風芽丘狂騒曲
今回の事の発端は、槙原耕介の幼馴染兼、恋人の神咲薫の親友である千堂瞳の一言で始まった。
「ね〜ね〜、耕ちゃん…最近さ〜、薫すごい事になってるよ…。」
「は?」
詳しく話を聞いた所によると、薫が風芽丘で男子に圧倒的に告白されまくっているらしいのだ。
瞳の話によると、昔からもともと人気はあったらしい。
しかし、どこか人を寄せ付けない雰囲気と風紀委員も真っ青の堅物っぷりから、よほど自分に自信がなければ言い寄る事も出来なかったらしい。
実際瞳から聞いた、今まで薫にいいよって見事に玉砕(笑)なさったメンバーはそうそうたる者だった。
生徒会長(成績は学校でも三本の指に入る上に気さくな性格で資産家の息子)
野球部のキャプテン(甲子園でも投打の柱として大活躍)
サッカー部のエース(成績も優秀で甘いマスク)
文学部の部長(高校生作家として活躍中ですでにいくつかの賞を獲得している)
等など、聞いているだけで恐ろしくなるほどの人間が勇気を出して薫に告白したが
「ウチは忙しいので…」
と言う、薫の冷たい一言で振られていったのだという。
まして普通の生徒には告白する勇気も出せないほどであったのに、一体何があったのか、突如なんだか優しくて柔らかい雰囲気を醸し出すようになった薫に、今まで諦めていた男子生徒なども告白するようになったのだそうだ。
「でさでさ、耕ちゃん。このままでいいのかな〜?」
と、明らかに面白がってる瞳の態度に、何か腑に落ちないものを感じながらも耕介は対策を講じることにしたのだった。
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「ハァ〜」
ため息をつきながら、バスを降りてきたポニーテールに黄色いリボンの少女。
名前は神咲薫、今風芽丘高校の三年生。
明らかに疲れた顔をしている。
「ハァ〜」
何がこんなに彼女を困らせているかと言うと、ズバリ『もてすぎて困っちゃ〜う』と言う確実に世の中の人間の半分を、敵に回してしまいそうな理由である。
しかし当の本人にとっては深刻かつ重大な問題であった。
薫には槙原耕介と言う最愛の恋人がいる。
自分の事を本当に慈しんでくれ、時に励まし、時に慰めてくれる大切な男性(ひと)。
そのような男性がいるのだから、いくらもてても困らないだろうと考えるかもしれない。
しかし、薫にはそのような思考法は当てはまらないのである。
かつての薫なら、自分に言い寄ってくる男なんて邪魔者以外の何物でもなかった。
しかし、耕介と出会い、恋する事の痛みや悲しみを知ってしまった薫は、自分の言葉が相手を傷つけると考えると憂鬱にならざるをえなかった。
しかしいくら相手がかわいそうだからと言っても薫が付き合ってあげるわけにはいかない。
薫自身がすでに耕介のことが好きで好きでしかたがないのだから。
『例え他の誰かを傷つけても耕介さんの腕の温もりを手放す事はできない』
薫は自分が考えた事があんまりにも恥ずかしかったのか、頬を赤く染めたまま思わず回りを見まわした。
ブロロロロロロロロロロロ……
すると、突然後から耕介の乗ったバイクが轟音と共に山道を駆け上がって来た。
「よお、薫。今学校の帰りか?後ろに乗っていけよ」
「耕介さん…。ありがとうございます」
薫は耕介のバイクの後ろに座ると、その広い背中を強く抱きしめながら顔を埋めた。
『やっぱりこの人の側がウチが唯一心の底から安心できる場所…』
また耕介も背中に感じる柔らかな感触を感じ、自分の体に回された華奢な腕を見て。
『護ってあげたい…強そうに見えて、本当は誰よりも繊細なこの子を…。
あの、雨の夜も、御架月の事件の時も、他の誰かのために傷ついて…。
そんなこの子を俺は愛しく思ってる』
二人はお互いの体温を感じながら、しだいに鼓動が一つに重なる…。
なんとも言えない暖かい気持ちが、胸に溢れて優しい気持ちになれる。
たかが寮に着くまでの数分間のツーリング、しかしそれすらも二人にはとても大切な永遠の時に感じられた。
「はい、到着。着替えておいで…。すぐにお昼にするからさ」
「…はい」
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いつもと同じ賑やかな昼食も済み、薫を除く寮の人間はそれぞれの部屋に戻っていた。
「薫…。実は渡したい物があるんだけど…」
耕介は緊張しながら、自らのポケットに忍ばせたものを確認するかのように、ポケットをまさぐりながら薫に声をかけた。
「はい、何でしょう?」
耕介の緊張が伝わったの少し硬い表情で薫は返事をした。
「これを…受け取ってくれないかな。そんな高い物でもないんだけどさ…」
耕介が薫に差し出したのは指輪だった。
耕介が講じた一計とは、薫に虫除けの指輪を送ることだった。
と言うかそれを切っ掛けにして指輪を買う口実として利用したと言うべきかもしれない。
耕介としても、実はずっと指輪を送りたかったのだが、どうにも口実がなくて遅れないでいた節があるのだ。
「この指輪を…ウチがはめてもいいんですか?」
「ああ…。と言うか、薫にはめてもらいたいんだ」
「嬉しいです…耕介さん。ありがとうございます」
「貸して…。はめてあげる」
そういうと耕介は、薫の雪のように白く想像以上に小さな手を取った。
「恥ずかしかとです…。幼いころから剣を握っていたせいでウチの掌は堅くてごつごつしていますし…」
耕介は薫の言葉を否定するかのように薫の掌に口付けをしながら
「この掌が多くの人を霊障から護ってきたんだ…。俺はこの掌を誇りに思うよ」
と言い、左手の薬指に指輪をはめた。
そしてどちらからともなく眼を瞑り少しづつ顔を近づけて、やがて二人の唇の距離は0になった。
ちなみにこの時に、確かに閉まっていたはずの食堂の扉が、微妙に開いていた事を耕介と薫のどちらも迂闊にも全く気付いていなかった。
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「知佳…これを受け取ってくれないかな。そんな高い物でもないんだけどさ…」
「ゆうひさん。この指輪を…私がはめてもいいんですか?」
「ああ…。と言うか、知佳、君ににはめてもらいたいんだ」
「嬉しい…ゆうひさん。ありがとうございます」
「貸して…。はめてあげる」
薫と耕介が剣の修行(一灯流の)から帰ってきたら、ゆうひと知佳が、何かの寸劇をテーブルでやっていて、その回りの愛さんやみなみちゃん、美緒や真雪さんが爆笑していた。
状況がイマイチ把握できずに立っていた薫達に気付いた真雪さんが
「おい、ちょっと見てみろよ。知佳とゆうひがなんか面白い演技してるぞ」
「恥ずかしいわ…ゆうひさん。私の手、家事で荒れてるから…」
「この掌がさざなみ寮の人を空腹から護ってきたんだ…。僕はこの掌を誇りに思うよ」
「ゆうひさん(ハ〜ト)」
「知佳…(ハ〜ト)」
…………ま…まさか…これは…………
こっちを見た真雪さんが、意味ありげにニヤニヤしてる。ってことはやっぱり…。
「以上、さざなみ寮の愛の物語でした。主演は私、椎名ゆうひが『槙原耕介』役」
「そして私に村知佳が『神咲薫』役でした」
「ちなみにこの物語はフィクションです、実際のセリフに多少の脚色があります」
「…どこで見てたんだ?」
「駄目やで〜、耕介君。寮のリビングであんなに見せつけてくれちゃ〜。な〜、知佳ちゃん?」
「いいな〜、私も指輪欲しいな…」
「じゃあ、今度君に送ろうか?知佳」
「まあ!本当?ゆうひさん」
「…まだやるんですか?」
「あう〜、うらやましいですよ〜、神咲先輩」
「私にも、プレゼントよこせ。指輪なんていらん。酒をくれ」
「あちしは、かまぼことちくわがいいのだ〜」
「仲がいいことは素晴らしいですね〜」
って感じで、散々薫と耕介をからかいながら、さざなみ寮の夜はふけていった。
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薫に指輪を送って三日後、またもや寮に遊びに来ていた(真一郎君とのことをノロケに来ていた)瞳から
「相変わらず薫の人気はすごいわよ。いいの、何にも手は打たなくて?」
と言われて不安になった耕介は、風芽丘の授業参観に来ていた。
「しかし困ったな…。良く考えたら俺、薫のクラス知らないや」
職員室で聞こうと思ってキョロキョロ辺りを見ながら適当に歩いていたら、突然廊下の反対側から
「耕介さ〜ん!!!耕介さ〜ん!!!」
と大声で呼ぶ聞き覚えのある声。
みなみちゃんだ。
手を振り大声で耕介の名前を連呼しながら走りよって来た。
しかし、あまりの大声のせいで、周りの生徒が注目しているのが気になるんだが…。
ただでさえ身長が異常にでかい耕介と、身長が小さいみなみのコンビは空気から浮いているのに…。明らかに回りの生徒が、俺とみなみちゃんが一体どんな関係なのか?と言う好奇心に溢れた視線を向けているのに…。
変な事は言わないようにみなみちゃんに耕介が注意しようとした瞬間に
「耕介さん。お弁当届けに来てくれたんでしょ?よかったです〜、耕介さんが毎日美味しいご飯作ってくれるおかげで、私とっても幸せです〜」
みなみちゃんの言葉を聞いた瞬間に明らかに周りの空気が変わった。
「毎日ご飯って…一体どんな関係なの?」
「やっぱり恋人じゃない?」
「って言うか、同棲じゃない?」
「キャ〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
と言う、危険な勘違いと一緒に、ものすごい殺気が俺に叩きつけられているのを感じた。
こんな時に、俺は以前知佳に聞いた話を思い出した。
「みなみちゃん、結構男の子にも女の子にも人気あるのよ…。バスケットの有名選手だしはにゃ〜、としてて可愛いし…」
『つまり今俺が感じてる殺気は、みなみちゃんのファンから受けてるのか…速いとこ逃げた方がいいな』
「みなみちゃん、はいお弁当。ところで薫のクラスは何処にあるんだい?」
「神咲先輩は三年生だから三階ですよ」
「そっか、ありがとう」
と言って耕介はその場を全速力で逃げた。
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「ふ〜、なんとか薫のクラスについたぞ」
ガラガラガラ
扉を開けて中に入った耕介が見たものは
「神咲さん…、1年の時からずっと好きでした。僕と付き合ってください」
いきなり告白されてる最愛の人の姿だった。
しかも相手の男がまたハンサム…。
正にジャニ○ズ系の顔って感じの爽やかな男。
そんな相手に薫は困ったような顔で、なんとか傷つけずに断る方法を模索してるって感じだ。
耕介は思わず薫に声をかけた。
「薫…」
「こ…耕介さん、どうして学校に?」
「薫に会いたくて…、授業参観だって言うし来ちゃったけど、迷惑だったかな?」
薫は音が鳴りそうなほどに左右に首を振って、その後潤んだ瞳を耕介に向けながら
「ウチだって、一分でも長く、1秒でも速く耕介さんに逢いたいから迷惑なんてことは絶対にないです」
最後の方の言葉は、照れのためか、やや小声になり、上目遣いで耕介を見るようにする薫は、いくら学校での雰囲気が以前とは比べ物にならないほどに可愛くなったとはいえ、恐らくは耕介以外の人間は始めて見るであろう反則的なまでに可愛い姿であった。
「そっか…嬉しいよ。薫、そんな風に言って貰えて」
と言いながら耕介が軽く薫を抱きしめた途端に、まるで金縛りがとけたかのように、クラスの人間の怒号と悲鳴と質問が飛び交う摩訶不思議な世界が展開された。
「ね〜ね〜、薫。このカッコイイ人が薫の彼氏?」
「背高〜い。足も長いし。いいな〜」
「優しそうだよね〜、それに薫に逢いたいから…なんて理由で学校に来るなんて情熱家だよね」
などと女子の質問が殺到する中で、耕介は以前ザカラと戦ったとき並みの(男子の)殺気に晒されていた。
が、それを完全に無視出来るほどに薫との『二人は幸せ一杯』モードに入っていた。
しかし…、今、嵐が教室のすぐ外に来ている事を耕介は知る術はなかった。
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ガラガラガラ
教室には行ってきたのは…
「瞳さ〜ん…」
「千堂せんぱ〜い…」
「次の大会もがんばって下さいね」
そう、『嵐』とは千堂瞳a〜nd瞳ファン倶楽部の方々。
「あれ…、耕ちゃ〜ん。何してるの?学校(こんな所)で?」
「おう、瞳。授業参観に来たんだよ」
……………………………………………………………………
「え〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」
「ちょっとちょっと、聞いた?今瞳さんが『耕ちゃん』だって…」
「それよりも今、槙原さん瞳サンの事『瞳』って呼び捨てにしたわよ」
と言う、クラスの人とファン倶楽部の人間の驚きの声にも気付かずに、瞳と耕介は幼馴染トークを続けた。
「じゃあ、薫と同じクラスの私も少しは気にしてみててよね」
「また昔みたいに、ちゃんと先生の質問に答えられたら、頭撫でてやろうか?」
「なによ〜、私、もうそんなに子供じゃないよ〜」
「悪い悪い…。じゃあ、頭は撫でて上げなくていいんだな?」
「…やっぱなでなでして…」
ファン倶楽部A(あんな可愛い瞳さん見たことないよ〜)
ファン倶楽部B(く〜、ずるい、ずるい、ずる〜い!!瞳さんの私達には見せてくれない一面をさも当然のように見てるなんて…)
と言う、感じで教室の怒りのボルテージは上がっていった。
「相変わらずの甘えん坊だな…。まったく…」
「千堂、耕介さん。何二人でイチャイチャしとるとですか?」
「あ…、ゴメンゴメン薫。じゃあ、薫も頭なでてもらう?」
「え…、別にウチは…」
「薫は、先生の質問に答えるたびにKISSしてあげよう」
「皆が聞いてるのに耕介さん!どうしてそげんこと言うとですか?」
「俺は、世界中の人に自慢したいよ。
薫と付き合ってて、毎日飽きるほど一緒にいるのに、1秒でも放したくないくらい薫が好きなことを…。
それとも薫は俺との関係は隠しておきたい事だと思ってるの?」
「からかわないで下さい…。耕介さん。私の気持ち知ってるくせに…」
もじもじとしながら、頬をバラ色に染め少し拗ねたような薫の態度。
クラスの男子の三分の一は、あまりの可愛さにKO負け直前になった。
「いや、あんまり薫が可愛いから、少し意地悪したくなって…」
所構わず二人の世界を作り上げてるのに、少し呆れながら瞳がため息と共に呟いた。
「変わらないね、そういう感じで、照れてる人をからかうところは。昔私と付き合ってたころと…」
「ええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」
またもクラス中が騒然とする。
「千堂さんと槙原さんって昔付き合ってたんですか?」
「ああ、まだ俺が高三のころにな…」
ザワザワッ ザワザワッ ザワザワッ ザワザワッ
クラス中でざわめきが起こった後で、とうとうクラスの男子(と瞳のファンの女の子)の怒りのボルテージがMAXに達したらしい。
皆から立ち上る嫉妬と怒りと殺気がクラス中を渦巻いていた。
「「「…?」」」
「ちょっとちょっと、あんたいい加減にしなさいよ!!!」
「そうだそうだ!ふざけんじゃね〜よ」
どうやら、クラスの人々のほとんどの殺気が耕介に向けられてるらしい。
「あんた、風芽丘の二大アイドル、『神咲薫』『千堂瞳』の両方とものすごく仲良くしてるだけでも羨ましい…じゃなかった。許せないのに二人と付き合ってるだと!?」
「二股かけるなんて最低よ!!!」
このような感じで罵詈雑言を浴びせられてるにも関わらず、耕介はイマイチ状態が把握できていなかった。一方、いち早く状況を理解した瞳は
「やめて…!耕ちゃんを責めないで!!」
「確かに私と耕ちゃんは昔付き合ってた…。
私は耕ちゃんが大好きだった。
あのころの耕ちゃんは今と違って…荒れてたから、いつも喧嘩に明け暮れてて、街でも乱暴者で有名だった。でも私にだけは優しくて…。街で不良に絡まれてた時なんて、私怖くて震えてただけだったけど…私信じてた。
きっと耕ちゃんが助けに来てくれるって。」
『何言ってるんだよ…助けに行ったら、震えてたのは不良の方だったじゃね〜か』
と、言おうとした耕介の腹に、一般人にはとても見えないスピードで、肘ウチを放つと瞳は言葉を続けた。
「耕ちゃんは言ってくれたわ。『おい、その子に手を出したら残りの人生は諦めな』って。
そして、その時に次々と不良を倒していく耕ちゃんの背中に憧れて私は護身道を始めたの…」
『嘘つけ、俺と知り合った時点で、すでに護身道歴は軽く二年は過ぎてたじゃね〜か』と言いたかったが、先程の瞳の攻撃で声もでない耕介。
しかし、そんな耕介の思考とは裏腹に、クラスの連中は瞳の話に引き込まれていた。
「そんなある日、私は海鳴に引っ越して来た。
はじめは頻繁に届いた手紙も、いつのころからかだんだん少なくなり、やがて全く来なくなった。
それでも、それでも、私は変わらずに耕ちゃんを思い続けた。
そんなある日の事だったわ…ばったり街で再会したのは。」
ここまで来て、ようやく鈍い耕介にも、瞳の思惑が理解できた。
瞳が『からかって楽しんでいる』と言う事が…。
「でもね…。その時には耕ちゃんの心には、もうすでに別の人が住んでいたの…。
私が好きだった、乱暴だけど本当は優しい耕ちゃんは、誰にでも優しい大人の男性になってた。
私耕ちゃんに言ったわ、『まだ、好きなの…。忘れられないの…。やりなおせないの?私達…』って。
そしたら耕ちゃん『すまない…瞳。俺はもうお前を抱きしめてはあげられないんだ。』『だけど、俺達もう幼馴染に戻れないのかな?』って。
だから、私は涙をこらえながら『うん…、よろしくね、幼馴染の耕ちゃん』って返事をして…、私達は別れたの…」
『嘘つけ。俺は逆上したお前に思いっきり投げられた上(ちなみに全治3ヶ月)に、命からがら寮に帰ったら、お前が容赦なく薫に瞳を襲った事をばらすから、一月以上薫に口聞いて貰えなかったんだぞ…』もはや、無駄な抵抗だと思ったのか、耕介は心の中で瞳に毒づいただけで言葉にはしようとしなかった。
一方瞳の方は話がいよいよクライマックスだからなのか、さらに力をこめて話を続けていた。
「でもね…でも私は今でも耕ちゃんの事が好きよ…。大好き…」
一体何処から用意したのか、みんなの死角になる位置で、目薬までさして涙を流すフリまでしている。
一瞬耕介と目が合った瞳は、ニヤリと満足げな笑みを浮かべていた。
この時耕介には、瞳に悪魔の尻尾と羽が見えたとか見えなかったとか…。
しかし、やはり神はいるのだろうか?瞳にも天罰が下った。
「酷いよ…。瞳ちゃん!!!」
「へ?」
瞳の視線の先にいる人物は、ガクランさえ着ていなかったら女の子―それも極上の美少女―と言っても差し支えのない少年だった。
そう、彼の名は相川真一郎、れっきとした現、瞳の恋人である。
ただ双方共にファン倶楽部が出来るほどの人気者だったので、学校の人間には内緒で付き合っていたのだ。
「俺には『確かに昔、耕ちゃんと付き合ってた…。でも今は真一郎が好きよ。他の誰よりも…』って言ったのに…」
「だから真一郎これはね…」
と、瞳が言い訳しようとするのにも耳を貸さずに、真一郎は走り去ってしまった。
「………」
あまりの展開に、耕介は二の句が付けずにいたが、突然瞳が
「耕ちゃんのせいで真一郎怒っちゃったじゃないの〜!」
「何言ってる…。自業自得じゃないか。」
「耕ちゃんの…バカ〜〜〜〜〜!!!!!!!」
と、瞳は思いっきり耕介を投げ捨てると、真一郎を走って追いかけていってしまった。
「いててて…、全く俺が何をしたって言うんだよ。なあ、薫…。あれ?何処だ…?」
そのころ、薫は最近転校してきた氷村遊と言う人物に廊下に呼び出されていた。
薫はあまりこの男が好きではない…と言うかはっきり言って嫌悪すらしていた。
多くの女性をはべらすような行為も、他者を見下すような言動も嫌いであったし、何よりも何処か他者と違う―そう、それは、恐らくずっと人にあらざりし者と闘ってきた薫だからこそ感知できる違和感―そんな雰囲気を持った男であった。
「神咲君…。あんなくだらない人間などほおっておいて僕と供に…」
「そんな気は無いと…何回言えばわかんね?」
「…おい!何やってるんだ?」
「耕介さん…」
やっと薫の気配を察して廊下にやってきた耕介であった。
「フンッ!やっと王子様の御登場かい?こんな可愛い子をほおっておいて何を今更…」
そう言うが早いか、氷村はまるで耕介を挑発するように、薫の首筋にしなやかな指を滑らした。
薫は自分の首筋を、耕介以外の人間、それも彼女が最も嫌悪している人間に触れられる事の不快感を覚えて強い殺気を込めて睨み付けながら怒鳴った。
「なんばしよるか!?」
その殺気は、常人なら恐怖で金縛りにかかってしまいそうなほどに激しい物であったが、氷村は何事も無かったかのように首筋から肩口を弄ぶかのように撫で続けている。
「キサマ!その汚い手を薫からどかせ!!」
「キサマのような下等動物がこの僕の高貴な手を…汚いだと…?」
怒りに端正な顔を醜く歪めながら、耕介を睨み付ける氷村。
氷村から発せられる殺気は、霊との闘いでそう言ったものに慣れている薫さえも、恐怖で足が竦み動けなくなってしまうほどの物であった。
「お前…、人間ではないな?」
薫は精神力を総動員してようやくそれだけの言葉を紡いだ。
「フフフ、そのとうり。僕は人間などと言うくだらない生命体よりも遥か上位に値する生き物だよ…」
薫の質問に答えながら、薫の髪に口付けをする氷村。
それは奇しくも、耕介が薫と想いと肌を重ねる夜にする癖と同じであった。
「いやだ…いや〜〜〜〜〜!!!」
薫は体中に虫が這うような嫌悪感を感じていた。
『この髪に耕介さんが触れてくれる時、ウチは幸せすぎて溶けてしまいそうになるのに…』
よりによって愛する耕介の目の前で、それ以外の人間に触れられていると想うと、薫は羞恥のあまり泣き出していた。
しかし、それでも身動き一つとる事が出来ない…それほどに氷村の発する殺気が凄まじいのだ。
「その手を俺の薫から離せ!!!!!」
ドゴッ
叫ぶと同時に、耕介の右ストレートが氷村の顔面にヒットした。
そしてそのまま薫の髪を、まるで消毒するかのように、何度も何度も口付けた。
そのころには騒ぎを聞きつけてか、回りには生徒の人だかりが出来ていた。
その中にはなんとか真一郎の誤解を解くことに成功した瞳も混ざっていた。
自分の顔を傷つけられた怒りからか、氷村は先程とは比べ物にならないほどの殺気を発しながら耕介に襲い掛かった。
精神力の弱い人間なら、それだけで死んでしまうんじゃないだろうか、と思われるほどの殺気の中で耕介は氷村と互角以上に戦っていた。
いつのまにか髪をオールバックにして、ものすごく鋭い目をした耕介に瞳は
「昔の耕ちゃんみたい…」
と洩らしていた。
氷村の攻撃は、瞳でさえ目で追うのがやっとと言う、恐るべきものだったが、耕介は難なくそれを交わして、渾身の右ストレートを氷村に叩きこむと、気絶した氷村には目もくれずに
「おい、おまえらガキどもにはっきり言うけどな。薫は俺の一生の女だ。手を出すのなら残りの人生を諦めるくらいの覚悟はしておけよ!!」
と、寮の人間が見た事も無い…霊と闘っている時ですら見せた事も無い鋭い目つきで、全校生徒を睨み付けながら、静寂の中でなおも耕介の言葉は続いた。
ちなみに、小柄な女の子がドコドコと、物凄い音で後ろに転がる氷室を蹴りつけているが、この際それはたいした問題ではない。
「だいたい、薫の首筋にも薬指にも俺の物だって言う証が付いているのに、どうして手を出そうなんて思えるんだよ?」
その耕介の発言について全校生徒を代表する形で瞳が質問した。
「首筋と薬指の証って何?耕ちゃん」
「首筋は昨日の夜に寝ている薫につけた俺のキスマークだよ…」
オオ〜〜〜〜!!!生徒達の間にはどよめきが起こり、薫は首筋を押さえながらどこか恥ずかしそうであった。
「そして薬指は…俺が薫に送った指輪だよ…」
最後の方は照れたのか、少し小声になり、下を向いてしまった耕介であった。
一方全校生徒の視線は薫の薬指に吸い付けられた。
「……ねぇ…耕ちゃん?」
「何だよ?」
「薫・・・指輪なんてしてないよ」
「えっ!!!?」
「薫…俺があげた指輪は?付けてくれないのか?」
「だって…だって…」
「だって…??」
「まだ違装届けを受理してもらってないから…」
ズコッ!!!!!!
薫を除く全員がコケタ…。
「あんたね〜、ふつうたかが指輪一つ付けるのに違装届け出すやつなんていないわよ…」
「でも学業に無関係なものだから…」
「あんたのそのくそ真面目さはもはやギャグの域に達してるわ…」
瞳は脱力しながらそう呟いた。
一方の耕介は、心の中ではさざなみ寮の天然ボケランキングで、愛さんを抜いて薫が一位にランクされたのは言うまでも無かった。
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後書き
はい、忙しくて更新している暇も新作かいてる暇も無いんでまた昔の作品引っ張り出してきました。
某所のSSのコンペで6位かなんかに入ったすっごい初期のころの作品です
今見ると赤面物の恥ずかしい表現目白押しです