今美沙斗母さんは家に居る。
お仕事のお休みが取れたから、訪ねて来てくれたのだ。
前の再会は、お話ができるような状態じゃなかったので、今回はゆっくりお話ができた。
もちろん再会してすぐは緊張しちゃって、ちっとも会話にならなかったけど…。
母さんからいろんな事を聞いた、そして私もいろんな話をした。
今、家には私と母さん以外誰も居ない…
二人でお茶を飲んでいるの…
こんな静かな時間を母さんと過ごせるなんて思わなかったから…
だからかな?私が、ずっと聞きたいと思ってた事を聞いてみる気になったのは…
御神さん家の家庭の事情
「ねえ母さん私聞きたい事があるんだけど…良いかな?」
「…美由希?何…聞きたい事って?」
「うん…あのね、父さん…あ、静馬父さんね。父さんの事聞きたいな…」
「え…?静馬さんの事を…?」
母さんは少し照れくさいのか、頬を僅かに赤くしている。
『母さん、何だか可愛いな』
私は、母さんを見ながらそんな事を考えていた。
「うん…」
「静馬さんはね…。御神の本家の跡取として生まれて、
周囲の期待通りに、御神の血を正しく引いた剣腕を振るって…。
性格も勤勉で実直で…」
私に母さんが、嬉しそうに父さんの事を話してくれるなんて、一年前は想像もできなかったな…
「優しくて男らしくて、でも何処か無邪気で時々妙に子供っぽいくせに日頃は大人びてて、それでそれで…笑うとスッゴイ可愛くてカッコイイの…もう白い歯がキラーンとか光っちゃたりして…」
「か…母さん…」
『なんかいつもの母さんじゃないみたい…』
母さんは照れくさいのか頬に両手を当てて
「いやんいやんいやん……」
とか言いながらしきりに顔を左右に振っている。
…………………はっきり言ってちょっと怖い…
「母さん落ち着いて…」
少しきつい口調で言ったからか、私の声がやっと耳に入ったのか
「あ…ごめん。それで続きを話すけど…」
と、ようやくいつもの母さんに戻ってくれた。
「静馬さんのお姉さんの琴絵さんもね、体は弱いけれど優しい人でね。
私はよく裁縫や編物など…色々教えてもらってて…」
「じゃあ、母さん達は結婚前から仲良しだったんだ…?」
「不破の家は御神の家とは密接な関係にあったから…幼馴染みたいな感じだったんだよ…」
昔、ちょっとだけ恭ちゃんに聞いた御神の家と不破の家の話を思い出す。
「それでね、兄さんの方が静馬さんより少しだけ年上だったから、最初は兄さんが剣を教えたりしていたんだけど…」
「うんうん」
「静馬さんが美由希くらいになったころには、もうほぼ互角になっていたんじゃないかな」
「…そっか。母さん子供の頃から静馬父さんの事好きだったんだ?」
「……………………うん」
あ…なんか今の母さん可愛い。耳まで真っ赤になってる。
頬をバラ色に染めて、少し恥ずかしそうに答える母さんの眼は…
1年前に見た、あの暗く哀しい暗殺者の色ではなくて…
まるで…大好きな人の前に出ると、上手く喋れない不器用な少女の瞳のようだった…。
「だってだって、静馬さんカッコよくて優しくて、足だって凄く長いんだから。
声がまた優しくて…白いうなじがセクシーで細い腰なんか見てるともうドキドキなの…」
……前言撤回…今の母さんなんか怖い…
私の母さんを見る目が糸の様に細くなっていることに気が付いたのか、母さんはまた正気に戻った。
「でも…わりと子供扱いされてた。
それでも優しかったから…バレンタインとかクリスマスとかずいぶんと娘らしい事もして…」
「え〜、母さんが…?なんか意外だな…」
「ふふ…そう?でも私も一応女の子だから…」
でも、母さん確かずいぶん早く結婚してるんだよね…恭ちゃんから聞いたけど。
「中学生くらいのころの話?」
「ああ、バレンタインやクリスマスにプレゼントを渡しに行くようになったのは、
小6くらいからだな…」
「でも娘らしいってどんなことしたの?」
母さんが真っ赤になってチョコを渡してる所を想像するとなんか可愛いな…。
「それは…チョコに痺れ薬を入れたり…」
!!!
「誕生日プレゼントに盗聴機付けたり…」
オイオイ!!!!
「どうしても顔が見たくなって、寝室に忍び込んだり…」
「…………………」
私の絶対零度の冷たい瞳に気がついたのか
「あはははははは…冗談、冗談よ…」
と乾いた笑いで誤魔化してるけど…たぶん『嘘』だな。
私は思わず溜息をついてしまいました。
「だけど、静馬さんがお見合いする事が決まった日には一晩中泣き明かして…」
ズキン…
その気持ち…私にもわかるな…
『恭ちゃんがいつの日にか恋人を連れてきたら…』
そう思って、何故だか涙が止まらなくなるときがあるから…
「でも、静馬さんはお見合い断ってくれて…。
それでも何度もお見合いさせられてて…」
その頃を思い出したのか、母さんは少しだけ顔を曇らせた。
「私は…とても辛かった…」
見てるだけでも…その頃母さんがどれくらい辛かったのか伝わるような…
静かな…でも、哀しい口調だった…
「母さん…」
「でもね、そんな私を見て兄さんがね、言ってくれたの」
「とーさんが?何て…?」
「『お前はお前らしくしてろ』って…」
『士郎とーさんらしいな…』
とーさんの、力強い声と瞳を少しだけ思い出した。
「それで私…」
「うんうん…」
「お見合いを薦めに御神家に来る人を暗殺しようとしたり…」
……
「お見合い相手が乗ってる車を破壊したり…」
………か…母さん…!!!?
「静馬さんに一服盛って動けなくさせたりとかして、何度も妨害したわ…」
ズル…
私は思わずソファーから落ちました。
『母さんらしく』って一体…
「それでもなんとか生き残ってお見合いまで辿り着いた人達を…」
『『生き残って…』て…。ひえ〜…もう聞くのが怖いよ…』
「静馬さんは何度も断ってくれて…」
「え?」
「その、な…そんなある日の事なんだが…。
周りの大人達は御神の嫡男として『早く嫁を取って子を作れっ』てしつこく言ってたんだけど、ずっと聞かないでいた静馬さんが…」
「父さんが…?」
「プロポーズを…してくれて…」
母さんは、今もその時の事を思い出していたのか…
夢見るような瞳になっていた…
「おめでとう!!!母さん…。
父さんもきっと…待っててくれたんだね…母さんが…大人になるのを…」
「どうだろうな…」
『そっけなく答えてもわかってるよ母さん…。
嬉しかったんだよね…
ずっとずっと好きだった人が…想いを受けとめてくれた事が…
私も、ずっと夢見てるもの…』
母さんの綺麗な髪から僅かに顔を出している耳は、赤くなっている…
「それで…父さんのプロポーズの言葉は…?」
何時か自分も恭ちゃんから…
そんな幻想とも妄想ともつかない事を考えながらも、私はワクワクしながらも、一番聞きたかった事を聞いた…
「あのね…」
ウンウン…
「静馬さんがね…」
ドキドキ…
「青い顔で泣きながらね…」
えっ!!!!?
「もう勘弁してくださいって…」
えっえっえっ!!!?
「それで私…」
いやちょっと…
「私はね、びっくりして静馬さんに嗅がせ様としてた…」
嗅がせる!!!!!!?
「クロロフォルム落しちゃって…」
オイオイオイオイオイオイ!!!!!
「月がとっても綺麗な日だったわ…」
「そういう問題じゃないよ〜〜〜〜!!!!!!!!!」
「え?」
母さんが不思議そうに私を見つめていた…
『父さん…命の危険を感じてたんじゃないの…?』
私の脳裏にある情景が浮かぶ…
「いつか…美由希も剣を学ぶのかな…?」
「あら…、この子『も』幸せな花嫁になるのよ…私のような…」
「そうだな…この子『は』幸せな花嫁になるのかもな…」
何か…前見た夢と…ちょっと違う…