カラ―――ン
ドアベルが涼しげな音を立てて、翠屋に客の訪れを知らせる。
そう、何気ない日常の中の良くある一コマのはずだった…
これが恭也の運命を定めるベルの音になるとは誰も思わなかった
少なくとも鳴らした本人以外は・・・
小悪魔な微笑み
「いらっしゃいませ」
「やあ、恭也。相変らず元気そうだね」
注文を取りに行った恭也に、リスティは笑顔を向けた。
この目の前の銀髪の美女、恭也が世話になっているフィリス先生の姉であるリスティ槙原と恭也が知り合ったのは、フィアッセのコンサートの時だった。
コンサート警備のリーダーをしていたリスティに、フィアッセを美沙斗さんから護る為に特別に警備に加えてもらったりと、世話になったのが縁だった。
「ご注文は?リスティさん」
恭也のその言葉に、リスティは少し考えるような顔をした
「今日はシュークリーム、それと…」
悪戯をする子供のような顔でニヤリと微笑んで
「恭也もセットでテイクアウト♪」
回りの客が驚いたような表情で恭也達を見ている。
視線を感じて、恭也もまた顔に少し血が昇る。
「…リスティさん、その言い方はやめてくださいって言ってるじゃないですか」
呆れたような、仏頂面で恭也が文句を言うも、リスティはどこふく風、
「ゴメンゴメン」
と笑いながら、手をヒラヒラさせているが、全く反省していないのは鈍い恭也でもさすがにわかる。
更に恭也が文句を言おうとした所に奥から桃子が出てきた。
「あら、リスティさん、いらっしゃい」
「あ、こんにちは店長」
恭也に見せた、悪戯っぽい表情から一転、人懐っこい顔で微笑む。
そんな表情をすると、途端に実年齢よりも幼い可愛い顔になるのだった。
桃子もそれに負けないくらいの笑顔で、リスティと会話をしていた。
「今日は何にします?」
「息子さんをテイクアウトで♪」
桃子相手でも即座に同じギャグを言うリスティだった。
もちろん顔はまたも、何かを企んだような表情だ。
クルクルと表情が変わる。
桃子もまた愉快そうに微笑むと
「ありがとうございま〜す♪」
と、にっこり笑って返事をした。
『おいおい、かーさん…』
恭也が、溜息を付いていると桃子がいきなりリボンを恭也に結び付けようとしている。
「……何をしてるんだ?かーさん」
「プレゼント用にうちの裏メニュー『激鈍息子お持ち帰りスペシャル』にラッピングしようと思って…」
『裏メニュ―ってなんですか?』
恭也が虚ろな目で桃子を見ている間、リスティは笑い転げでいた。
とにかく、何がなんだかわからない間に、リスティにお持ち帰りされてしまったらしい恭也が、リスティと海鳴公園を歩いていた。
「恭也〜、女性とデートする時は相手に歩幅を合わせるもんだよ」
「すいません、どうもこういう事は慣れていなくて…」
止まって、リスティのほうを振り向いた。
「本当に?恭也は亭主関白な人で、女は男の三歩後ろを歩いてろって、考えてるのかと思ったよ」
笑いを噛み殺したような表情で、リスティが恭也の横に並ぶ。
「封建時代じゃあるまいし・・・。
リスティさんは俺を一体何時代の人間だと思ってるんですか?」
「え?時代遅れの侍ボーイかな」
人が悪そうな顔で、ニヤリと笑いながら言い放った。
かと思ったら、苦笑する恭也の顔を覗きこむ様に見上げてくる。
僅か数センチで触れ合いそうなほどの至近距離にあるリスティの顔は、とても綺麗だった。
ドクンドクン
恭也の鼓動が高鳴っている。
吐く息がかかる位置までリスティの顔は近づいて来ていた。
恭也もまた魅入られたようにその瞳を覗きこむ。
「…綺麗な瞳の色だな…」
思った事を口にしただけ。
朴念仁の恭也が考えて、サラッとそんなセリフをいえるはずはない。
そして、言ってすぐに自分のセリフの恥ずかしさに顔を朱に赤らめた。
恭也は当然リスティが爆笑すると思った。
どう考えても自分には似合わないセリフだったのだから。
しかしリスティの反応は予期せぬものだった。
一瞬きょとんとした表情をした。
無防備な表情は、恭也の胸を更に高鳴らした。
そして今度はクリクリッと目が動き、不思議そうな顔をしたと思ったら、急に真っ赤になって眼を逸らした。
綺麗でクールな印象から一転、華も恥らう少女のような仕草だった。
そして、リスティと恭也の鼻先が触れ合う。
どちらからともなく目を瞑り、そして………唇に濡れた感触がした。
スッと、唇が離れた。
恭也の鼻腔を淡い花のような薫りが擽る。
リスティのつけていた香水の移り香だった。
淡い匂いと暖かい気持。
何だか照れくさいような、踊り出したくなるくらい嬉しいような複雑な気持ちがした。
しばし見つめ合い、お互いに何も言わずに近くのベンチまで歩き出す。
そしてベンチに腰掛けて恭也がリスティに向き直り訊ねた。
「今日はどうしたんです?コレじゃあ本当にただのデートみたいですけど…」
恭也は不思議そうだった。
実は、フィアッセのコンサートで知り合ってからリスティは何度か恭也に仕事を持ちかけていた。
その時に、いつも翠屋まで行って、「注文は?」と聞かれたら「恭也」と答えていたのだ。
だから、今回も仕事だと思っていた恭也だったが、どうも今回は様子が違うことにやっと気がついたのだった。
「私とのデートは・・・不服かな?」
リスティが寂しそうな顔をした。
「いえいえ!!そんな事は無いです。
ただ、不思議だっただけです」
今度は、いつもの理知的な顔で
「恭也は、最近良くがんばってくれてたからね。
ご褒美にお姉さんがデートしてあげようと思っただけさ」
と言って、ニコリと笑い煙草に火をつけた。
「…ご褒美…ですか?」
恭也が、がっかりしたような顔をした。
そんな恭也の表情に気が付かないそぶりのリスティ。
「恭也、私、タコヤキが食べたいな〜、買って来て。
もちろん恭也の奢りでね〜」
『何でご褒美なのに俺の奢りなんだ?』
そう思い、苦笑しながらも恭也は自分の分のタイヤキとリスティのタコヤキを買って、戻って来た。
「恭也、一口ちょうだい」
そう言って、パクッと恭也のタイヤキを一口頬張る。
「おいし〜。んじゃ、お礼にタコヤキ一個あげるか。はい、あ〜〜んして…」
そういって、恭也の口にタコヤキを放りこむ。
チラリと恭也が盗み見たリスティは憎めない笑顔でタコヤキを食べていた。
『リスティさんの意図は、何だか良くわからないけど、楽しかったから良いか…』
恭也がそう思い自然に笑みを浮べた。
「楽しかったかい?恭也。僕とのデートは」
まるで恭也の心を見透かしたように聞いてきた。
「…はい」
素直に頷く恭也に、満足そうな笑顔でリスティも頷いた。
「恭也が二つだけ約束してくれたら、またそのうちデートしてあげるよ」
「なんです?」
「簡単だよ、一つは歩く時は僕の歩幅に合わせる事。
「はい、それでもう一つは?
僅かにリスティが恭也から視線を外す。
気のせいか、僅かに掌が奮えているようにも見える。
「もう一つはさ、……絶対に浮気しない事」
恭也は一瞬きょとんとした。
恭也がリスティの顔を見ると、照れた様に視線を逸らしていた。
『リスティさん、仕事にかこつけて本当に俺なんかとデートしたがってくれてたのか…』
それをご褒美と言ってみたりするのは、リスティのちょっとした照れ隠しだった。
クルクルと変わる表情と、なかなか素直に思いを表現しない小悪魔のようなリスティが、恭也には堪らなくかわいく思えた。
「ええ、浮気はしませんよ、貴女だけです。第一俺はそんなに女性にもてる人間じゃないし…」
リスティはビックリして恭也の顔をまじまじと見つめた。
『本当に自分が周囲の女の子にとって、どんな存在か気が付いてないんだな』
そして、リスティはまた人の悪そうな表情で頷いて恭也に持たれかかった。
「そうだね!君を好きになる物好きはきっと私だけかもね!!」
『気が付かないならそのほうが良いかな。
そうすればきっと恭也は私だけのものだから…』
そんな事を考えている当たり、やっぱり恭也はこのかわいい小悪魔の掌で踊らされているのかもしれない・・・
「どこかに遊びに行こうか、恭也」
すっと、リスティが立ち上がる
「はい」
恭也もリスティに並んで歩き始めた。
今度はリスティの歩幅にきちんと恭也が合わせる。
律儀で素直な恭也の行動にリスティはクスッと微笑むと、恭也の腕に自分の腕を絡めた。
恭也の腕に、リスティの豊かな胸の感触が伝わる。
ドギマギして、動揺している恭也の反応を見て、リスティはギュッと更に腕に胸を押し付ける様にして、恭也によりかかった。
恭也の腕は、鍛えられて硬い確かな感触だった。
硬い感触は、確かに今自分の横に好きな男性がいてくれる幸せをリスティに教えてくれていた。
世界は誰にも優しく無い・・・
それは承知しているけれど・・・
横にいる男の温もりだけは、優しい物だと信じたかった
だって、恭也の腕の温もりは、かつての自分(LC‐20)を、いまの自分にしてくれた、さざなみ寮を思い出させたから……
翠屋裏メニュー『激鈍息子お持ち帰りスペシャル』
銀髪の小悪魔に貸し出し中
しかも、返品予定はまるで無し♪