眩しい陽光と、セミの声。
ようやく冬木の町に刻まれた、あの冬の記憶も薄れはじめた。
無論、当事者たる凛や士郎の記憶が早々薄れるものではない。
特に士郎にとっては最愛の人との永遠の決別だったのだ。

「未練なんて、ない」その言葉に嘘は無くとも、今はまだ胸に渦巻く寂寥感は如何ともし難い。

しかし、それでも高校最後の一年を大切に過ごしていた。

これは、そんな夏の日の出来事だった。


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7月も10日が過ぎ、暑い日が続いている。
空を見上げれば雲一つ無い青空、道には夏服に身を包んだ学園の生徒達。
学生の群れの中で、一際目立つ少女が、軽く手を振りながら小走りで側までやってくる。

「おはよう、士郎。遅れてごめんね」

「おはよう、遠坂。また寝坊か?」

学校のアイドルであり、完璧超人とも言われている凛の数少ない弱点、それが朝に弱いという点だ。

「そうなのよ、最近は布団に慣れているからか、自宅のベッドの方が寝付けなくて」

その言葉で真っ赤になる衛宮士郎、ニヤリと笑う遠坂凛。
そう、あの冬の日からこっち、遠坂凛は士郎の家に頻繁に入り浸っているのだ。
無論、魔術の師匠として、だが。
一応、ほぼ凛の私室と化した離れの客間は、洋室だからベッドだ。
しかし、士郎の部屋は布団なわけで、凛が布団で眠り慣れているというのは・・・。

『まったく・・・』

上がった体温を冷ますように溜息を一つ。
憧れていた、今だって憎からず思っている、それどころか好意を抱いている凛のきわどい冗談。
士郎の思考を知ってか知らずか。
いや、この『あかいあくま』はすべて承知に違いないのだが。

「どうかした、士郎?」

なんて、覗き込むように顔を近づける、それは吐息がかかりそうなほどの至近距離。
ドクンドクンと高鳴る胸の鼓動を押さえつけ、逃げるように学校へ向かう士郎の耳に「キシシ」と、あくまの笑い声が聞こえていた。



「しかし、おかしいな」

「なにがよ?」

さっきから感じていた違和感の正体に思い当たった。

「遠坂と一緒なのに、全然視線を感じないんだよ」

「そういわれればそうね」

『うわ!さらっと認めましたよ、この人』

とは言うものの、4月からの新学期に急に親しくなった二人。
世間的には遠坂と交際をしていると勘違いされてから数ヶ月。
諦めたのか、表立っての嫌がらせや嫉視は少なくなったが、何しろファンが多い遠坂である、猫も被ってるしな。
それなりに学生が居る朝の通学路で、注目を浴びないはず無いのだが。



しばらく進むうちにその理由がわかった。



ガードレールに腰をかけた女性。
肩口で整えられた金色の髪。
透けるように白い肌。
芸術品のように整った美しい顔の造作。
全身から漂う優雅さと気品。

何よりも、周りの風景が色褪せて見えるほどの、圧倒的な存在感があった。

金縛りにあったように動けない衛宮士郎。

目の前の女性が、記憶の中に住むあの少女と何処か重なる。
人智を超えた美しさと、呼吸を忘れるほどの存在感。
ただ違うのは、彼女を照らすのは月光ではなく、その表情は夢見るように穏やかだった。

不意に目の前の女性と眼が合った気がした。
ドクンと心臓が跳ね上がる。
横には凛が居るにもかかわらず、奪われた瞳は、少しも逸らす事ができない。
それは、まるで女性の紅の瞳・・・に魅入られたよう。

「あ、やっと会えた。待ってたんだよ」

その無邪気な、子供のような笑顔。
一転して、今は妹となった白い少女を髣髴とさせた。
金の剣士と白い少女。
そんな、冬の記憶を纏った女性は、まっすぐ士郎に向かって歩いてくる。

「どうしたの?ぼうっとして、変な顔」

アハハ、と笑う女性を尻目に士郎は周りを見渡した。

『誰に話かけているんだろう?』

視界に入った自分の横に立つ遠坂は、白い女性に見惚れていた。

『セイバーの時もそうだけど、こいつ本当にかわいい女の子好きだよな』

そんな事を考えていたら不意にポンと肩を叩かれた。
横の遠坂も、周りの連中も怪訝な表情をしている。

「どうしたの?約束どおりに、せっかく会いに来たのにさ」

目の前で微笑む女性。

『約束?』

混乱する士郎。
はっきり言ってこんな美人、士郎の知り合いには居ない。
一度みたら二度と忘れられないくらいの美人だ、約束なんてしたら忘れるはずが無い。

周囲からは尋常じゃないくらいの視線を感じる。

「何か勘違いしてないかな?俺は約束なんてした覚えは無いけど・・・」

トキメキとは違う胸の高鳴りを、必死で抑えながら何とか言葉を紡ぐ。
周囲の連中はともかく、何故か自分のすぐ横で、かつてのギルガメッシュと対峙した時に匹敵するようなプレッシャーを放つ凛にも聞こえるように、はっきりと人違いだと告げる。

「え〜、そんなこと無いよ。
『今宵、私は貴女の騎士として御守り致しましょう、姫君』って、声かけてきたじゃない」

「な!!」

俺は知らない、そんなコト言ったことも無い。
そう言いたかったが驚きのあまり声も出ない。
不思議にも、目の前の女性は嘘をついているようには見えなかった。

何よりも、士郎が誤解を解くよりも早く

「へぇ〜、衛宮君たら、私が知らないところではそんな気障な言い回しもできるのね」

あかいあくまは、見たことも無いくらいキレイな笑顔で、そうのたまわると人込みの向こうに消えていった。。
ちなみに、この笑顔と殺気の前に対峙するくらいなら、言峰に三日三晩泰山でマーボー食べながら説法を受けた方がマシだよ、と後に衛宮士郎は述懐した。

「とにかく人違いだと思うんだ、ごめんな」

そういい残し、凛を追う士郎の背中を見ながら女性は首を傾げていた。

「う〜ん、確かにどっか違う感じがするんだけどな」







退屈な授業の内容は頭には入らず、士郎の頭は今朝の不思議な出会いでいっぱいになっていた。

『似ている』

どこが、と言うわけではない、強いて言うなら雰囲気と言うか、存在感であろうか。


あの煌々と輝く月光の下で邂逅した、大切な少女。
美しくも儚い、けれど凛としたセイバーが月の精だとしたら、今日の女性はまるで太陽。
輝くような生命力と力強さを感じた。


「士郎、何ボケッとしてるのよ、帰るわよ」

一日を上の空のまま過ごし、いつのまにか授業が終わっていたらしい。

「遠坂、すまない」

「何がよ?」

「いや、今朝の事だけど・・・」

「士郎は身に覚えがないんでしょう?だったら、謝る必要はないでしょう、謝罪をすると言うのは、罪を認めたって事なのよ」

「でも、何か遠坂が怒ってたような・・・」

「あー!!もう!」

自分の言葉を遮る様に怒声を上げた凛に、士郎は目を白黒させた。

「あんたね、前々から言ってるけど、思ったことをそのまま言葉にするの止めなさい」

不思議そうな顔をする士郎に、もう一度怒鳴るように「わかった?」と念を押す。
その迫力に押され、思わず頷いた士郎に「よろしい」と言葉を残すと、プイ、っとそっぽを向いて歩き出した。
ちなみに凛の「鈍感」という呟きは、士郎の耳には届かなかった。





何故か不機嫌そうに、ずんずん歩いていく凛を追いかけるように校舎を出て、家路に着く。

今朝と同じ交差点で、同じようにガードレールに腰掛ける白い人。
士郎を見つけると立ち上がり、ニパッと微笑んだまま歩み寄ってくる。

「意外と早かったね」

「もしかして、今朝からずっと待ってたのか?」

その問いに、何でもないようにうんと頷く。

「その・・・待たせてすまない」

「気にしないで良いよ、私ね、人を待ってるの嫌いじゃないから」

言葉の通り、少女は楽しそうに笑う。

「それにさ、ちゃんと来てくれたしね」

夏の日差しの中、ガードレールに5時間近くも、来るか来ないかもわからない自分を待っていたと言う女性に、士郎は何も言うことができなかった。

嬉しそうに微笑むから、彼女の微笑が本当に楽しそうだったから、士郎自身も嬉しくなってしまったのだ。

「あのさ・・・」

「ストップ!!」

「何だよ、遠坂」

凛の言葉に首を傾げる。

「じゃあ、行きましょうか」

「どこに?」

「士郎の家に決まってるじゃない。
何時間もこんなところに待たせてたんだから、お茶の一杯くらい出したって罰は当たらないわよ」

「え?本当に。良かった、前会った時とちょっと違ってるから、どうなるかと思ってたんだけど」


女性の言葉に、ますますわからなさそうに首を傾げる当の本人である士郎に対し、やっぱり、なんて言いながら頷く凛。
何か思い当たるところがあるのか、ブツブツと何かを考え込んでしまった。
そして、その状態になってしまった凛には、何を言っても上の空だとすでに承知している士郎は、女性を自宅まで案内することにした。




開け放たれた縁側から、緑を含んだ涼やかな風が入ってくる。
時折、そんな風にあわせて音を奏でる風鈴。
そして、コップの中には氷が浮かぶ麦茶で満たされ、表面は薄っすらと汗をかいている。

「へ〜・・・、志貴の家とは違うけど、こういうのも良いね」

純日本家屋が珍しいのか、きょろきょろと落ち着きなく辺りを見回す。
まあ、どう見ても日本人には見えないし、珍しいのは当然かな、と、一人納得する士郎を尻目に、凛は難しい顔をしていた。

「ところで、本当に俺に会ったことあるのか?人違いじゃなくて?」

「だって、貴方エミヤシロウでしょう?」

「俺は、確かに衛宮士郎だけど・・・」

困惑する士郎、いくら過去を遡っても、目の前の美女と出会った記憶はない。
衛宮違い、と言うことか、はたまた切嗣と勘違いしているのだろうか、とも考えたが、どうやら違うらしい。

「でも変ね、何処か昔と違うのよね」

うーん、と首を傾げる。
一方の士郎も変と言われても・・・と首を傾げるしかない。

「貴方が知っているエミヤシロウは、もっと背が高くなかった?」

そのまま二人して首をかしげたままだったところに、家に戻ってきて初めて凛が口を開いた。

「・・・そういえば私より全然高かったかも」

目の前の女性は、女性としては長身で、どう見ても士郎とさして変わらない身長だ。


「でも俺、本当に、えーと・・・?」

「あ、私の名前、知らないの?う〜ん、おかしいな。あなた魔術師でしょう?知らないはずないんだけど・・・
私はね、アルクェイド、本当の名前はもっと長いんだけど、面倒くさいからアルクェイドで良いよ」

「何で俺が魔術師だって知ってるんだ!!?」

「ア、ア、ア、アルクェイドって、まさかアルクェイド・ブリュンスタッド!?」

士郎の驚きの叫びは、絶叫といってもいい声で掻き消された。
その名前を聞いた瞬間、明らかに凛の顔が強張った。

「なんだ、遠坂の知り合いか?」

「バカ士郎!」

ほっとした様な表情を浮かべる士郎の首根っこをガクガク揺すぶる。

「遠坂・・・ギブ、ギブアップ」

「あんた魔術師の端くれなのに何で知らないのよ!?」

苦悶の表情を浮かべる士郎にも気がつかないくらい取り乱している。

「真祖の姫君よ!?この世界じゃ、超有名人じゃない!!」

「そうなのか?」

何とか凛の魔の手から抜け出した士郎の、何処までも恍けた反応が腹立たしいのか、すでに宝石を取り出し構えている、それを必死になだめようとする士郎。
そんな二人のやり取りを楽しそうにニコニコと微笑み話しかけてくる目の前の女が、どれほどすごいのか士郎にはいまいちわからなかった。

「その宝石・・・。あなた、もしかして爺の弟子?」

「爺って・・・?」

凛の、というか遠坂の家の太祖は、世界に五人しかいない魔法使いの一人だという話は聞いたことがある。
ということは、まさか爺って・・・

「宝石のゼルレッチ・・・?」

そうそう、なんて軽く頷くアルクェイドに、士郎は初めて戦慄を覚えた。
あの魔道元帥とも呼ばれる魔法使いを爺呼ばわりとは。

「直接の弟子ではないけれど、我が遠坂家はその系譜に連なる魔術師よ」

「やっぱりね」

何が楽しいのか、花のように微笑み、お茶を飲む。

「なぁ、遠坂」

「なによ?」

凛の袖を引き、士郎が小声で話しかけた。

「この人何者なんだ?」

「アルクェイドでいいよ」

ビクッとする、耳元でささやく様な小声での会話に、突然割って入ってこられたのだから当然といえば当然だが。

「魔法使いを爺呼ばわりなんて、アルクェイドさんは何者なんだ?
さっき、遠坂が言ってた真祖の姫君って?」

士郎の発言に、凛は「あちゃあ」なんて大げさに天を仰ぎ、アルクェイドはポカンと口を空けた後、笑い始めた。

「な、なんだよ、二人とも・・・」

二人の反応にばつが悪そうにする士郎、そんな士郎に呆れたように凛が説明を始める。

「抑止力、これは以前教えたわよね?」

「ああ、人の手で人が滅ぶのを食い止める力だろ」

「そう、人類の守護者と呼ばれる、いわゆる英霊なんかもこれに含まれるわね」

聖杯のために死後を捧げたセイバー、「答え」を見つけた彼女は、今は救われたのだろうか。
何度だって思い出せる、朝焼けの中で見せたあの微笑。
未練なんかではなく、彼女に笑われないように必死に正義の味方を目指さなければ・・・。

「でも、それとは別にガイアの抑止力ってのがあって・・・って、あんた、人がせっかく説明してあげてるのに、何をボーっとしてるのよ」

「いや、なんでもない、ちゃんと聞いてるぞ」

「真祖はこのガイアの抑止力に属する存在よ。精霊とか、星よりの存在だわ」

「あははははは、おかしいわねえ、シロウ」

さっきからアルクェイドは笑いっぱなしだ。

「そんなこといわれても俺はまだ半人前だから」

「だって、あなた自身が守護者じゃない」


「何を言ってるんだ、俺そんなものになった覚えなんて無いぞ」
士郎は目をパチパチと瞬いて、不思議そうな顔をする。
対照的に、凛の顔が強張った。
二人の様子が腑に落ちないのか、アルクェイドは笑いを収めて均等に二人を見ていた。

しばし沈黙の時が過ぎ、溜息とともに「やっぱり・・・」なんて呟きが凛から漏れた。

「アルクェイドさん、貴方が会ったのは士郎じゃないわ」

「何言ってるのよ」

「この士郎は絶対に英霊になんてならない。」

強い意志をこめた遠坂凛の瞳。
それは、まるで己に誓う誓約の言葉のよう。

















ああ、なるほどね。

やっと 納得した わかった





















最後まで自分の真名を告げなかった赤い騎士。
真名がわからなくても、宝具がわからなくても、不遜で皮肉屋で嫌味ったらしくても、何故か信用できる気がした。



ずっと、腑に落ちなかった事がある。

なぜ、ランサーのあの凄まじい槍を受けてすら、傷一つ追わなかったあの騎士が、セイバーの一撃に反応すらできなかったのか。
あの時、一瞬だけど確かにアーチャーは瞳奪われたのだろう。














月光を受け佇む、かつて愛した少女の姿に。











「この士郎ってどういう意味さ」


数瞬、自らの冬の記憶に沈んでいた凛の眼を醒まさせる士郎の言葉。


「世界中の士郎さんの中でも、一番出来が悪いのが衛宮士郎ってことよ」

内心の動揺を悟られないように、心にシャッターを下ろす。
魔術師なら当然持っているもう一つの顔。

「そこまで言うこと無いだろ、遠坂」

「相変わらず、投影以外ぜんぜん半人前の癖に」

「うっ・・・」

陽気さを装い、顔に人が悪い笑みを貼り付ける。
頭に氷を投げ込み、激情を制御して感情を殺す、ほんの僅かだって動揺を感じさせないように。

「まあ、そう落ち込まない。
いっくら才能が無い士郎でも、この天才の私の弟子になったからには、それなりになるまで面倒見てあげるから」


そう、私が絶対にさせない。


紅に染まった剣の丘がアーチャーの世界だった。
全てを救おうとしては失敗し、自らを削って助けた相手には裏切られ、血を吐くような努力は決して報われない。
理想を追い求め、最後にはその理想にすら裏切られた哀しい道化。

努力した人間が報われないなんて間違ってる。
あんなにがんばったあいつこいつは、絶対に幸せにならなきゃいけないんだから。
不器用で、鈍感で、頑固だけど、一途で、優しくて、暖かい、そんな 衛宮士郎 こいつにふさわしい 結末 幸せを。


「そっか」

そんな溜息のような呟きに身体を震わせる。

知る必要が無いの、アーチャーが自分だったなんて。

力づくでも黙らせなきゃいけない。

知れば士郎は目指してしまう。

あの赤い丘を。

髪は白く、肌は黒く染まり、理想は壊れ、何もかもが変わってしまった様に見えた。
互いに反発し、嫌いあった。

だけど、変わっていなかった。

最後の最後、僅かに垣間見せたのは、紛れもない衛宮士郎らしい不器用な優しさ。
バーサーカー相手に、たった一人で立ち向かえと、それはつまり「死ね」という私の命令に、彼が返した言葉。

「倒してしまってもかまわんのだろう?」

命じた私が気に病まないように、落ち込まないように、傷つかないように、そんな不器用な優しさに満ちた言葉。

結局、根っこの部分で彼もまた紛れも無い衛宮士郎だったのだ。

だから、自分が英霊に至れると知ったら、紆余曲折を経ても、最後にはきっとあの丘に辿り着いてしまう。


黙らせなきゃいけない。
それは、よく理解している。

だけど、目の前に居るのは真祖の姫君。

私は何もできやしない。

せめて祈るしか、強い意志を込めて見つめるしかできない。

『止めて!!』

言葉にならない心の叫び。

「・・・人違いみたい、ごめんねシロウ」

表情を緩めて、掌を合わせる仕草に、士郎は思わずテーブルに突っ伏し、お茶をこぼしてしまった。

「何だ、人違いか」

「うん、そうみたい。
お茶までご馳走になったのに、ごめんね」

あっけらかんとした表情は、美人というよりはとてもかわいく見えた。

「まあ良いや、遠坂の師匠の知り合いだし、面白い話も聞けたからさ」

そう言って士郎が布巾を取りに行ってしまった。




意味ありげなアルクェイドの視線が凛に向けられた。

「ありがとう」

ほぉ〜、と、安堵の溜息と共に礼を述べる。

「・・・貴女、リンね」

「・・・え?」

見当違いの言葉。

「そもそも、貴女に伝言を頼まれてたんだ」






























「どうしたんだ?遠坂」

「え?」

布巾を取って戻ってきた士郎の眼に映ったのは、









大粒の涙を零す凛の姿だった。












数百年前、ある真祖が己の衝動に呑まれ魔王に堕ちた。
それ自体は良くある話、真祖の生涯は吸血衝動との戦いだ。
彼はその戦いに敗れたのだ。
真祖を狩るためだけに在る存在。
アルクェイド・ブリュンスタッドは彼の魔城に赴いた。


・・・・・・おかしい。
城門をくぐり、ロビーに至ってもただの一度も敵に出会わない。

「お待ちしておりました、姫君」

紅い衣を纏った男が跪いていた。
強力な真祖の死徒だ、さぞかし強力だったのだろう、守護者たる紅い騎士は無数に傷を負っていた。
その身に纏う聖骸布は、所々血が滲み、いっそう鮮やかな紅に染まっていた。

「今宵姫君の騎士として、戦陣の露払いとして参上いたしました」

姫君は一言もなく、一瞥も与えなかった。
何故なら彼女の興味は堕ちた真祖を狩ることのみだからだ。
しかし、不適な笑みを浮かべた守護者の呟きに彼女は足を止め、その金色の瞳を向けた。

「遠い未来、貴女は極東のある島国で壊される」

為すべき事を終えたのか、騎士の身体が希薄となる。

「傍らで笑う少年とすごす時間、貴女にとってそれは楽しい夢の日々」

笑う、言葉は知っているが、それが何なのかは彼女にはわからない。
彼女は真祖を狩るためだけの存在、故に喜怒哀楽のような感情は不要、誰からも教えられず、誰からも与えられない。

笑う、

興味を覚え、知識に従ってその行為を行ってみる。
わずかに、口元が動き、表情が変わる。
だが、ただそれだけ。
少しも楽しくは無い。

「楽しくないだろう?」

不適に微笑む守護者。

「貴女が真に笑えるようになった時、私を訪ね、傍らに居るはずの少女に伝えて欲しいことがある」

耳を澄ます。

小さな呟きのみを残して、騎士は消えた。





「凛、答えを見つけた、と。
今は、もう後悔は無い、と。」

















「何でもないの」

そう呟き、微笑んだ。

心配そうな士郎の向こうに、不器用に笑う赤い騎士が見える。




「あいつも、 平行世界 どこかで救われたんだ」




遠坂凛と衛宮士郎の関係はわからない。
無限に連なる平行世界。
そのどこかでは、もしかしたら二人は結ばれているのかもしれない。


それがどの世界かはわからない。

でも、赤い騎士は確信していたんだ。
どんな世界でも、必ず、衛宮士郎の傍には遠坂凛が居ると。






それは、なんて素晴らしい関係。




「じゃあ、帰るね」




迎えに来た男の腕を取り、去っていく真祖の姫君。

流れる金色の髪と、現実離れした美しさ。
その後姿は、やはり何処かセイバーに重なって士郎の胸を締め付ける。

不意に腕に柔らかな感触。

「と、遠坂!?」

士郎の腕を取り、凛が微笑む。

『この世界でだって、まだまだどうなるかなんてわからない』

「ああ〜!リン、シロウから離れなさいよ〜」

夕食に来たイリヤが二人の間に割って入ろうとする。
照れる士郎と怒るイリヤをからかいながら、凛は決意を新たにした。



私は、士郎を幸せにするって決めたんだから、絶対に無茶苦茶に幸せにしてやる。
英霊なんかにしてあげない。


土蔵の前まで逃げてきて、セイバーを思い出す。


『士郎を取ったら貴女は怒るかしら?』


瞼の裏で、微笑するセイバー。


「そんなはずないか。誰よりも士郎の幸せを祈ってるのは、あの子かもしれないものね♪」


「ん?遠坂。何か言ったか?」


弾けるような笑顔で答えた一言。

士郎に、アーチャーに、セイバーに、そして、自分自身への、遠坂凛からの宣戦布告。


「士郎、いろいろ覚悟してなさい!!」


魔術師の戯言


・・・ええーと、これなんでしょ?
いや、何だか良くわからないものに。

はじめは、アルクェイドとアーチャーの絡みが書きたかったはずなのに、あれよあれよとアーチャーの出番もアルクの出番も減っていく。
いつの間にか、ただの士郎×凛物になった気がする。

おかしいなぁ。

そもそも書き始めの最初は疑問があったんですよ。
TYPE−MOONキャラで強さってどんな感じなんだろうって。
まず、アルクが最強ってのはわかってる。
問題なのは、サーヴァントと27祖と魔法使いのランキング。
セイバーはアルクの4分の一くらいの基本設定ってのはどっかで読んだ。
青子とセイバーはどうでしたっけ?
シエルと英霊はどっちが強いんだろ?
言峰対真アサシンでシエルならアサシンを倒せるって感じの描写ありましたよね。
シエルと秋葉(紅赤朱)も人によって解釈がまちまちですよね。

ネロとかアルクでも殺しきれないかもしれないけど、エアとかエクスカリバーなら何か肉片すら残さず消滅させられそうだしねぇ。

うん、後書きも良くわからないものになっちゃった。



加筆修正後


えっと、本来SS内で触れられなかったことを後書きで書くのは嫌なんですが何通か質問が来たんで補足します。

1.何でアーチャーとアルクが一緒にいるか。

ですが、基は上で触れたアーチャーとアルクの絡みの話があります。
自ら吸血鬼になることで、「」を開いた時に現れる抑止力に対抗しようとした複数の魔術師が居たんです。
そもそも、作中で魔王といわれている真祖を騙して吸血させたのもこいつらでした。
まあ結局思惑とは違い、抑止力に負けてしまったんですが、強力な真祖に吸血されて死徒と化した魔術師ですから、強かったんでしょうね。アーチャーも苦戦したと。

2.何でアーチャーはアルクのこと知ってるの。

まあ、殺人貴もアルクも協会や教会でも有名でしょうから知ってても不思議はないかと。
当然、噂になるでしょうしね。