美由希が変わった気がする…。
それとも俺が美由希を見る目が変わったのだろうか?
俺は、美由希を弟子ではなく…妹でもなく…一人の女性として捉え始めたのは、何時の日からだろう?
そして今、美由希は俺の胸の中で静かに寝息をたたている。
胸の中の美由希は確実に綺麗になった。
昔、未だこの子が幼いあの日から、ずっと見ていた俺ですら思わず……見惚れてしまうほどに…。
「お兄ちゃん…」
不意に美由希が洩らした寝言に、俺は懐かしく思い一人微笑む。
幼い頃の夢でも見ているのだろうか?
『お兄ちゃんか…』
美由希が始めて俺をそう呼んだのは何時だろう?
初めは『恭也兄ちゃん』だった。
父さんの親友でありライバル、そして義理の弟でもある御神の正統、静馬さんと
父さんの妹である、いつも優しい美沙斗お姉ちゃんの娘、美由希。
歳が近いせいか、人見知りしがちの美由希が何故か俺には良く懐いていたっけ…。
やがて、静馬さんがテロで亡くなり、美沙斗さんが闇に消えた日から…
俺と美由希は兄妹になって…
美由希は俺をただ『お兄ちゃん』と呼ぶようになったんだ…。
美由希は何時から俺を、『お兄ちゃん』と呼ばなくなったのだろう?
きっと御神の修行を始めてからだろう…。
俺と美由希の関係が、ただの兄妹から、師範代と弟子に替わった時からだろう…。
甘えを捨てて、剣を磨き、剣に生きる事を選んだ美由希は、俺を師範代と呼び
そして…
まるで、弱い自分と決別するかのように…
そして、人一倍泣き虫だった、俺のかわいい『妹』の美由希は、自ら兄離れをするために…
俺を『お兄ちゃん』と呼ばず『恭ちゃん』と呼び始めた。
美由希の美しい黒髪を指に絡ませてみた。
さらさらとした感触が指先に心地良い…
今、俺と美由希は新しい関係を迎えている…
今度は、この胸の中の少女は俺を何と呼ぶのだろうか…
美由希の髪を一房掴み、それにそっと口付けする。
美由希の甘い馨りが鼻腔をくすぐる…
幼い頃から傍に在った馴染みの馨り…
「ム〜〜〜〜〜…恭ちゃん…どうしたの?」
美由希が眠そうに目をこする…。
起こしてしまったらしい…
「いや…何でもない…まだ深夜だ。もう少し眠ると良い…」
「うん…おやしゅみ…」
そして、俺は再び眠りにつく美由希の耳元に一言囁いた。
「美由希…俺のこと……好きか?」
しかし、既に夢の世界に落ちていった美由希から返事もない。
俺は、苦笑とも自嘲とも取れる笑みを浮かべ、その横で眠りについた。
眠る前に過去を懐かしんでいたからだろうか…
幼い頃の夢を見た。
未だ小さい妹が、花輪を作って俺の頭に乗せてくれた。
そして、にっこりと微笑んで
「お兄ちゃん…美由希ね…美由希ね…お兄ちゃんの事大好きだよ…」
そう言って頬にKISSをしてくれた。
「恭ちゃん…起きて!!もう朝の鍛錬に行かなくちゃ…」
「ん…ああ…」
美由希に起こされた俺は、眠気を追い払うかの様に首を振る。
「ねえ、恭ちゃん…。今日も凄く言い天気だよ!!」
と言って、美由希が窓を大きく開く。
サ――――――――ッ
初夏の爽やかな風が美由希の髪をくすぐっていく。
その美由希があまりに爽やかだったからだろうか?
それとも懐かしい、甘い夢を見たからだろうか?
俺は昨晩と同じ質問を美由希の耳に囁いた。
顔を真っ赤に染めてビックリした顔を浮かべていた美由希だったが、ニコッと微笑んで呟いた。
「恭ちゃん……大好きだよ…」
あの頃から変わらない微笑を浮かべ、美由希はそっと俺の唇にKISSしてくれた。
呼び方が変わっても…
関係が変わっても…
俺の宝物は、変わらない笑顔で、変わらない気持ちを与えてくれる…
この先、俺達が恋人から夫婦に変わろうとも……きっと…