地平の遥か彼方
夕陽が沈み行くのを、彼の者は一人眺めていた。
その口元は皮肉気に歪んでいる。
丘の上に佇み、夕陽を全身に浴びたその身体は、鮮やかなまでに紅に染まっていた。



もうすぐ日が沈み、月が出る。
赤と黒が空を染め上げる時間。

それは人の時間の終わりの直前
それは魔の時間の始まりの直前

人と魔の邂逅する時間


故に人はそれを逢魔が時と呼んだ………


逢魔が時の邂逅


村には奇妙な噂が流れていた。


曰く「空を覆うほどに巨大な悪魔を見たと」
曰く「世界を裁く終末の神が降り立ったと」
曰く曰く曰く曰く・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


数え上げればきりがなく、調べ上げれば他愛ない


そんなくだらない噂が、時と共に少しずつ姿を変えた。



曰く「いよいよ、世界は終わりだと」
曰く「外の汚れた世界は消滅したと」
曰く「残されたのは正しき者だけであると」


曰く「我等が神が全てを裁き我等を救うと」


それは信仰
迷信と置き換えても良い、未開ゆえの拙い幻想
しかし、未開なだけにその信者は純朴であり、信仰は純粋で熱狂的だった。


ここは辺鄙な谷間の村
僅かな平地にこびり付く様に、ひっそりと人が住む、外とは閉ざされた一つの世界

外界に触れることなく、閉塞された貧しき世界は一つの小さな信仰を生んだ































心清く生きる我等を除き世界は汚れている
汚れた者は裁きの神の槍に貫かれるだろう
神は世界を浄化する
しかる後、我等清き者
救いの刃の下楽園に導かれるだろう







奇妙な噂は、驚きと信仰によって実しやかに囁かれる
元々狭い閉ざされた世界
全ての村人が同じ噂に、恐怖と希望を見出すまでに、さして時間はかからなかった
そして最初に噂が流れてから2週間過ぎた時、彼らの中で噂は既に真実となった……










地平の遥か彼方
夕陽が沈み行くのを、彼の者は一人眺めていた。
その口元は皮肉気に歪んでいる。
丘の上に佇み、夕陽を全身に浴びたその身体は、鮮やかなまでに紅に染まっていた。




ポタポタと、滴り落ちる紅

目の前に人の身体があった。
彼はそれを無造作に、まるで雑草を引き抜くかのような無造作な仕草で、右腕でそれを貫いた。

彼の持つ短剣からはポタリポタリと鮮血が滴る。

左の刀でまた別の人間に刃を下す。


そして、彼が佇む丘はまた少し高くなった。






伝説どおりなのだ

とうに外の世界は浄化されたに違いない
だから清き者である自分達を楽園に導いてくれる、剣の使者がやってきた
ならばどうしてその刃を恐れる必要があるだろうか?
その刃を受ければ救われるのだ

この貧困極まる生活から
草の根を噛み、泥に塗れて働き、硬い床で眠る
そんな生活から救われるというのに
どうしてこんなにも身体は震えるのか


何故自分は・・・・・・・・・必死で走っているのか?




それはきっと生物としての防衛本能の発露
そんな必死で走る村人を追い越し、一瞬の交差で彼の首をはねる。
彼が最後に見たものは、変わらない彼の者の顔。
哀れみでもない、憤怒でもない、哀惜でも、歓喜でもない表情。


奇妙な表情だった

何も移さない瞳に、片頬を吊り上げるように歪んだ唇
そして彼の返り血が彼の者の頬を伝う

それは何と奇妙な表情

歪められた唇は皮肉気に微笑みながら、紅の涙を流しているよう・・・




「悪魔!!」


彼に怨嗟の声を投げかけるのは、この村に居る最後の住人
少年はまっすぐな瞳で彼の者を睨みつけ石を投げる。


「鬼、死神!!」


彼の者はだまって石に身を任せていた。
避けるでもなく払うでもない。
能面のように変わらなかった紅の剣士の仮面に始めて亀裂が走った。


憤怒の表情で歯を噛締めている。


「この悪霊!!!お前なんて救いの神じゃない」


静かに少年に近づき、抱きしめるように、そっとその小さな身体を包み込んだ。


胸の中で暴れる少年。
思いつく限りの悪態をつき腕と言わず足と言わず所かまわず噛み付いた。


紅の剣士はやがてそっと、花でも摘むかのように優しく少年の命を……奪った。
僅かな沈黙の後、その表情は再び元の皮肉気な顔に戻っていた





どれくらい、紅の剣士はそうしていただろうか。
全ての村人は彼の足元に埋められ、もはや物言わぬ躯と化している。



夕陽の赤よりも夜の黒が強くなってきた。



彼の者は最後の少年の言葉を思い浮かべる
自らを「祟り」と蔑んだ少年の言葉を・・・・・・・・・。


「まさか私の前に祟りと呼ばれる者が現れるとはな」

黒いマントに身を包んだ、端正な顔をした男が後ろに佇んでいた。

「・・・・・・・・・・ズェピア・エルトナム・オベローンか」

「懐かしい名前だ、しかし、今の私はワラキアの夜と言う名の現象に過ぎない」

「では、ワラキアよ、残念だったな。今宵貴様が身に纏うべき祟りは最早何処にも存在しない」

「そのようだな、貴様が全ての人間を殺しつくした後ではな、英霊よ。
しかし随分と乱暴な事をする。噂を元から絶つタメとはいえ、そのような子供も含め皆殺しとはな」


その言葉に反応し、赤い騎士はようやく立ち上がり、正面からワラキアを見据えた。



―――――すべての人間を救うことができない
それに気がついたのはいつの日か?


―――――それでもそれを必死で否定して辿り着いた英霊の座
それでもこの腕からこぼれてしまう命がある事を知ったのは、いつの日か?


―――――心は鉄で出来ている
理想など、希望など、とっくに磨耗し消え去った



―――――ただ、ここに居るのは、世界を救う英霊と言う名の、現象と化した哀れな男






端正な顔立ちと闇のような空洞の瞳が赤い騎士に問いかけた。

「しかし、一つ解せん、私に霊長の抑止力が働くことは無い筈だが」

「ふん、イレギュラーな事態か。どうやら噂に聞くエルトナムの錬金術師もたいしたことは無いらしいな」

見下すような視線と皮肉な口調、揶揄するような態度。

「最も貴様に対し抑止力が働くことは基本的に無い。
貴様の犠牲になるのは精々一つの町くらい、それでは人類全体の危機とはとても言えないからな。
ただ今回は事情が違う、この村の信仰に元ずく祟りは、前提として浄化に名を借りた人類の消滅を必要としていた」

肩を竦め、皮肉たっぷりに冷笑を浴びせながら赤い騎士は言葉を続けた。

「フン、そもそも今回のような特異な理由でもなければ、貴様に抑止力が働くはずが無い。
何故なら、霊長の抑止力とは人類を滅ぼす者を排除するものだからだ。
貴様は人の世を救おうとして幾度も絶望し、終には人の身を捨て、自ら死徒に堕ちても、それでもなお人の世を救う希望にすがる哀れな妄執なのだから」

赤い騎士を測るように、洞穴のようにくぼんだ、空洞の眼(まなこ)でじっと見据える。

「なるほど、さすがは人を救うという希望を持ち続け、裏切られても裏切られても希望を胸にし、最後には英霊として人の世のため全てをに捧げた男。
あげく、大いなる希望を持ってその身を捧げた、英霊と言う現状にすら裏切られた哀れな愚者よ。
さしずめさしずめ貴様は、希望の果てに、人の世に絶望した滑稽な道化よ」

騎士は驚くこともしなかった、心を覗かれ怒るような人間らしい感情はとうに磨耗している。
ただ感心しただけだ、噂に名高いエルトナムの秘術、エーテライトに。

「それに私にとってある意味イレギュラーこそが歓迎するべきことなのだ。
何故なら、私の計算の否定は人類の終局の否定。
そしてそれこそが私の望みであり存在意義なのだから」










―――――人類を救いたい

同じ気持ちに端を発した二人の男

希望の果てに絶望に佇む英霊という現象と化した衛宮士郎
絶望の果てに希望に挑む祟りという現象と化したズェピア


多くの類似を持ちながら決定的に違う二人は、まさに醜悪な畸形の双子


目の前の男の存在は、自分自身の否定と同じこと



二人の間に渦巻く殺気と闘気

英霊エミヤが左右に構えるは、干将莫耶の双剣
ワラキアの夜も金色の髪を靡かせて構えを取った



「どうした、挑んでは来ないのか?夜が明けるまでには、十分な時間が残っているぞ、ワラキアよ」

「ふむ、今宵霊長の抑止力たる貴様に勝つことはまず不可能、故に自ら挑む気は無い。
しかし貴様が戦いを望むなら相手になるが・・・・・・?」

「フン、今宵この場で貴様を倒すことは可能でも、現象である貴様を滅することは出来そうも無い」








幾許かの時間が流れ、夕暮れの紅は夜の闇の前に消え去ろうとしていた。

逢魔が時
妖のような、本来出会うはずがない者が人と邂逅する時間



空に合わせるかのように、赤い騎士もまた、黒い錬金術師の前から去ろうとしていた。


「もうここには用はないようだな」

僅かに足元が消え始めていた。

「ここから去るか愚者よ」

「ああ、さらばだ、今よりも過去から現れた錬金術師よ」

「もう会うこともあるまい、今よりも未来から訪れた英霊よ」



ただそれだけ。
そもそも言葉を交わすような関係でも無い。
その存在そのもが、自分自身を否定する棘となる畸形な双子


消え去る直前、英霊エミヤは思考する

絶望した英霊にしろ、希望を持つ悪霊にしろ、そんな者に救われる人類と言う存在は、何と滑稽な生き物なのか・・・と。

その表情は変わらない
皮肉に歪んだ口元はまるで自分と言う存在を嘲笑うよう



完全な月夜、一人残されたワラキアは、屍の丘で今宵も静かに未来に思いを馳せ続ける。
報われない救われない、愚かで滑稽な妄執と成り果てた一人の堕ちた錬金術師。




彼の固有結界に、エルトナムの末裔と、現象すらも殺す目を持つ、二人のイレギュラーが紛れ込むのはいつの日か・・・・・・・




後書き

たまったストレスがついついSSを書かせてしまいました
このクソ急がし時期に貴重な3時間が・・・
でも、ワラキアとアーチャーの邂逅はぜひ書きたかったんで満足です

もうちょっと手直ししたいんで、マイナーチェンジはあるかもしれませんが


感想よろしくお願いします





マイナーチェンジ後の後書き


いや、反響ないですね
笑っちゃうくらい
あっはっはっはっはっは
『士郎の受難』みたいな、ほのぼの物が流行ですか?

まあ今回は完全な自己満なんで良いですけどね。(負け惜しみ)