――――――――――――――ヒラリヒラリ・・・・・・
さくらの花が風に舞っている…
――――――――――――――フワリフワリ・・・・・・
さくらの髪が風に舞っている…
「……綺麗だ…」
色褪せない桜の記憶
恭也の口から感嘆の言葉が漏れる…
その声は、独白も同然で、誰にも聞こえない――――――はずだった…。
「本当に綺麗ね…さくら」
忍も恭也の言葉に同調した。
その言葉を聞いて恭也は思わず赤面した。
風と花びらの中で、一人舞っているさくらをずっと見ていたから…
「忍…俺が綺麗だと言ったのは桜だぞ!!」
恭也がまい散る花びらを強調した。
「・・・は?」
忍のキョトンとした目で恭也は気がついた。
自分の言葉がやぶ蛇であった事を…。
一瞬の沈黙…
恭也は顔を更に赤らめ、忍は面白そうに微笑んだ。
「なんだ…恭也、やっぱりさくらが好きだったのね…」
忍のストレートな言いぐさに、恭也は口にしていた酒を思わず噴出した…。
「な…何を…言ってるんだ…」
「嫌いなの…?」
忍の瞳は、悪戯好きの小学生のような子悪魔じみた物であった。
「そ・・そんな訳が…無いだろう、いや…無論嫌いでは無いが…」
「そうなんだ?」
笑いを噛み殺した顔で忍は微笑み、そして手にしていたワインをクーっと飲み干した。
「私は…好きだけどな…」
相変らずさくらは、舞っていた…。
くるりとターンしたひょうしに、スカートの裾がフワリと揺れて恭也は少しドギマギして…
そして、忍の目を気にして、慌てて平静を装う。
一方の忍にして見れば、一生懸命隠しているつもりの恭也の不器用さがかわいくてしかたが無い。
『全部、バレバレなのに…ね』
「私は好きだよ…さくら…」
忍は、もう一度呟いた…
「だって日本人の心だもんね…」
「桜の事か…」
「さくらだと思った…?」
忍にからかわれている事を知って恭也は顔を赤く染めて、照れ隠しに一気にワインを飲み干した。
「あら…、恭也君。少しは飲めるようになったのね…」
さくらは、白い肌に透明の汗を煌かせて戻って来た。
「それは、貴女方と1年も付き合って居れば…ね…」
――――――――――――そう1年が経ったのだ…
1年前に偶然忍との交流が始まり…
共に花見をした。
そして1年後の…今…
その忍と、もう一人と共に花見をしている自分が居る。
あの時に忍と出会わなければ…
今、こうして目の前の女性とお酒を飲む事も無かった…
―――――――――――稀堂さくら―――――――――――――
忍の伯母であり…
忍の理解者であり…
今では高町家の者の友人でもあり…
そして…恭也にとっては…
「どうかした?恭也君…」
満開なさくらを眺め、微動だにしない恭也を心配したのか、さくらはヒョコッと恭也の視界に飛びこんできた。
「うあわ・・・」
ちょうどさくらの事を考えている時に、突然視界に飛びこんできたさくらに驚く恭也。
そんな恭也に不思議そうな顔を向けるさくら。
そして、二人を楽しそうな顔で眺めつつすでにダース単位でワインの瓶を空けている忍であった。
「うあわ…って…」
クスクス微笑みながらさくらが恭也のコップにお酌をしてくれる。
ワインのせいだろうか…
それとも踊っていたせいだろうか…
さくらの白い頬に僅かに朱が注して、まさにさくら色に染まっていた。
「考え事をしていたもので…」
うっすらと汗で輝く、その白い肌にドギマギしながら応える恭也…。
「何を考えていたの?」
今度は自分のグラスにワインを注ぐさくら。
「いや…桜…綺麗だな、と…」
恭也が桜の花の事を言っているのはわかってる。
恭也が自分の事を「さくら」と言わない事も良く理解している…
でも・・・それでも・・・
――――――――――――――さくらは頬が熱くなる事を止められなかった…
恐らくさくら色を通り越して、今自分のグラスを満たす液体と同じく、真紅に染まった顔を隠すためにさくらは杯をあおった。
忍はそんなやり取りを見ながら
「さくらたっら、照れてる…恭也に綺麗だって言われて…」
と、助け舟なのか冷やかしなのか判断がつきにくい言葉を投げかける。
「もう・・・忍・・・」
さくらが、プイッとそっぽを向く。
恐らく照れ隠しにワインを立て続けにあおったからだろう…。
さくらがそんな子供っぽい言動をしたのは…
恭也はその仕草に、滅多に見せない極上の笑みを自然に浮べていた。
「もう、恭也君まで笑わなくても…」
と、恭也の笑みに多少ドギマギしながらもさくらがいじけた振りをする…。
その仕草は…いつもの美しいさくらでは無くて…かわいいものだったから…
ワインで酔っていたから…
そして――――――――――――――――――――何よりもさくらに酔っていたから…
「綺麗だ…さくら…」
およそ恭也らしくない言葉が、さくらの耳に囁かれた。
言った方も…言われた方も…ただただ真っ赤になっていた。
そして、忍も真っ赤になっていた…。
ただし、忍の回りにはもはやダース単位で計算しても十指に余る酒瓶が転がっていたのだが…
数瞬の沈黙の後に…
柔らかな風が吹き…
さくらの髪を風に舞わせる…
恭也の鼻に馨るシャンプーと、かすかに香水が馨り何故か照れくさくさせる…。
「良い馨りでしょう?…さくら」
忍が恭也に声をかける。
「ああ…」
さくらは頬を染め、忍は楽しそうに笑い声を上げた。
「恭也…桜の花に馨りは無いの…。
馨ってくるのはね、横のさくらだけよ…」
その事に気がついて恭也もまたも赤くなる。
「もう忍!!!あんまり恭也君をからかうんじゃありません!!!」
『さくらも一緒にからかってるんだけどね…』
そう思ったが口には出さない忍であった。
「さくらさんもやっぱり忍と同じく「夜の一族」なんですよね…?」
忍にせがまれ、指の先から忍に血を提供しながら恭也は訊ねた。
「うん…でもね、私は忍とはちょっと違うの…」
「…?どういう事ですか…。あ、でも無理に訊ねませんから…」
さくらや、忍が人とは少し違う事…
その秘密は彼女達にとって命に匹敵するほどに大切なのだろう事を恭也は察していたから…
自分から訊ねる事では無いのだろう…
いつの日かきっと教えてくれるから…
忍が、そっと教えてくれた様に…
さくら自身の口から語ってくれる日が来るだろうから…
恭也自身を、さくらが話すに足る人物だと認めてくれるその日まで…
きっと訊ねる事では無いのだろうから…
そう思い、恭也は自分の軽率さを恥じた。
きっと飲み過ぎてしまったのだろう…
さくらと交わす杯が楽しすぎて…
「恭也君…」
さくらの瞳はいつかと同じ…
あの、初めて会ったときと同じように、刺すような瞳がむけられて、不意にそれが緩んだ。
「耳を貸して…」
そう言いながらさくらの顔が恭也の傍までやってくる。
「あのね…」
僅かに漂うさくらの体臭が甘酸っぱくて…
「私は…」
さくらの顔がすぐ傍まである事実が照れくさくて…
「人狼とのハーフなの…」
恭也にとっては、さくらが何者であるかなどさして意味を持たなかった。
ただ、耳にかかるアルコールに濡れた艶っぽく熱い吐息だけが全てだった。
なぜなら、恭也はすでに彼女に絡め取られていたのだから…
例え何者でも…それを受け入れるだけなのだから…
だから…耳にかかる吐息だけが意識を支配していた…
一方の語った方は語られた方の何倍も緊張していた…。
全てを伝えた事が早くも悔やまれる…
『もし恭也君に拒絶されたとしたら…』
そうなったらすでに彼女は生きていけないかもしれないのだから…
思わず教えてしまったのは…
酔っていたからかもしれなかった。
恭也と交わす杯は、いつもの杯以上に美味しかったから飲みすぎて…
そして、杯以上に酔ってしまったのかもしれない…
高町恭也と言う人間の雰囲気に…
だから…思わず…伝えてしまった、彼女の「秘密」を…
忍も息を飲んでそんな二人を見守っていた。
忍もさくらの気持ちが手に取るようにわかるから…
言わずにはいられなかった気持ちも…
言ってしまった事への悔恨も…
哀しいほどにわかるから…
彼女達「夜の一族」にとって『秘密の共有』。
それは永遠への誓いだから…
二人は、真摯な瞳で恭也を見つめた。
しかし、恭也は未だにポーっとしていた。
その沈黙をさくらはこう解釈した。
「突然そんな事言われても理解できないわよね…?」
実際の恭也は、さくらの声は耳に入っていたが、全く聞こえてはいなかっただけなのだが…
さくらは、髪を自らの手で梳いた。
さくらの髪から流れるシャンプーの馨りが恭也の鼻腔を刺激した。
―――――――――――――――――――――――――――――――そして
ピコピコ…
「?」
さくらの髪の上で、何かがピコピコ動いている。
「・・・・・・?」
恭也がじっとそれを眺めて見る…。
『……犬かなんかのみ耳たいだな…』
そんな恭也の次の言葉を覚悟してさくらは固唾を飲んで審判の時を待っていた。
――――――永遠か
―――――――――忘却か
最後の審判の時は刻一刻と近づいている…。
「か・・・」
不意に恭也が何かを口にし様とする。
耳を塞ぎたくなるのをじっと堪えて、その言葉に耳を傾ける。
「かわいいですね…これ…」
「えっ!!!?」
さくらが顔を上げて見つめた恭也は微笑んでいた。
「触っても良いですか…」
呆然とするさくらの返事を待たずにソーっと耳に触れる。
「ふわふわだ…」
そう言いながら僅かにさくらの髪を恭也の無骨な指に絡ませている。
「…リ……と」
さくらが震える声で何かを呟いた。
「あ…すいません、触ってはまずかったですか…?」
さくらは恭也が慌てて離そうとした手を掴み自分の頬に導く。
その時のさくらは、恭也には生涯忘れられない物になった…。
「ありがとう…恭也君」
微笑むその顔に、涙が流れていた。
泣いているさくらを、やや不器用な抱擁で慰める恭也。
そんな二人を柔らかく見つめる忍。
いつの間にか日は沈みあたりは静寂に包まれていた。
「さくらさん…」
静寂を破った恭也の声が、あたりに響く。
「何…?」
「あの…尻尾も見てみたいんですけど…」
「「は・・・?」」
思わず、忍とさくらの目が点になった。
「え〜〜…あの…」
顔が心なしか赤くなっている桜を不思議そうに恭也は見ていた。
「恭也…尻尾って何処にあるか知ってる?」
忍が苦笑している。
「…何言ってるんだ、月村?そんなの決まって……あっ!!!」
恭也もようやく気がついたようだった。
「違いますさくらさん!!!そんな他意が有ったわけじゃなくて…
ただ耳がかわいかったから尻尾もかわいいんだろうな〜って…」
しどろもどろになって一生懸命言い訳する恭也に、さくらが微笑を噛み殺す様にしながら無理に冷たい目をしていった。
「恭也君の……H…」
「ああ〜〜!!!!!違うんですってば〜〜〜!!!!
さくらさ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!!!!!」
ツーンと恭也から顔を隠す様にそっぽを向いて歩いていくさくら。
「……本当にそんなつもりじゃなかったんです。信じてくださいよ〜」
一生懸命、誤解を解こうとする恭也からその顔は見えない。
人と違う事を…ずっと気にしてきた…
それの象徴である耳を…
事も無げにかわいいと言ってくれた事が嬉しかった…
受け入れてくれた事が嬉しかった…
だから…さくらは、笑っていたのだ…。
「恭也君!!」
突然さくらが恭也の腕を取った。
「いつか…きっと見せてあげるからね…尻尾」
思わず恭也が赤面する。
「尻尾を見せてくれるって事は…」
クス・・・
「でも…責任は取ってね!!!!」
やや遅れて、首を縦に振る恭也の姿がそこに在った。
――――――――――数ヶ月後
サクサクサクサク…
恭也の櫛がさくらの尻尾を梳いていく。
「さくらさんの尻尾は…極上だ…」
その手触り、抱き心地、どれをとっても最高に気持ちが良い。
そして尻尾の根元にチラリと目をやる。
白桃のような双丘と、コントラストをなす黒いレースの下着が扇情的だ。
何度見ても、顔に血が昇るのがわかる…。
『落ち着け、恭也…。平常心だ…』
そう言い聞かせても、目はどうしてもそこに吸い寄せられる。
それは、初めて尻尾を見せてもらった夜から変わらなかった。
「はい、終わり〜!!」
「ありがとう、Hな恭也君」
そういってさくらはにっこりと微笑む。
「もう、Hって言わないで下さいよ…」
恭也が苦笑して見せた。
「あら…、尻尾を梳かしながら違うところを見てるくせに…」
「さくらさん、お手」
恭也が誤魔化す様に右手をさくらの前に差し出す。
「わん!!」
さくらがふざけて、恭也の右手に手を載せる。
「おかわり」
「わん!!」
「お尻尾」
「わん!!」
ファァサ…
さくらの柔らかい尻尾が掌に載せられる。
尻尾を載せたために、背中越しに恭也を見るような形になっている。
そんな、さくらの様子がまた破壊的にかわいかった。
「良い子良い子」
恭也が頭を撫でるとさくらが幸せそうに微笑んで…
「ご褒美もらおっかな…」
不意打ちの様に恭也の唇を奪った。
「さ…さくら…さん…」
狼狽する恭也を尻目に今度は恭也の首筋に唇を滑らして…………
ペロリと舐めた。
「わっ!!!」
恭也の驚きの声を気にもかけずにさくらは微笑んでいた。
カプリ…チューチュー
「ご褒美ご報美…」
そう言いながら、喉をこくんこくんと鳴らして微笑むさくらを見ながら恭也は呟いた。
「庭の桜が葉桜の季節に変わっても…
俺の桜は相変らず花が咲いてるな…」
「え?」
「何でも無いよ…」
その言葉を聞いてさくらはまた微笑みながら、恭也の傷跡を舐めてくれた。
『俺のさくらには笑顔と言う花が咲き誇ってるよ…』
そして、恭也もまた微笑んだ……
FIN
補足です
恭也は忍とは血の誓いをしています、だから夜の一族の事を知っていたのですね。
でも、忍と付合ってはいません。
『友人として永久(とわ)に共に在る事』を誓っています。
感想よろしく〜