―――――信じられない物を見た

黄昏に染まるカフェ・テラス
夕陽に照らされた長い長い影法師
特徴的な向かい合うカップル


ツインテールと、遠目からでもわかる派手な美貌の少女

しなやかな身体を蒼いジャケットに包んだ長身の青年


二つのシルエットが重なり合う、そんな一瞬の幻を―――――


蒼い春風 エピローグ


放課後、珍しいことに、一成から頼み事をされることも無く、バイトも無い

と言うことで、真直ぐ家路に着いた士郎を迎える、金糸の髪と紺碧の瞳の少女

「シロウ、お帰りなさい」

「ただいま、セイバー」

「今日は早いのですね」

そう言って微笑むセイバーに、思わずドキドキしてしまう。
遠坂に対する想いに一点の曇りも無いが、セイバーは眩しすぎる
土倉での出会いの夜の、月明かりの幻想染みた美しい少女
ましてや、そんなセイバーの華が咲いたような微笑を前に、胸がときめかない男など居ないだろう。そう、決してこれは浮気と言った疚しい感情ではなく、美術品に対する賞賛にも似た憧憬というか、ねえ、遠坂さん、そんな目でボクを睨んだり、人差し指を向けるのは止めてください・・・

「あれ?遠坂は」

「リンですか、今日はまだ来ていないですね」

「そっか、まああいつも何か用でもあるのかな」

最近では、もっぱら士郎が家に戻ると、遠坂がさも自分の家のように、テレビを見ながらくつろいでいる姿が、お約束であっただけに軽い違和感を覚える

「どうしたんです?」

思わず苦笑する士郎に声をかけるセイバー、そのセイバーに苦笑を返し何でもないと手を振る
遠坂凛が居ないことに違和感を覚えるほどに、四六時中一緒に居たことに気がついたからだ。聖杯戦争が終わってまだ2週間、遠坂凛の影響力かはたまたそれだけ、自分が遠坂に狂っているのか、恐らく後者だろうな、と、思ってしまうそんな自分に苦笑したのだ。

藤ねえは弓道部や病院周り、桜は慎二のお見舞いと、どちらも最近家には来ない。遠坂も来るかわからない。時間もたっぷりあることだし、今日は何か凝った物でも作ろうか。

「セイバー、何か食べたい物でもあるか?」

「いえ、士郎が作る物は何でも美味しいですから」

「そう言うと思ったんだ、そうだなセイバー、たまには二人で買い物に行くか?
店先で、品物見ながら献立を決めようか」

いろいろ頭を悩ました夕食だったが、セイバーは「かに玉」を献立に選んだ
よほど、以前食べさせられた藤ねえのかに玉もどきが悔しかったのか、ぜひリベンジをと意気込むセイバー
中華は不得手な領域だが、かに玉なら何とか作れるだろう
それに、いつまでも中華を遠坂の独壇場にさせておくのも悔しいわけで。

「あ、ここまで来たついでに、紅茶の葉も仕入れておくか」

紅茶に五月蝿い遠坂の影響で、最近自分も紅茶にはまりつつある士郎なのだ。
んで、その遠坂嬢がお気に入りの店が新都の方にある、丁度良いから仕入れに行くか

そんな気まぐれが原因だった








―――――信じられない物を見た

黄昏に染まるカフェ・テラス
夕陽に照らされた長い長い影法師
特徴的な向かい合うカップル


ツインテールと、遠目からでもわかる派手な美貌の少女

しなやかな身体を蒼いジャケットに包んだ長身の青年


我が目を疑うが、自分の想い人を、しかも恋人である少女を見間違うはずが無い


テーブルの中央に遠坂の顔が、遠目である為表情までは覗えない


ゆっくりと近づく男の顔


そして触れ合う、その男の―――――唇


手から買い物袋が滑り落ちる


同じく息を呑み、慌てるセイバー


「シロウ、私のかに玉のための卵が全滅です!」


って、そっちの心配かよ



なんて、ツッコミをする余裕もなく、士郎は全速力で遠坂の居るカフェ・テラスまで走った




「何するのよ!!バカーーーーー!!!!」


グルグル混乱する頭とともに叫んだ


「遠坂・・・」

「し、士郎!?」

肩で息をしながらこちらを睨みつける士郎の姿
見られた!?一体、いつから?

その出現は益々遠坂凛の頭を混乱させる

「違うの、士郎、これは、ランサーが勝手に・・・」

「なんで、こんな所に居るのさ」

愚にもつかない言い訳を切って捨てるような言葉
あの士郎が本気で怒っているのは一目瞭然だ

「ごめんなさい・・・」

と言う言葉に

「おい、坊主、凛を攻めるのは筋違いだぜ」

という、この雰囲気が全く読めていない、平素と変わらない口調のランサーの言葉が重なる

「おい、遠坂にはちょっかい出すなって言ったはずだけどな」

どうして死んだはずのランサーがここにこうして居るのか、それすらも少しも頭を掠めないほど士郎は頭にきているらしい。

「それは、あの共闘の条件だろ?」

そんな士郎にさらに油を注ぐようなランサーの発言

「それにな、デートしてたってのならお互い様だろ?」

チロっと、士郎の横で買い物袋を持ったセイバーに意味ありげな視線を送る。
ふたり、並んで夕食の材料が入った買い物袋を持って歩く二人、その構図はどう見ても新婚夫婦だ。
その言葉に、俄かに紅くなる我が恋人とサーヴァント
昼の、セイバーに対する嫉妬に近い子供っぽい独占欲が頭を擡げる

「俺とセイバーはそんなじゃない」

先程までと違って、声も小さく歯切れも悪い士郎の言葉が、士郎がセイバーに対して憎からず思っているのを如実に表している。

「坊主、自分はそんな美女と新婚さんみたいなデートを楽しみながら、人にだけ文句言うのはいただけないぜ。
まあいいさ、凛も困ってるみたいだし、今日は俺が退散してやるがよ」

伝票を握り立ち上がる

「しっかり自覚しな、こんなに良い女が恋人なんだぜ。
俺みたいにな、脇で機会を覗っているヤツが他にも五万と居るんだぜ、
うかうかしてたらな、大事な恋人が手の中から零れ落ちてるかもしれねぇぜ」

じゃあな、なんて、さっきまでの殺伐とした空気が嘘だったみたいに、背中を向けたまま飄々と右手を上げて立ち去ろうとする
士郎やセイバーは元より、私自身、すれ違いざまにランサーが残した言葉で頭が完全に混乱していた



なんて言った、あの男





「俺のマスターより伝言だ







『私もまだまだ諦めませんよ、姉さん』」






ですって!?








・・・・・・・・・姉さん?




もしかして、あいつのマスターって・・・








冬が長い、冬木の町にも暖かい風が吹き始めた
厳しく過酷な戦いのあった冬の記憶を包み込む春の訪れ

そんな春一番の吹く中で、呆然とする三人を残し、相変わらず掴み所の無い槍兵は、喧騒溢れる夕暮れの町の中に消えていった


後書き

完結
ちょっと急ピッチだったんで改定が後ではいるかもしれないけど、しっかり、槍に翻弄される士郎と凛が書けて満足です
全国の槍好きよ!感想よろしく
って、別に槍好き意外でもよろしくね