君色に染まれ!!
朝のさざなみ寮の脱衣所に、朝練後に入浴した薫が、下着姿で佇んでいた。
もう10分はその姿で立ち尽くしていただろうか。
そんな薫の様子に、不思議そうな顔をしながら十六夜が声をかける。
「早く着替えないと夏とは言え風邪をひきますよ…。薫」
「ああ・・・」
とりあえず、返事を返してはいるが、相変わらず着替えを始める様子は無い。
「どうかしたのですか?着替えを部屋に置いてきたのなら取ってきますが…」
「いや…、着替えは一応…ここに……」
「でしたら早く着替えないと…」
「わかった…。着替えるから十六夜は廊下で待っとてくれ…」
「はあ…?どうしてです…?」
「…良いから!!」
そのまま半ば強引に、薫は十六夜を廊下に追放する。
十六夜を廊下に追い出して、薫はおもむろに用意していた服を籠から取り出す。
「うう…恥ずかしか…」
耳まで赤く染めて、鏡に映っている自分を見つめる。
そこに映る薫は、明らかに彼女の日常の私服とは違った格好をしていた。
なるべく自分の服を見ないようにして薫は髪を整えた。
そして、仕上げに薫のリボンコレクションの中でも、もっともお気に入りのリボンで髪をまとめる。
日本人形も顔負けの、黒く艶やかな髪。
あまり女性らしくないと自覚している薫の、数少ない自慢できる物…。
「薫の髪は本当に綺麗だ…」
そう言って耕介は、その黒髪を一房掬って、口付けをして、その感触を唇で楽しむ。
薫は、その時間がとても好きだった。
ひとしきり薫の髪の感触を楽しんだ後に、耕介は薫を優しく抱きしめて…、
そして薫の、白く細い首筋に…白皙の頬に…陶器のような美しい肌に…そっと唇を当てていく…。
薫はそんな時間も好きだった…。
そして二人は、身も心も一つになる…
耕介の胸は広くて…逞しくて…暖かい…
耕介に抱かれている時間…
薫はそんな風に耕介と過ごす全ての時間が好きだった…。
耕介が好きだから…………
ともに居られればそれは至福の時であった………
カーッと、自分の顔に血が上るのを自覚して、二、三度頭を振って自分の想像を隅に押しやる。
そして着替えを済ませ、リビングに向かった。
いつもなら耕介が朝食の準備をして居るのだが、今日は違う。
「薫さんかわいい〜〜〜!」
「ほんまや!薫ちゃんごっつうかわいいで。」
二人で朝食の支度をしている知佳とゆうひが声を上げた。
「耕介君もお庭でお待ちかねや!」
「そうそう、早く行ってあげて!!」
薫は二人に背中を押されながら玄関に向かう。
そして開いた扉の向こうには薫の大好きな人が立っていた。
「お待たせしました…耕介さん」
「いやいや、そんなに待ってないよ…」
そう言って微笑む耕介に薫も自然と笑顔になる。
「嘘つきなのだ!!耕介は!!!」
さざなみ寮最年少の美緒と
「まったくだ。30分もずっと突っ立ってやがったくせによ」
最年長の真雪が声を上げる。
しかし、その二人は薫の服装を見てオヤオヤ…といった顔をする。
「しかし、まあ…良く化けたもんだ…」
「薫じゃないみたいなのだ」
薫の服装を見て、からかうように二人は笑いだした。
「まっ、楽しんで来いよ。わざわざ、全自動雑用マシーンに休みをやったんだからさ…」
そう言ってニヤリと笑い真雪は部屋に戻っていった。
「お土産をちゃんと買って来るのを、忘れない様にするのだ!!」
美緒もそう言って裏庭に遊びに行ってしまった。
庭先に取り残される様に薫と耕介は二人きっりになった。
「じゃあ、行こっか?」
そう言って薫に薫用のメットを手渡し二人ははバイクにまたがった。
ザザー…ザザー…
波の音をBGMに、二人が佇んでいるのは臨海公園。
「懐かしいな…」
「何がです?」
「最初に薫とここに来た時はさ。
まだ俺は、薫のこと『神咲さん』って呼んでたんだぜ…」
「フフ、そう言えば……そう、でしたね…」
ベンチに腰掛けてゆっくりのんびり話をする二人。
「約束、あれから1年が過ぎてしまいましたけど…果たせて良かったです…」
「約束って?」
「二度目に二人でこの公園に来た時に…」
「ああ…」
耕介はポンと膝を叩いた。
「あれはたしか、薫と少しづつ距離が近づき始めていた時期だったな…。
今思えば、すでにあの頃から薫を見る目が変わっていた気がする…」
「ウチだって、あの時耕介さんを公園に誘うのは、凄く緊張したんですよ…。
もし約束を憶えていなかったらどうしようとか…」
「『のんびりした神咲さんも見てみたい…』だっけ?」
「はい、そして『あんまり面白いもんではなかったでしょ?』と言うウチに、
耕介さんは『また来たいな…』と言ったんですよ。
それが今日果たせた『約束』です」
「でも、のんびりした様子を見せてくれるって言うにはさ、随分落ち着かないな、薫?」
耕介の言うように、周囲をキョロキョロ眺めたり、ソワソワしていたり、薫らしくも無く何だか落ち着かない様子だ。
「だって、さっきからみんな、こっちをちらちら見ていくからウチの服装が…」
「似合わないからみんなが笑っているんだと思った…?」
「はい……」
「その逆なんだけどね…。いいよ、証明してあげる。
ちょっと待ってて…」
そう言って、耕介は何処かに去ってしまった。
1分後
「ねえねえ、一人?」
「人待ちです」
「それって女の子?」
「男です!!」
「俺等と遊ばない?」
「遊びません!!!」
「退屈じゃない?話相手になろうか?」
「結構です!!!!」
「電話番号教えてくれない?」
「嫌です!!!!!!!!!」
「よ、お待たせ」
「こ、耕介さん。何処に行ってたとですか!!!?」
「ちょっとこれを買いに…ね…」
そう言って薫に手渡された袋の中には
「タイヤキ…?」
「そっ。薫好きだろ?熱いうちに食べて食べて!!!」
「いただきます…。でもこれとウチの服装になんの関係が…?」
「何の関係もないよ」
サラッと、耕介は言いきった。
「え?だってさっき証明してやるって…」
「証明はもうしたけど…?」
「・・・・・・・・?」
「ナンパ…。大変だったろ?」
「・・・・・・・・・・はい。って事は…」
「そう、みんな、薫があんまりかわいいから横目で見てたんだ、って事を証明しようと思ってさ…。
お邪魔虫の俺が居たら、声を掛けて来る男はいないだろうから、敢えて薫から離れたのさ!!」
その言葉に薫は、ちょっとムスッとした顔になる。
「お〜い?なんで怒ってるんだ?」
「耕介さんはウチがナンパされても平気なんですね!!!!」
「そんな事は無いよ…」
「嘘!!!そうでなくて、どうしてわざと恋人をナンパさせようとする人が居るんです!?」
「大丈夫!!俺の薫に声をかけた身の程知らず君たちはさ、今頃夢の中だから…」
薫のベンチの裏手には、耕介に殴られてKOされている哀れな男が、山と積まれていた…
そして時刻は夕暮れを迎えて
「槙原さん」
「?何だ、変な呼び方して薫?」
すっと、指を耕介の口元に当ててその言葉を遮る。
「『槙原さん』」
意味ありげにじっと耕介の瞳を見詰めている。
『あ…なるほどね…』
「神咲さん…」
耕介の返答に薫は満足そうに頷いて、
「女子寮に…男の人が来るのを薦める訳では有りませんが…。
良ければ、愛さんや知佳ちゃんに会いに来てあげてください…」
「…君に会いに着たら迷惑かな…?」
一瞬の沈黙
そして、薫は急に真剣な顔になって耕介を見つめた。
そしてそのまま、薫は耕介にしがみついて叫んでいた。
「本当はウチに…ウチだけに会いに来て欲しい!!!
他の誰にも会わないで…、ウチのためだけに……会いに来て欲しい…」
何故こんな事を叫んだのか、薫自身にも理解できなかった。
『耕介を独占したい…』
たまりに溜まったその思いが暴発した…
そんな我侭を、薫は胸に押し殺していたから…
「ウチは…ひどい女です…耕介さん…。
貴方が知佳ちゃんや愛さんや真雪さんや…他の誰かに微笑みかけてるのを見ただけで…寂しくなって…。
自分が…こんなに独占欲が強いなんて思いもしなかった…」
耕介は、薫の髪を優しく撫でながら語り掛けた。
「薫…、我侭を言っても良いよ…。
感情を、胸にためなくても良いよ…。
薫の分別があって、真面目なところは良い所だけどさ…
俺にはもっと甘えて、我侭言って、一杯一杯困らせてくれても良いんだよ…。
それくらいで嫌いになれるほど、薫は魅力に乏しい子じゃないから…」
「・・・はい」
そう言って、うっすら涙の痕が残る顔を耕介に向けて、薫は目を閉じた。
重ねられた耕介の唇の感触が、凝り固まった気持ちを、嘘のように押し流していく
薫は驚くほどに優しい気持ちになれた…
そのまま、しばらく耕介の胸の中で甘えている薫は、子供のように無邪気な表情で
耕介はそんな薫を微笑ましく思いながら、薫の髪を撫でながら呟いた
「そのリボンは去年俺が贈ったリボンで…」
そして指先を薫の胸元に滑らせていく。
「今日のその淡いブルーのワンピースは、俺が昨日贈った今年のプレゼントで…」
薫の白魚のような指に口付けをして懐から小箱を取り出した。
「指先を飾るのは…これ…」
そう言って、箱から薫のワンピースと同じ色をしたサファイヤの指輪を取り出し、左手の薬指にはめた。
「やっぱり…薫は蒼が似合うな…」
「こ、耕介さんこの指輪は?」
「プレゼント!!」
「だって、誕生日プレゼントはもう貰いましたよ…」
「うん!!!」
「うんって…」
「婚約指輪だから…誕生日プレゼントとは別物!!!」
「こ、婚約!!!?」
「嫌?」
「嫌だなんて…嬉しいです…凄く…でも…」
「今すぐにって訳じゃないから…。
あんまり難しく考えないでさ、俺のこと嫌いじゃなければ受け取ってよ…。それに…」
「それに・・・?」
「これで頭の先から指の先まで、今日の薫は俺色に染まったんだなぁと思って…」
頭のリボン
着ている淡いブルーのワンピース
それに併せて買ったパンプス
そして指先の指輪に至るまで全てが耕介が選び耕介が買った物だった。
「クスクス…。
椎名さんだったらきっとこう言いますね…。
『槙原耕介プロデュゥース お出かけ薫ちゃんやね!!』って…」
ゆうひの仕草を真似て、楽しそうに喋る薫に笑顔を返しながら、耕介は薫をグッと抱き寄せた。
相変わらず、耕介さんの胸の中は暖かくて居心地が良い…
薫はそんな事を考えながら、かつての自分に思いをはせる。
『ウチはどんどん変わっていく…。
いや、耕介さんに変えられて行く…。
昔はそれが怖かった…今まで必至にウチが守ってきたものを、全て崩されていく様で…』
ギュッときつく耕介の背に腕を回し抱きしめる。
『でも今は…変えられて行く自分を嫌だなんて思えない…
昔よりも強くなれた、優しくなれた、そして…………笑えるようになれたから…』
「耕介さん…」
「なに?」
「これからもウチと一緒に居てくださいね…」
「当然だろ。イヤだって言っても、絶対に離れないよ俺は…」
「嫌だなんて思いませんよ…絶対に…」
『貴女色に染められていくのは……心地よいから…』
夜の帳の中で重なり合う二人のシルエット…
「これからどうしよっか?」
「朝まで…二人で居たいです…。なんて無理ですよね…寮の夕飯の支度もあるし…」
「クスッ…たまに言ってくれる恋人の我侭だもん…叶えて見せましょうかね…」
「・・・え?」
「実はもう…予約済みだったりするんだ…ホテル・ベイサイドのロイヤルスィート…」
そして今夜も薫は耕介に染められていく…
Very Very Happy Birthday To Kaoru
後書き
昔、薫の誕生日に書いた物です。
思いっきり時期外れなんですが、最近とらハ更新してなかったりするものですから。
なんか甘いですね。
今はもうこんなにストレートに甘いのは書けないかも。
まあ、最近とらハに飢えてた人に一服の清涼剤にでもなれば満足です。