天使の出会いは三度目に






「高校生のくせに、あたしより強ぇヤツがいやがる。ありゃサギだね」





 はじめはお姉ちゃんのそんな一言だった。電話越しのその声は、冗談なんかじゃない、と言っているみたいだった。

 あの出鱈目に強い、薫さんでも敵わないあのお姉ちゃんよりも強い男の子がいる。

 私はその子の姿がまったく想像できなくて、何となく怖そうだな。そんな印象をまだ見ぬ彼に抱いていた。

 それから私は仕事が忙しくなり、すっかり彼の事を忘れてしまっていた。

 そんな彼に会う事になったのは、本当に予想外の出来事だったのだ。

















 肌寒い空気が先程まで車内に居た私の頬をなでる。

 やっぱり遠いね、海鳴は、そう思いながら私は切符を取り出し、改札を通り抜ける。

 駅を出ると、そこは一年前と少し光景は違うものの、まったく同じ年の瀬の空気をかもし出していた。

 せわしなく右往左往する人たちは、一年前とまったく同じで――ちょっぴり自分の顔が笑顔になるのを感じた。





 ――さて、お姉ちゃんたちは元気かな。





 ここへ帰ってくる前に電話をして来たので、元気だと言う事はわかっている。だが、自分の目で確かめないと安心できない。難儀な性格だな、と自分でも思う。

 それはそうと、直接さざなみに帰るか、どこかで休憩してから帰るか……ここは悩みどころだ。





 ――そういえば、去年は時間が無くて、翠屋さんに行けなかったな。





 今回の帰省は二週間ほど。休みをまとめて取る事ができたので、いつでも行く機会はあるものの、一度考えるともう止まらない。

 あのシュークリームの美味しさは喫茶店のレベルじゃない。

 私はこれまで短い人生でありながら、趣味として色々な店やホテルのシュークリームを食べてきた。

 だが、あのシュークリームの味は有名ホテルに勤めている高名なパティシエにしか捻り出せない味だ。

 学生自分はただただ美味しいと食べていたが、今思うととんでもない話だ。

 翠屋さんのシュークリームは全て店長さんが手がけているとの話しだが……おそらく店長さんは天才的な人なのだろう。

 学生自分に何度か見かけているが、あの人はとても若い。年齢的に経験をたくさん積んできた、という訳ではなさそうだから、天才としかいい様がない。





 ――店長さんにも挨拶しておきたいし……翠屋さんに寄っていこう。





 一度翠屋さんの味を思い出すと、居ても立ってもいられなくなった。

 足元の荷物をよいしょ――あら、私も年とったかな――と持ち上げ、翠屋に向かうことにした。

 多少景色が変わろうとも、住み慣れた海鳴の街で迷う訳がない。





 ――迷うと言えば……今年はゆうひちゃんに会えるかな……





 歩きながら、しばらく会う機会のなかった年上の友達のことを思う。

 当時の寮生の中で、おそらく一番の美人さんで、一番有名になった人物だ。

 会えない間もテレビごしに彼女の姿を見ることはできた。

 でも、テレビの向こう側のゆうひちゃんは、とても静かで美しい顔を見せてくれている。私はそういうゆうひちゃんも好きだけど、やっぱりさざなみの頃のゆうひちゃんが一番好きだった。

 だからなのだろうか。こんなにもゆうひちゃんに会いたいと思うのは。





 ――まぁ、最近じゃテレビとかでも地が定着してきてるけど。





 楽しくやっているだろうゆうひちゃんの顔が頭に浮かび、少し笑顔になる。



 ようやく商店街に足を踏み入れる。念願の翠屋さんはここを抜けて後少しだ。足も自然と速まっていく。

 そして、鼓動もいつもより速まっていることに気がついた。





 ――あと少し、あと少し……





 そうして視界に翠屋さんの姿が映る。

 あと少しの距離を小走りで駆け抜ける。

 しかし、店の様子がおかしい。昔見た活気がその店から感じられなかった。

 店の前まで来た時、その理由を嫌でも知ることができた。





「本日休業日。七日から再開します」





 私は荷物を降ろし、肩も下ろした。

 そりゃないよ、と思いつつ、よくよく考えたら学生時分にもそうだったかな、と気がつく。

 仕方ない、諦めてさざなみに帰ろう、そう思った時だった。





「あの……うちの店に何か」





 背後から男の声が聞こえてくる。

 私は少し驚いたものの、男の話しぶりから、従業員さんかな、と思い後ろを振り返った。

 すると、そこには予想通り男の姿があった。



 そして、私は彼の姿に魅了された。

 上から下まで真っ黒の服装、そして真っ黒の髪に無愛想な顔。これだけ見れば、ただの冴えない男のようにも思える。

 だが、それだけではなかった。

 私が魅せられたのは、彼の目だった。

 彼のどこか達観したような、何か重要な決意をしたことのある目は彼のような若い男では決して持ち得る事のできないモノだ。

 だが、彼はそれを実際に持っている。



 そこでふと気づく。

 この目はお姉ちゃんと同じ目だと言う事に私は驚いた。

 姿からではとてもそうとは思えないけど、この人も優しい人なのかな、と。





「何か用があるなら、俺が承りますが」



「いえ、久しぶりに海鳴に帰ってきたので、翠屋さんに寄っておこう、と思っただけですよ」



「あぁ、そうですか。すいません。七日から営業開始ですので」



「えぇ、またその時に寄らせて頂きます。では、これで」





 彼に一つ頭を下げ、荷物を持って歩き始める。

 よくよく考えれば、当たり前のことではないか。クラスB





 ――もう少し、早く気づこうよ。





 重い荷物を持って無駄な寄り道をしてしまった事に私は落胆した。

 肩に背負うバックを背負い直し、バス停へと向かうことにする。

 まぁ、お姉ちゃんにそっくりな男の人に会えたのはラッキーだったかもしれない。そういえば、昔翠屋であんな感じの男の子が居たような気がする。また、会えるだろうし、色々楽しみも増えたかな。

 そう私は今の出会いで、ここまで来たことが無駄足ではなかった、と思うことにした。





















「お、嬢ちゃん久しぶりだね」





 バスを降りる時、運転手さんが話しかけてきた。

 どうしてだろう、と運転手さんを見ると、学生時代よくお世話になった人だった。

 久しぶりに帰ってくると、懐かしい人にも色々会える。うれしいな。





「あ、はい。お仕事で、ずっと色んな場所に飛んでたんですけど、今日は久しぶりに休みが取れて、こちらで年を越せそうです」



「お、いいね。やっぱり、家族で年を越すに限るからね」





 運転手さんの言葉にうなずきながら、お金を入れる。





「それじゃ、良いお年を」



「ああ、良いお年を」





 バスを降りると同時に出口が閉まる。少ししてバスは記憶に残るより少し低い音を立てて走り去っていった。





「よし。さざなみはあと少しだ」





 バッグを背負いなおし、さざなみに向かって歩き始めた。

 バス停からさざなみへと続く道は、まったく変わっていない。そのことが少しだけ嬉しかった。

 見慣れた景色が続き、それらはもうすぐさざなみに到着することを教えてくれている。





 ――お姉ちゃんたち、元気かな。





 そして、さざなみの姿が見えてきた。

 やはり、さざなみも記憶に残る姿のままだった。

 その姿を見ると、居ても立っても居られず、足が自然と速まっていった。

 翠屋の時とまた違った気分になる。

 私は自然と毎日そうしていたかのように、門に手をかけた。

 インターフォンを押すような無粋な真似はしない。だって、ここは私の家なんだから。

 門をゆっくり開く。

 それを私は後ろ手で音を立てないようにゆっくり閉めることにする。

 目の前には記憶に残るままの少し大きな扉がある。

 私は少し目を閉じる。

 前にゆっくりと足を踏み出す。

 不安はない。体が覚えているから。

 そして、私はゆっくりと扉を開き、目を開けた。





「お兄ちゃん、お姉ちゃん。今帰ったよ」





 一番先に帰ってくる声は予想通りで、私は少し嬉しくなった。





「おお、知佳!」





 リビングに居たのか、真っ先にお姉ちゃんが玄関にやってきた。

 私はその心配性の姉に精一杯の笑顔を見せ、ありったけの思いを言葉に乗せることで、今までの恩に少しでも報いることにした。





「ただいま。お姉ちゃん」





 お姉ちゃんは、口にタバコをくわえながらカッコよく笑い。





「――ああ、おかえり」





 この日は大晦日。一年の最後の日に家族と再会し、新たな家族と出会う。

 そして、年は明け、一月一日元旦。

 この日、私は恋をする。

 それは私にとって、これ以上ない相手だった。

 私はそのとき、リビングでゆうひちゃんたちの到着を待っていた。





















「知佳? 紅茶でいいか?」



「うん、ありがとう。お兄ちゃん」





 耕介お兄ちゃんは私の前に私専用のカップを置く。





「人は色々新しい子が入ってきたけど、ここは変わらないね」



「それが俺の役目だからな」





 ソファーにもたれながら爽やかな笑みで言う。

 やはり、お兄ちゃんはカッコいい。





「そういえば、ゆうひたちもうすぐ着くらしいぞ」



「え? ゆうひちゃんだけじゃないの?」



「ああ。さっき電話あったろ。何でも薫とみなみちゃんと一緒らしい」



「薫さんとみなみちゃんにも会えるんだ。楽しみ」





 その時、ガチャという音を立ててお姉ちゃんがやってきた。





「神咲たち、まだか?」



「さっき電話があって、もうすぐ着くらしいですよ」





 そうか、と言いながらお兄ちゃんの隣にドカっと腰をかける。

 そして口にくわえていたタバコに火をつけた。





「――そういえば、あの青年も年始の挨拶に来るんじゃないか?」





 お兄ちゃんが思い出したようにうなずく。





「あぁ、そうですね。恭也くんの分のお茶も用意しておかないと」





 そう言うと、お兄ちゃんは立ち上がり、台所の方へ歩いていく。

 お姉ちゃんはそんなお兄ちゃんの方を向くと。





「後、酒出しておくのも忘れんなよ」



「ほどほどにしてあげてくださいね」



「あたりめぇだ」





 耕介お兄ちゃんは苦笑した顔を見せると、そのまま台所の方に向かっていった。

 そこで私は当然の質問をお姉ちゃんにしてみる。





「他に誰か来るの? 男の人みたいだけど」



「ああ。知佳は直接会ったこと無かったっけかな。前に言った事はあると思うんだが、あたしを剣で軽く捻ってくれた青年だよ」





 そういえば、そんなことを聴いたような気がする。





「え、アレ本当だったの?」



「何でそんな嘘つかなきゃなんねぇんだ。本当だよ。このあたしを軽く、まるで門下生を鍛えているみてぇにあしらいやがったんだ」





 お姉ちゃんは、本当に悔しそうな顔をしてまだ見ぬ彼の事を話す。

 その顔から、これは本当の事なんだ、と初めて理解した。





「それだったら、真剣に剣の修行をしてみないの?」



「やだよ、それは面倒くせぇ」





 さっきの悔しそうな顔とは裏腹に、お姉ちゃんは本当に面倒くさそうな顔をした。

 私はそんなお姉ちゃんを見て、らしいな、と少し苦笑をした。

 その時、表で車が止まった音が聞こえた。





「あ、ゆうひちゃんたち、着いたかな」



「耕介! 神咲たち、やっと着いたみたいだぞ!」



「はいはーい! 今出ます!」





 濡れた手をエプロンで拭きながらお兄ちゃんは玄関の方に走っていった。

 少し遅れて、ドアが開く音が聞こえた。





「あぁ、耕介くん、久しぶりやなぁ」



「ゆうひ! テレビでいつも見てたけど、元気そうだな」



「耕介さん、お久しぶりです」



「薫も元気みたいだな」



「えぇ、それだけが取り得ですから」





 玄関の方から数人の聞きなれた声が聞こえてくる。

 久しぶりに会えることに嬉しさを覚え、お姉ちゃんと目を合わせ、一緒に玄関に向かう。



 玄関ではお兄ちゃんとゆうひちゃんと薫さんとみなみちゃんが居た。

 私は喜び勇んで、廊下を小走りで走る。





「お久しぶりぃ!」





 私は彼女たちと久しぶりの挨拶を交わした。

 みんな全く変わってなくて、つい学生自分一緒に住んでいた時のことを思い出して、ちょっと懐かしくなった。

 そうして、彼女たちと一通り会話を終わらせたところで、後ろに見覚えのある男性が居ることに気がついた。

 それに気づいたゆうひちゃんが私に紹介してくれる。





「あぁ、知佳ちゃんは初めておうたんかな。こちら色々何かとお世話になってる高町恭也くん。なんと、あの翠屋の店長さんの息子さんなんよ」



「あぁ、そしてこの私を軽く捻ってくれた小生意気な青年だ」



「え! 仁村さんも負けたとですか?」





 彼についての色々な情報が頭の中に入ってくる。

 しかし、私はそれらの話を話半分に聞いていた。

 何故なら、こんなに早く彼に会えるとは思ってなかったから。

 これは本当に――運命だったのかもしれない……



 彼と目が合う。

 私は少しはにかみながら彼を見つめた。

 彼は少し照れた顔をして、目を少しそらした。

 それが、私たちの二度目の出会いだった。



















 一度目の出会いは偶然、二度目の出会いは必然。そして、三度目はどうだったのか。

 三度目の出会いは、夕暮れに燃える臨海公園だった。

 これが偶然か必然か、こればかりは私にもわからなかった。





「ホント、偶然だね。こんなところで会うなんて」





 私は隣を歩く恭也くんを見上げながら話しかける。

 彼は少し緊張しているのか、少しギクシャクしながら言葉を返してくれる。





「えぇ、まさか俺もこんなところで会うとは思ってなかったです」



「けど、皆何時の間に翠屋さんと仲良くなってたのかな。少しくらい教えてくれてても、私が甘党だと知ってるはずなのに」





 私の言葉に彼は少しの笑みを返してくれた。

 おそらくそれが彼の精一杯の笑みなのだろう。



 海に浮かんで見える夕日がまぶしい。

 私は目を細めながらその綺麗な夕日を眺めてみた。

 隣を歩く彼の方を横目で少し眺めてみると、彼も私と同じように夕日を見つめていた。

 ただ、彼は私と違い、少し深刻な顔をしていたのだが――それを知るのはこの物語とは違う、少し遠い未来でのこと。





「恭也くん……聴いた話では、強いらしいね」



「いえ、俺なんて……まだまだです」



「お姉ちゃんに勝ったじゃない。それだけで十分強いと思うよ」



「――――」





 私の言葉に少しも喜びもせず、彼は無言でうつむく。

 その時、彼は私と同じ人間なのだ、という事に気がついた。

 もしかすると彼も……



 足を止め、ゆっくりと空を見上げる。

 恭也くんも少し遅れて足を止めたようだ。





 ――相手に信頼を得たいのなら、まず自分から……か。





 私は彼の悩みが知りたくなった。

 私なら彼の悩みを受け止めてあげられる、と思った。

 でも、今の私では彼の悩みを聞きだすことはできない。





「恭也くん。空が綺麗だね」



「――えぇ、そうですね」





 真っ赤に染まった空は幻想的で、まるでこれからの私を暗示しているかのようで、それとは逆に、そよぐ風はそんな私を癒してくれているようだった。





 ――風が……気持ちいい……





 私の翼ならどこまでも高く昇っていけるような気がする。

 だけど、そこは私一人の世界。他には誰も居ない。孤独な空に、私は独りで昇ることはできなかった――だけど、今なら……





「恭也くん。少し、私の話を聴いてくれるかな」



「えぇ……構いませんが」





 人は昔から天にあこがれてきた。

 一体どこまで広がっているのだろう――そう言う期待は、イコール不安に結びついていた。

 延々と広がる空に、独り立ち向かう。

 それは並大抵の孤独ではない。

 人は、一人では生きてはいけないのだ。





 ――彼なら大丈夫。強い力を知る彼なら、怖がったりしないはず。





 見上げていた視線を戻し、体ごと彼に向き直る。

 彼はそんな私を見て、少し目を丸くした。

 私はそんな彼の意外な顔に少し微笑み、耳につけたピアスに手をつけるのだった。

 期待と確信と、少しの不安を込めて――













 ――そして、私ははばたく事ができた。
























――あとがき――



 どうも、霧城昂です。

 第四回他力本願寺、無事終了おめでとうございます。

 そして、私は当初の約束通り入賞SSを書くことになった訳ですが。

 まさか、このキャラを振ってこられるとは思いませんでした。

 はい、ここを読んでる方はご存知の通り、恭也×知佳です。



 いや、最初は大変でした。

 作中では出会っていない二人という事で、とりあえず出会いから書かないといけないな、と思い書いていくと、恭也と知佳の絡みがあまりに少ない状況に。

 これは不味い、と少し練り直してこんな感じにいたりましたが、皆様いかがでしたでしょうか。

 こんな駄文でも楽しんでいただけたら幸いです。



 でもまぁ、慣れてないキャラでしたが、かなり面白かったので、またやらせてください。(爆



 では、最後に皆様お疲れ様でした。

 次はどこかのSSでお会いしましょう。霧城昂でした。








魔術師からのお礼状

ということで、恭也知佳のSSいただきました。
そう、接点が無い場合出会いからはじめなきゃいけないんですよね。
で、出会いまでを知佳の視点で描きながら、未来はきっと・・・と想像させてくれるSSですね。
切ないのが、実は知佳→恭也の感情表現はあっても、恭也が知佳をどう思ってるかは無いこと。
知佳の視点で、恭也はどう思ってるのか?を考えながら読む。
細かな仕草から恭也が自分をどう思ってるのか感じたいとアンテナを広げてる知佳の気持ちで読むSSです。

近い未来、白い天使と黒い剣士は同じ道を歩むのでしょうか?

・・・黒い剣士だの白い天使だの書くとRPGみたいですね(笑