二人は闇の眷属(恭也side

 

 きっかけは偶然だった。

 高校3年になってすぐ、何気なく臨海公園に立ち寄った俺は、何者かに突き落とされた月村と折り重なるように倒れたことが、すべての始まりだった。

実は彼女とは1年次から同じクラスだったが、剣以外関心がなく他人の顔すら覚えようとしなかった俺なので、ご他聞に漏れず顔と名前が一致しない、その他大勢の一人だった。ただ、物静かで憂いを帯びた印象があり、クラスで浮いた存在だったことだけが印象に残る。俺も同じように没交渉で浮いた存在だったから、知り合ったときにどこか同じ“臭い”を感じて気が合ったのだろう。

 彼女と出会わなければ、美由希の鍛錬に明け暮れ、ずるずると今まで過ごしていたはずだ。美由希が皆伝を果し御沙斗さんが指導にあたるようになった今、やることを無くして呆然としている自分が居たに違いない。

 

「わたしも…、まぁ、普通とけっこう…、違う…、よね」

 あの日の直前、月村が言いよどむように言った言葉。この時は何を意味しているか判らなかったが、その夜、俺は月村の何が違うかを知ってしまった。

その頃、彼女は遺産相続をめぐって執拗に狙われていた。そこで、俺は初めて他人のために御神の技を出す決意をするが、護衛を始めて2週間目、月村は左腕を切り落とされる重傷を負った。これでは一生を棒に振ったようなものではないか。テロで一族を次々と失っている俺は、理不尽な暴力に激しい怒りを覚えた。

「高町様がご協力くださるのなら、忍お嬢様を助けることが出来ます。輸血を、血が足りないのです。かなりの量を頂くことになります。高町様には決して危険がないようには致しますが…」

 ノエルの依頼に二つ返事で血を抜かれると意識が途切れた。そして、目覚めたときには何事もなかったように月村が現れたのには唖然とした。ちぎれた腕とくっついた腕。それは“夜の一族”と言われるヒトであってヒトでない、人類の一亜種としての強靭な再生能力。世間的には吸血鬼と称される存在であることが月村の言う違い。採りすぎた血を返すと首筋を噛み付かれ血液を流し込まれた時には、もはや現実として受け入れざるを得なかった。

「秘密を共有してくれるなら、血を分けた仲として、私はきっと一生、高町君の…、友達でも兄妹でも…、他のでも、関係はどうであれ、きっとずっとそばにいる…。どうかな…?」

誓いを求めた月村はすがるような、怯えるような表情をしていたが、かつて美由希が御神の技を人前で見せ卑怯と罵られ、結果的に心を閉ざしたように、所詮、“御神の剣士”も人知を超えるもの。月村の気持は痛いほど分かるし、拒絶することで失う未来の重さを考えれば正体なんて実の所どうでも良かった。生まれと道に闇を抱えつつ、けれどもごく当たり前に生きたいと考えるもの同士、むしろ親近感のような感情を抱いた。

 

大学1年の冬休み。皆伝を果した美由希は俺の手を離れ、妹を一人前の剣士にすると言う目標を失った。その時、ある種の迷いが生じたのも事実だ。

フィアッセやティオレさん、そして月村を理不尽な暴力から護り抜いたことで、俺は御神の技を振るう覚悟が出来た。そのため、大学進学と共に叔母の伝手で香港警防の外部協力者になったが、何かが足らないように感じ始めた。

ところで、月村は誰が見ても綺麗な娘だ。実際、大学に入って何人か好意を寄せている男がいると言う噂も耳にした。けれども月村に浮いた話を聞かないのは不思議なことだった。むしろ、噂が立てば立つほどかえって俺と一緒に行動しているような気がする。最初は俺を盾にかわしているだけだと思っていた。けれども、森さんに言わせると月村が俺に向ける笑顔や視線は、他人に向けるそれと明らかに違うと言う。

明るくフランクで、それでいて甘えん坊で、どこか寂しがりやな月村を見ていると気が楽で、楽しい気持になる自分が居た。月村の俺や家族に対する態度は大変好意的なもので、きっと彼女も同じような気持でいてくれる。そう思うと、何だか嬉しいような、むず痒いような不思議な気持になるようになった。

 

その頃からだろうか。俺のなかで月村の存在が大きくなり始めたのは。

大学にはいつも月村が迎えに来てくれるし、放課後はよく遊びに連れ出される。ややもすると暗くなりがちな俺の心は、彼女の明るさで和らいでるといっても過言ではない。フィアッセが居なくなった翠屋も手伝ってくれるようになり、今では後継のチーフウェイトレスとして翠屋に欠かせぬ存在になりつつある。高校時代には苦手と言っていた料理も、もともと天才肌なだけにめきめき腕を上げ、今や晶やレンとも遜色ないレベルにまで上達してきた。月村には何から何まで世話になりっぱなしのような気がする。

さすがに人前で血を分け与えるわけにいかないので、少なくとも週に1度は俺が月村の家に行くが、広い屋敷に二人きりになると不思議に落ち着くというか、安らぎを覚える。月村が俺の血を吸うとき肩にかかる重み、ほのかに良い香りのする髪。時折感じる柔らかい胸の感触…。彼女を女として意識するには充分だった。

よくリスティさんはからかい半分で俺と月村を若夫婦と呼ぶが、俺はくすぐったい気持になると同時に、いつかそんな日が来ればと思うようになっていた。出来ればこのまま、月村のことを…。大学の年次が上がるにつれ、俺の想いは募り始めた。

 

けれども、月村が普通の人間でないように、俺とて人間として普通でない。月村やさくらさんの話によると、“夜の一族”は平均寿命が150歳近くあると言うが、父さんはファンが仕掛けた爆弾により28歳の若さで世を去った。“御神の剣士”であることは、ひとえに死と隣り合わせということでもある。もし俺が殺されたら、月村は母さん以上に長い刻をノエルと過ごさねばならなくなる。俺は御神の剣士としては未完成で、人間としても未熟だ。あらゆる意味で未完成の俺が彼女の人生を背負い込む資格があるのだろうか。

「あの子は普段、あんまり人を好きにならない分…、一度好きになったら、きっと一生ついてくわ。友達であっても…、恋人であっても…。裏切らないで、あげてね。あの子が悲しむの…、もう、見たくないの…」

かつてさくらさんから言われた言葉である。死別。そして残される者の悲しみ。父さんを筆頭に一族をことごとく失ったからこそ判る苦しみ。残される月村を考えると、下手に関係を縮めるより今のままの方が良いのかも知れない。そんなことを考えていた俺だが、月村に惹かれれば惹かれるほど、自分の本心がわからなくなり、葛藤にさいなまされるようになっていった。

 

そして、大学3年の6月のこと。香港警防の仕事で潜入調査をしていたが、微妙に剣腕が乱れた俺は、ふとしたミスで三度び膝を割ってしまった。

「恭也。君の剣には迷いが生じている。心技体揃わぬ限り御神の技も台無しだ」

怒るような、嘆くような叔母の一言が重い。御神の剣は何かを護る時、最も強くなると言う。しかし、今の俺は一体何を護っているのだろうか。剣士として再起する唯一の手段とフィリス先生に強く勧められ人工関節を埋め込んだ入院生活の間中、俺はずっと考えていた。けれども俺は一体、彼女に何をすることが出来るだろうか。愛だの恋だの、俺みたいなつまらない人間に語る資格などあるのだろうか。俺の迷いはますます深まった。

                                        

あとがき

これはサウンドステージX2(とらハ3の3年後の話)に取材した原作補完のSSです。

よく、SSの世界で恭也は超人じみたキャラに描かれがちですが、彼だって一介の男であるには変わりありませんから、当然、恋に苦しむこともあるでしょう。

忍は「とらハ3」でほぼ唯一、一から関係を構築して行くキャラです。だからこそ、過去に恭也とのしがらみを持たない分、恋に悩む等身大の一人の男としての恭也が浮き彫りに出来るのではないでしょうか。そう言った、恭也の人間臭い一面に共感できる方は是非、恭也×忍陣営に清き一票を!

 


魔術師のお礼状

まずは、いただいてから掲載までに時間が経ってしまったことをお詫びします。
このSSを見て、恭也×忍陣営に投票したかもしれない浮動票の獲得を考えると本当に申し訳ないです。

さて、実は私サウンドステージX2を知りません(汗。
ですが、原作の忍ルートから、物凄く乖離しているわけではないみたいですね。
恋人にならなかったくらい?イレインとの死闘とかもないかも?

ですが、それが却ってこのSSの、「恭也だって等身大の男なんだよ!」って、バックボーンに重みを与えてるなと感じてます。
上で仰ってるように、忍だけが3のヒロインの中で、作中以前からの恭也との関係性を持たないキャラなんですよね。
一目惚れと言うか、死語ですがビビビ婚(笑)と言うか、とにかく出会って恋人同士になるまでの期間が凄く短いんですよね。
ですから、ただのクラスメートを経て、普通の友人、親しい友人、気になる異性へと変わっていく恭也の心情や、こういった内面の葛藤とか、相手に対して少しずつ異性を感じていくような話の題材に選ぶには結構難しいですよね。
フィアッセや美由希、那美辺りの方が過去の因縁があるから、恭也の葛藤を投影しやすいと思うんです。

女性視点ですと、そうでもないんですけどね。
忍は、自分が人ではないという負い目があるから、葛藤を入れやすいですし。


上記でむらおかさんが言っているように、似た感性を感じた方は是非是非清き一票を!!

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