紅葉狩


町を染め行く草花が季節の移ろいを感じさせる。
紅く染まる街路樹や、赤や黄色に染め抜かれたお山、そんな自然の織り成す芸術に思わず士郎は目を細めた。
肌寒いような気温の中で、腕の中でホカホカと自己主張する紙袋の温もりに頬が緩む。

紅く染まった一振りの枝が自宅の土塀から覗く。
今日は凛も桜もライダーも留守で、家ではセイバーが一人で留守番してるはずだ。
二人で紅葉狩りと洒落込むのも良いかもしれないと、帰りに江戸前屋に寄りタイヤキも購入した。
縁側に腰掛け、お茶を飲みながら、紅葉を愛でる。
二人きりの平和な午後に相応しい。
微笑みながらタイヤキをハムハム食べるセイバーを思い浮かべ、笑顔がこぼれる。
家計を預かる身としては厳しい面があるのも確かだが、料理人としてあれだけ美味しそうに食べてくれるセイバーは上客だ。
さらに言うなら男として、息を呑むほどの美少女のセイバーの、うっとりとした幸せそうな笑顔は、何物にも変え難い。

「惚れた弱み・・・かな」

零れた独り言に、赤面する。

「シロウ、お帰りなさい・・・って、どうかしましたか?」

声をかけただけなのに、奇声を上げて驚くマスターに首を傾げる。

「いや、何でもないよ。
それより、今日は家にはセイバーだけだよな?」

「はい、今日は私だけですが・・・」

何か?そう問いかけるような碧い瞳。
初めて会った夜を思い出す。
幻想的な月明かりの中、自分を見つめる、射抜くような瞳に確かに心奪われた。
平静を保ったつもりの胸が鼓動を跳ね上げる。

「せっかくだからさ、紅葉狩りしようと思ってさ・・・。
お茶を用意してくるから・・・」

「わかりました!!!」

「先に行っててくれ・・・って、おい」

皆まで聞かず、既に庭に駆け出しているセイバー。
あの、自分を惹きつけた瞳が、期待に満ちて爛々と輝いていた気がする。
セイバーがタイヤキ好きなのは知ってるけど、いくらなんでも尋常じゃない期待のこもった瞳だった。
第一、それほど楽しみにしてるはずのタイヤキを受け取らずに行ってしまったし。
不思議そうに首を傾げながらも、とりあえずお茶の用意に向かう士郎だった。







「シロウ、準備は万端です」

お茶を伴い縁側に出た士郎の目の前には、真っ赤な山があった。
本来、愛でるはずだった紅葉が山と積まれている。

「さあ、シロウ、早くしましょう!」

凄い勢いのセイバーに気をされるように、縁側に腰を下ろす。

「ん、セイバーの分のお茶とお茶菓子」

手渡されたタイヤキとお茶と士郎を見比べながら、セイバーは不思議そうな顔をしている。

「はやく、紅葉狩りをしましょう」

「そうだな、じゃあそうするか」

視線を転じ、庭の紅葉を愛でながらお茶に口をつける。
・・・・・・・・・気のせいか、お茶を用意している間に、随分と愛でるはずの紅葉が減っている気がする。

そんな疑問を心の隅に追いやり、ふ〜っと、思わず出る安らかな吐息。
タイヤキの甘みを引き立たせるため、渋めに入れたお茶と、甘すぎない上品な小豆の甘みを活かしきったタイヤキが織り成すハーモニーも素晴らしいものがある。
ゆったりとした秋の午後に相応しい時間だ。

「あのシロウ、まだですか?」

戸惑いながらも、セイバーは既に4つ用意した最後のタイヤキを平らげていた。

「何が?」

「紅葉狩りです」

何ともいえない間が出来る。
取り繕うように、ようやく一匹目のタイヤキを飲み込み、お茶を口にする。

「・・・セイバーもしかして勘違いしていないか?」

「紅葉狩りとは、この前したものとは違うのですか?」

この前したもの?
何だっけ?頭を捻る士郎。

積み上げられた枯葉の山、士郎の脳裏にある一つの答えが浮かんできた。

「セイバーのお待ちかねの物ってもしかしてこれか?」

アルミ箔につつんだ物を、台所から取ってくる。

「そう、それです!」

ぴょこんと跳ねた前髪が、まるで犬の尻尾のようにピコピコ揺れる。











パチパチと音をたてて燃える秋の風物詩。
愛でるはずだった紅葉が、炎に撒かれていく。

「シロウ!もう、いいのではないですか?」

「ん―――、まだ、もうちょっとかな」

待ちきれないように木の枝で炎をつつくセイバーに、士郎は優しく微笑みかける。

「よし、出来たみたいだ。
ほら、セイバー」

新聞紙に包んださつま芋を手渡す。

「相変わらず美味しいですね」

にこにこ、はむはむ、こくこく、と、実に忙しげだ。

「しかし、このさつま芋はただ焼いただけでこれだけ美味しいのに、あの雑な味は・・・」

食べ物の恨みは恐ろしい。
まさか宮廷料理人も、1000年以上経ってから、それも遠い異国でまで敬愛する王から恨まれるとは思いもよらなかっただろう。





空に吸い込まれていく焚火の煙を見上げるセイバー。
視線の先を追って士郎も空を見上げる。
秋晴れの空はややオレンジに色づき、センチメンタルな気持ちにさせる。

「この空は・・・」

物悲しい声色のセイバーの呟き。
転じた視線の先では、夕陽に染め上げられた金色の髪と、憂いを帯びた碧い瞳が空を眺めている。

「この空は、あの丘に続いているのでしょうか・・・」

あの丘とは、きっと今もセイバーが止まっている、騎士達の剣と屍で作られた墳墓だろうか。






何故だろう。




夕焼けに染まるセイバーは、今にも消えてしまいそうな既視感を感じる。



胸が締め付けられるように痛む、消失感。



『シロウ、貴方を愛しています』



そんな幻聴すら聞こえてきそうな・・・。



「ほら、セイバー。早く食べないと焦げちゃうぞ」

感傷を、そして不安を振り払うように場違いなほど明るい声を出す。

「む、それはいけませんね」

再びハムハムコクコクを繰り返すセイバー。

「しかし、セイバーもホント食いしん坊だよな」

「む、シロウ。突然何を言い出すのですか?」

さも心外だと言わんばかりのセイバーの手の中には、5個目の焼芋が握られている。

「だってさ、紅葉狩ってのは紅葉を愛でることを言うんであって、焼芋を作るわけじゃないんだぞ」

「シロウ、訂正を要求します。
確かに私は紅葉狩を間違えて捉えました。
しかし、それは落ち葉を集めて焚火をすることと勘違いしたのであって、焼芋と勘違いしたわけではありません。」

期待はしましたけれど・・・。なんて、呟きは聞こえなかったことにしないと、多分バッドエンド直行だろうと察して黙る。
このあたり、衛宮士郎の直感も鍛えられてきているらしい。

「まあ、残ってる紅葉を楽しもうか、ほらあの辺りなんてお山を借景して見ごろだぞ」」

「何か釈然としませんが同意です。
赤や黄色に色づいた木々に彩られた風景が実に愛らしい」








雲ひとつ無いオレンジの夕暮れ。
赤や黄色に彩られたお山を遠くに望む縁側。
爆ぜる木々や枯葉のBGM。


そして、横には微笑むアルトリア。






平穏な生活。
安穏な日常。
そんな、当たり前の日々の一瞬。
今あるこの風景を、士郎は何故だか切り取って心に焼き付ける。

「シロウ」

自分の名を呼ぶセイバーの柔らかい声。
その表情はなんて優しくて・・・・・・

「いつか、凛や桜たち皆と、こうして焚火を囲みたいものですね」

何故「いつか」なのか。
「今度」ではなく、「いつか」なのか。

呟くセイバーの微笑が、優しくて、そして儚い物に感じられた。
まるで、 全て遠き理想郷 アヴァロンでも見るかのようなそんな表情。

「そうだな、今度は皆を呼んでやろう。
一成や美綴、何なら蒔寺達も呼ぶか」

何かを紛らわせるような士郎の楽しそうな言葉に、セイバーも微笑みながら頷く。

「そうですね、それはとても楽しそうだ」

「ああ、約束するよ」

小さく頷く彼女は、相変わらず優しく、透き通るような微笑だった・・・。




























パチパチと音を発てる焚火。

「蒔、藤村先生。二人とも紅葉狩って紅葉を集めるものじゃないのだがな」

「え?違うのか?だって、ぶどう狩だってリンゴ狩だって果物取るじゃないかよ」

「そういえばそうだよね・・・不思議だね」

「我々は間違っていない!
第一、ただ見るだけで何が「狩り」か!!」

「そうだ、そうだ!!」

火を見て野性に還ったのか、興奮して暴走気味の虎と豹。
それに調教師よろしく教育を施す氷室と、そんな様子を暖かく見守る三枝さん

「姉さん、これ焼けてますよ」

「駄目、もう二個も食べちゃったもの。
これ以上はさすがに後で泣きを見ることになるわ」

「天高く午肥ゆる秋ですね。
じゃあ、私がいただきますね」

「・・・っく、それだけ食べて成長が全部胸に行くなんて・・・」

「でも、さすがに食べ切れそうもないんで、姉さん、もし良ければ半分こにしませんか?」

「え、あー、その・・・。
そうね、それなら食べてもいいかしら・・・」

かつてのように、並んでオヤツを半分こにして食べる遠坂と桜。

向こうでは、一成と美綴がお山の風景を眺めている。






楽しそうな皆の声を聞きながら揺れる炎を見ていた。
いや、正確には炎の向こうに揺れるセイバーの微笑を見ていたのかもしれない。





「未練なんかない」





そう、未練なんてなかったはずだったのに、何故あんな夢を見たのか・・・。

「シロウ、それはね、きっと未練なんかじゃないの」

乗せられた小さな手が優しく頭を撫でてくれる。

「イリヤ?」

振り向いた目に映ったのは、大人びた優しい微笑の冬の少女だった。

「きっとね、セイバーだって、シロウともう一度焚火をしたかったんだよ」

『もう一度』。

聖杯戦争が終わった朝焼けの冬の日。
澄んだ空気と、それ以上に透けるような微笑と『誓い』を残し、還っていったセイバー。

何故、冬に還った彼女と過ごした秋を前提とした夢なんて見たのか。

「イリヤ、何か知ってるのか?」

「それはね、きっとシロウじゃないシロウが残した夢の残滓」

もっと聞きたかった。
詳しく問いただしたかった。
でも、士郎にはそれが出来なかった。

イリヤの瞳には、愛しさと切なさが映り、優しい微笑みは儚さが刻まれていたから。

「シロウ、行こうよ。タイガもリンもサクラも・・・皆待ってるから」

無邪気なイリヤに手を引かれながら皆のところに向かう。
凛やイリヤにからかわれ、蒔寺に吠えられ、一成とお茶を飲む。

楽しい時間はあっという間に過ぎ去った。




夕陽に染まる縁側で焚火の前に一人佇む。

雲ひとつ無いオレンジの夕暮れ。
赤や黄色に彩られたお山を遠くに望む縁側。
爆ぜる木々や枯葉のBGM。


そして、横には・・・・・・・・・誰も居ない。



平穏な生活。
安穏な日常。
そんな、当たり前の日々の一瞬。

例え、そこにセイバーが居なくても、胸に焼き付けた風景は色あせはしない。

「約束は果たせたかな、セイバー」

「うん、きっとセイバーも喜んでるよ」

応える者が居ないはずの問いかけ。
この問いは彼女に向けた物ではないから士郎の胸には届かない。

逡巡するように士郎はイリヤの横顔を盗み見る。
無邪気な少女の顔を出来るだけ見ないようにしながら決意して思いを言葉にした。

「イリヤ、一つだけ聞いてもいいか?」

「うん・・・」

焚火を見続ける。
もし、今イリヤがあの表情をしていたら聞けなくなってしまうから。

「あの夢は俺の未練が見せた物じゃないのか?」

「シロウは未練なんてないんでしょ?」

「・・・ああ」

今でもセイバーを愛してる。
けれど、あの別れに未練なんて無い。
遠く離れても決して消えない絆があったから。

「シロウが見たのはね、シロウじゃないシロウの夢の残滓。
未練からできた都合の良い夢なんかじゃなくて、偽物の舞台で本物のシロウとセイバーの演じた 虚無 ホロウよ」

「・・・よくわからないが、夢ではない現実であり、現実にはない夢ってことか?」

「そういうことね。
それはきっと、シロウとシロウじゃないシロウの 『全て遠き理想郷』 アヴァロンなのかもね」



風が出てきた。
いつのまにか夕陽は沈んでしまったようだ。
秋とはいえ、このままでは風邪をひいてしまうだろう。


「なあ、イリヤ」

「なあに」

相変わらず表情は見ない。
既に燃え尽きて消えてしまった焚火の残滓を見つめながら最後の問いを口にした。

「あれが、未練ではないのなら。
再び、それを見ることを望むこともまた未練ではないのかな」

「シロウは正義の味方という理想を求めてるんでしょ?
だったら、『全て遠き理想郷』を夢見ることは罪ではないんじゃないのかな」



見上げれば紅い月。



「よかったわね、アンリマユ。
貴方が憧れた存在が、貴方と同じ 『理想郷』 を見ている」

去り際のイリヤの呟きは誰の耳に届くこともなく、ただ、紅い月にだけ届いていた。


魔術師の後書き

Fate後の第一作の時も書いたように、最初の作品て言うのは書きたいことが溢れすぎて収拾つかなくなってしまいますね。
もともと、あれもこれもと詰め込むタイプなのに、それが溢れてるんだから収拾つかなくなっちゃう。

えっと、一応最初ほのぼのラストはシリアスという、私のお決まりのパターンその3くらいですね。

軽く解説しとくと、ホロウの焼芋イベントがFateルート後の士郎に影響を与えてそれを元にした夢を見させたって状況です。

ちなみに、途中の絵は茜屋さんが書いたものだけど、hollow発売前の物なんだよね。
でも、今出したらネタバレって言われそうだから、つけるSSもhollowにしちゃった。
もし、茜屋さんがまだ未プレイだとしたら申し訳ないですね。

しっかし、アンリマユ好きだ・・・。
あ、感想を掲示板に書いてくれる場合ネタバレ掲示板でよろしく。