「そういえばさ、遠野家では豆撒きはしないの?」
午後の優雅なティータイム。
翡翠と琥珀も交えた4人で過ごす、穏やかな土曜の午後は、志貴の突然の言葉で破られた。
「ああ、そういえば先週は節分でしたね」
何を言ってるんですか?
と不思議そうな顔をしていた3人だったが、琥珀が思い出したように頷いた。
「まあ、この洋館で豆撒きってのも、なんかイメージが違うか」
残念だけどなぁ、なんて呟きながら苦笑する志貴は、秋葉がじっと自分を見つめていることに気がついた。
それに込められた感情が、控えめに言っても、好意とは対極にあることくらいは、愚鈍とまで言われたことがある志貴でも理解できた。
不思議そうに視線を転じても、翡翠は不安そうに、空のティーカップをカチャカチャと弄び、琥珀は琥珀で、「アチャー」なんて擬音が聞こえそうな顔で苦笑している。
「あれ?俺、何か変なこと言ったかな?」
不穏な気配を察しながらも、理由が分からずに、志貴はハハハと乾いた笑いを浮かべながら、頬を掻いている。
「兄さん、どうしても豆まきがしたいんですか?」
「いや・・・、その、どうしてもってわけじゃないけど・・・」
秋葉の難しい顔に気圧される様に言葉尻を濁す。
気まずい沈黙。
それは、「わかりました」、とだけ言葉を残し、秋葉が仕事に戻るために、席を立った後もしばらく居間を支配していた。
「俺、何か問題発言したかな?」
その志貴の言葉に、翡翠は無表情に首を横に振り、琥珀は軽く溜息をついた。
「志貴さん、節分でお豆を撒く行事の意味を考えてみてください」
「鬼は外、福は内ってくらいだからね。
悪い鬼を追い払うって意味だろう?」
きょとんとした顔で、解答を口にする志貴に、双子の姉妹は、同じ顔に全然違う表情を浮かべた。
表情は違えど、言いたい事は同じ。
「志貴さん(様)、愚鈍です」
「ここ遠野家の血筋は、遥か昔に鬼種と交わった混血の末裔なのはご存知ですよね?」
そこまで言われて志貴もようやく理解できた。
秋葉は、頭首として、反転した同族を粛清しなければならない定めであり。
さらには、自分自身も最も純度の高い遠野の一族として、その血と闘い、購い続けなければならない宿命だった。
特に秋葉の、遠野の血と人としての鬩ぎ合いに関しては、志貴にとっては他人事ではない。
秋葉の共融のおかげで命を取り留めた志貴の存在こそが、秋葉を遠野寄りに追いやる一番の原因なのだから。
「無神経だったな・・・」
ポツリと漏らした言葉からは、志貴の深い悔恨が滲んでいた。
「志貴様、そこまで気になさることはありません」
「そうです、秋葉様も私たちも、何となくしなかっただけで、タブーだとかそんな話じゃないんですから」
翡翠の言葉に琥珀も頷きながら笑いかける。
「案外、志貴さんが言うように、この広いお屋敷中をお豆だらけにしてしまうと、翡翠ちゃんのお掃除が大変だからって言うのも大きいんですから」
二人の気遣いに、志貴もとりあえず笑みを返す。
「そんな顔しないでください、志貴さん。
どうせするなら、思いっきり楽しんじゃうのが一番ですよ」
アハー、なんて笑いながら、あれこれと考えている琥珀は本当に楽しそうで、志貴も少し救われた気持ちになる。
「姉さんの言うとおりです。
それに秋葉様は、志貴様と過ごせるのならば、きっとどんな事だって、喜んでくださるのではないでしょうか」
「・・・それじゃあ、不肖の兄貴としては、せめて秋葉のストレスが解消されるように、精々盛大に豆をぶつけられるかな」
照れたように頬をかきながら、志貴も大きく頷き立ち上がった。
「さて、果たして志貴さんが鬼役になれますかね」
クスクスと笑いながら呟いた琥珀の言葉に、首を傾げる残された二人だった。
「ダメです」
果たして、琥珀の予想通り夕食後のお茶の席で、自ら鬼役を買って出た志貴は、問答無用で秋葉に失格の烙印を押されてしまっていた。
「じゃあ、鬼役はどうします?」
昼間から、いろいろ用意していた志貴を手伝っただけに、翡翠も少し残念そうだった。
ちなみに志貴の手には、妙に可愛らしいお手製の鬼のお面があったりするが、絵を描いたのは翡翠だったりする。
「そもそも遠野家の長男である兄さんを、鬼の役にさせるなんて出来ません」
「いや、あんまり関係ないんじゃないか、それは」
「ダメったらダメです」
「それにほら、豆まきは無病息災を祈願する物ですから、せっかくなら志貴さんは撒く方で参加していただいたほうが良いんじゃないでしょうか。
ねえ、秋葉様」
頑なに反対する秋葉に助け舟を出す琥珀に、我が意を得たりと頷く秋葉。
「でも、困ったな。
俺、翡翠や琥珀さんにも、豆なんてぶつけられないぞ」
「勿論、鬼の役は秋葉様がやられるんですよね?」
ニッコリ笑って、琥珀がトンデモナイ事を口にした。
「「え?」」
志貴も秋葉本人も目を点にして驚いている。
「だって、可愛い翡翠ちゃんに、そんな役はやらせられないじゃないですか」
「だったら、貴女がやればいいじゃないの」
秋葉の言葉に、よよよ・・・と、大げさに服の袖で顔を覆い、泣きまねをする。
「私も、一度でいいから皆と豆撒きをしてみたいと思っていたのに・・・」
チクリと翡翠、秋葉、志貴の三人の良心を刺す。
まだ幼かった頃、四季も交えた四人で、槙久の目を盗んで豆撒きをしたことがあった。
それを、ただ遠くから見ているだけだった、幼い日の琥珀。
嘘泣きとわかってていても、かなり気まずいのは間違いない。
「・・・・・・わかりました、私が鬼役をやればいいんでしょう、まったく」
深く溜息をつく秋葉。
「本当ですか、さすが秋葉様はお優しいですね」
ペロっと舌を出して、明るく笑う琥珀を見て、再度溜息をつく秋葉だった。
「ちょっとストップ。秋葉にやらせるくらいなら、やっぱり俺が・・・」
昼の秋葉の沈痛の面立ちを考えれば、秋葉にやらせるのは忍びなかった。
「いいえ、私がやりますから兄さんは気にしないでください」
志貴が鬼役をやるのだけは、頑なに拒否する妹に志貴も、首を傾げるしかない。
「やだなぁ志貴様ッたら。
秋葉様が、 演技でも何でも、志貴さんを外に追い出すなんてこと、出来るわけないじゃないですか♪」
アハー、なんていい笑顔で、琥珀さんらしい爆弾発言を投げつける。
「こ、琥珀、あなた・・・」
「さ、さ、秋葉様参りましょう」
頬といわず、耳といわず、顔全体を真っ赤に染めた素直になれない秋葉を、完全にからかって楽しんでいる琥珀が、秋葉の背中を押して、一度居間から出て行こうとする。
「あれ、琥珀さん、何処に行くの?」
志貴の質問にも、「うふふふふふー」なんて笑いを返す。
「いろいろ準備してたのは、志貴さんたちだけじゃないんですよ」
「秋葉、志貴だけどそろそろ出て来いよ」
そんな、かなり企んだ楽しそうな笑顔と、謎の残る言葉を残して琥珀と秋葉が私室に消えてから、30分が経過していた。
なんでも、琥珀が言うには秋葉が、琥珀の用意した鬼の衣装を恥ずかしがって出てきてくれないらしい。
「・・・兄さん」
ドアの隙間から何故か顔だけ出している秋葉。
よほど恥ずかしいのか、目が少し涙目で、弱々しそうに周囲を見る秋葉は、小さな頃の秋葉みたいで、余りの可愛らしさに自然笑みがこぼれた。
「・・・兄さん、笑わないでください」
益々、恥ずかしそうに顔を赤くし、瞳を潤ませる秋葉の黒髪の上には、黄色と黒にカラーリングされた鬼の角がちょこんと生えていた。
「ゴメン、あんまり秋葉が可愛くて・・・」
志貴の言うとおり、犯罪的な可愛さである。
角なんてわざわざ用意しているあたり、琥珀の準備が、なかなか気合が入った物であるらしい。
そうともなれば、この可愛い妹を少しからかってやりたい欲望が、むくむくと目覚めた。
「中、入っていいか?」
一瞬、逡巡するように考えたが、観念するように扉を開き志貴を自室に招き入れた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
志貴は、思わず言葉をなくして秋葉を見入ってしまった。
「あの、琥珀が、これが鬼の正装だって・・・」
恥ずかしいのか、志貴の視線から逃れるように俯き、背中を向け、顔だけを志貴の方に振り向いて立っていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あの、兄さん?」
言葉の無い志貴に、秋葉は不安そうな眼を向ける。
余程恥ずかしいのか、秋葉の声は今にも消え入りそうで、顔だけでなく、身体までピンクに染まっていた。
「秋葉・・・」
「なんですか?」
ようやく言葉を発した志貴だったが、それは蚊の鳴くような小さな呻き声にしか聞こえず、秋葉は不安そうに上目遣いに次の言葉を待った。
「いや、その、何と言うか・・・」
「やっぱり・・・変ですか?」
首をブンブンと横に振る。
変なんてことはない。
ただ、余りにも可愛すぎて、常と違う弱々しい態度も含めて、目の前の秋葉が現実の物として認識できないだけ。
「すごく、可愛い」
なんとか、それだけを言葉にした。
「本当ですか!!」
その一言が余程嬉しかったのか、バラが咲いたような笑顔になる。
「正装とはいえ、かなり恥ずかしかったんですけど、きっと兄さんも喜んでくれるって言うんで・・・」
『琥珀さん、さすがです』
心の中で琥珀に万雷の拍手を贈る。
チラリチラリと横目で、でも、心に刻むようにはっきりと今の秋葉の姿を網膜に焼き付ける。
いつもはロングスカートに包まれていて、みることが出来ない、白くて柔らかそうな太ももも。
虎柄のビキニからのぞく、可愛らしいヒップラインも。
きゅっと締まったウエストと、可愛らしい真っ白いおなか、その中で自己主張するおへそすらも。
同じく虎柄のビキニに包まれた、慎ましやかなながらも主張する、少女の未だ未成熟な小さなふくらみも。
いわゆる、ラムちゃんスタイルの秋葉の姿を脳髄にまで焼き付けた。
「じゃあ、豆撒きを始めましょうか」
「そうだな」
そう言いながらも、一向に豆を撒こうとしない志貴に不思議そうな眼を向ける。
「ほら、おいで」
鬼を外に追い出すどころか、その手を強く引いて、秋葉を抱きすくめた。
「え?」
「そんな、格好で外に出たら、風邪ひいちゃうんだろ」
シャツの裾を広げる志貴に、秋葉は不思議そうな顔を見せる。
「エイ!」
「キャッ!・・・に、兄さん」
自分の着ているシャツで包むように、秋葉を自らの胸の内側に抱き締める。
「――――――鬼は外、福は内、そして可愛い
志貴の笑顔に、秋葉は真っ赤になりながら呟いた。
「もう、バカですね」
言葉とは裏腹に、秋葉は自分から、より深く志貴の服に包まってくる。
「でも、いつもあったかいですね、兄さんは・・・」
甘えるように、自分の身体を抱き締める秋葉の余りの可愛さが、志貴の悪戯心に火をつけた。
「秋葉」
突然の口付け。
志貴の舌が、秋葉の口内に、何かを口移す。
「これは、お豆・・・ですか?」
「うん、あんまり美味いもんじゃないけどな」
突発的な自分の行動が、いわゆるバカップルと呼ばれるような、恥ずかしい物であることに気がつき、照れくささに苦笑する。
「いえ、とても甘くて溶けてしまいそうです」
そんな志貴の目の前で微笑む少女。
志貴の甘い口付けに、未だに初々しく耳まで真っ赤になっている秋葉が、夢見るように呟いた言葉。
強烈過ぎて、その仕草が、言葉が、表情が、秋葉の全てが可愛すぎて、志貴の脳髄を焼き切った。
「ほら、秋葉、年の数分の豆を食べないとな」
熱に侵されたような志貴の荒々しい、しかし優しい口付けが幾度も秋葉を溶かしていく。
ドロドロに溶けて、お互いの心も身体も『共融』しているような錯覚。
「兄さん、兄さんもまだ、お豆食べてないでしょう?」
いつか、羞恥を超え、溶けるような悦楽に身を沈めた秋葉が、志貴に、少女のように初々しく、それでいて何処か妖艶な仕草で、志貴にお返しを繰り返す。
荒い息で、交互に繰り返す口づけは、やがて激しくなり、優に互いの年の数すらも超えてなお繰り返される。
溶け合ってしまいたいもどかしさは頂点にいたり、やがて、そのまま、どちらからとも無く、もつれるようにベッドに身を預けた。
「さて、翡翠ちゃん、寂しいけど二人で豆撒きでもしよっか?」
「はい、このままここに居ても、鬼ではなくて私たちが追い出されてしまいかねません」
豆を撒かれて外に追い出される前に、メイドの姉妹はそっとその場を離れていった。
「こうして、
fin
魔術師の後書き
はい、何年ぶりの月姫SSでしょうか。
やっぱり秋葉。
どれだけ秋葉がすきなんでしょう。
ちなみに、節分に間に合ってないじゃないかと、お思いのそこのあなた。
そもそも、ネタを思いついたのが4日の日曜日ですので悪しからず。
節分の日は徹夜で飲んでたんで、そんな行事自体ころっと忘れてました。
さて、節分に間に合ってれば、挿絵を付けてくれそうなお世話になっているサイト様のどこかに投稿しようと考えていたんですが、さすがに時期を逸し過ぎたんで諦めてここに掲載しました。
誰か、ラムちゃんスタイルの秋葉様の挿絵を提供してくれる神様、随時募集中(笑
さて、ギル様の話と、今回こそ期日に間に合わせたいVD物と、書きたい物がいっぱいあります。
今はFateやりなおしてるけど(PS2版が出るまでに一通りやりたい)、その後はやり直したいですね、月姫も。
久々に月姫ですが、感想とかいただけたら勇気百倍です。
最近ちょこっとずつまた活気が戻ってきた気がしますので、これからもよろしくお願いします。