二人は闇の眷属(忍side

 

 私は“夜の一族”なんかに生まれたくはなかった。確かに普通の人間よりも優れた生命力と、小学生時分でノエルを修復してしまうほどのIQ、そして働かなくても一生暮らしに困らない財産で自堕落な生活を楽しませてもらってはいる。

 けれども、定期的に人の血を飲まねば生きて行けない不便な身体、まるで獣のような性衝動にさいなまされる発情期、そして金縛りや催眠などの特殊能力。いずれも常人からすれば気味悪く写るだけ。私はヒトとは違う。化け物に過ぎない。そう思うとえも知れぬ孤独感にさいなまされていた。自分を否定されてしまうのが怖くて、いつも他人の目におびえていた。一族であることの代償は私にとって重い負担だった。

自分の殻に篭り機械いじりに夢中になる私に、娘らしくしろと口やかましかった父親。私のことは放っといて自分の仕事ばかりする母親。使用人が機械的に作る毎日の食卓。家族の愛情など子供時代に味わった試しがなかった。9歳の時に胎児を抱えたまま両親が自動車事故で死ぬと取り巻いていた人々は離れて行き、鬼子扱いだった私はいよいよ独りぼっちになってしまった。

 

寂しくない、と言えば嘘になる。

お洒落や好きなタレントなど、年頃の娘なら誰しもが関心を向ける他愛のないおしゃべりの輪に入って行きたかった。気を許せる友人に素敵な彼氏。心の支えが欲しかった。だけど私は世間的に見れば吸血鬼。事実を知れば捨てられてしまう。誓いを立てられない相手からは記憶を消さねばならないが、それは消す側にとっても全人格を否定されたようで辛く哀しい作業だ。どうせヒトとは違うなら関わらない方が傷つかない分、ずっと楽。だから私は他人に関心のない冷たい人間。そんな風に考えていた。

 

 年々悪質さを増す一方の安次郎の嫌がらせ。いつもノエルに助けられていたとは言え、孤立無援の状態に心は悲鳴を上げていた。そんな時、出遭ったのが高町君だった。

 彼との出会いは決して恵まれたものではなかった。

高校3年間、ずっとクラスが一緒だったけど、硬派で寡黙な彼は近づき難い印象があって、赤星君以外と話す姿は稀だった。もっと言うと、他人に興味が無いような醒めた印象を持っていた。そもそも、臨海公園で知り合ったときですら「月城さん」と呼ばれたのには気が抜けた。けれども、ああいう変わった出会い方がかえって良かったのかも知れない。直後の席替えで彼の隣になった際、自然に話が出来たからだ。

高町君に誘われ家に出入りするようになり、家族同然の扱いを受けるようになると、張り詰めていた私の心は急激に解れはじめた。実の家族に良い思い出がない私にとって、こうした温かな家庭はそれまで手の届かない夢だった。

 

だが、平穏な日々は長くは続かなかった。あいつの刺客に腕を切り落とされたとき、ノエルが機転を利かせ高町君の血で力を開放して事なきを得た。怪我の記憶を消すつもりで彼が寝ている部屋へ行ったらすでにベッドから起きていて、事情を説明せざるを得なくなった。

一族の掟に基づき誓いを求めた際、私は夢の終わりを覚悟した。けれども、彼は一族と共に歩む道を選んでくれた。そして、イレインの襲撃と共に今度は私が彼の秘密を知ってしまう。彼の剣術は少し聞いていたけど、レプリカとは言え“夜の一族”ですら勝ち目が無い自動人形を一人で4体撃破した姿を見て、私は彼の中に「ヒトとは違う存在」との共通項を見つけ、不思議な親近感を覚えた。 

 そもそも彼が修める“御神流”の剣士は暗殺と謀略の世界に身を置いた、決して表に出ることのない裏社会の住民。一族やお父さんもそれゆえテロで失った。そう彼に聞いたとき、私は闇の眷属同士のシンパシーを感じた。私も高町君も闇の世界に身を置くが、闇の世界に染まりきらずに普通に生きてゆきたいと考えるもの同士。それ故、親近感が沸いたし、なんと言っても彼は血を分けた特別な存在。できる事なら一生を共に過ごしたい。そう願うようになるにはそんなに時間はかからなかった。

 

 1年後、私と彼は同じ大学に進学した。

 大学で私に言い寄る男はたくさんいた。けれども、“夜の一族”は誓いを立てた相手としか生きられないし、そもそも近づいてくる連中は私から見ればつまらない男ばかり。高町君のような“いい男”なんていなかった。

 思えば高町君が私と誓いを立ててくれたあの日から、私は彼のことだけを見ていた。彼とできる限り一緒にいたい。私のことを受け入れてくれた彼の役に立ちたい。そう願う一心であいかわらず学業成績が低空飛行と続ける彼をサポートし、翠屋の仕事も引き受け、車を出したり料理も必至になって覚えるなどプライベートを支えた自負はある。高町君は古風でシャイだから気持を余り口にはしないけど、それでも私を見る目はとても優しくて、これがまたくすぐったい気持になる。

 

 そんな日々を送っていたから、大学や翠屋の常連客から恋人同士の扱いを受けるけど、けれどもあの日から4年目を迎えても親友の立場に変わりが無い。桃子さんも恭也と付き合って欲しいと乗り気だし、自分としてもアプローチしている、つもりだ。けれども私がいつもの冗談を言っているだけと思っているのなら、それはそれで少し寂しい。

 高町君は裏切ったりする人ではない。理屈では分っているつもりだった。今は剣術を磨くことにしか興味がないのかも知れない。でも、もしかすると、私のことはただの友達にしか見てなくて、恋人としては関心がないのかも知れない。そんなふうに私の思考は堂々巡りを繰り返すばかり。もし告白して恋愛は拒絶されたらと思うと、それはそれで怖かった。“血の洗礼”をかけてしまえば簡単なのだろうけど、私が欲しいのはハートであって、吸血鬼としての糧ではない。あんな愛情のかけらもない事などしたくもない。

何もしなければ、何も変わらない。けれども、高町君がいて、家族同様に扱ってくれる高町家での生活も変わらない。いつまでもこのままでいいとはさすがに思わないけど、振り向いてくれないのなら、確実に好きな男性と一緒に居られる今の生活も、それはそれでマシな選択なのかも知れない。私はそんな風にあきらめていた。

 

あとがき

第二弾は忍に視点を合わせました。SSの世界ではくだけた性格もあり悪ふざけ担当にされがちな忍ですが、正史では恭也と共鳴しつつもなかなか距離が縮まず葛藤する3年半の期間が存在しており、掘り下げると彼女の本質的な面が見えてくるのではないでしょうか。

 生い立ちに対する負い目から器用な性格ではなく、そして生い立ち故に一途に相手を想い続ける、それが忍の魅力だと思います。これを読んで何か感じていただけたなら是非、恭也×忍に皆様の力を分け与えてください!

 


魔術師のお礼状

忍の発情期でいつも思ってたんだけど、発情期って、さくらの『狼』側の血が原因だと思ってたんですよね。
だから、忍にもあるってシーンで、違和感覚えたなぁ。
と、SSとはあまり関係ない感想からですが、忍は人ならざりし者として苦しみ、孤独に苛まれていたわけで、わかりあえる誰かとの出会いとは、まさに彼女にとって奇跡のようなものだったんでしょうね。
実際、ゲーム中でも恭也と出会った前後で、別人のように明るくなって、社交的な彼女の姿が見られますし。
さくらのEDと違って、忍は子宝に恵まれますが、そういえばこの子達はどうなんでしょう?
やっぱり、恭也が死んだあと、永劫に近い時をあゆむのでしょうか。

永劫、不老不死は人類の夢として語られることも多いですが、愛する人も大切な人も居ない世界で生きていくこと。
記憶が薄れ風化していき、いつかその人のことすら思い出せなくなってしまうこと。

それは、きっと物凄い恐怖でしょう。

その恐怖の先輩であるさくら視点での物語りも楽しみですね。

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