『出会い方』



「あーあ……」


もう何度目か分からない、そんな声が溜め息とともに忍の口から零れ出る。
日当たりの良いバルコニーで午後の紅茶を楽しんでいたところにそんな溜め息を吐かれた恭也は眉をひそめる。


「……忍、さっきから一体どうしたと言うんだ。お前が溜め息ばかり吐いてるとこっちまで憂鬱になってくる」

「あー、うん、心配してくれるんだ。ごめん、それとありがと」


気の抜けた返事に、今度は恭也が溜め息を吐いた。


「はぁ、お前な。心配してくれるんだ、だと? 当然じゃないか。それともあれか、お前には俺がそんなに薄情者に見えるのか」

「え……? あはは、違う違う、そうじゃないの。まさかそんなに心配かけてるとは思わなかったから」


慌てて両手をバタバタと振りながら懸命に否定の意を表している。


「ふむ、つまりは俺が心配するまでもない取るに足らないことだというのか?」

「そ、恭也が気にするようなことじゃないわけよ」

「だがな、そんなに溜め息ばかり吐くようなことなんだろう?」

「うーん、それはそうなんだけどね。実のところどうしようもないことなのよね」


忍には恭也が気を使ってくれていることはよく分かっていたが、恭也に話したところでどうにもならないことも分かっていた。


「そうか。でもな、忍。俺でも話を聞くことは出来るからな。一人で抱え込むくらいなら俺に相談してくれ」


いつでもいい、と恭也は本当に忍のことを想っている真摯な目で話す。


「ほんとにいつでもいいの?」


まだ少しだけ紅茶が残っているカップに口をつけ、空にしてから指で弄びながら恭也を上目遣いに見る。


「ああ、いつでも、だ。もちろん、何なら今すぐでも俺は一向に構わないからな」

「んー、それじゃ聞いてもらおっかな」


忍がのろのろと鬱陶しそうに体を起こすのとほぼ同時に恭也も腰掛けていた椅子から立ち上がっていた。


「どうしたの?」

「長くなるかは分からないが話すにしろ聞くにしろ何か飲み物があった方がいいからな」


空のカップを顔の前に掲げて、淹れなおしてくる、少し待ってろ、と二つのカップを持って背を向けた。


「ああ、それと、もう結構冷え始めてきてるから中に入っておけ」


ぶっきらぼうな物言いだが、それが恭也の恭也たる所以であり、優しさある。


「はーい」


忍はその優しさに頬を緩めると甘えきった声で返事をすると、恭也の後をゆっくりと追った。






「うう……悔しいけど、やっぱり美味しい」


暖かな湯気と香気を醸し出しているその一杯を複雑な心境の中で味わう忍。


「一応フィアッセからは免許皆伝を言い渡されているんだ。これで出来が悪かったら店で出すわけにもいかないだろ」


本格的に歌手として活動を始めたフィアッセが翠屋のチーフウェイトレスの座を忍に譲ったのは半年程前のこと。

以来、目下修業中の忍と店にいる時は飲み物を一手に任されている恭也ではスキルの差があるのは当然のこと。


「なに、あのフィアッセが忍を後継者として認めたんだ。心配しなくともお前ならやれるさ」

「うん」


ふかふかのソファーに身を埋めた忍は、恭也の手で優しく頭を撫でられ気持ち良さそうに目を細める。


「――はっ!」

「む……!」


そのまま目を閉じそうになって漸く自分たちが何をしようとしていたのかを思い出した。


「そういえば、話すって言ったよね、わたし」

「俺も聞くと確かに言った覚えがある」


お互いに目を合わせて、忘れかけていたことを確認して苦笑。


「あー、でも、恭也に撫でられるのってやっぱり気持ちいいなぁ。ね、ちゃんと話すからそのまま続けて?」

「ああ」


ぽて、と膝の上に倒れこんできた忍の頭を恭也は慣れた手付きで撫で続ける。


「んー……あのね、実は結構前から考えてたんだけど」


目を閉じて気持ちよさそうに撫でられながらゆっくりと言葉を紡ぐ。


「もったいないことしたなぁって」

「何がだ?」

「ほら、わたしたちって風校時代ずっと一緒のクラスだったでしょ?」

「気付いたのは3年になってからだったがな」

「そう、それなのよ。もったいないと思わない?」

「だから、何がだ。はっきりと言え」

「もう、恭也ってば相変わらずこういうことには鈍いんだから」

「……馬鹿にされているのはよく分かったがな」


ふぅ、と溜め息を吐かれても忍の頭を撫でる手は止めようとしない。


「だからさ、せっかくずっと一緒のクラスだったんだから1年のときに出会えてたらなぁ、とか思わない?」

「……あぁ、そういうことか。ふむ……俺だって考えたことがないわけじゃない」

「だったら……!」


体を起こそうとした忍を軽く抑えて言葉を続ける恭也。


「お前の気持ちも分からんでもないが、俺はあれで良かったと思う。もし、もっと早くお前と出会うようなことがあったらおそらく今のような関係にはなれなかっただろうからな」

「そんなこと……あいたっ」


それでも反論しようとして口を開きかけた忍の額を恭也は指で軽く弾く。


「忍、過去をどうこう出来ないのはお前もよく分かっているだろう?」

「……うん」

「過去はどうしようもない。その代わり、これからはお前が嫌だといってもずっとお前といる。もちろん、今お前が望んだ二年分も含めて、だ」

「ほんとに?」

「本当さ。それとも、俺はそんなに信用ないのか?」

「そんなことないよ。でもほら、わたしは普通とは違うし……」

「そんなのはお互い様だろう? お前がヒトと違うなら、俺は人と違う」


普通とは違うことを否定するどころか強く肯定してしまう恭也の言葉を受けて忍の心は不安に揺れる。


「ふん、だからどうしたというんだ。俺は俺でお前はお前、何があろうと変わらないだろ」


撫で続けていた手を止めて、忍を抱き起こす。


「ただ、もしもあの時じゃない別のタイミングで出会っていたら受け入れることは出来なかったかもしれん」


ぎゅ、と強く忍を抱きしめる恭也。


「あの日、あの時、あの場所でお前に出会えたから、お前を守ることが出来たんだ。だから、俺はこれで良かったと思う」

「うん、そうだね。あの時、あそこにいたのが恭也で良かった」


恭也に応えるように両腕を恭也の背に回した忍は半ばしがみつくようにしてその身を委ねた。









後書きという名の言い訳

恭也×忍・第四回他力本願寺入賞ご褒美SS……のはずです。
なんか、ご褒美らしくないですけどね。
3年連続同じクラスなのに何故初めてのまともな会話が3年生のときなのっ!?
そんな思いから書き始めたお話は脱線に次ぐ脱線を続けこうなりました。
一言でもいいからコメントいただけたら嬉しいです。


魔術師のお礼状


ポンポンとテンポ良く弾む会話が忍と恭也らしいですね。
そして、上で言ってるように実際、恭也と忍って出会って数週間であそこまで行き着いたんですよね・・・。

出会った時は2年間同じクラスだったのに名前も咄嗟に思い出せない程度の関係だったのにね。

二年間と数週間

こうして対比させると、如何にその出会ってからの時間の密度が濃かったかがわかりますよね。

お花見の時なんて、わずか、本当に僅かな時間であそこまで息のあった掛け合いができるんですから、話す機会さえあれば確かにもっと仲良く慣れてた気はします。
でも、確かにこういった関係にはなっていなかったかも。

恋はする物ではなく『堕ちる』物だとすれば、やっぱりあの落下こそがはじまりに相応しいのかも♪

ただ、私にも予知めいた確信が一つ。
これから恭也と忍が過ごすのは、出会って数週間よりも濃くて、空白の二年間以上に長い時間だってことです。

いわゆるそれは、幸せな未来・・・ですね


最後になりましたが、須木さんは、さっそく御褒美SSありがとうございます。
さらには、私の難題にも快く応えてくれてありがとう〜〜〜

私も貴方の不器用な優しさに堕ちていきそうです。

え?いらない?
そりゃそうですね・・・。

では、代わりに皆様から愛のある感想を!! 




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