7.終章・ノエル

 あれから何十年も経ちました。恭也様がお亡くなりになり数十年、忍お嬢様もつい先日、この世を去りました。

 私は再起動時にメモリーのバックアップに損傷があったらしく、ノエル・綺堂・エーアリヒカイトとなる以前の記憶は残されておりません。ですので、最初にお仕えした主は忍お嬢様と認識しております

 私に再び命が吹き込まれた頃のお嬢様は常に孤独でした。当時、“引きこもり”と言う言葉が世相を賑わせておりましたが、忍お嬢様はまさにそのような状態でした。たまにさくらお嬢様が訪れる以外誰も来ない屋敷に閉じこもり、泣くことも笑うことも忘れておりました。“夜の一族”の生まれを呪い、いつも独りぼっちだった主を見ていると、とても寂しいと思いました。

 そんな忍お嬢様に転機が訪れたのは高校3年の時でした。恭也様と知り合い、お嬢様は日に日に明るくなりました。恭也様、なのはお嬢様、那美さん、他の皆さんに囲まれた忍お嬢様は本当に幸せそうな笑顔を見せられ、私もうれしく思いました。

 

 私が恭也様に初めてお会いしたのは忍お嬢様が高校3年の年の4月15日でした。その日高町家の皆様は綺堂家の別荘で花見をされました。帰りに車を出すよう申しつけられ、その際にお目にかかったのが最初でした。その後、恭也様やご家族の皆様がお屋敷を訪れるようになりましたが、恭也様は無表情な中にもお優しい方で、義理人情に厚い方と認識いたしました。そして、まもなくお嬢様と秘密を共有する仲となり、それがまたお嬢様に自信を付けさせるとの好循環をもたらされたのです。

 そんな恭也様も人には言えない秘密を抱えておりました。それは御神流という、恭也様の家に伝わる剣術です。ある時シルエッタをさせて頂いたことがございますが、私のような自動人形と互角に渡り合う技量には正直驚かされました。それは、いかに効率良く殺すかを追求された暗殺術。とても人に言えるような代物ではないそうです。実際、美由希さんは幼少の頃この剣術ゆえ心を閉ざしたとも聞いております。どこか思いつめたような恭也様の印象は、こうした悩みだったのかも知れません。だからこそ、お二人は人には言えない秘密を抱える者同士として惹かれあったのでしょう。

 

しかし平穏な日々は永くは続きませんでした。その年の6月19日、以前から私とその技術を狙っていた安次郎様がイレインを引き連れ忍お嬢様を襲撃されたとき、私はお二人を護るためイレインと刺し違えました。私の存在価値は忍お嬢様を護ることと認識していたので、恭也様が現れた以上、役割を終えたとその時は思っておりました。恭也様の剣才、そしてお嬢様に対する誠意。私の後を安心して託すことが出来ます。ですので、燃え盛る屋敷の中で機能を停止するときも別段悲しいとは思いませんでした。けれども、お嬢様と共に過ごした日々がフラッシュバックされた途端、初めて私の目から涙があふれたのです。二度とお嬢さまにお仕え出来なくなる。お二人の行く末を見届けることが出来なくなる。そのことで私の中にやりきれない思いがこみ上げたのです。これは人間にとって悔しいという感情なのでしょうか。そして直後に部屋で爆発が起こり、フレームが露出していた私は崩れるように倒れこみました。

 

この時、お二人と共に生きたいと強く念じたからでしょうか。私は重大なダメージを負ったにも関わらず、忍お嬢様の必死の努力で数ヶ月後に復帰することが出来ました。特に記憶関係の回路がひどい損傷で、一時は回復が危ぶまれたそうですが、目を覚ましたときのお嬢様の涙ぐむ姿は私の生ある限り忘れることはございません。

その間、さくらお嬢様は警察の事情徴収に追われ、恭也様は5日後にフィアッセさん、さらに翌月には久遠さんの事件にも巻き込まれ最後は入院されたと聞きます。殊のほか問題になったのは、消防が入った際に大破した私が救出されたことで、自動人形という人知を超えるものの存在と、綺堂家によって操作されていた私の戸籍が厳しく追求されたと聞いています。私が機械であることは当然、高町家の皆様にも知られてしまいましたが、恭也様は那美さんと一緒に“夜の一族”の事だけは黙秘を貫いたとおっしゃっております。

 

 忍お嬢様と恭也様は大学卒業を待ってご結婚されました。雫お嬢様をはじめ一男二女に恵まれ、お屋敷はかつてが嘘のように賑やかになりました。お二人は半世紀以上に渡り仲睦ましく暮らしておりましたが、しかし、それにも終わりが来てしまいました。あれだけお強かった恭也様も、さすがに齢だけには勝つことが出来なかったのです。

「俺は、俺なんかを愛してくれた忍に出会えて幸せだった。護るべき家族を持ち、経済的に不自由することもなく、しかも御神の技を継いだ上に新たな可能性を拓いた子供にまで恵まれた。ただ、最後の心残りは、お前を残して先に逝かざるを得ないことだ。もう俺は長くはない。けれども、子供たちのためにも決して俺の後を追うような真似だけはしないで欲しい。ノエル。家族を、そして忍のことを、頼・・む・・・」

死の床につかれた恭也様は涙を流しながら私とお嬢様に言い残し、それからまもなくお亡くなりになりました。

 

 恭也様の晩年は、とりたてて短命だったフィリス先生を例外としてしても、ご兄弟やご友人方に先立たれる度に辛そうなご様子でした。ですので、愛する人を亡くされた忍お嬢様の心中を察すると私も心配でしたが、幸い雫お嬢様をはじめとするお子様方の励ましで立ち直ることが出来ました。けれども、忍お嬢様は“夜の一族”としては短命に終わったのです。

「あの子らしい一途な終わり方だったわよね」

 忍お嬢様の一周忌が過ぎたある日、私は庭でさくらお嬢様のお相手をしていておりました。ティーカップを降ろしたその時、さくらお嬢様がそうつぶやかれたのです。

「これが、忍お嬢様なりの愛の形だったのでしょうか。私には愛という概念は良く判りませんが、忍お嬢様にとって実のところ寿命などどうでも良かったのかも知れません。すべてが恭也様のために捧げたような人生でしたから」

 そうです。忍お嬢様は度々、恭也様と血を入れ替えていたのです。そのため、恭也様はヒトとしては極めて老化が遅かったのですが、代償として忍お嬢様は恭也様が亡くなると急激な老化に襲われ、短命に終わってしまいまったのです。

150も生きられないなんて“夜の一族”としては短命だけど、恭也が逝ってもう何年になるんだろう。恭也と過ごした日々は楽しかった。分かち合える人が傍に居てくれるのが本当に嬉しかった。だから、私は恭也のことを本気で愛した。恭也が死ぬまで添い遂げたのは私の誇り。でも、もう思い出なんていい。やりたいこともない。私はあの世でもう一度、恭也と結ばれたい…」

忍お嬢様が亡くなるとき、そう言い残すと満足そうな笑みを浮かべてこの世を去りました。それはそれは穏やかな最後でした。

 

 私は機械ゆえ、致命的な故障が起こらない限りいつまでも稼動することになります。自室の机には恭也様と忍お嬢様がご結婚された時の写真を飾っております。一日の終わりにそれを見て、すでに記憶の彼方へと去った最初の主に思いを馳せるのがここ数年の日課となりました。二度と戻れぬあの時代。たとえ代が移ろうとも、私にとってのアーク・マスターはお二人に他ならないのです。

 

あとがき

 実はこの「二人は闇の眷属」シリーズは応援物資の形を取っていますが、実際の所はお蔵入りにしていた中篇を他力本願寺開催を聞きつけ急ぎ再構成したものです。もともとは恭也や忍の言動の背景を考察する目的で書いた原作補完SSですが、一本筋として、恭也と忍は闇の眷属であるからこその愛の形があるはずだ、との考えを補説に通しています。最初にも書きましたが、恭也物を書くなら恋に悩み葛藤する一人の男としての恭也を書いて見たいとの欲求が、本作執筆の動機だったりします。

 ですが、この7作目は元々はなかった作品です。6作目の投稿後、忍陣営から結婚後を書いて欲しいとの声が上がったことと、そして自分の中で恭也と忍に幸せだったと総括させたいとの思いから、急遽書き加えたものです。結果的には結婚後というよりもノエルの目を通して見た死後の話になってしまいましたが、時を超越するノエルとの存在は、ちょうど神咲家における十六夜さんのようなものなのでしょうね。

 これにて「二人は闇の眷属」は完結です。お付き合いいただいた皆さんと、そして場所をご提供いただいた魔術師さんにお礼申上げます。




魔術師のお礼状


なかなかショッキングとは言わないまでも切ない終わり方ですね。
物語の幕を引くとき、寂寥感が胸をよぎるように、月村忍の物語も、ここに幕を閉じたのですね。

長く生きることが幸福なのか。
その問いに答えはでませんが、友人知人家族との別離を繰り返し、そして最後には、自らの終焉によって最愛の人にその悲しみを突きつける恭也。
無念不安悲しみ・・・そんな感情が渦巻いた最後の言葉だったと思います。

思い残すことなどない。
はずなのに、ただ一人残された最愛の人を思うと、長い孤独の末に出会ったあの時の少女の行く末を想うと、安らかに眠ることが出来ないほどの口惜しさを、最後の涙から感じました。


それでも、二人はきっと幸せだったのでしょう。
出会わなければ別れの悲しみもない。
けれど、幸せだった記憶こそが、別離の瞬間を悲壮に染め上げるとしても、束の間の幸せこそが全て人生だった。

何となく、ラストの忍の言葉にこんな感想を抱きました。


むらおかさん、無事の完結お疲れ様でした。
そして、投票を大いに盛り上げてくださりありがとうございました。

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