Lover of my love


 海鳴商店街にある一軒の喫茶店――『翠屋』。
 美味しいケーキと紅茶で女の子たちを中心に人気のこのお店は、雑誌にも何度か取り上げられるほどに有名で、わざわざ遠くからこのお店を目当てにやってくる人も珍しくない。

 さて、そんな人気の喫茶店でチーフウェイトレスを勤める現役大学生――私こと月村忍は、最近どうにも気になって仕方の無いことがある。
 それは私の恋人、高町恭也のことだ。
 彼と私との出会いは高校時代に遡る。最初はただのクラスメートで特に気にすることも無かったが、ちょっとしたきっかけで話をするようになり――色々とあって今はめでたくお付き合いする仲になっているのだ。
 デートだってもう何度もしているしキスだって……、それにその、それ以上も……あったりなかったり…………――って、そんなことは今はどうでもいい。
 とにかく恭也は私の恋人なのだ。

 ――なのだが、どうにも彼はその自覚が今一つあるのかないのか判らなくて困る。
 生まれついての性格なのか、彼は誰にでも優しい。よく気が付くし、少し前までは無愛想だ無愛想だと言われている表情は、最近ではよく笑顔を見せるようになっている。
 まあ笑顔を見せるようになったのは、私や友人の那美、恭也の母で店長である桃子さんとで散々に『笑顔で接客は店員の基本中の基本』と教え込んだからなのだろうが……。
 だが高校時代から今の大学でも女子に人気のある容姿の彼が、『接客』とはいえ笑顔を見せて、優しく親切に接すれば、そりゃ女の子たちの中に憧れを持ったり想いを寄せたりする子も出てくるってもんである。
 そしてそうなれば、当然恭也に声を掛ける女の子も出てくるわけで――――現在私の視界の先では、まさにそういった展開が繰り広げられているわけだ。
 ……まったく。

 恭也に声を掛けているのは、まだ高校一年生ぐらいのセミロングの髪をした可愛らしい女の子だった。なんというか、守ってあげたくなっちゃうタイプの子である。相当勇気を振り絞って声を掛けたのだろう、顔が赤い。
 女の子は恭也に真摯な瞳を向けて言った。

「あ、あの……! お、お名前を教えて頂いてもいい……ですか?」
「え? ええ、構いませんよ。高町恭也と言います」

 何でそんな簡単に教えちゃうかな。…………いや、まあ、名前くらいは別にいいけどさ。

「高町恭也さん……」女の子は小さな声で愛しそうに名前を呟くと、意を決したように。
「あ、あの! 『恭也さん』ってお呼びしてもいいですか?!」
「え、ええ……」

 ちょっ――!
「ええ」じゃないよ「ええ」じゃ。まだ会ったばかりなのに行き成り名前で呼ぶの許していいわけ?

 女の子の勢いに気圧されるようにして恭也が答えると、女の子は幸せそうにぱあと顔を輝かせた。続けて、

「あの……恭也さんは…………ですか?」

 彼女の声が途中ぼそぼそと小さくなったのでよく聞き取れなかったのだろう。恭也が「はい?」と聞き返すと、女の子は一度息を飲み、下から恭也を見上げるようにしてもう一度(今度はさっきより大きな声で)訊いた。

「あの、恭也さんは今…………お付き合いしている方は……いらっしゃるんですか?」
「え? ええっと…………」

 いますよ。ここにいますよ。付き合ってますよ。めちゃめちゃ付き合ってますよ。もう付き合いまくりですよ!

 私の機嫌のバロメーターはこの時点で一気に不快な方へと針を傾けた。
 こんなところでそんなことを訊いてくる方も訊いてくる方だが、それに彼がはっきりと「います」と答えてくれないのが、腹が立つ。
 そりゃまあそんな質問をされて素直に答えられない、という彼の気持ちも解らないでは無い。そういったことに関して彼は結構な恥ずかしがりやである。
 ――けど、こちらとしては女の子にはっきりきっかりお伝えして頂きたいものだ。私という彼女がいることを。
 恭也が言い出せないのなら私が今すぐあの二人の元へ行って、

「恭也は私と付き合ってるんです! 愛し合っているんです! 愛し合いまくってるんです!」

 とそんなことをまさか言えるわけも無く(いやこれが仕事中じゃなければ言ってるけどね)。結局今の私に出来るのは、鋭い視線で無言のアピール(抗議)をすることだけなのである。
 しかし――

「あの……忍ちゃん?」
「はい何ですか店長?」
「気持ちは分かるんだけど……その、あまりそういう顔は…………」

 桃子さんの言葉にはっと私が周りを振り返ると、周りのお客さんが一斉に私と目を合わせないよう顔を俯かせたり明後日の方を向いたりした。
 ……………………うあ。
 チーフ大失敗。

                  ◇◆◇

「ああーっ! もう! 恭也の馬鹿馬鹿馬鹿ーっ! 全然私のこと解ってないんだから!
 そりゃ優しくするなとは言わないよ? でもさ、だからって私というものがいながらどうしてああも女の子たちと親しそうに話をするかな? そりゃ話をするなとも言わないけどさ。だけど――」

「さくら様、紅茶のお替りは如何でしょうか?」
「うん頂くわノエル。あとこのクッキーもう少し貰えるかしら?」
「はい。少々お待ち下さい」

「最近じゃリスティさんともよく出掛けてるし……。まあ、別にリスティさんを疑う気は無いけどさ。でも夜に二人で出掛けるとなると私だって気が気じゃないの解るでしょ? それに時々だけどお酒を飲んで帰って来るんだよ? ……別にリスティさんを信じてないわけじゃないけどさ。でもほら、酔った勢いってのもあるわけだしさ――」

「ところでねこちゃんはどうしたの? 今日はまだ見かけないけど」
「はい。ただ今お昼寝の最中です。ねこさんはこの時間になると日当たりの良いバルコニーで丸くなっています」
「ああそうなんだ。もうすっかりここがお家になっちゃったわね」
「はい」

「それにフィリス先生の夜勤にだって――――ってさくら! 私の話聞いてる?!」

 私の家の広いリビング。テーブルを挟んで向かいに座る妙齢の美女、親類の綺堂さくらに身を乗り出して話す勢いそのままに尋ねると、彼女はうんざりといった顔で答えた。

「聞いてるわよ。もう延々一時間も同じことばかり……いい加減内容も覚えたわ」
「正確には五十七分三十四秒ですさくら様」

 そう隣で冷静に突っ込むのは、我が家のメイドにして家族と言っても差し支えない女性、ノエル・綺堂・エーアリヒカイトだ。
 ――ていうか計らなくいいからそんなの。

「つまり恭也くんが浮気してるのが許せないの?」

 さくらの言葉に私は空かさず首を横に振った。

「してないよ! 恭也はそんなことする人じゃないもん!」

「じゃあ……」と続けて彼女は、

「どうしてそんなに怒ってるのよ?」
「え、だってそれは…………恭也が、はっきりしてくれないから…………」

 そう。そうだ。恭也が、彼が自分には私というものがいると普段からはっきり示してくれないから――だから、私は苛立っているのだ。
 だけど何故か発せられた言葉は、語尾が弱々しく、自分でも何を言っているのか解らない位に小さくなっていた。
 私の言葉にさくらは少し驚いたように目を丸くさせた。

「恭也くんに告白されたんじゃなかったの?」

 したよ。されました! もう告白だってなんだってされたもん!
 ……いや、『なんだって』は余計だけどさ……。

「じゃあ恭也くんのことが信じられないの?」
「そんなことないよ」

 即座に否定する私にさくらは呆れ顔で溜息を吐き出した。

「それじゃあどうして怒ってるのよ」
「――っ、だからそれはっ! 恭也が女の子たちにはっきり私という彼女がいることを言ってくれないからで――――あーっ! もう!」

 何だか自分でも何に対して怒っているのか判らなくなって来た。
 いや、いやいやいやいや――――。
 だってほら、やっぱ自分の恋人が他の女性と親しげに話してる姿って何か嫌でしょ? そこに何も無いとは解っていても、こういうのは理屈とかそういうのじゃなくて、何かこう……本能的に、ね? そうじゃない? 違う? 私間違ってますか?
 余程変な顔をしていたのか、さくらが私の顔を見てくすりと笑った。

「まあ気持ちは解らないことはないけどね。恭也くんカッコイイから」
「素敵な男性です」

 そうなんだよね……。

「まだ若いのにとっても頼りになるし」
「たくましく思えます」

 本当本当……。

「それに普段大人っぽいのに、ときどき見せるウブなところもいいのよね」
「保護欲もしくは母性本能を擽られます」

 …………はい?

「恭也くんって大人の女性はどうなのかしら」
「今度いらっしゃいましたときに尋ねてみましょう」

 …………いやちょっと待ってよ。なんか怪しい話になっていってない?
 思わず半眼で睨み据えるが、しかしそんな私の視線を気にするでもなく、さくらは紅茶を一口飲んで澄ました顔で言った。

「ま、今のは冗談として――」

 本当に?

「結局のところ忍は心配なんでしょ? 恭也くんが誰にでも優しくするから」
「それは……」

 やはりそう……なのだろうか?

「でも恭也くんのそういった、誰にでも分け隔てなく優しく接してくれるところにも、貴方は惹かれたんじゃないの?」

 はい。そうです。その通りです。

「恭也くんは皆に優しい――けど、その優しさを一番得ているのは忍、貴方自身だっていうことは自覚してるの?」

 あ……。

「それなのに恭也くんのこと信じられないの?」
「だ、だから信じてないわけじゃ――」
「それならもうこのお話はお終い。心配しないの。恭也くんのことを本当に信じているなら、少し位のことで騒がない。もっと心に余裕を持ちなさい」
「でも――」
「お終い」

 有無を言わさぬ口調でさくらは私の言葉を遮って話を締め括った。こうなればもうこれ以上何を言っても無駄だろう。
 けど……

(『余裕を持て』って言われてもさぁ……)

 そんなこと出来るなら初めからこんなにヤキモキしてない。信じていても心配だから、こうして相談してるのに。
 うー、何だか無性に腹が立ってきた。

「そりゃさくらには心配する人がいないからいいけどさ」

 気が付けば、わたしはぽつりと思わずそんなことを呟いてしまっていた。そして呟いてから私は「しまった!」と慌てて口許を手で押さえた。恐る恐る、さくらを窺う。

「…………」

 私の不安に反してさくらは落ち着いた様子で紅茶を味わっていた。もしかして聞こえなかったのかな? と安心し掛けたそのとき、さくらがカップをソーサーに戻して、ゆっくりとこちらを振り返った。
 にこっと、思わず身震いしてしまいそうなほど綺麗な微笑を浮かべる。

「何ですって?」

 いえ、何でもないです。

「今何て言ったのかしら? 忍」

 ホント、ナンデモアリマセンカラ。

「私に誰がいないって?」

 はい。しっかり聞こえていますね。
 心なしか、さくらが段々とこちらに近づいて来ている気がする――っていうか近づいている。気が付けば彼女はもう目の前にまで迫っていた。

「あ、あのさくら――」
「忍。貴方には言っていいことと悪いことの区別をしっかりと教育する必要がありそうね」

 遠慮しておきます。っていうか遠慮させて下さい。
 逃げようと腰を浮かし掛けた私の肩を、しかしさくらはがっしりと掴まえた。視界の端で、ノエルが部屋を静かに出て行くのが見えた。
 あ、待って……待ってよ――――…………。

                  ◇◆◇

 あれから、結局私は何の解決も見出せず心配を抱えたまま、何一つ変わらぬ日常を過ごしていた。
 そして今は喫茶店『翠屋』の店内。
 今日も今日とてお店は若者を中心に多くのお客さんで賑わっていた。
 私はいつも通りにウェイトレスの仕事をこなし、しかしその実意識は恭也の方へとずっと向けられていた。

(心配するなって言われてもさ……そう簡単に割り切れたら苦労しないよ。しかも最近じゃ大学でも声を掛けられることが多くなっているみたいだし……)

 尤もそっちは私が『恋人です!』とはっきりアピールしているのですぐに皆諦め、何も問題ないのであるが。
 はあと私は人知れず静かに溜息を吐き出した。
 しかし恭也に声を掛ける女の子の数は一向に減らない。今だって店の中には、彼のことをそういった目で見つめている女の子が何人もいた。

「あ、あの……これ、読んで下さい!」

 そんな声が耳に届いて私はぴくっと一瞬動きを止めた。
 ちらりと横目で窺うと、恭也が、少女(どうやら風芽丘の生徒らしい)からラブレターであろう可愛い封筒を差し出されていた。

「? はい?」

 恭也はちょっとだけ驚き、それからよく解らないといった顔で首を傾げた。

(う、受け取るの?)

 接客中にも拘わらず私の意識はすでに仕事どころではなくなっていた。恭也の様子ばかりが気に掛かる。

「えっと……」

 恭也はラブレターと少女の顔を交互に見る。少女は不安そうな顔で瞳を震えさせていた。ちょっと……いやかなり、受け取り拒否のし難い感じだ。


「…………」
「――あの、もしもし?」
「あっ! は、はい!」

 すっかりそちらへ意識を取られていた私は、お客さんの声でやっと我に返った。まったく恥ずかしい。
 思わず零れそうになる溜息を堪え、私はお客さんの注文を聞いて厨房へ戻った。
 いけないいけない。どうにも仕事に集中出来ていない。
 いくら恋人が心配で仕方ないとはいえ、ついこの前も失敗したばかりなのにこれではチーフ失格だ。

「忍ちゃん、もしかしてどこか調子悪いの?」
「あ、いえ、そんなことは……。すみません店長」

 気遣わしげに声を掛けてきてくれた桃子さんに私は頭を下げた。「いいのよ。それより本当に大丈夫なのね?」再度尋ねられ、私は頷いた。

「はい。大丈夫です」

 ――本当に?

「昨日ちょっと夜更かししちゃってそのせいで……すみませんでした」

 ――嘘だ。

「もう大丈夫ですから」

 ――大丈夫なわけがない。本当は心配で心配で仕方が無い。

「それじゃ、お仕事に戻りますね」

 微笑んで、私はくるりと踵を返した。気付かれないよう、唇を少しだけ噛む。
 フロアへ戻ろうとしたその途中で、丁度戻って来た恭也とばったり出くわした。

「あ……」「月村……」

 足を止め、私たちは見つめ合う。
 恭也、さっきの子の手紙はどうしたの?
 そう聞きたかったが、口から言葉が出てきてくれず、私は恭也から顔を背けた。

「月村……」

 彼が私の名を呼ぶ。だけど振り返ることが出来なかった――振り返るのが怖かった。
 心配などする必要がない筈なのに。彼のことを信じている筈なのに。

(私――)

 まるでそこだけが時間が止まってしまったかのように、私たちは動かない。
 そのまま時間だけがいつまでも過ぎていこうかと思えたそのとき。

「二人とも――」

 突然後ろから掛けられた声に、私と恭也は一緒に振り返った。桃子さんが、私たちを見て、

「ちょっと休憩してらっしゃいな」

 苦笑と溜息と共に、言った。

                  ◇◆◇

 桃子さんの勧めで暫く休憩をとることにした私たちは、海鳴海浜公園へとやって来た。恭也が、ここへ誘ったのだ。
 冷たい海水で冷やされた風が、私たちを撫でる。公園には人がまばらで、場所によってまったく人がいないところといるところがはっきりしていた。
 階段を降りたところで、私たちはベンチに座るでもなくただ、二人で海を眺めていた。たまに犬を散歩させている人が通りかかるだけで、人通りは少ない。

「…………」

 話したいこと、言いたいことは沢山あった筈なのに、言葉がまったく出てこなかった。思い浮かばなかった、と言ってもいい。

(恭也……)

 なんと声を掛ければいいのだろう。普段ならば何の気兼ねも無く話し掛けているのに、今はそれが判らない。

「――よな」

 え? と私は顔を振り向かせ、「ごめん、今何て?」と訊き返した。考え事をしていたせいで恭也の言葉が耳に入らなかったのだ。
 恭也はふっと私に笑んで、それから階段を眩しそうに見上げた。

「ここで俺たちは出会ったんだよな」

 あ、そういえば……。
 私はそのとき、恭也の言葉でようやく気が付いた。ここは、私たちが初めて出会い、話した場所だ。正確に言えば、私と恭也は高校時代一年からずっと一緒のクラスで、この場で合う前に顔を合わせているのだが……そのときは互いに意識することはなく――故に、ここが私たちの出会いの場と言えた。

「そう、だね」

 私も一緒になって階段を見上げた。あのときの出会いが酷く懐かしく感じる。


 ――もし、
 もしあのとき恭也と出会っていなければ、
 私は一体……どんな日々を過ごしていたのだろうか……。


 それを考えると少し怖くなる。恭也と――皆と出会う前まで、私は、それほど人生というものに、喜びを見出せていなかったから…………。

「忍――」

 恭也は私に振り返って、右手を差し出した。手に、リボンの巻かれた小さな箱が乗っている。「これは?」と問い掛ける私に、恭也は少し照れた様子で、

「その……、こういう記念の日は、贈り物をするものだと……」

 記念?
 小首を傾げる私に恭也は続ける。

「今日は、俺達の出会った日だろ」


 …………あ。


 そうだ。今日四月九日は、私と恭也がここで出会い、初めて話をした日。大切な、出会いの日。

(そうか。だから恭也はここへ私を誘ったんだ)

 今頃になってようやくそのことに気が付いた私に、恭也は私の手を取り、プレゼントを握らせた。
 茫然と顔を俯かせて受け取ったプレゼントを見、顔を上げて恭也の顔を見上げるという、まるで子供のような仕草の後で、私は呟くように言った。

「覚えてたんだ……」
「まあな」

 私など、そんな大切な日さえ、忘れていた。
 恋は盲目と言う。
 その通りで、私は何も見えていなかった。
 目の前のことばかりに囚われて、今の自分を築いてくれた大切な日々を、忘れていた。

(私……最低だな)

 愛する人を信じてなくて、その上その人との大切な思い出すらも忘れて――。


「ごめん……」


 呟くと、頬を温かいものが伝った。それは小さな雫となり、地面に落ちた。

「忍?」

 恭也が、驚いた。
 私は、泣いていた。

「ごめん……ごめんなさい……っ、ごめんなさい…………」

 涙が止まらず、口からは謝罪の言葉ばかり出てくる。
 ――違う。そうじゃないだろ私。ここは泣いて謝るところじゃないだろ。
 頭ではそう訴えている筈なのに、瞳も口も言うことを聞いてくれなかった。あー、くそ。止まりなさいよ!
 やがて――

「…………あ」

 みっともなく泣きじゃくる私を、恭也はそっと抱き寄せた。私の頭を撫でてあやす。まるで子供みたいだなとは思ったが、今の私にはぴったりのような気がした。そのまま少しの間彼の胸を借りて泣き続けて――。

「……ありがとう」

 ようやく泣き止んだ私は、彼の胸から静かに離れた。そしてもう一度、

「ありがとう、恭也」

 今度は微笑んで、彼の想いに対する感謝の言葉を告げる。「ああ」恭也も小さく微笑んで応えてくれた。


 あー、なんだか泣いたらすっきりした。
 それまであった色々なもやもやとした感情は、きっと今の涙と共に外へ流れ出てくれたのだろう。うん、きっとそうだ。
 私は「んー」と大きく伸びをして、それからいつもの笑顔を浮かべた。

「それじゃあそろそろ戻ろっか?」
「ん、あ……うん……」
「? どうしたの?」

 らしくない、今ひとつ気の無い返事の彼に私は首を傾げた。恭也は私のことをちらちらと見ながら、

「その……開けない、のか?」
「え? あ、ああ、これ?」

 一瞬何のことだか解らなかったが、それが恭也のくれたプレゼントのことだとすぐに思い至った。

「開けてもいいの?」

「ああ」と恭也が頷くのを見て、私は丁寧にリボンを、包装を解いていく。手の平に収まってしまうほどの小さな箱。その中に入っていたのは、陽の光を反射して輝く、シルバーのリングだった。
 私は思わず目を見張った。
 胸が熱く、心臓が高鳴った。嬉しいという気持ちが、胸を一杯に、溢れそうになった。


 ――まったくさくらの言う通りだ。何も心配なんていらなかった。
 本当、自分が馬鹿みたい。
 私は小さく笑って、恭也に尋ねた。

「ねえ恭也。これって、そういう意味で受け取っていいの?」
「忍の思う通りに受け止めてくれ。…………俺も、」

 恭也は一旦言葉を止め、照れながらも微笑んで言った。


「俺も――同じ気持ちだから」


 そして私は彼に抱き付いた。
 嬉しくて、愛しくて。
 目一杯抱き付いて、キスをして。

「恭也、大好き!」

 ――ううん、

「愛してるよ!」



「随分と長い休憩だったわね、二人とも」

 帰って来た私たちに桃子さんが尋ねた。

 ――さて、なんと説明しようか?

〈了〉



■□あとがき■□


 ビバ見切り発車!

 ――どうも天田ひでおです。
 微妙に魔術師さんのフィアッセご褒美SSとネタが被った気がしないでもない&須木さんも忍SS書いてるじゃん――で、ええ、まったくもって参りました。
 何ですかこの、戦う前から漂う敗北感は(笑

 そんなこんなで恭也×忍SSでございます。
 何でも魔術師さんは、わざと僕が普段書かないであろうカップリングを僕に振ったそうです。
 ふっ……まったくものの見事にやられましたよ(ぉ
 確かにこれまで恭也×忍ものを全然書いていませんでしたので、かなり苦戦させられました。
 何か後半から一気に忍ちゃんの性格変わっちゃった感がありますし……(駄目じゃん)

 まあしかし、こんな色々最初から追い込まれている感のあるSSでございますが(笑)それでも少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

 では最後に今更ではありますが、第四回他力本願寺終了、魔術師様をはじめ皆様お疲れ様でした。
 次回第五回他力本願寺も頑張って盛り上げていきませう!


魔術師のお礼状

いやいや、さすがでございます。
小悪魔キャラ書かせたら右に出る者は無し、ですね。
須木さんも天田さんも描いてたように、忍ってキャラはヒロイン以外だと明るくて楽しい友人なのに、ヒロインになるととたんに誰よりも『少女』しているキャラに変わりますね。
そのギャップはあるから却ってこういった揺れる少女の気持ち、って話がしっくりくるんでしょうか。

早くも五回のことを気にかけてくれてますが、このまま五回を迎えたら私は不良債権を抱えすぎて倒産してしまいますよ(笑

意地悪に、なかなか書かないキャラを振ってよかった。
天田さんがきっと忍ちゃんに開眼してくれるに違いない!

ということで、ご協力ありがとうございました〜!

皆さんも感想よろしく〜!