〜 君に捧げるレクイエム 〜








ずっと……………走り続けていたような気がする。










あのコンサート……

フィアッセとティオレさんが同じ舞台の上で歌う。

そんな親娘の遠い夢が叶ったあの日。

今まで行方不明だった美由希の実母、美沙斗さんとの望まぬ形での再会。

そして互いに譲れないものを胸に、戦ったあの日。




すれ違っていた親と娘が、ようやく交差した………あの日。

美由希が、一瞬だが確かに俺を越えていった………あの日。

あれから1年経った春。

それぞれがまた新しい一歩を踏み出した、そんな季節。

俺もまた、風ヶ丘を卒業して先に進む。

いくつかの思いが清算されて、幾ばくかの願いが叶って。

そしてまた一つ、 俺の長年の夢ともいえる今までの全てに一区切りを、或いは終止符を打つその時 が近づく。






家は静かだった。

窓から差し込む夕日が部屋を彩り、夕月が空で白々と浮かんで いる。

………今日、美沙斗さんから一振りの小太刀が届いた。

銘を『龍鱗』という。

俺の部屋でその美由希の父の刀、御神正統の証を丁重に扱う。

固く封をされたその刀を前に、様々な思考が溢れ、或いは形になる前に次々と消 えていく。




物心ついた時には、俺は既にとーさんに育てられていた。

母の顔は今でも分から ない。

………御神の一族が滅んだ日。

わずかなものだけを残して、全てが変わった日。

妙に風の声だけが大きく聞こえた。

美由希をとーさんに預け、一人姿を消した美沙斗さん。

この日から、美由希は妹になった。

とーさんとかーさんの出会い。そして結婚。

新しい生活。新しい家族。暖かな家。

美由希と一緒に剣を教えると約束したとーさん。笑っていた美由希。

………とーさんが骨となって帰ってきた日の事。

不思議と……落ち着いていた。

かーさんの気丈な振る舞い。

ずっと繰り返すフィアッセの謝罪。部屋に篭った美由希。

俺は…とーさんの死に涙一滴も流さず、泣いていた妹に声をかける事すらしなか った。

それから、美由希は剣をとった。

今まで見えていた後姿はもう無く、一人で御神の技を得るために俺は必死に強さ を求めた。

導く者はもう誰もいないから…俺は代わりに美由希に御神の剣を教えられるくら いに、

……強くならなければ。そう、急きすぎてしまった。

周りも自分の事も満足に見ることもできず、

かーさんの不安そうな声を聞きながらも、どこかでフタをして、

毎日、ただ死ぬ気で剣を振り続けた、

体を痛め続けた。

………そうして、急ぎすぎた成長を望んだ果てに膝を砕いた。

何もかもに失望して、目の前が真っ暗になって、どうしようなくみじめだと思えた日。

ひたすら諦めず、おまじないとリハビリの末に再び剣を握った日々。




一つ、肺に重く淀んでいた息を吐く。




それから、俺は一つの夢を持った。




俺の膝は既に致命的な欠陥となり御神の剣士として完成される日はないと分かっ ていた。

だけど、美由希は違う。

素質もある。

それを傍で引き出し、俺の指導の下で少しずつ成長していくのを見守る。

俺の持つ全てを教え、鍛える。

それが俺の新たな楽しみとなり、誇りとなり、夢となった。

そして、いつかは―――――




ゆっくりと…閉じていた瞼を開いた。

……………いつの間にかボーっとしていたらしい。

気付いた時には、ちょうど夕日が隠れていくところだった。

微々たるものだが、気温が少しずつ下がっていくのを肌で感じ取る。

息を吸って、静かに吐く。

そっと静かに、『龍鱗』を手にとった。



―――――いつからだろうか。

俺があまり笑わなくなったのは。

―――――いつからだろうか。

剣が重く手にのしかかるようになったのは。

―――――いつからだろうか。

ふとした時に襲われる、あの息苦しさを感じるようになったのは。




―――――だけど、 今は不思議とゆったりとしたような気分だ。

こんな気分になるのは……本当にいつ以来なのか忘れてしまった。

右膝を壊して以来か、いやもっと前か?

いつの間にか、あの息苦しさは消えていた。

しかしまだまだだ。ここで今、気を緩めるわけにはいかない。




いつからだろうか―――――

こんなに晴れ晴れとした気持ちになれるようになったのは。








わずかに手に馴染ませた『龍鱗』を鞘に戻して仕舞う。

外からは部活帰りなのか、子供の声がした。

「ただいまー」

なのは、晶、レンの声が届く。

この家にもようやく人の明かりが灯っていく。





美由希が着実に迫ってくるごとに、美沙斗さんと手を取り合えた時に、

歌姫の親娘が共に歌い合い、ステージが万雷の拍手で包まれた時に、

皆が少しずつ大きくなっていく時の流れを実感する時に、

肩が軽くなっていくのを感じる。

そして………同時に小さな喪失感も。






「すまないがみんな。今度の昼、どうしても付き合って欲しい事がある」

夕食が終わり、皆思い思いにくつろいでいる時に切り出す。

「……………で、何をするの恭也?」

みんなが驚いている間に、かーさんは一人動じず優しく受け入れてくれる。

「それは当日、赤星や忍、那美さんも呼んで、みんなが揃ってから説明する。  

美由希は………戦えるようにしておくこと」

みんなは黙って頷いてくれた。

……………ありがとう。








本当に―――色々あった。

フィアッセや忍、那美さん、晶、レン、なのは、かーさん………

そして明日、美由希も新たな一歩を踏み出す事になるだろう。

皆伝の儀式を経て、俺の手元から一歩飛び出して。

強くなれ、美由希。

そして、いつかは―――――俺を追い越していけ。

それが……俺の願いだ。








「―――――美由希」



庭先で太陽の下、『龍鱗』を抜き放つ。



「御神正統の証―――――戦って……勝ち取れ」



遠い昔、いつも俺の後ろをついていた小さな少女は今、こんなにも大きくなって ……



「……………はい!!」



家族・友人達が見守る中、ふと見つめ合う。











その日―――――俺は少しばかりの清々しさを以って微かに、だけど確かに笑っ ていた。












これでまた俺の中で一つの終わりが見えた。

走り続けるのを止めた時、俺はどこに立っているのだろうか。

皆が自分の道を歩き始めるのを見送ったら、俺は………何をするのだろうか。

それは分からない。

分からないが、俺はまだ止まらない。

進める内に、もう少しだけ先へと進む。




だけど、今は少し休もう。

かーさんの店を手伝って、

美由希の成長を見ながら、

フィアッセの歌を聴きながら、

晶の真っ直ぐな声を聞いて、

レンのゆったりとした時間に身をまかせ、

なのはと久遠の相手をして、

とーさんの墓に甘味を手土産に、

赤星との手合わせを楽しみ、

那美さんの暖かな空気に身を任せ、

忍といつものように話をして、

美沙斗さんとのんびりとお茶を飲んで語らい……………





みんながいるこの暖かい海鳴の街で、たくさんの道が交差した。

そして俺の前の道は少しずつ明るく、広くなっていった。

今度はその道を今だけ少し、ほんの少しだけ……………




ゆっくりと………歩いてみよう。           




〜 閉幕 〜