窓の外から木漏れ日が差している。

 

翡翠の声で起こされる、気持の良い朝の目覚め。

 

遠野志貴が館に戻ってきてから、幾度もの朝を過ごした。

 

その間、常に変わらない朝の風景・・・

 

しかし、今日は何処かがいつもと違っていた・・・。

 

・・・・・・・・居るべき者が居ない・・・そんな違和感

 

 

風邪ひき秋葉ちゃん

 

 

「わかった・・・」

居間に降りてきてたっぷり30秒は思考して、ようやく志貴はこのいつもと違う朝の違和感の正体に気がついた。

 

「小言が無いんだ・・・」

志貴が言うように、朝起きて居間に降りてくると、必ずソファーに腰掛けて紅茶を飲んでいる秋葉の姿が、今朝は見当たらなかった。

「どうしたんです、志貴さん?」

いつまでもテーブルに着かずに居間に立ち尽くしている志貴に、琥珀がいつもの笑顔で声をかけた。

「いや・・・秋葉はどうしたのかな?と思ってね。

あいつにしては珍しく寝坊でもしたのかな?」

志貴のその言葉に琥珀は、僅かに表情を曇らせて首を横に振った。

「・・・・・・秋葉様は今朝は体調が優れないので、お部屋でお休みになっています」

「え!?あの秋葉が?」

志貴が意外そうな顔で、琥珀に聞き返す。

「やだな〜志貴さんたら。秋葉様だってたまにはお風邪くらいめしますよ。
鬼の霍乱という言葉だってあるじゃないですか〜」

コロコロ笑って志貴の背中をバンバンと叩く。

「そうだよね〜、琥珀さん、って、何気にすごい事を・・・」

そう言いながら、志貴はそそくさとその場から移動した。

 

「クス、秋葉様の所に行かれるんですね」

何かを思いついたのか、楽しそうに微笑む琥珀が一人居間に残された。

 

 

トントン

 

自室の扉をノックする来訪者に、秋葉は

「翡翠?琥珀?開いてるから勝手に入って・・・」

と気だるそうに応じた。

しかし、扉の向こうから返ってきた声は、彼女が想定した二人の物ではなかった。

「秋葉・・・。俺だけど、入って平気か?」

「に、兄さんですか!!!?」

秋葉は慌ててナイトガウンを羽織った。

「ど、どうぞ・・・」

秋葉の許可の言葉を聞いて、志貴はそっと部屋に入って来た。

そしてそのまま秋葉のベッドサイドに移動して、傍の椅子に腰を下ろした。

「秋葉、風邪をひいたんだってな。

珍しい事もあるんだな」

軽い口調だが、瞳は心配そうに秋葉を見つめていた。

志貴の瞳が真直ぐ秋葉に向けられる。

「私だってたまには風邪くらいひきます!!」

その瞳から逃げる様に秋葉はプイッと横を向く。

志貴に見つめられたためか、はたまた熱のせいか、その頬は赤くなっていた。

 

もう大丈夫だからと起きあがろうとする秋葉に

「自慢じゃないがな秋葉。

俺は病弱のエキスパートだぞ!

こういう時は大人しく横になっているに限る!」

と秋葉の頭を撫でながら言って聞かせた。

「もう子供じゃないんですよ・・・兄さん」

掛け布団から顔を覗かせて上目遣いに秋葉は呟いた。

珍しく素直に言う事を聞く秋葉の瞳は、熱のせいか僅かに潤んでいた。

そんないつもと違う秋葉の態度に、志貴は何故か頬が熱くなった。

 

『そ、そんなにかわいい態度で俺を上目遣いに見ないでくれ〜!!!』

 

思わず志貴の中で、理性が悲鳴を上げる。

「兄さん・・・。お願いがあるんですけど・・・」

そんな志貴の心の声など知るわけもなく、秋葉が相変らずの上目遣いからもじもじと言葉を呟く。

「良いよ、なに?」

内心の動揺を出さないように、志貴は勤めて冷静さを装って秋葉に微笑みかける。

「あの・・・手を・・・」

「うん?手を?」

「握ってて欲しいんですけど・・・寝付くまでで良いですから・・・」

そう言って熱のせいで熱い指を、志貴の指に絡みつかせてくる。

 

ドキドキドキドキドキドキ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

秋葉の白くしなやかな指が、志貴の鼓動を早める。

秋葉は幸せそうに微笑んで呟いた。

「お兄ちゃん・・・」

「え?秋葉・・・」

「手を繋いでいたら・・・子供の時みたいにお兄ちゃんて呼びたくなってしまって・・・」

結局秋葉が寝付くまで、志貴の鼓動はオーバーヒート気味だった。

 

スースーと穏やかな寝息を立てて秋葉が眠っていた。

キュッと掴んだ右手が、志貴をなかなか離してくれない。

「クス・・・秋葉の眉毛、下がってら。

こうして眠っていると・・・子供みたいだな・・・」

志貴は秋葉を起こさないようにそっと手を離そうとする。

よほど離れるのが不安なのだろうか?

もう、絶対にはなさない、と言わんばかりにその手は強く手を握られていた。

「ムニャ・・・」

不意に秋葉が寝言を洩らす。

「兄さん・・・」

秋葉から自分の名前が出て来て思わず苦笑する。

「夢の中でまで俺をしかってるのかな?」

何気なく、耳を秋葉の口元にもって行く。

「兄さんもう絶対に・・・」

起きている時は、随分と大人びていると思えた秋葉だったが、寝顔は年齢以上に幼い少女のようだった。

その瞳から不意に涙が溢れる。

「兄さん・・・もう絶対に・・・何処にも行かないで・・・兄さん・・・」

その言葉に呼応するように右手に更に力が篭る。

「寂しい思いをさせてたんだな・・・。

俺は全然気が付いてあげられなかったよ・・・お兄ちゃん失格かな・・・」

空いている左手で秋葉の涙を拭いながら、ポツリと志貴は呟いた。

「もう何処にも行かないよ・・・秋葉」

その言葉が聞こえたのか、秋葉の右手から力が抜けた。

嬉しそうな微笑を浮べたその顔は・・・・・・・ひどく・・・綺麗だった・・・

志貴はもう一度頭を撫でてやると、部屋からそっと出ていった。

耳元で一言だけ囁いて・・・

 

『今日はずっと看病しててやるからさ・・・久々に・・・甘えたって良いんだよ・・・』

 

 

ゴトゴト・・・

「ムッ・・・?」

秋葉は枕もとの物音で目を覚ました。

 

「久しぶりに懐かしい夢を見た気がする・・・」

眠そうに目をこすりながらそう呟いた。

「お!秋葉起こしちゃったか?

ごめんな・・・」

「ふぇ!!!?に、兄さんなにをやってるんです?」

突然枕元で志貴の声を聞いたために、秋葉はベットから転げ落ちそうになった。

「なにって・・・。秋葉がだいぶ寝汗を掻いていたからさ、拭いてあげようと思って・・・」

そう言って志貴は秋葉の額に優しく濡れたタオルを当ててくれた。

「兄さん・・・すいません・・・」

「ん、気にしなくて良いよ。

今日の秋葉は病人なんだからな、甘えて良いんだぞ」

微笑んでそう言うと、志貴は秋葉に顔を近づけてきた。

「え!!兄さん・・・?」

驚く秋葉を尻目に、秋葉の額にコツンと自分の額を当てる。

 

『息がかかる距離に兄さんの顔が・・・』

そう考えると秋葉は顔が熱くなるのを感じた。

「あれ?熱はだいぶ下がったと思ったのに・・・まだ熱いな・・・」

自分のせいだとは、露ほども気が付かずに、志貴は心配げな表情をした。

「もう・・・兄さんの鈍感・・・」

プクッと秋葉が頬を膨らませた。

 

「さて、秋葉。腹減ってないか?

おかゆを作ってきたんだけど・・・」

:

「え?兄さんが作ってくれたんですか?」

「まあね。今日は秋葉に兄貴らしいことしてあげようと思ってさ・・・迷惑だったかな?」

「そんな事ありません!!」

ブンブンと音がするほどに強く首を振って否定する秋葉だった。

「それは良かった」

ニコリと笑う志貴の顔に秋葉は釘付けになっていた。

そんな秋葉の視線と、何気なく振り向いた志貴の視線が絡み合う。

何故か気恥ずかしくなった志貴が視線を僅かにずらす。

 

真っ白いシルクのパジャマを着ている秋葉

熱のせいで寝苦しかったのだろうか?

それとも、息苦しかったのだろうか?

パジャマのボタンは胸元まで開けられていた。

 

そこから覗く白い肌が、今は僅かに朱に染まっていて艶やかだ。

『見てはいけない』そう制する理性とは裏腹に、志貴の視線は胸元に行ってしまう。

大きく広げられたパジャマの隙間から、僅かな・・・本当に僅かな膨らみが覗いていた。

『ノーブラだ・・・』

志貴がそれに気が付いた瞬間に、秋葉の服の下から自己主張している2つの突起が目に飛び込んできた。

『あれは・・・まさか・・・』

・・・・・・・・ゴクリ

思わず志貴が生唾を飲み込む。

 

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――

 

「兄さん?どうかしました?」

秋葉にそう声を掛けられるまで、たっぷり一分近く志貴はある2点を凝視してしまった。

そんな志貴に、今日の秋葉は穏やかで優しい瞳を向けている。

志貴は思わず自分が情けなくなった。

 

「いや何でもないよ・・・」

そう言いながら、志貴はお粥を一口分スプーンに載せると、フ〜フ〜と息を吹きかけていた

そして

「ほら、秋葉。ア〜〜〜ン・・・して」

と、秋葉の口元にスプーンを持っていく。

「に、兄さん。自分で食べられます!!」

「まあまあ・・・今日は俺に付合ってくれよ」

志貴にそう言われると秋葉も弱い。

おずおずと口を開く。

 

パクン

 

「美味しい?秋葉」

「ええ、とっても美味しいです」

「そう?良かった。俺も一口食べて見ようかな」

そう言うと志貴は、たった今秋葉の口に納まったスプーンを、自分の口元に持っていった。

「に、兄さん・・・」

『間接キス・・・』

秋葉が顔を赤らめているのにも気が付かずに、志貴は自分のお粥の味に満足げに頷いていた。

「ほら、秋葉。もう一口・・・」

差し出されるスプーンに口を開く。

『兄さんと間接キス・・・兄さんと間接キス・・・』

真っ赤になりながらも嬉しそうにお粥を食べる秋葉を、志貴も嬉しそうに見つめていて・・・

 

「にいさん。ご馳走様です・・・」

結局綺麗にお粥を平らげた秋葉の口元を志貴は拭ってやる。

そして、それを大人しく受け入れる秋葉。

志貴が少し意地悪そうに笑って

「たまには秋葉が風邪をひいてくれれば、かわいいんだけどな・・・」

と秋葉に言う。

『かわいい』と言う言葉にやや顔を赤らめながらも

「兄さんこそ次に風邪で倒れられたら、私が今日のお礼に看病して差し上げます」

と、返した。

「クス、それは楽しみだ。

風邪ひくように今日は裸で寝るかな・・・」

「何を言ってるんです!!」

「冗談だよ。でも秋葉・・・お粥もおまえが作ってくれるのかな?」

「もちろんです♪」

「それは、不安だな」

「むっ!これでも私、それなりに料理できるんですよ」

「へぇ〜、それは意外だ」


そんな、良い雰囲気が秋葉の部屋を支配していた。

 

 

トントントン・・・

そんな所に遠慮がちなノックの音

「志貴さん。秋葉様。お邪魔してもよろしいでしょうか?」

琥珀だった。

秋葉は顔に露骨に『本当にお邪魔よ』

と言う表情をしていたが許可をした。

 

「志貴さん、秋葉様にお薬を差し上げますから、お外にいてもらえませんか?」

「え?なんで?」

「あの・・・、お薬のほかにお体の方も拭いて差し上げないと・・・

それとも志貴さんが吹いて差し上げますか?」

琥珀のその言葉に、さっきの白い胸元と僅かな膨らみ・・・

そして2つの突起を思わず思い浮かべる。

「・・・・・・席を外させていただきます・・・」

そう言って志貴が出ていった秋葉の部屋で・・・

 

「良かったですね〜志貴さんに1日看病してもらえて」

琥珀がにっこりと秋葉に声をかける。

それに対して、秋葉は何も答えずに一点をじっと見ていた。

「良いんだ〜。志貴さんに手作りのお粥までご馳走になって・・・」

相変らず秋葉は青い顔をしたまま、琥珀の手元の一転に集中していた。

「琥珀・・・まさかとは思うけどそれを注射する気じゃ…」

「はい!!秋葉様手を出してくださいね〜」

秋葉の言葉を遮って、琥珀は秋葉が凝視していた物を注射器に移す。

「無視すんな!!!」

「大丈夫ですよ〜秋葉様なら死ぬことはないと思いますよ・・・きっと・・・」

「きっと・・・ってあんた・・・」

琥珀は青汁色した明らかにデンジャラスな物を秋葉の腕に持っていった。

「ちょっと〜!!」

「良いじゃないですか。今日1日志気さんを一人占めしたんだから・・・」

いつもの微笑み・・・でもこめかみに怒筋が一本・・・

 

 

 

そして・・・・・・・・

 

「あれ?琥珀さん。秋葉は・・・」

「お疲れみたいでお眠りになってしまいました」

「そうなんだ・・・。じゃあ眼を覚ましたらまた部屋に行ってやるかな・・・」

そう言って自室に帰っていく志貴の背中に

「眼が覚めるかな〜」

と、さりげなくデンジャラスな呟きを残す琥珀さんでした・・・


後書

秋葉大好きな作者の偏った愛がてんこ盛りの作品です
良ければ感想などくださいませ


2004,01,26
ちょっと加筆修正しました。
本当にちょっとだけですが。