空は何処までも澄み渡り、青い空と赤く染まった木々とのコントラストが窓の外に広がっている。

「ほーんと、好い天気」

今日は日曜日、時間はあと小一時間で正午になろうという時間。
普通の家なら「日曜といえどもいつまでも寝てるなんて・・・」なんて言われかねないけれど、今日に限って言えばそれはない。

「お嬢様、お出かけになるならお車のご用意をいたしますが・・・」

ほら、こんなに気が利くメイドさんこと、ノエルだけが彼女、月村忍と一緒にこの屋敷で暮らす人間だから。

「今日は車はいらないかな。
ほら、外は何だか好い天気だし、日差しも暖かいし、せっかくだからあれで恭也の家まで行く事にするよ」




私をあ・げ・る
―present is me.―


「う〜ん!気持ちいい!」

冬晴れの街中を、風を切って走る。
昨日遅くまでかかって直したギアも快調で、砂利道坂道ドンと来い!

快調に飛ばし、目的地である高町家に到着、玄関脇に自転車を止め自分が乗ってきた自転車を眺める。
彼の好みの黒に近いブルーメタリックな車体が、穂の光を受けて輝いていた。

「さすがにちょっと暑いかな・・・」

眩しそうに車体を眺め、改心の出来に眼を細める。
ギアもサスペンションも調子が良くて、ついついスピードを上げて漕いで来たため、僅かに息が上がっていてうっすらと汗も掻いていた。
その熱を冷ますように、少し秋風に身を任せる。

「しかし、恭也はさすがだよね。
二人乗りで、今日の私と同じくらいの速度で走って、息一つ上がらないんだもんな」

そう、これは彼女の自転車ではなく、彼女の恋人・・・ではないけど、友達以上の男の子、高町恭也の自転車で、
いつも送り迎えしてもらっている、彼の自転車が調子が悪いというので、機械弄りが好きな忍が彼から預かっていたのだった。

「ついでに、私のすわり心地も座り心地も改善させてもらったし」

その言葉通り、マウンテンバイクには似つかわしくない、豪華な後部座席は、実に柔らかそうで座り心地も抜群そうだ。

「あれ、忍さん?」

「ほんとだ、忍さんこんにちは。
恭ちゃんなら、多分道場の方に居ますよ」

「晶と美由希ちゃん、お揃いでお出掛ってことは、今日もこれから明心館に出稽古なの?」

「いいえ、今日は館長の紹介で神武館の館長さんの所に出稽古に行くんです」

「神武館、って有名だよね。私でも名前知ってるし」

「はい、規模もルールもウチとタメ張るくらい有名な流派ですよ」

「それと、館長さんの化物具合とかも・・・みたいです」

「ですねー。館長が『あそこの館長の徹心とは、未だに決着がついてない』なんて、言ってましたからね」

たははー、と苦笑している晶と美由希ちゃんを見るに、怖さ半分楽しみ半分という感じらしい。

とりあえず二人を見送り、チャイムも押さずに勝手に庭に出る。
勝手知ったる何とやらじゃないけれど、高校の3年から入り浸る私は、もう家族同然の扱いだったりするわけで。
もっとも、さっきの晶もこの家の子ではないけれど、部屋まで持ってるあたり、この家の方が特殊なのかもしれないけど。

「今日もあそこか、ホント好きよね、恭也も」

特殊といえば、ここ高町家にはなんと小さいながらも道場があったりする。
この道場で、恭也は美由希ちゃんと打ち合ったり、晶たちと模擬戦をしたりしている事もあるんだけど、
今日は二人は先程出稽古に出てしまったし、レンちゃんは遊びに行ってる筈なので、恭也一人のはずだ。

「大方、黙々と筋トレでもしてるのかな」

「・・・457、458、459・・・」

「あー、忍さん、こんにちわー」

黙々と数を数える恭也と、その頭上で笑顔で手を振ってくれる少女。

「なのはちゃん、こんにちわー。
恭也のお手伝いしてるんだ、えらいね」

私の予想は半分あたりで、半分はずれ。
黙々と筋トレしてるのは当ったけど、妹のなのはちゃんと一緒だった。

「今日はどうしたんですか?」

「・・・472、473、474、475・・・」

「んー、暇だったし、良い天気だから遊びに来たんだ」

「・・・483、484、485、486・・・」

「『小春日和』って言うんですよね?」

「そうだよ、なのはちゃん良く知ってるねー」

「えへへ、学校で習ったんです」

「・・・497、498、499、500」

ふぅーと一際大きく息を吐き、ストンとなのはちゃんを背中からおろす。
その一度の深呼吸で呼吸が整うのだから、恭也の体力には、夜の一族の私ですら感心させられてしまう。

「妹よ、協力ありがとう」

相変わらずの仏頂面に、ほんの僅かに口端に笑みを浮かべ、妹の頭を撫で、謝意を伝える。

「はにゃ〜〜〜〜」

「だ、大丈夫?」

ふらふらとするなのはちゃんを慌てて支える恭也と私。

「眼が回っちゃったみたい〜」

それはそうだろう。
平地で話してる私だって、上下に揺れながら話すなのはちゃんと話してて、少し眼が回ったんだ。
あれだけハイペースで、恭也に上に下にと揺らされ続けたなのちゃんは、世界がグルグル回っているに違いない。

「お兄ちゃん、ごめんね。
なのは、少しお休みしてくる」

「なのは、ありがとう、すまなかったな」

なのはちゃんの頭をもう一度、今度は済まなそうな顔で撫でる恭也。
なんだかんだ言って、恭也ってばなのはちゃんにベタ甘なんだから。

「続きは忍さんに手伝ってもらって」

擽ったそうな、嬉しそうな顔で、私に手を振りながら、道場から出て行ったなのはちゃんに、バイバイと返した後、「ん?」と唸る。
手伝いって、恭也の修行の?
なのはちゃんの代わりって、彼女は今何をしてたっけ?

・・・・・・・・・・・・・・・確か、恭也に・・・・・・肩車、されてなかった

「忍」

「は、はい」

変な妄想に浸ってた思考は、急な恭也の声に、変な返事を返してしまう。

「いや、何か今日約束してたか?」

「う、ううん、暇だったから遊びに来ただけ、だから修行の邪魔なら・・・」

「じゃあ、なのはの変わりに少し協力してもらっても良いか?」

邪魔なら帰る、その言葉よりも早く、恭也がなんだかとんでもない事を言い出したみたい。
なんで「みたい」なんて他人事なのかって言うと、頭が完全にフリーズしてしまってるから。

だってだって、私今日スカートだよ。
しかも、けっこう短めの。
こんな格好で、さっきのなのはちゃんの代わりに肩車をするって事は・・・、その・・・。

「忍、駄目か?」

「え、その、駄目っていうか・・・。
駄目って事は無いけど恥ずかしい、というか、恭也なら良いかななんて私も思ってるけど。
ううん、むしろ、恭也以外は嫌なんだけど。
ただ、随分急だなとか思ったりして・・・」

「忍?」

「いつかは、この恋人未満友達以上の関係から脱却したいって思ってたけど。
こんな突然、しかも恭也から誘ってくるって言うのは意外だったって言うか・・・」

「おーーーい」

「それに、道場で、何て・・・。
私初めてだし、出来れば最初はお布団の方が・・・。
それに、出来ればシャワーも浴びてきたいし」

「忍!!」

「ひゃい!」

「駄目か?」

恭也の真剣な眼差しに、コクンと思わず頷きを返してしまった。
理性は、たくさんの良い訳を探してたって言うのに、無意識に頷きを返した自分に赤面をする。
本能は、月村忍の心の一番正直な部分は、高町恭也を友人ではなく、異性として深く求めていたのだろう。

・・・そんな事は
理性(わたし)も、知っていたけれど。

「じゃあ、俺の上に乗ってくれ」

「え!?」

「どうした?」

不思議そうな恭也の顔をじっと見つめてしまう。
いきなり、その、上に乗れって・・・それって、だって、その・・・。

「今日のトレーニングが、あと腕立て伏せ1000本残ってるんだ」

「え!!!?」

「バーベルなどの機器よりも、人間などを乗せた方がナチュラルな筋肉がつくからな。
いつも、なのはに手伝ってもらっているんだが、悪いな忍」

「ああ、そうよね、うん、トレーニングの手伝いって話だったよね」

「?」

不思議そうに首を傾げる恭也に、あはは、と苦笑を返してしまう。
いや、わかっていたんだけど、ミニスカートの自分を恭也が肩車だと、その何となく・・・ね。

「でも、私重たいかもよ・・・」

「それは、なのはに較べれば重たいだろうけど、そんなの当然だろう」

「や、そういう意味ではなく、世間一般の平均よりも、もしかしたら・・・」

「なんだかわからないけれど、構わない。
そもそも、忍を守るためのトレーニングなのに、忍だと重くてイメージ通り動けませんってのじゃ、話にならないだろ」

「え?」

「その、美由希はもうほとんど俺の手を離れた。
それで、改めて考えたんだ、俺はこれから何のために剣を振るうのかって」

「恭也、話が見えないんだけど」

「その時にな、何故か頭に浮かんだんだ」

一呼吸置いて、私から眼を逸らし、恭也にしては珍しい真っ赤な顔で、もう一度私に真直ぐ眼を向けた。

「忍を守りたいって」

「恭也、それって・・・」

「ただ、今はまだ美由希を鍛えなきゃいけない。
それは、あくまで美由希が免許皆伝して、俺から完全に離れた時の話なんだが・・・」

「うん・・・」

それでも、嬉しかった。
今まで不確かだった物が、少し、少なくとも輪郭くらいは見えてきたから。

私は恭也が好きだった。
秘密を共有した時から、恭也と永遠を歩みたかった。

でも、恋人でも、友人でも・・・
と言ったのは私。

だから、彼に、私の恋人になってくれるよう、求める事は出来ない。
だから、理性が本能を抑え、今の関係でも満足だって言い聞かせてた。

だけど、彼の方から望んでくれるのならば。

「だから、トレーニングに付き合ってくれないか。
いざという時、忍を守れるように」




「ねえ、恭也?」

「ん?」

自分の下で、仕切に腕立て伏せを続ける恭也に話しかける。

「いつも、なのはちゃんに付き合ってもらってるの?」

「まあ、なのはが居る時はな」

人一人乗せて腕立て伏せをして、既に300回を経過。
それでいて話しかけられて、それに答えながらも全くペースが下がらないのだから、恭也は本当に凄いと思う。

「なのはちゃんが居ない時は?」

「ん、それは晶かレンか、美由希あたりに手伝ってもらってるけど」

「・・・ふーーーん」

なんだか面白くない。

「恭也、なのはちゃん以外に手伝ってもらうの一週間禁止」

あんまり面白くなくて、その日からしばらく研究室に籠もって開発にいそしんでしまった。









「あれ?晶と美由希ちゃん」

「忍さん、おひさしぶりですね」

ちょうど一週間ぶりに高町家を尋ねてみると、また晶と美由希ちゃんと鉢合わせた。

「今日も出稽古?」

「はい、この間と同じ神武館に」

「そうなんだ。
で、手応えはどう?」

「はい、あそこの女子部はレベルが高くて面白いです。
館長代理も女性だし、学ぶべきところがたくさんあるんです」

「確かに舞子さんも良い人だし、館長代理も面白い人だもんね」

クスクスと笑みを返す美由希ちゃんも、なかなかこの出稽古を楽しんでるのがわかる。

「美由希ちゃんも女子部の方と練習してるの?」

「いえ、その・・・」

「ウチの館長が、どんな紹介状を書いたのか、美由希ちゃんは、神武館四天王の一人といきなり立会いをさせられまして・・・」

「後で館長代理に紹介状見させてもらいましたけど、『これはもう完全に果たし状ね』なんて、言われる凄まじい内容でした」

晶と美由希ちゃんは顔を見合わせて苦笑している。

「で、強いの?その人たち」

恭也は美由希ちゃんが巣立って行く日を、そう遠い日だと思っていないのはわかったけれど、
一体今の彼女はどのくらい強いのだろうと、ふと思ってしまった。

「強いです。
特に、これから闘う陣雷さんという人は、物凄く強かったです」

「陣雷さんは、四天王のbQですからね。
一昨年から、大会3連覇中ですし」



二人と別れ、道場へ向かう。
今日も今日とて、恭也はなのはちゃんを乗せて、トレーニング中だった。

「やっほー、二人とも」

「忍さん、こんにちわ」

「やっほーじゃない、忍。
ここ一週間、大学も休んでずっと引きこもってたけど、何をやってたんだ?」

「んー、実はこれを恭也に開発しててさ」

「じゃーーーーん!こちらです、恭也様」

何やら大きな箱を持って、ノエルが道場に入ってくる。

「ノエルさん、そんな無表情にじゃーんとか、言われても・・・」

「すいません、なのは様」

「で、これは何なんだ、忍?」

そのやり取りに苦笑しながらも、恭也が取り繕うように疑問の声をあげた。

「恭也にプレゼントフォーユー!
さ、開けて開けて!」

妙にハイテンションの忍に、不安そうな顔を押し隠し、ゆっくりとプレゼントのリボンを解く。

「じゃーーーん!!」

と、言いながら中から、忍が出てきた。
しかも、無表情。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「じゃ、なのは、次はスクワットだ」

「お、お兄ちゃん、いいの?」

良いの、とは、勿論忍と箱の中の忍を無視して、と言う事だろう。

「なのはは気にしなくて良いんだ」

そう言って、トレーニングを再会しようとする恭也。

「いいわけないでしょーー!!」

無論、そうは問屋が卸さないが。

「無視しないでよ、せっかく恭也のために作ってきたのに」

「そうか、ありがとう、で、ノエルさん持って帰ってくれ」

「はい、高町様」

「ちょっと恭也!!
ノエルもハイ、じゃないでしょ」

「・・・これをどうしろっていうんだ?」

箱から飛び出し、じゃーん!のポーズのまま固まって動かない、箱の中の忍人形を冷ややかに見ながらの恭也の問いに、
忍は自信ありげに発育の良い胸を張って笑った。

「見た目はただの可愛い忍ちゃん人形だけどね、実際はかなり凄いのよこれ。
騙されたと思って、背負ってみて」

試してみないと話が進まないと思ったのか、恭也は黙って人形を背負おうと手を伸ばした。

「む・・・」

思ったよりも重量があり、柔らかく、肌も暖かい。

「背負ったらスクワットでもしてみて」

忍の言葉に合わせてスクワットをしてみる。

「もしかして・・・」

「ちょっと、激しくスクワットしてみて」

言われたとおりにしてみると、背中の人形もバランスを取るように自然に重心を移動する。

「月村、これ・・・」

「そう、自分のデータを徹底的に取り、ノエルの協力も得て、トレーニング等の動きにあわせて
人間がする行動を自動で再現してくれるってわけ」

「忍さん、凄い!!」

「これで、なのはちゃんが眼を回す事もないし、恭也も深夜でも、留守番時でも、好きな時にトレーニングできるでしょ?」

「そうか、ノエルさんの技術も応用して作ったのか」

なのはちゃんに聞こえないように、耳元で尋ねる恭也に頷きを返す。

「そう部品とかはノエルの流用。
ただ自動で思考するわけでもないから、ノエルから見れば張りぼてだけどね」

「でも、見た目は忍さんそっくりですよね」

ずっと、人形を見てたなのはちゃんからも歓声が上がる。

「勿論、どうせ作るなら手は抜かないもの。
身長体重は基より、手足の長さや髪の長さ、果ては黒子の数や場所まで、とにかく私自身の身体的特徴を完全に再現してるわよ」

その言葉に、恭也がブッと噴出す。
不思議そうな表情をするなのはと、噴出した理由を察っしてニヤリとする忍が対照的だ。

「恭也、それ丈夫に出来てるから、ある程度は激しい特訓も可能だから安心してね」

「あ、ああ・・・」

「じゃ、私帰るから忍ちゃんマーク2をよろしくね」

こうして忍は嵐のように去っていった。
帰り際、最後にとんでもない事を言い残して。

「一応、女の子なんだから、特訓とかで汚れたら、キレイにしてあげてね〜」




「忍ちゃんて、本当に天才ね」

「うん、凄くリアリティ」

「ホンマ、ウチなんて帰ってきたら忍さんが、家のソファーで寝てるのかと思いましたわ」

「さっき、会った時の大きな荷物はこれだったんだなぁ」

家族に要らん誤解を与える前に、忍からトレーニング用の器具としてもらったと、家族に例の人形を見せておいた。
上のコメントは、夕食時の高町家の面々も皆驚きの声だ。
それはそうだ。
忍自信は、ノエルさんに較べれば張りぼてだ、なんて言っていたが、人形とは思えないくらい精巧に出来ている。
勿論、身体的な特徴を完全に再現云々かんぬんは伏せておいたのは言うまでもない。

ちなみに、美由希は向うの館長代理に気に入られたらしく、そのまま館長と四天王のbPが居ると言う山篭りに合流しに行ってしまい、しばらく帰ってこないらしい。
あそこのbPと言う人は、テレビで見たことがあるが、今時珍しいくらい強さを追求する武人そのもののような人だったはず。
きっと、美由希はまた一つ大きくなって帰ってくるに違いない。

「負けられないな」

そう、思い立ち今夜もいつもの神社の裏の山で修行に励む。
今まではなかなか出来なかった、人間を背負っての山道の走りこみや、背負ったままでの模擬戦も、
背負ってるのが人形ならば、気兼ねなくできる。
しかも、逐一、人間らしい身体の反応を見せるので、相当有意義な訓練が出来る。


人形を貰ってから一週間が過ぎ、連日野山を駆け巡るハードな特訓で、肉体が悲鳴をあげていた。
いつもこなしているメニューを、人一人背負ってするだけで負荷が比べ物にならない。
だが、それがいい。
逆に言えば、今までの自分では、長期間人を背負ったまま闘う事ができなかったと言う事だ。
有事の際に役立つ身体を作っているのだ。
それに、基礎面での特訓でもまだまだ得る物があると言うのは、嬉しい事だ。

そう思いながら、引きずるように部屋まで戻ってくる。
限界を向かえた肉体は布団に転がり込むだけで精一杯で、前後不覚の眠りに落ちていく。






「恭ちゃん、おはよう」

「む・・・」

障子の向うから美由希の声がする。

「ああ、おはよう」

「珍しいね恭ちゃんが寝坊なんて・・・」

「面目ない」

いくら限界まで肉体を酷使したからと言って、これでは美由希に示しがつかない。

「で、山篭りはどうだった?」

「んー、得た物があるよ。
でも、まだはっきりと形になってないの。
何となくぼやけて輪郭だけが見えて来た感じ」

何かを得た、と断言した愛弟子を見て、強く頷いた。
美由希は自惚れるタイプでは決してない、どちらかと言うと常に自分を過小評価するタイプだ。
その美由希が何かを得た、と言うのだからよほどの手応えがあったのだろう。

「中、入るね」

障子を開き、中に入ってきた美由希の表情は、力強い物だった。
自信が顔に顕れている。
やれる事をやってきた、良い意味での開き直りがある。

「繰り返した基本の果てに究極があるって言うのかな、私『神速』の次が、朧ろげながら見えて来た・・・」

「神速の「次」、それは紛れもなく究極の奥義『閃』・・・」

「恭ちゃん、何やってるの!!?」

俺の述懐は美由希の叫びにかき消される。
美由希の視線は俺ではなく、正確には俺の横を見ている。
俺の横には・・・

「み、美由希、こ、これは違う!」

そうだ、昨日疲れてそのまま寝てしまったために、ちょうど添い寝するような形で、忍人形が・・・

「恭ちゃん、一言言ってくれれば開けなかったのに・・・」

真っ赤になって出て行こうとする美由希、ヤバイ間違いなく勘違いしてる。

「違う、美由希、これは人形だ!」

「え?人形?」

美由希の表情が、青褪めたのに気がつかないほど、今の恭也は焦っていた。

「そう、よく見てみろ、これは精巧にできてるけど、人形なんだ」

「恭ちゃん・・・」

優しい声に、誤解が解けたかと、ほっと一安心した恭也だったが、ならなんだこの悪寒は・・・?

「恭ちゃんが・・・恭ちゃんがそこまで変態だったなんて・・・」

「え、おい、みゆ・・・」

「本物の忍さんなら兎も角、そんな人形まで・・・。
恭ちゃんの、ヘンターーーーーーーーーーーーーーイ!!!!!」


その時、恭也は確かに見た。
美由希が朧げながら掴んだと言っていた『神速の向こう側』を。
それは、歴代の御神の剣士達が辿り着けなかった境地。

奥義の極み『閃』。








「美由希、之が「龍燐」、御神流正統の皆伝の証だ。
受け取れ、お前には之を受け取る資格がある」

「・・・ありがとうございます」

「そんな顔をするな、歴代の頭首の誰もが極められなかった奥義に至ったんだ」

「・・・師範代のおかげです」

「いや、ほんとそんな冷たい顔しないでくれ」

「今までありがとうございました」

そう言って病院から出て行く美由希の後姿を、看病に来ていた忍と見送った。

「どう、恭也、寂しい?
美由希ちゃんが、完全に自分の手を離れて」

「寂しくはない、ただ哀しい」

こうして、美由希の免許皆伝と、御神の正統伝承者への道は、思いの外早く、思いの外馬鹿馬鹿しく達成されたのであった。
実の兄を、師範代を、変態だと勘違いしたまま・・・。


魔術師の後書き


大変おひさしぶりな更新、しかもそれがとらハだって言うんだから本当におひさしぶりですねーってな物です。
なんか、書いてて思ったのは、もう俺とらハSS書けないかも。。。って事です。

客観的に見て、面白いのかわからなくなってきました。

今回の話、面白かったですか?
って人に聞くなって話ですねw

ちなみに、所々出てくるのは、私が最近はまってた漫画の話。
別にストーリーにはからんでこないから気にしないでください。
気がついた人はにやりとしてください。