燃え盛る劫火
それは、何もかも跡形もなく灰にするように部屋を包む。
かつて主だった男の身体も、今は厳かに焔に巻かれた。




初めから気に食わない男だった



蒼色神話





聖杯からの呼び出しに応じ、現界に現れたランサーを迎えたのは男装の麗人バゼット・フラガ・マクレミッツ
ルーン石のピアスを触媒にしたその出会い

ランサーは思わぬ幸運に口笛を吹いた。

供給される魔術からわかる、魔術師として超一級の彼女の力量も勿論だったが、それはランサーにとって瑣末事。

「私がマスターでは何か不服か?」

ランサーの口笛を、自分に対する侮りととったか、射るような視線がそう問うていた。

「いや、不満なんてないぜ、俺を呼び出すほどの女だからな」

飄々と、しかし彼の偽らざる本音を述べる。

「ム、自信家なんだね、君は」

呆れと頼もしさを半々にした、その笑顔は美しかった。

「さて、君の真名を教えてもらおう、これより私たちは共に戦う仲間となるのだから」

差し出された令呪の輝く右腕を強く握る。

「ま、せっかくいい女に出会えたんだ。
その期待には応えてみせるのが英雄ってもんだからな
俺を律する、その令呪に賭けて誓ってやるよ、それを持ってる限り、俺があんたの力になる」

彼らしい言葉と態度ながら、その右手を誓いをこめて強く握り返す。
その握手を自ら誓約(ゲッシュ)として心に刻み、自らの真名を告げる


「フフ、惜しいね。
聖杯戦争がこんな東洋のはずれでなく、欧州で行われていたら君の知名度も全然違ったのに」

「ハ、言ってな。俺は英雄としてどんな逆境だろうと生き抜いてきたんだぜ、それに比べたら何でもねぇ」




いい女に縁がなかった俺が、どんな形であれ、美人で気が強く、肝も据わった女と組んだんだ。
好敵手と戦える喜びに加え、俺が戦う理由には十分すぎた。


しかし、やはり俺はいい女にはとことん縁がない星の下に生まれたらしい。

さっぱりとした、肝の据わった気の強い美人
つまり、バゼットとの契約は、あの男との手で脆くも崩れ去ったのだから。








「おいおい、なんだ、イイ人からの連絡か?」

「フン、ただの昔の知り合いだよ」

あの気の強い男装の麗人が、少女のように頬を染めていたのが印象的だった。

生前より数々の戦場でその身を救ったこの俺の英雄としての勘。
それが警鐘を鳴らし、なにかしらの嫌な予感がその身を包んだ。

どうしてあの時にもっとしっかりバゼットを止めなかったのか?
未だに悔やむ最後の会話


諌める俺の眼に映ったバゼットは、無理に不機嫌そうな顔を作っているのが見え見えだった。


「行きたくないのは山々なんだが・・・」


どこか弾むような口調


「やつには借りが有るんだ、いつもいつも一方的に、勝手に貸しだけを押し付けて行く、嫌なやつでな」


月下に映える白い肌に浮かぶ紅の頬


「その男が、珍しく頼みごとがあるというんだ・・・、これは借りを返す千載一遇のチャンスだからな」


そしてそして、隠し切れない・・・・・・その仏頂面の影でほころぶ、柔らかな微笑


それがあまりにも奇麗だったから
そして彼女の俺を見る瞳、その信頼があまりにも真直ぐで心地よかったから・・・


「それに、何かあったなら君は駆けつけてくれるのだろう?」

「任せな、伊達に最速は謳ってねぇ。
お前の右手に輝く令呪に賭けて必ず駆けつけてやるさ」




これが俺と彼女の最後の会話







そっから先は思い出すのも腹立たしい


バゼットを後ろから一突き。

ただそれだけ。

バゼットが嬉しそうに会いに行った男は、無表情に無感動に。
何の感慨も持たずに彼女を自らの手で貫いた。

最後の瞬間、バゼットは何を思ったのか・・・



信じた男の裏切りを嘆いたのか?

何も理解できないまま眠るように瞳を閉じたのか?

―――――それとも、主のピンチに駆けつけられなかった、間抜けなサーバントの事を思ったのだろうか?




何てことはない、あれだけの魔力を持った魔術師だった彼女と、サーバント中最速にして最強を自負するこの俺が、聖杯戦争の最初の敗北者となったわけだ


そして令呪によって、強制的に俺の主に納まったあの男


よりにもよって、バゼットから奪い去った令呪を自らの物とし、俺が彼女を勝たせると誓った誓約(ゲッシュ)を伴った絆を踏みにじったあの男


「この令呪に賭けて貴様は持ち主の力となるのだろう?」


あまつさえ、皮肉と言うにはあまりにも凄惨な言葉に、俺は怒りで真っ白になった。


しかし、自ら定めた誓約(ゲッシュ)を破るは騎士の誇りが許さない。
生前より数々の理不尽なゲッシュによって、この身を縛られて生き、そして死んだ俺だ。
元々イイ女とは縁がなかった、そう思い好敵手との死力を尽くして戦うという、本来の希望に望みを見出した。
そんなオレを嘲笑うかのような二つ目の令呪


「全てのサーバントと一度は戦い、生還せよ」


死力を尽くした戦いこそを望んで召還に応じたオレが諜報活動とは、何たる皮肉か。




本当に気に食わないあの男




そして、何よりも気に食わないのは

「そのゴミを始末しろ、ランサー。器に心臓は要らん」

この一言だった


サーバントであるよりも英霊として
ランサーである前にクーホーリンとして



聞けない命令がある、従えない言葉がある


「どうしたランサー。相手は少女だ、貫くのは容易かろう」



あの、気が強くて肝の据わった、将来きっと美人になるあのお嬢ちゃんを殺せと!?
このオレが気にいった人間である遠坂凛を殺せと!?


「お断りだ。今回のは従えねえ。オレにやらせたかったら、その令呪でも使うんだな」


例え、令呪だろうと耐えてみせる
強い決意と、敵意を持って己がマスターを睨む


令呪さえ使い切らせれば、もはや奴に従う筋はない。

気に食わないこの男を思う存分ゲイ・ボルグで貫ける


「そうか、仕方あるまい。自分で出来ることに令呪を消化するわけには行かないのだが・・・」


『貴様自らが手を下すならオレがその前に貴様を貫く』


ランサーの目はそう言っていた。

それに気がつかない言峰ではない。
故に奴は、お嬢ちゃんを殺したいのなら令呪を使わざるを得ないだろう


―――――ならば、オレは英雄としてそれに贖ってみせる


言峰は右腕を上げた

そこには、バゼットから奪った令呪が輝いている


ランサーは全身に力を漲らせ、緊張感を纏う。


『絶対に贖い、そして貴様を殺す』


不退転の決意は全身に力を漲らせた















「では、命じよう―――――自害しろ、ランサー」


















予想外の命令
ランサーに贖う術はなかった



自らを穿つは、呪の魔槍(ゲイ・ボルグ)

それでも吾身は英雄だった

遠坂凛を守る
それは令呪でも誓約でもない、ただ、自分が気にいった女を、二度も同じ人間に殺されるのは真っ平だという漢の意地。

残された力は無い
心臓も既に自ら貫いた

それでも、それでも吾身は英霊なのだ。



気力だけでゲイ・ボルグを揮い、かつての主を、否、かつての主の仇を穿つ


いくら魔術を極めようとも、人である限りこの因果を逆転させる槍から逃れる術はない

それは、言峰といえども決して例外ではなく・・・・・・


「ランサー。貴様・・・・・・」


例え目が霞もうとも
例え立つことすら覚束無かろうとも
英霊である吾身が、ケルトの大英雄である己が、敵に弱みを見せるわけには行かない


「生憎だった・・・な言峰。この程度でくたばるならよ、オレは英雄なんかになってねえ」








火(アンサス)のルーンにより出でた、紅が彩るその部屋で、鮮やかに浮かぶは蒼い騎士


「―――――さよならランサー。短い間だったけど、私も貴方みたいな人は好きよ」


その言葉を残し、後ろを振り向かずに思い人の許へ走り去った少女。


その少女の事を思い起こすと口元に笑みがこぼれる。


「―――――ありがとう」



「-----------ハ、小娘が。もちっと歳を取って出直してこい」


無理に無理を重ねたその身体には、もはや一欠けらの力すら残されては居ない
一言を紡ぐだけ、それすらも今の彼には、万の敵を相手にするよりも遥かに重労働だった


それでも彼は変わらない
飄々と、颯爽と、

それこそが彼の矜持
それこそが彼の生様


その身が焔に飲まれる瞬間

紅蓮の炎よりも赤い、艶やかなあの少女の姿が瞼に浮かぶ。
最後に見せた、僅かにはにかんだ様な笑顔は、別れた時に見せたバゼットのそれとひどく似ていたように見えた・・・・・・















召還の条件
それは、死力を尽くした闘い

それは、決して叶えられることはない願い


そもそも彼の人生は常にそうだった
願いは虚しく、祈りは届かず


自らを縛るハ不合理なまでの誓約
何の制限もない闘い、それは決して彼には与えられなかった


彼の父は光の神ルー
親愛なる父
神は彼に類稀なる力を与えた



彼の父は光の神ルー
親愛なる父
神は彼の願いを叶えなかった



ならば此度の闘いもまた同じ
誓約と忍耐に彩られた虚無の日々

最速の力を持ちながら、ただの一度も発揮することはなく
死力を尽くすべき相手を望みながら、ただの一度も闘えない




炎の中で徐々に希薄になっていく蒼身
静かに瞼を閉じた英雄の顔は微笑んでいた


報われない闘えない叶わない我が命

そんな事はもう慣れた

吾身は神の子にして英霊、ケルトの大英雄クーフーリン


瞼の奥には二人の美女

バゼット・フラガ・マクレミッツと遠坂凛

それは本当に良い女だった



理不尽な事態には、報われない願いにはもう慣れている
それは彼にとっては日常のこと

ならば、やはり今回の戦いは満足するべきだろう





現界にて出会った二人の美女は、少しはにかむように微笑んでいた
勇敢なる彼女達の蒼い騎士の最後を看取るかのように・・・・・・




「報われないとは失礼だな」

いけ好かない紅い騎士が、相変わらず皮肉気に、せっかくの美女を押し退けてしゃしゃり出て来た

「は、まったく無粋なやつだぜお前はよ」

「いや、私としても正直遠慮しておきたかったのだがね、君があまりに失礼なんでな」

「は、確かに失礼だったかもな、訂正するぜ」









此度の戦いで、ただ一度だけほんの僅かな時間だが、本気になった事を思い出す




「まあ、てめえとの闘い、オレの勝ち越しだからよ」

「む、図々しいな、あれを君の勝ちとする気かね?」

「ふん、オレとお前は一勝一分けだ、オレの勝ち越しだろ」

「・・・・・・・・・なるほど、確かに聖杯戦争において私は一度君に殺されていたな」


ほんの少しの驚きと、変わらない皮肉な表情のまま紅い騎士は苦笑した



「おい、てめえも誇り高き英雄ならよ、主(お嬢ちゃん)を護れよ」

「私に誇りなどないと以前言ったはずだがな、それに君にだけは言われたくないな」

「くくく、そしつは違いない」

「しかし、まあ、君の最後の言葉だ、前向きに努力はするとだけ言っておくかな」

「一体何が起こっていつからそんなに捻くれちまったのかね?」


それを最後に彼の思考は完全に消えた




―――――ランサーのクラスを割り当てられた、ケルトの大英雄の聖杯戦争は今静かに幕を閉じたのだった


後書き(加筆修正後)


何となく物足りなかったので、加筆修正してみました
兄貴の魅力、その十分の一でも引き出せたでしょうかね?
何回も何回も読み直すと何だか書き直しをしたくなるほどにランサー好きな自分にびっくり


後書き

はい、本当は蒼い春風の中編を書いてたんですが何処で間違ったのかほのぼのと遠い代物と化したので独立させてちがうSSとしました。
ちなみにバゼット嬢の喋り方は私の独断です

男装の麗人はこう喋るべきだ!!

という、私の固定観念の賜物です

かっこいいランサーを書きたかったのですがいかがでしょう?

ぜひ感想ください

特に、ランサーファンの人
共にランサーの魅力を語りつくしましょう