恭ちゃん御乱心!!!

《恭也、逝く》


 

 

それは、春の柔らかい日差しが夏の鮮烈な物に変わる気配をそこはかとなく見せつつも雨が降ってるからそんなの誰も認識できないような良くわからない1日に起きた出来事であった。

 

その日もいつものように美由希と二人、深夜の鍛錬に励んだ。

美由希が先に入浴し、その後に恭也が入浴する。

そして恭也が入浴している間に、美由希は夜食の準備をしてダイニングで待っていた。

夜食の準備とは言っても、晶やレンが用意してくれておいた物をレンジで暖めるだけであるが…。

ここ最近の二人は、深夜の鍛錬で汗を流し、入浴後夜食を食べた後で恭也の部屋で別メニューの鍛錬で新たに汗を流す

二人の関係は、誰も知らない…

まさに二人の秘め事であった。

もっとも、桃子はもしかしたら、気がついているかもしれないが…。

 

『二人の秘め事…。イヤン』

美由希が包丁を持ったまま、顔を赤くして照れていた。

そう…何故か今日は美由希が、まな板の上で軽快に野菜を刻んでいた。

料理が苦手と言ってもそこはやはり御神流の達人、包丁捌きは晶やレンとも劣らない。

「私だってやれば料理だって出きるんだから…」

そう言いながら、中華鍋に今切った野菜や肉を落していく。

「やっぱり恭ちゃんにお夜食作ってあげたいよ…」

そんな女の子らしい、かわいい気持が事の発端になるとは、当の美由希ですら思わなかった。

 

 

「ふ〜〜、風呂は良い…」

高町家のそれなりに広い湯船で恭也は身体を伸ばした。

僅かに膝に鈍い痛みが走る。

恭也は顔を痛みにしかめた。

そして、風呂の中で膝のマッサージを念入りに施す。

「美沙斗さんとの闘いの後から、美由希は飛躍的に実力を上げているな…」

実際、今日も美由希との打ち合いで三度も神速を使う事となった。

「っつ!!!」

膝の痛みはここの所、日毎に増している。

しかし、それは恭也にとって辛い事ばかりでは無い。

膝に負担がかかるほどに、美由希に対して実力を出さなければならない事の証明だからだ。

言わば、膝の痛みが増せば増すだけ美由希の実力は増して行っていると言う事なのだから…。

膝のマッサージを終え、もう一度広い湯船の利点を活かして身体を伸ばす。

「しかし、本当に家の湯船はでかくて良いな。

子供の頃美由希と父さんと入っても平気だったもんな…」

一瞬恭也の顔が赤く染まる。

「今度久しぶりに美由希と二人でで入るか…」

一瞬、何度見ても見飽きる事の無い、美由希の均整の取れた見事なプロポーションと白い肌が頭に浮かぶ。

 

ザバ〜〜

 

恭也は湯船の中に頭まで潜って妄想を振り払う様に頭を振った。

「何を言ってるんだ?俺は全く…」

 

「彼女とお風呂は男のロマンなんだ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!

君も目覚めたね恭也君…今日と言う日を君の

ロマン記念日としよう」

恭也は湯船に浸かっているにも関わらず悪寒を覚えた。

まるで、どこかの女子寮の管理人が噂してる気がして…

 

「あ…恭ちゃん今日はお風呂長かったね…」

美由希が食卓に座ってお茶を飲みながら本を読んでいた。

「ああ…まあな。待たせてすまなかった」

風呂場での妄想のせいか、美由希の顔を直視できず食卓に視線を下ろした。

「・・・?」

視線を下ろした食卓に、一品だけ明らかに浮いている不思議な…と言うより珍妙な皿がある事に恭也は気がついた。

今日の夜食を用意してくれたのは晶のようだ。

筑前煮、筍ご飯、山菜の和え物etc。純和風の料理が並んでいる。

そんな皿の中に、恐らくは元は野菜の痛め物…じゃなくて炒め物であったと思われる黒い炭のような皿がある様子は何と表現すれば良いやら。

例えて言うなら、一面菜の花が咲き誇る草原を歩いていたら、

突然
蝿取り草が生えているようなものだ。

恭也はなるべくそれをみないようにしながら、平静を装って席についた。

「恭ちゃん…、私ね、恭ちゃんに食べて欲しくて野菜炒めを作って見たんだけど…失敗しちゃったの。

やっぱりこんなの食べられないよね?」

そう言いながら、寂しそうに瞳を潤ませて恭也を上目遣いに見つめる美由希は、犯罪的にかわいかった。

こんな顔で自分の恋人に迫られたら、例えNOと言えない日本人で無くても、NOと言えるはずが無かった。

しかし…

『こ、これが野菜炒めだと〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!?

何処でどう間違ったらこんな炭になるんだ!!!!!?』

と言う、自分の心の疑問が恭也に即答させなかった。

『がんばれ!!俺。何とか誤魔化さないと俺に未来は無い!!!!

って言うか比喩じゃなくて

マジで未来が無い!!!!』

「は…は…とりあえず…夜食を食べようじゃないか…」

内心の動揺を出さない様に必至に平常心を保ったままでそう呟いた。

「そうだね、食べようか…」

そう言いながら美由希は何時ものように恭也の横に座った。

「恭ちゃん…まずは山菜の和え物食べる?あ〜〜んして…」

美由希が恭也の口元まで箸を持っていく。

そう、恭也はここ最近常に美由希に食べさせてもらっていたのだ。

<ちくしょ〜〜!!憎いぞ恭也!!!>

と言う作者の声が聞こえてきそうである。

パク…

「どう恭ちゃん?美味しい?」

「うむ・・・」

恭也が照れのためか、そっけなく頷いて見せると、美由希は心底幸せそうに微笑んだ。

その笑顔に恭也はドキッとさせられた。

「私ね…ずっとこんな風に恭ちゃんにね、ご飯食べさせてあげたかったの…」

初めて、美由希に食事を食べさせてもらった夜、美由希はそう言ってハッとするほどに嬉しそうに微笑んだから…

恭也は照れくさいのを我慢して、二人だけのときにはいつも美由希に食べさせてもらっていた。

「あ…恭ちゃん。ご飯粒ついてるよ…取ったげるね…」

 

―――――ペロ

美由希の舌先が右の唇に触れる。

恭也がビックリした様に美由希を見やる。

美由希は舌を出して

「エヘヘヘ…やっぱりちょっと恥ずかしいね。こう言うのは…」

と笑った。

「でもね…私ずっとこう言うのに憧れてたんだ…。

美沙斗母さんと闘って…私をとーさんに預けた本当の事情を恭ちゃんから聞くまではね、

ずっと…
ずっとずっと私は家族に捨てられたんだって…

本当のお父さんとお母さんに愛されなかったんだって…

そう思ってたから、こう言うホームドラマみたいな、ちょっと大げさな愛情表現に憧れてたから…」

何も言わずに、恭也はゆっくりと美由希の頬をその無骨な両手で包み込んだ。

「俺の手はホームドラマを気取るには無骨過ぎるな…」

そう苦笑する恭也の両手に、美由希が自分の掌を重ねた。

「そんな事無いよ…。私が夢見た暖かい家庭の話の中で…私の好きな人の手は、いつもこの手だったもん」

恭也はクスッと、美由希ですら滅多に見た事が無いほどに優しく、不器用な仮面に隠されているその心の中を映す様に、優しく穏やかな微笑を浮べると、その桜貝のような唇に口付けをした。

「恭ちゃん…、私の唇にもご飯粒でも付いてたの?」

照れ隠しに恭也を揶揄する美由希に

「馬鹿者…」

と言いながら軽く、でこピンをする恭也。

「あう・・・。痛いよ、恭ちゃん…」

いつもと変わらぬ恭也の口調と行動。

「痛いはずがなかろう。力はほとんど込めていないんだから…」

そう言って振り向いた恭也は一瞬茫然自失に陥った。

「痛かったよ…恭ちゃん。

今までのどんな攻撃よりも、今のでこピンが…。

だって私…幸せ過ぎて…胸が痛いよ…」

そう言って頬をバラ色に染めたまま微笑む美由希が、あまりにも美しかったせいかもしれない。

「美由希…腹が減ったんだが…」

「あ…ごめん、何を食べたい?」

「お前が作ってくれた…野菜炒めを…」

こんな、自ら体中に生肉をつけたまま、ライオンの檻に入っていくような自殺行為を選択してしまったのは…。

「え…?食べてくれるの…?」

<そう思うなら食卓に出さなければ言いのに…。>

「お前(筆者)は黙ってろ!!!」

「恭ちゃん誰に離しかけてるの?」

「気にするな…」

そうこうしている内に、少しづつ『炭』と書いて『野菜炒め』と愛の力で読ませる物体が恭也の口元に近づいてきた。

『ニゲロ、ニゲロ!!ドアヲアケテ〜!!』

と恭也の本能では、生への欲求からか危険を奏でるメロディが頭に鳴り響く。

しかし、それを理性が許さない。

目の前の美由希の幸せそうな顔を見てしまったから…

「パク…」

「美味しい?」

それはこの世の物とは思えない…それこそ筆舌に尽くし難い、物凄い物だった。

『龍の暗殺者が作る毒でも…ここまでは逝かないんじゃあ…?』

恭也から、がまの油並の汗が流れ始める。

『何が凄いって…甘いとか…辛いとか…そう言うんじゃなくて…

痛い…、口が凄く痛い…!!!
味覚のレベルを超えてるぞ…』

恭也の顔色がマリンブルーのような鮮やかな青色に染まっていく。

 

「お…おいし…」

―――――――――――――――――バタッ

 

恭也の精神力を持ってしても、美味しいと言いきる前に事切れてしまった。

「きゃ〜〜〜〜〜〜!!!!!恭ちゃん大丈夫!!!!?

一体、何が悪かったの!!!!!?恭ちゃ〜〜〜〜〜〜ん!!!!!」

<それは美由希さん…あなたの料理でしょ(汗)>

 

「アハハハハハハハ…父さん…待ってよ〜〜〜〜」

「恭ちゃんマジヤバ!!!!!!」

と言う、突っ込みが入っている合間にも恭也は士郎の許に近づいて逝っていた。

 

「何よ…いったい…?」

桃子をはじめ、みんな階下に降りてきた。

「かーさん!!恭ちゃんが恭ちゃんが〜〜!!!」

「キャ〜!救急車呼ばなきゃ!!!!」

 

「美沙斗さんは凄いな〜〜」

「母さんまだ死んでないよ!!!!」

こんな時まで的確な突っ込みをいれつつ美由希は慌てて救急車を呼んだ。

 

 

今夜の恭也の部屋で行われる予定だった

特別鍛錬

――――――――――――――――――――――――――――――――当然中止

 


後書き

 

はい、また過去作品の修正再録です。
新作期待してる人ごめんなさい。
やっと、ホームページビルダー直ったんで何か更新したかったんです。
一応、これ、前後編です。
以前読んだことある人、ごめんね〜。