二人は闇の眷属(そして、未来へ)
「恭ちゃんの人生は、恭ちゃんのためにあるんだからね」
その昔、美由希に何度も言われたものだ。
俺の人生。明確に考えるようになったのは、家族でも知人でもない第三者である忍と出会ったのがきっかけだったと思う。二人の抱える闇の部分に共鳴しながら、しかし、自分の気持ちを三年半ごまかし続けてきた。その責任はすべて俺にある。
結局は俺が難しく考えすぎたせいなのだが、今にして思えば自分の心を縛った結果は悪影響ばかりだったと思う。そして今、忍に想いを伝えた俺は、完治した膝、そして精神の安定を得て、まるで籠から解き放たれた鳥のように自由に動くその身に驚いていた。今の俺は心も体も確かに充実している。
翌年のGW。俺と美由希は香港に渡り、ジェフリーさん率いるAGPO特殊部隊“WAD”との合同訓練を終えた。明日の帰国に備え土産を買っていた所、美沙斗さんから連絡が入る。何でもフィアッセから直々に相談したいことがあると言う。そこで、急遽、予定を変更し、イギリスに向かうことにしたが、出かける直前、叔母からどうもクリステラソングスクールを巡って不穏な動きがあると聞かされた。利権なのか、あるいは別の目的なのか分からないが、何かの事件に巻き込まれたのは間違いないらしい。
「すまない、忍。俺と美由希はこれからイギリスに行かねばならない。だけど、心配しないで欲しい。俺は必ず帰ってくる」
忍に会いたい気持を抑え、予定変更を電話で伝える。御神の剣士は何かを護る時、最も強くなる。クライアント、そして家族の身を護るのは言うまでもない。それ以上に忍を残し凶弾に斃れるわけには行かない。必ず生きて帰るとの約束を守る。これこそ、俺が自らに課した御神の理だった。
スクールに来たのはティオレさんの葬儀以来、約1年ぶりとなる。フィアッセに会うのもその時以来だ。父さんが殺された時のフィアッセを知るだけに塞ぎこんでいるのではと心配したが、自分が眠る時いつかまた会えると立ち直っていたのに安心した。
送られてきた脅迫状に目を通す。書面にクローバーのマーク。心当たりのある俺は弓華さんに連絡を取り、香港警防のデータと照合してもらう。少し調査が必要とのことでニ三度やり取りした結果、どうやらあいつで間違ないらしい。そう。父さんを殺したあの男。“クレイジー・ボア”ザ・ファン。
MI5経由で送られてきたブラックリストによると奴の狙いはフィアッセ本人。爆弾の扱いに長け、かつ銃器状の刀剣で武装するとある。ここ数年鳴りを潜めていたようだが、ティオレさんの遺産を嗅ぎつけエージェントに雇われたらしい。入手できた情報はここまでだ。スクールの警備担当で俺達の幼馴染でもあるエリスは仕事の邪魔をするなと言う。ならば個人の資格で勝手にガードすれば良いだけのことだ。
だが、奴は背後で“龍”と手を組んでいた。次から次へと現れる敵。頑なに俺達の介入を拒んできたエリスも美由希の説得に折れ協力を求めてくる。とにかく人手が足りない。俺と美由希はマクガーレン・セキュリティサービス嘱託との肩書きで同行することが許された。
毎年恒例のワールドツアーは、フィアッセ思い出の地、海鳴からスタートするのがここ数年の慣しである。俺は4年前の出来事を思い出す。人の出入りが激しくなる開演直前が一番危険だ。4時間前。午後2時15分。エリスが配置を伝える。美由希は楽屋周辺。そして俺はホールへの通路を委ねられる。
「いるね。何人か」
美由希が俺に言う。御神流“心”。精神を集中させることにより、遠くの気配を察知する透視術のような奥義。銃器と爆弾の気配。そして邪気。確かに感じる。俺は美由希の頭に手をやり、しっかりやれと一言言って地下へ向かう。案の定、駐車場は“龍”の進入路だった。奴らを殲滅し終えた途端、フィアッセがさらわれたと連絡が入る。すでに開演2時間前。時間がない。駆けつけると拉致される直前で、車のガラスを割るのが精一杯だった。
車が地上に出るには螺旋状に大回りする構造なのでまだ先回りが効く。俺とエリスは業務用エレベーターで出口へ急ぎファンを迎え撃つ。ヘッドライトが近づく。まずエリスがタイヤを撃ちぬく。車はスピンし壁に激突。気絶したフィアッセを抱え炎の中から奴が現れた。右手には起爆スイッチ。これを奪うのが先決だ。
エリスは距離があるから無理だと言うが、そんなものは関係ない。奴が誘爆に気を取られた一瞬の隙を俺は見逃さなかった。御神流奥義の歩法“神速”。一気に間合いをつめる。まず、左手で奴の右腕を軽くひねりスイッチを飛ばす。半身すり抜けた瞬間、左の刀を抜刀しファンに当て体勢を崩す。そして右の刀を納刀しスイッチをこの手に収めた。その間、ほぼ1秒。
すべては夢中だった。フィアッセをファンから奪い返さねばならない。そして生きて忍のもとに帰らねばならない。もう誰も悲しませない。父さんの悲劇は繰り返してはならない。その時、美由希に4年遅れたものの、俺は確かに“閃”の領域へとたどり着いた。
一行が日本を離れるとき、成田のロビーでエリスから、子供の頃、俺はフィアッセのことが好きだったのではないかと尋ねられた。
好きか嫌いかと言われれば、確かに彼女にほのかな憧れを抱いていたのは紛れもない事実だ。けれども俺にとってフィアッセは姉以上の存在にはなりえなかった。正直言うと、彼女が海鳴で過ごした日々において、俺の中で憧れより家族の一面が強調されてしまったのだ。要は身近な存在でありすぎた。
「やさしい姉で、護ってあげたい人だった。あこがれが無かったと言えば嘘になるが、それだけだよ」
その上で俺は忍を選んだ。結局、これが俺の結論だ。そのこと自体に悔いはない。
向こうで立ち話をしているアイリーンさんや美由希、そしてフィアッセに目をやる。自分の気持に結論を下した以上、もう、過去をどう言っても仕方がない。そんな事を思いながらフィアッセをエリスに託し、俺は忍の下へと帰っていった。
大学生活もいよいよ終わりが近づいてきた。
「色々なことが片付いたら、ちゃんとする」
そろそろ忍と交わした約束を果たさねばならない。俺が選んだのは9月21日。忍の誕生日のことだった。その日、俺は彼女の屋敷に出かけ小さな包みを手渡す。それは、俺の気持ちの証である。
「忍、誕生日おめでとう。これを受け取って貰えないか」
包みを開けた彼女は、目を丸くして驚いた。
「恭也、これ、本当に受け取っちゃって、いいの…?」
忍に渡したのは彼女の誕生石であるサファイアをあしらった5号の指輪。これが意味するところは言うまでも無い。
「俺が生ある限り、俺はお前と一緒に居たい。俺が生ある限り、俺はお前を護り抜く。つまり、その、何だ…。大学を卒業したら、俺と結婚してくれないか」
「うん…。私、恭也が秘密を共有して共に歩むと誓ってくれたあの日から、ずっと恭也のことだけを見続けていた。恭也とこうなる日を夢見てた。だから、私、ずっと…」
俺に抱きついた忍は、これだけ言うと後は言葉にならず泣いていた。
あとがき
OVAの原作補完の続きです。
恭也の初恋って、一体誰でしょう。美由希? 那美? それとも薫? やはりフィアッセに抱いていたほのかな憧れこそ、恭也の初恋だったと思います。けれどもフィアッセは身近な存在でありすぎた。過去の恋慕と現実に選んだ恋愛。そして、過去の想いへの決別。恭也がエリスに吐いた言葉は、そう言う重みが含まれていたと思います。
話の締めは結婚式にするつもりだったのですが、むしろ綺麗に幕引きできるポイントと考えプロポーズで話を打ち切りました。種を明かすとここから先は「とらハ3」忍シナリオの結末に強引に繋げるものでしかありませんでしたし…
しつこいようですか、恭也×忍に是非、1票を!
魔術師のお礼状
はい、長期連作ありがとうございました。
んー、相変わらずサウンドステージ聞いていない私は少し置いてかれ気味でしたがw。
困ったときは検索かけてみればいいことを学びました。
でも、憧れとの決別、そして今愛する人と歩むことを決めた恭也。
闇の眷属たる二人が、お互いに心を許しあえる伴侶を得て、光溢れる世界に旅立っていく。
そんな、素敵な終わり方です。
ところで、恭也の初恋って誰?ってのは、確かにどっちでしょうね。
いや、薫ってのはないですがw
フィアッセかなーって漠然と思ってましたけど、那美って線もありえるのか。
あと、忍の誕生石ってサファイヤなんですね。
私、瞳の色と合わせて、ルビーなイメージだったんでちょっと新鮮でした。
ということで、人気投票の期間も残すところあと僅か。
これを読んで忍と恭也はやっぱお似合い!!と、感じた方。
是非是非最後の後押しに協力してくださいね〜♪