入りなのではない。
まして金曜日は、恭也がバイトしているから足しげく通っているなどということも無い。

そんな、誰に言うでもない言い訳を自分に言い聞かせながら、照れた恭也を横目で見つめる。

無愛想で不器用で無骨。
でも、そんな恭也を気に入っているリスティだ。
何も言えず、照れたような困ったような笑顔を愛でるのもまた楽しい。

「いつものリスティさんも奇麗ですけど、何だかかわいいなぁ・・・と思いまして」

その言葉に、リスティの雪のように白い頬が真っ赤に染まる。
不意打ちだ、完全な不意打ちだ。

そう、無骨で不器用で鈍感な恭也だが、だからこそ思ったことをストレートに口にすることがある。
飾りが無い直球の言葉は、時に万の気障な言い回しよりも恥ずかしい。

「恭也、日曜は暇かな?」

どうやら、戦況は自分に若干不利なようだ。
耳まで熱いのだから、今の自分はきっと真っ赤な顔をしているだろう。

自分のペースに戻すために話題を変える。

「日曜・・・ですか?天気が良ければ盆栽の手入れをして、刀を研いだりする気でしたけど」

「それは、暇だってことだよね?」

苦笑しながら鞄からチケットを取り出しカウンターに置く。

「さて、ここに遊園地のチケットが二枚あります。
期日は明後日の日曜日までで、僕ほどの美女が日曜日は予定がありません」

恭也がチケットとリスティの間で視線を行ったり来たりさせる。

「さて、ここで問題です。
高町恭也の日曜日の行動はどっちでしょう?
1、盆栽や刀の手入れをして過ごす。
2、日曜日誰かと遊園地に行く」

「えっと、もしかして俺を誘ってくれてるんですか?」

驚愕する恭也に、リスティがパチリとウインクしながら、恭也の顔の前で人差し指を左右に振る。

「違う違う!」

「え、違うんですか?」

表情にはほとんど表れないが、落胆したような声色にリスティは心の中で満足げにガッツ・ポーズ。

「そ、違う」

とびっきり人が悪い、でも、チャーミングな笑顔で微笑む。

「でもね、君が誘ってくれるんだったら、僕も付き合ってあげてもいいけど」

きょとんとした目、ついで一杯に見開きびっくり、最後に恭也には珍しく破顔して頷いた。

「リスティさん、日曜日お暇でしたら一緒に出かけませんか?」

「しょうがないな、君が僕と出かけたいって言うなら付き合ってあげてもいいかな」

恭也を無表情という人が居るが、リスティは違うと思う。
確かに、今見せてくれているような、破顔した恭也なんて珍しいが、この少年は意外と表情が豊かだ。
恭也の感情の変化は目に出る。
目は口ほどに物を言う、とは昔の人は上手いことを言ったものだ。

そんな事を思いながら恭也に笑顔を返すのだった。

















『・・・・・・ふむ、ここまでの行動に問題は無いね』


先ほどから何度曲がり角を曲がっただろうか。
そろそろ、方向感覚が狂ってきた。
もう諦めて入り口に戻ろうにも、すでに来た道がわからない。

もっとも、彼女の能力を持ってすれば、すぐに出口にテレポーテーションすることだって出来る。
しかし、それは出来ない。

それは、敗北を意味する。
リスティは負けず嫌いなのだ。

誰に負けたことになるかって。
それは、もちろん恭也に決まってる。
挑まれた勝負だ、負けるわけには行かない。

だからこそ、暗闇の中、おっかなびっくりゴールに向かって進んでいる・・・はずだ、自信がなくなってきたが。

暗闇の正体。
それは、恭也と連れ立って来た遊園地のアトラクションだった。


『ゴースト・ラビリンス』


それがこの暗闇の正体だったりする。
まあ、その名の通りお化け屋敷と迷路が合体したアトラクションだ。

そして、これがまた無駄に長い。
何でもギネス申請中の、世界一長いお化け屋敷だとか。


『そもそも、何で僕がこんなアトラクションを一人でこなきゃ行けないんだ』


せっかくの恭也とのデートなのに。
そう呟いても誰からも返答は無い。

「あーあ、何でこんなことになったんだか」

不安を紛らわすように独り言を呟いている自分に、苦笑してしまう。







〜日曜日 午前中〜

海鳴駅で待ち合わせて、二人で連れ立って歩く遊園地。
記念すべきデート、散々何を着ていくか迷ってしまう自分に呆れてしまう。

これは、大人っぽすぎる。
お気に入りのシックなスーツを投げ捨てる。
これは、ちょっと季節が早い。
厚手のセーターと、それにあわせて買ったロングスカートも放り投げた。
一着一着吟味しては放り投げる。
それを繰り返すうちに、持ってる服のほとんどをクローゼットから引っ張り出してしまった。

基本的にリスティが好んで着るのはパンツルックだ。
それも大人の女を自認しているリスティだ、デザインもシックで落ち着いた色の物が多い。
スタイルがよく、輝くような銀のプラチナブロンドのリスティには、それが一番似合うのだと彼女自身が自認している。

しかしそのお気に入りの服たちは、どうせ真っ黒な服を着てくる恭也と並ぶと、残念ながら映えないだろう。
恭也とは何度か一緒に出かけている。
しかし、どれも仕事がらみで、純粋なデートは今回が初めて。
リスティは恭也を憎からず思っている。
誰も聞いてないにも拘らず、好きだ。と、言えない、素直じゃない自分に苦笑してしまう。
でも、リスティだって女だ、どうせなら恭也の口から好きだって言わせたい。
会話の端々から、恭也が自分をどう思ってるかはわかってるつもりだ。

好意を持ってくれている・・・・・・・・・・・・はず。

絶対の自信をもって断言できないけれど。

「それというのも、恭也が鈍感で不器用で煮え切らないせいだ」

「不器用で煮え切らないのは誰かさんも一緒でしょ」

「おわぁっ!!」

独り言に、それも乙女心満載の独り言に、返答を返されて思わず叫んでしまった。

「フィリス、レディーの部屋に入る時は、ノックくらいはして欲しいんだけどね」

いつもの大人っぽい口調で返すも、さっきの叫びの前では照れ隠しなのはバレバレだ。

「ずっとノックしてたんだけどね。
誰かさんがね、今日のデートのことで頭が一杯で気が付いてくれなかったのよ」

『ムムム、かわいくない妹だ』

「駄目よ、リスティ。
せっかくのデートなんだからスカートにしなさいよ」

姉の心妹知らず、にらむリスティなど何処吹く風で、服選びに割って入ってくる。
お互いにテレパシーが使える姉妹でも、意思の疎通は難しいらしい。

「はい、これなんかどう?」

笑顔とともにフィリスが差し出してくるのはワンピースだった。
色使いも明るいが、派手すぎず、デザイン自体は落ち着いている。
これなら、黒を基調とした恭也と並んでも映えるに違いない。
ただ一つの問題は、それがスカートだってこと、それも、かなりのミニスカート。

「フィリス・・・これは、ちょっと短すぎやしないか?」

鏡の前の自分の姿に思わず赤面する。
恭也と居る時も、スカートすら掃いたことが無いのに、いきなり太ももまで露出したミニだ。
照れない方がどうかしてる。

「そうかな、かわいいと思うけど」

「いや、だけど、かわいすぎて僕には似合わないよ。
どっちかというと、フィリスみたいな・・・」

子供っぽい人のほうがが似合うんじゃないか。
特に、胸なんて子供そのもの・・・。

「リスティ!?」

ギロリと、今にもサンダーを喰らわせそうな妹を、乾いた笑顔でごまかす。

『訂正、やっぱり僕達姉妹は世界一通じ合っているらしいね』

この場合、不幸以外の何物でもないけれど。


宥め、賺し、何とかして機嫌を直したフィリスが、ニッコリ笑ってリスティの背中を押して、強引に玄関まで連れて行く。

「ちょっと待って、やっぱりもう少し違った服が・・・」

「今から着替えるの?遅刻確定ね」

「う・・・」

時計を見ると、既にバスが出発するまであと5分を切っている。

「恭也君を待たせたら悪いし、代わりに私が行ってあげようか?」

なんて、人が悪い笑顔を浮かべる妹。

『うーん、誰に似たんだ?
この真雪みたいな人が悪い笑顔は。とても可憐な僕と双子とは思えない』

苦悩する姉を尻目に妹は、誰かさんそっくりの笑顔で止めを刺した。

「恭也君も男だもん。
きっと、喜んでくれると思うけど・・・」

「え?」

「はい、行ってらっしゃい」

一瞬動きが止まった隙に、ドアから追い出され、鍵までかけられてしまった。
諦めてこの格好で行くしかないらしい。

「応援してるからさ」

ドア越しの妹の声援を耳にバスに向けて駆け出した。


駅前では、既に恭也が立っていた。
何度も腕時計を見たり、周りをキョロキョロしているのを見ると待たせてしまったらしい。

「恭也、待たせてゴメン」

「いえ、待ってなんてないで・・・」

オズオズ、そんな表現がぴったりの様子で、恥ずかしそうに恭也の前に立つリスティ。

「・・・変、かな?」

言葉をなくした恭也の反応に不安を感じたのか、リスティは恥ずかしそうに太ももの足りを隠すように手を組んでいた。

「いえ、かわいいですね」

恭也だって健康な成年男子。
惜しげもなく白い肌が、きめ細かい太ももが、目に飛び込んでくれば言葉をなくす。
まして、今日のリスティの表情は反則だ。
いつもの、自信と余裕で彩られた大人のリスティとはイメージが全然違う。
物陰に隠れてこっちを覗う小動物のような、可愛らしい仕草。
思わず口をついた言葉は100%の本音であり、だからこそ、言ったほうも言われた方もますます照れてしまった。




家族連れが目立つ日曜日の遊園地。
最初はぎこちない二人だったが、遊園地につくころには、それも何とか収まり、いつもの振り回すリスティと、それに従いながらも楽しそうな恭也という構図に戻っていた。

「ふー、楽しかった。
恭也、悪いね、絶叫系にばっかりつき合わせて」

休憩を兼ねて、ちょっと早い昼食を取りながら午後の予定を立てる二人。

「いえ、俺も好きですから平気ですよ。
それにしても、目ぼしいのは大体乗ってしまいましたね、午後はどうします?」

リスティも恭也の園内案内図を見る、恭也が言うように目ぼしい乗り物には全部乗ってしまっていた。

「そうだね、あとはメリーゴーランドとか・・・は、イメージじゃないね。フィリスなら似合うだろうけど」

その発言に恭也は、なんとも言えない微妙な顔をしていた。

「お、これはどう?」

リスティの白く奇麗な指に見惚れる。

「恭也、どうしたの?」

「え!?いや、その・・・」

しどろもどろな恭也に首をかしげ、にやりと笑う。

「まさか、恭也怖いとか・・・?」

慌ててリスティの指の先を視線で追う。
そこには、『ゴースト・ラビリンス』の文字があった。

「これか、フィアッセや美由希が言ってた世界一のお化け屋敷っていうのは」

「そうそう。で、どう?怖いなら止めておこうか?」

からかうようなリスティに、恭也が珍しく不適な笑みを浮かべた。

「いえ、行きましょう!
せっかくだから、競争しましょうか」

「え?」

「先にゴールした方の勝ちってことで、負けた方は、一個勝った方の言うことをきくってことでいいですか?」

「え?え?」

「じゃあ、先にどうぞ」

「え?その、僕一人で?」

目の前にあるのは巨大な迷宮。
さすがにギネスに申請するだけのことはある。

「これ、徒歩30分くらいかかるみたいなんだけど」

「最短で30分が目安らしいですね」

何処と無く不安げな顔のリスティに、恭也がニコリと笑顔を向ける。

「えと・・・まさか怖いんですか?お化け屋敷・・・。だったらご一緒しますけど」

「はっはっはっは、僕がお化けなんて怖いわけないじゃないか」

「そうですよね、フィリス先生じゃあるまいし・・・」

『・・・ここでフィリスの名前まで出すなんて、なかなか策士だね恭也』

フィリスまで引き合いに出されたら、リスティは性格的に断れない。
乾いた笑いのリスティに微笑みかける恭也。

『っく・・・いったい何を企んでる?』




不意に思い出したのは、昨日の帰りがけの美由希の言葉だった。

「恭ちゃんて意外な一面も持ってるんですよ」

恭也とのデートに浮かれてたわけでもないが、休憩中の美由希を強引にお茶に誘い話していた時にそんな事をいってた気がする。

「なんていうのかな、意外とお茶目というか、意地悪というか・・・」

どの時は一笑に付した。
だって、自分が抱いてた、いや、世間一般の高町恭也のイメージとは、かけ離れていたから。
寡黙で無骨で不器用で、冗談すらあまり口にしないような、そんな古武士のようなイメージを抱いていた。








「はははは、なるほど、美由希の言うとおりだったわけだ」

相変わらず真っ暗な道を手探りで歩く。
そう、この暗闇の中でリスティが一人っきりの理由は、それだった。

「―――加えて、僕の意地っ張りさかな」

ポツリと漏らした呟きは、バーン!!という音に掻き消される。
突如右の壁が裏返り、貼り付けの囚人が出てくる。


それを意に介さず進む。


そう、お化けなど、いや、お化け屋敷など少しも怖くない。
恭也が言ったように、怖がりで一人では夜の病院も歩けないフィリスなんかとは違うわけだ。

でも暗闇は違う。
リスティが恐れているのは真っ暗で何も無い空間。
それに比べれば、お化けでもトラップでも何でも、何かあるほうがよっぽどマシだった。

怖いなら、怖いといえばいいのだ。
それを、意地を張るからこんな目にあう。


音も無く包む闇は、人間にとって本能に刻まれた原初の恐怖。
暗闇に包まれていると、嫌でも昔を思い出してしまう。

孤独。

慣れ親しんだ状況のはずなのに、今はこんなにも心細い。

さざなみ寮に来るまでリスティは闇に包まれていた。
誰も彼女に興味を示さない。
興味があるのはLC-20という研究対象、モルモットの心に興味を示す者などいるわけがなかった。

何も無い空間、空っぽの心。

それが彼女の全てだった。


孤独。
それが、何よりも恐ろしい。
暖かな食事、温かな言葉、優しい家族。
今ある物は全て夢。

目を覚ませば消えてしまうのではないか。

友人が、家族が、さざなみ寮の皆の顔が浮かんでは消えてゆく。
そして、最後に残ったのは、自分をこんな状況に置いた主犯の顔。

「恭也・・・」

この胸に宿る感情すらも、泡沫の夢ではないかと思うと、訳も無く泣きそうになる。





コツン・・・

T字路に差し掛かった。
前の方で物音が聞こえる。
左の道の向こうが僅かに明るい。

「出口か?」

腕時計を確認する。
もう、入ってから1時間が経とうとしていた。
そろそろ、出口に着いてもおかしくない。

一時間も経っている。
きっと、恭也は焦れた様に、心配そうに、いつまで経っても出てこない自分を心配しているはずだ。
あそこに行けば恭也に会える。

はやるように走り出そうとする。


「ワッ!!」

「キャッ!」


ゴールが見えて油断したところに後ろから背中をトンと押されながらの大声だ。
さすがのリスティも、びっくりしないわけが無い。
思わず、悲鳴をあげてその場に座り込んでしまった。

「びっくりしました?」

嬉しそうに声をかけてきた犯人を半目で睨む。

「あれ、やりすぎでしたか?」

睨むリスティの目尻の涙に気が付き、焦る犯人。

「・・・恭也、何やってるの?」

静かな、落ち着き払った声。

「え、いや、その・・・」

「何やってるの?」

静かな声なのに、有無を言わさぬ、言い訳すらも許さぬ迫力があった。
ミニスカートでぺたんと尻餅をついているのだ。
本来なら太ももが眩しいくらいに色っぽいはずなのに、そんな事を考える余裕も無い。

「いや、そのいつものリスティさんも素敵だけど、驚いたリスティさんもかわいいかな・・・なんて思ってしまったり」

「そのために、ばらばらに入ろうなんて提案したわけ?」

「はい」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「えっと、その、怒ってます・・・よね、やっぱり」

睨みつけるような視線、そのまま、何ともいえない顔に変わり頭を掻いた。

「・・・時に君はどれくらいここで私が来るのを待ってたわけ?」

「えっと、30分くらいでしょうか?」

「・・・・・・30分も?ここで?物陰に隠れて?
ププ、あっはははははは」」

とうとう堪えきれないように笑い出したリスティ。
そんなリスティを見て、ようやく恭也も安堵の笑みを浮かべた。

「笑い事じゃないんだけどね」

拗ねたような表情で恭也を睨む。
いつもと違うリスティに、罪悪感を感じながらも恭也は眼を離せなかった。

「すいません」

手を貸しながら素直に謝る恭也に、リスティがオズオズとその手を握る。
リスティは恭也の手を握ったまま動かない。いや、立ち上がろうと努力をしているのか、縋る手に力を入れているようだが、一向に立ち上がる気配が無い。

「・・・たみたい」

「え?」

何故か真っ赤な顔で、恭也から恥ずかしそうに視線を逸らす。

「腰が抜けちゃったみたい!」

怒ったような口調だが、耳まで赤くなっていては迫力なんて全く無い。
真っ赤な顔、目尻の涙、ぺたんと子供みたいに尻餅をついたリスティ。

「あははははは」

思わず、笑いがこぼれる。
そんな恭也を恨めしそうに、ム〜、っと上目遣いに睨んでくる。

「誰のせいだと思ってるんだい?」

いつものリスティからは、創造もできないような子供っぽい表情。
可愛すぎて思わず微笑がこぼれてしまう。

リスティの腰に手を差し込む。

「きょ、恭也!?」

ちょっと逡巡したあと、ミニスカートから覗く足にも腕を差し込んでリスティを抱き上げた。

「ちょ、ちょ・・・ちょっと恥ずかしいだろ、こんなの」

「暴れないでください、リスティさん」

ただでさえ細い腰や柔らかい感触、暖かい体温や腕を通して感じる鼓動でどうにかなりそうなのに、リスティが暴れるたびに、その豊かな胸が腕に触れのだ。

「いいよ、もう治った、降ろしてくれ」

リスティの抗議を無視してゆっくりと出口に歩き出す。

「まさか恭也、このまま、外に出る気なのかい?」

「俺の責任ですから」

照れたような表情、自分を抱く確かな感触、そして恭也の温もり。


コツン、と、恭也の胸に頭を預ける。
トクントクン、という、恭也の鼓動が聞こえる。

混ざり合う体温と鼓動、それが、先ほどまでの孤独という名の闇を溶かしていく。
闇から出て、眩しい光が視界に差し込む。
このまま外に出るのはかなり恥ずかしい、けど、見せ付けてやりたい、そんな気持ちが無いこともない。

『ならば、恥ずかしいなんて感情は捨ててしまえ』

身も心も恭也に預けて、そっと右腕を首に回す。
より密着度が増す体勢になったからか、一瞬恭也がドキリと反応した。


「あれー恭也、どうしたの?」

人が悪い、からかう様な表情。
すっかりいつものリスティに戻っていることに、恭也は安堵と落胆の溜息を漏らした。


「さて、恭也。
僕の言うことを何でもきいてくれるんだよね?」


「え!?」

「先に出口を出た方の言うことをきく約束だっただろう?」

「え?俺の勝ちじゃないんですか?」

「何で?」

びっくりしている恭也にリスティが勝ち誇った笑みで問い返す。

「君の方が早く出口の付近まで着いた。
それは認めるけどね、こうして、僕の体の方が先に外に出ただろう」

「言われてみれば・・・」

確かにリスティをお姫様抱っこしたまま出口を出たのだ、恭也よりもリスティの身体全体が先に外に出たといわれれば頷くしかない。

「で、俺は何をすればいいんですか?」








強い風が吹いた。
リスティの呟きが風に乗って霧散する。

恭也は何も言わず苦笑して、でも力強く頷いた。

「うん、じゃあね、とりあえずあのベンチまでレッツゴー!!」

「ちょ、リスティさん、暴れないでくださいってば!」



この命令は、生涯違える事は無く、黒い剣士は常に銀色の妖精の傍らにあった。
雨の日も風の日も、病める日も健める日も、喧嘩をしても年をとっても・・・・・・・・・・・・。






















「ねえ、恭也、僕がもう良いって言うまでさ、ずっと手を離さないで居てくれる?」





















言葉は風に舞っても、誓いだけはいつまでも二人の胸の中に。





魔術師の後書き


はい、第4回他力本願寺、恭也×リスティ優勝おめでとう!!SSでした。
茜屋さんの素晴らしい絵に、須木さんの、天田さんの、霧城さんの、素晴らしい御褒美SSに負けないように書こうと気合を入れましたがいかがだったでしょうか?
やっぱとらハやり直さないとちょっときついなぁと思いつつ、有り余るリスティへの愛情をつづってみました(爆
一応、王様らしいので(謎