美味しくワインを飲みましょう

 

 

「乾杯」

今日はクリスマス・イヴ。

忍の家で、ささやかな家族だけのパーティが行われている。

出席者は月村忍、その恋人の高町恭也、そして忍の叔母に当たる相川さくら(旧姓稀堂さく

)、さくらの夫である相川真一郎、加えてノエルが目覚める日まで月村邸のメイド代

理を務めてくれている神咲那美。

この五人である。

 

「へ〜、じゃあ那美ちゃんのお姉さんも風芽丘の元生徒なんだ…」

「『も』って、ことはお二人も風芽丘の卒業生ですか?」

「ああ、俺とさくらは風校の先輩後輩なのさ…」

「高校のころから、ずっと付き合ってるんですか?ステキですね…」

「そうよ、しかも未だに所構わずイチャイチャしてる、バカップルなのよ!」

「おいおい、忍ちゃん。バカップルはないだろう」

真一郎の抗議の声を、さりげなく無視して忍は恭也に声をかけた。

「恭也…、ワインが全然減ってないじゃない。まだお酒が飲めないの?」

「忍に付き合って飲まされてるうちに多少は飲めるようになったがな…」

その恭也のコメントを聴いてさくらがフッと微笑んだ。

「どうかしたんですか?さくらさん」

「ううん…。まだ先輩と付き合い始めたころに、同じような会話をしたなって思って…」

「そういえばあの時もクリスマスだったな、さくら、忍に教えてあげれば?美味しくお酒を飲む方法を」

「そうですね…」

そう言うとさくらは、忍の耳に何かを吹き込んでいる。
その間に真一郎と恭也と那美の会話に花が咲いていた。

「あ、そうだ。母さんとフィアッセからケーキを預かってきたんだよ。
それと那美さんへのプレゼントも兼ねて、シュ―クリームとクッキーの箱詰めも持ってきました」

「ありがとうございます、寮の皆も喜びますよ」

「おお!翠屋の『クリスマス特別ケーキ』だ。良く手に入ったね。
限定30個の完全予約制で、11月くらいに予約しても手に入らない事が多い幻の一品なのに…」

「詳しいんですね」

「まあね、学生のころに良く通ったから…」

「まいどありがとうございます」

「?」

「恭也さんのお母さんは、翠屋の店長さんですから…」

「そうなのかい、恭也君?」

「はい」

「そっか〜、今度お母さんに会わせてくれよ。
俺さ、昔幼馴染の女の子と翠屋のシュークリームを再現しようとした事があってさ…」

「なんだか鷹城先生もそんな事言ってたけど…」

「何?君、唯子の知り合いなの?」

「唯子って…誰ですか?」

「恭也さん、唯子って言うのは鷹城先生の下の名前です…。
真一郎さん、知り合いも何も鷹城先生は恭也さんの妹のような女の子の担任の先生なんですよ…」

「へ〜、あの唯子がね…。さっき言ってた幼馴染の女のこの一人が唯子だよ」

「そうなんですか、じゃあ…」

何かを言いかけたが、恭也の肩が不意に叩かれ振り向いた瞬間に忍に突然キスされた。

柔らかな忍の唇、そして忍の唇から何か液体が流れ込んできて恭也の口に満たされる。
それをゆっくり飲み下し、二人はゆっくりと唇を離した。

「どう、恭也?美味しかった?」

質問には答えず、恭也は忍の頭を軽くこずいた。

「痛ッ!何するのよ…恭也」

「突然人前で…、あんな事するからだ…」

照れているためか、いまいち歯切れが悪い喋り方であった。

「だって、さくらが真一郎さんもあれでワインが飲めるようになったって言うから…」

問い掛けるような恭也の視線に、真一郎は照れながらもわずかに頷いた。

「その後に先輩は、返杯と称して同じ事をしてくれたけど…」

「えっ?じゃあ、恭也。私にも返杯して〜」

「構わないが…いいのか?那美さんが壊れても…」

「?」

恭也以外の三人が那美の方を見ると、顔を真っ赤にして、頭からシュウ〜と言う効果音と供に煙を出して照れている那美の姿がそこにはあった。

 

________________________________________

 

やっと落ち着いた那美に忍が

「ごめんね〜、那美。ちょっと刺激が強かったかな…」

と謝っていた。

「ところで恭也君…」

と、真一郎がケーキを食べ終えて、食後のワインを飲みながら話しかけてきた。

「はい?」

「いや、さっき君が何かを言いかけていたから…」

「ああ、もしかしたらさくらさんも真一郎さんも、那美さんのお姉さんの事知ってるんじゃないかと思ったから。」

「どうして?」

さくらと忍、それにやっと落ち着いた那美も会話に参加してきた。

「たしか鷹城先生は護身道部でしたよね?」

「ああ」

「で、たしかすごく強いのに、なかなか優勝できなかったのは、一つ上にものすごく強い人がいたからだとか…」

「ああ、瞳さんの事だろ?」

「瞳さんの知り合いなんですか?」

「えっ?那美ちゃんこそ、どうして瞳さんの事知ってるの?」

「何度か姉を訪ねて鹿児島の実家に来たことありますから」

「もしかして…那美さんのお姉さんて薫さん?」

「お二人とも薫ちゃんの事知ってるんですか?」

「ああ、薫さん有名人だったし…。
剣道部のキャプテンで頭が良くて美人で…、はっきり言って、瞳さんと同じ位人気があって、当時はファン倶楽部まで会って大変だったんだよ」

「へ〜…」

こうして聖夜の夜は楽しくふけて行った。

 

________________________________________

 

 宴もたけなわになってきた深夜12時

 

 すでに那美は、忍とさくらにさんざん飲まされて酔っ払っている。

さらにそこに那美を迎えに来たと思われる久遠が混ざっていた。

そんな盛り上がっている女性陣を尻目に、恭也と真一郎は静かに酒を酌み交わしていた。

……いや…違った、酒じゃなくてお茶だった。

二人ともあんまり酒が強くないので、紅茶を飲みながら話をしていたのだった。

 

「しかし、君のおかげで忍は変わった…」

「変わりましたか…?」

「ああ…笑顔が柔らかく…そう、上手く表現できないが、何だかとても可愛くなった…かな」

「それは俺の力じゃありませんよ。忍の笑顔は、初めから忍が持って生まれた物ですからね…」

「そうだな…。でもね、君という存在があの笑顔を支えているんだよ…。

君に出会うまであの子は、あの笑顔を見せてくれなかった…。

持っていても、見せてくれなければ、それは無いも同然だとは思わないかい?」

「俺が…忍の笑顔を支えている…ですか?」

「ピンと来ないかい?仕方ないかもしれないが、君もきっとじきにわかると思う…。

さくらも忍も…人とは違う秘密を持つものだからね…

横に居てくれてしまう事に慣れて、君が油断や甘えから一度すれ違ってしまったら、もしかしたら二

度と修復は難しいかもしれない…」

恭也は忍と離れてしまうという事を、想像する事さえもしたくなかった。

すでに『月村忍』という人間は、高町恭也にとって無くてはならない物になっていたと言う事に、恭也は軽い途惑いを覚えた。

「人とは違う秘密を抱えている…

そんな中で、彼女達が横で自然に笑ってくれて居るという事は、実は凄く幸せであると言う事を君には知っていて欲しいと思うんだ…。
何故なら…」

 

「せんぱ〜い…」

「恭也〜!!」

「「こっちで一緒に飲もうよ〜」」

 

向こうで幸せそうな笑顔で自分に手を振ってくれる彼女達…

そちらに行こうと立ちあがった恭也の耳元に真一郎がそっと囁いた

「君は、俺と同じ幸せを共有している数少ない人間だからね…」

 

そう、確かに幸せなのかもしれない…

 

今こうして忍が横に居てくれていると言う事は…

 

「忍…」

と、声をかけ、恭也は手元にあるワイングラスの中の、ルビーを溶かしたような液体を軽く口に含む

「何…?」

振り向いた忍の唇に己の唇を合わせる。

「んっ…」

そして、忍の口内にゆっくりとワインを移していく…

…コクッ…コクッ…

しのぶの白い喉が、僅かに音を鳴らして口に移されたワインを嚥下していく。

「恭也…何なのよ突然…」

突然恭也にキスされた事…

それがみんなの前であった事…

そして咽喉を潤す液体の熱さ…

それら全てが、忍の思考を乱すには十分である。

赤く染まった頬には、自分から恭也に口付けをした時のような余裕は、まるで感じられない。

好きな男の子に突然キスされて戸惑う、可愛い女の子の姿がそこにはあった。

 

「俺も…もっともっと酒の味がわかるようにならないとな…」

忍は、即座には恭也が言おうとする事が理解できずに、目を丸くしている。

「この先何年も何年も忍と時を過ごすんだから…

時には二人でワインを傾けるのもきっと…悪くない…」

「!!」

『なんだ…恭也ったら今のは…返杯だったんだ…』

クスリと忍は微笑んだ…

『今ごろになって…しかも突然…』

でもそんな不器用で朴訥な恭也のことが自分は好きなんだろうと忍は再確認させられて…

「きょ〜や…」

合せられた唇の中は、当然赤い液体が満たされていて…

そのアルコールに一瞬恭也はクラッとする。

「これからもこうやって…沢山ワインが飲めるように練習しようね…」

そう言って照れくさそうに笑う忍の可愛さに、一瞬心を奪われた恭也は、照れ隠しにいつもにもましてぶっきらぼうに

「……了解…」

とだけ答えた。

 

そんな二人を見守るさくらと真一郎は、微笑ましそうな様子で二人を見ていた。

「二人で話していた時に恭也君に何を言ったの?」

「大した事は言ってない…ただ先輩としてアドバイスを少々ね…」

「アドバイス…?」

「ああ…血の吸われ過ぎに注意しろって事と…」

「………………」

「発情期の時は…がんばれって…ね」


さくらの整った美しい顔が朱に染まる…


「先輩は相変わらず意地悪なんですね…」


コツッと真一郎の額を小突くさくらに、真一郎はドキッとしていた。

『全く・・・・・・
何年一緒に居ても、ますます可愛くて離れがたく思わせるんだから…』

「さくら…」

「何です?」

『私まだ怒ってるんですよ』とジェスチャーで示して見せるさくら。

そっぽを向いているさくらの唇を真一郎の唇が覆う。そして…

「先輩…」

「さっ…返杯してくれなきゃ…」

「…もう…」

 

こうして月村邸に居る両カップルがワイングラスの存在価値を否定している頃

ただ一人、独り身の那美は…

「zzzzzz…」

忍とさくらに酔い潰されて眠っていた…


むにゃむにゃと口にする寝言
安らかな寝顔

彼女もまた、幸せな夢を見ているに違いない


聖夜の夜に相応しい、そんな幸せな思い出の一ページ

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

後書き

 

ふふふ…反省点は…思いっきり時期はずれの作品であるって事ですかね。

別に七夕とか誰かの誕生日にしても良かったんですけど、折角とらハ1の真一郎とさくらのネタを使うんだから原作に忠実に行こうかなと思いまして…。

あと、当初の予定としては実はここからもう一山有ったんですね。

真一郎の言う、さくらと真一郎のすれ違いとは当然『遊』を指している訳で、ここに変体吸血鬼さんに登場してもらって、恭屋とLET’Sバトルと持っていこうと思ったんですけど止めました。たまには、ラブラブで終わろうかなと思いまして…

しかし久々の短編なんですけど落ちと盛りあがりの無い淡々とした物になってしまいまして少し心残りです。