私は人を不幸にする・・・
私の周りには不幸があふれている・・・
きっと全部私のせいなんだ・・・
大好きな・・・大好きなあの人が死んでしまったのも・・・
全部、全部わたしのせいなんだ・・・
この背中に生える漆黒の翼・・・
『ルシファー』、かつて神に逆らった、堕天使の名を持つ私の翼のせいなんだ・・・
堕ちた天使の歌う歌
「おはよう、恭也♪」
「・・・フィアッセ。いきなり抱きつくのは止めてくれ」
「良いじゃないの♪ギュ〜〜〜〜」
今はもう、私よりも10センチ以上高いところにある恭也の頭を、キュッと抱きしめる。
恭也は、照れながらも振りほどくことはしない。
これはスキンシップだってわかっているから。
そう、『姉と弟』のスキンシップだから・・・
まだ私が幼いころ、私はこの寡黙で無愛想だけど優しい恭也と、泣き虫で甘えん坊だけど芯は強い美由希。
この二人の『弟と妹』のところに遊びに行く、夏と冬の長い休みが楽しみだった。
士郎の家族はみんな、士郎に負けないくらい優しくてそして・・・暖かかった。
そう、それは士郎のお葬式ですら、変わることもないほどに。
士郎は私のせいで死んでしまったのに・・・
私を守って死んでしまったのに・・・
誰も私を責めない・・・
お腹にまだ生まれていない士郎の子供を宿した桃子も、未だに士郎の死を受け入れられない美由希も・・・
そして、
「恭也、ごめんね・・・、私のせいで士郎が・・・」
そう謝る私に恭也は
「フィアッセのせいじゃない。
父さんは、御神の剣士として、大切な人を護って死んだんだ。
フィアッセのせいなんかじゃ・・・ない・・・」
私は、はじめて見た。
恭也が泣いている姿を・・・
唇をきゅっと噛んで、必死に声が出るのを押さえているけれど、両目から溢れる涙が静かに頬を濡らしている恭也。
それなのに、恭也は私の涙をその手でそっと拭って
「俺が護るから。フィアッセは、これからは俺が護るから。
父さんよりも強くなって必ず護るから。
だから・・・もう泣かないで」
優しい恭也、優しいみんな。
だからもうここには来れなくなる。
みんな、みんな、大好きだから。
私の翼は、大好きな人を不幸にしていくから・・・。
ずっとずっと思っていた。
「こんな真黒い翼いらない」
「私なんて大嫌い」
でもこんな翼を、みんなは受け入れてくれた。
恭也は言ってくれた。
「綺麗だと・・・」
そして、私を受け入れてくれたの・・・
黒い翼も過去もすべてを受け入れて、好きだと・・・
こんな私の事を好きだといってくれた恭也。
士郎を殺してしまった時、二度と会うまいと思った、忘れようと思った。
けれども、できなかった。
私の心は、ただひたすらに恭也に向かってしまったから。
そして恭也との新しい関係。
今までの『姉』を演じた関係ではない。
心の底から望んだ、恋人としての日々。
幸せだった。
それが、新たなる不幸へのプロローグでしかないことすらも知らないでいた・・・
『不幸』は突然やってきた。
ママの元にやってきた、影を伴った女性の、警告と言う名の脅迫。
恭也と幸せになる事と並ぶもうひとつの私の夢
黒い翼のせいで一度は潰えてしまった大切な夢。
それをその人は中止にしろと求めてきた。
その場に来ていた、恭也と美由希をあしらうかのように傷つけるとその人は去っていった。
来た時と同じく、影を伴った少しだけ悲しそうな表情で・・・。
悲しそう?
どうしてそんな事を思ったのだろう?
私にはわからなかった。
でも、その人の横顔が、私の大好きだった人たちに、どこか似ていたからかもしれない。
「俺が護るから。フィアッセの夢は俺が護るから」
そういって、私に笑いかける恭也の言葉は、昔を私に思い出させた。
ぐっと、涙を堪え、唇を強く噛み締めながら私を護るといってくれた少年時代。
そしてその表情は・・・
士郎?
私が最後に見た士郎の表情にとても良く似ていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だからかもしれない
嫌な予感が私を貫いた。
夢だった舞台
ママと・・・スクールのみんなと作り上げたかった舞台
それすらも、置き去りにしたまま、私は走り出した。
走馬灯のように、思い出が頭に浮かんできた。
そして嫌な予感は的中していた。
恭也が、脅迫者を抱えて、細い鋼糸を伝い、廃屋から出てくる。
ただですら心細いその糸は、二人分の体重を前に、今にも千切れてしまいそうで・・・
やっぱり、私の背中の翼は不幸を呼ぶのかもしれない・・・
大好きな恭也をこんな目に合わせてしまうなんて・・・
恭也が綺麗といってくれた翼
やっと、少しだけその存在を認められてきていたのに・・・
翼ごと私を愛してくれた恭也
私が愛する恭也が愛してくれる私。
大好きな恭也が愛してくれる、私と言う存在を、私も少しづつ好きになりつつあったのに・・・
そのとき、恭也を支えている糸が、激しくゆれて今にも恭也が大空に投げ出されそうになった。
それを見た私の頭は真っ白になった。
大嫌いだった、黒い翼。
それにはじめて願った。
そして始めてその存在を必要と感じた。
大切な人を救うためには、この翼を使うしかなかったから・・・
後のことは良く覚えていない・・・
ただ一言だけ、しっかりと耳に残されたほかは、この翼のことは何一つ・・・
「フィアッセの翼・・・
とても綺麗だ。
黒い翼も綺麗だけど、優しいフィアッセにはその翼のほうが良く似合う」
恭也のその一言だけが私の胸に刻まれた。
深く深く・・・
かつて神に背くまで、ルシファーは最も優れた天使だったという。
その実力も気高さも、何もかもが神に匹敵するほどに・・・
それゆえに、すべての苦しみから人を解放できない、そんな自分や神に背いたのかもしれない。
その誰よりも優しすぎる心ゆえに・・・
現在に生きる堕天の翼を持つ少女
彼女もまた、漆黒の翼と天使の心を持っていた
黒い翼は、その優しさゆえに自分を責めていた証かもしれない。
しかしすべては過去の話。
現在は、天使の背中には純白の翼が揺らめいていた・・・
まるで、彼女のために戦った勇者を抱きつつむように・・・
FIN