学び舎から次々と吐き出されていく生徒達。
ある者は部活に、ある者は友人との遊びの予定にと、思い思いの放課後の予定を胸に、しかし、共通した、軽やかな足取りで校舎を後にする。
そんな一団の中で、凄く目立つ、癖のある赤茶けた頭髪の少年。

ぐっと背筋を伸ばし、深呼吸。

「ああ、良い天気だ。何か良い事がありそうだな」

これから待つ、凛とのデートに若干浮かれて居るとはいえ、思わずそんな事を漏らしてしまうほどに、気持ちが良いくらい、冬の空は青く澄み渡り、まるで遠い異国の空の彼方まで広がっているかのようだった。

平穏、平和、日常。

そんな、春の匂いがする、穏やかな冬の日の午後を予感させてくれるくらい。














――――――――勿論、心眼も直感も未来視も持ち合わせていない彼の予感など、何の当てにもならないけれど……



「衛宮〜〜〜〜!!!」

自分の名を叫びながら疾駆してくる蒔寺を見て、穏やかな一日という予感が、音を発てて崩れ去り思わず溜息が漏れる。

「おい、凄い美形の外人さんが、校門で誰かを探してるらしいぞ」

嫌な予感がする。
いや、まさか、そんな。

セイバーほどの美人が、しかも外人の少女が校門前に居れば、人目を引かないはずがない。
ただでさえ、遠坂と付き合いだしてから周囲の視線が痛いのに、ここでセイバーまで見つかった日には、明日からは恐ろしくて学校に通えない。
ゴクリと息を呑み、内心の焦りを隠しつつ、ある少女の特徴を挙げる。

「それって、小柄で金色の髪か?」

「良くわかってるじゃないか、以前衛宮と話してるのを見たことあるって、弓道部の誰かが言ってたからさ」

「サンキュ!!」

うんうん、と頷く蒔寺を尻目に、焦って走り出した衛宮士郎は、陸上部の中距離のエース、冬木の黒豹もビックリの速さだった。
もちろん、そんな衛宮士郎には、「しっかし、綺麗な男の子だったなぁ」なんて、蒔寺の呟きが届くことは無かった。


恋に恋する三枝さん(前編)

「やあ、お兄さん、どうかしたんですか?
そんなに汗だくで、息も切らして・・・」

「ギ・・・ギルガメッシュ・・・?」

全力で、校門前まで疾走してきた士郎を迎えたのは、子ギルの不思議そうな視線だった。

懸命に息を整え、周囲を見回す。
何処にもセイバーの姿は無い。

「もしかして、セイバーさんを探してます?」

悪戯が成功した仔猫みたいな笑顔を向ける子ギルに確信した。

「なるほど、金髪で小柄で美形な外人さんだな」

きっと、何処かで立ち話でもしていたのを、誰かに見られていたのだろう。

「で、何の用だよ?」

何となく悔しかったので、やや憮然とした口調になる。

「いや、お兄さんに用なんてありませんよ」

「は?お前、俺を探してたんじゃないのか?」

「いえ、僕が探していたのは由紀香ですけど・・・」

丁度良かった、なんてニコリと天使の笑みを見せる。
何回話しても、いや、話せば話すほど、この少年が将来アレになるというのが、納得できない。
時間の残酷さを伝えてくれる教材としては、あの赤い騎士に並ぶだろう。



「お兄さんと一緒だったら校内に入れますね」

早く行きましょう、なんて嬉しそうに門をくぐる子ギル。
前言撤回。
基本的に、こっちの意向とか都合とか無視ってところとか、やっぱアイツの片鱗は容姿以外にも見て取れた。

「で、何処に行きたいんだ?
言っておくが、あんまり付き合えないぞ」

待たせると遠坂が怖いから、という言葉は飲み込んだ士郎だった。

「やだなあ、お時間なんてとらせませんよ。
陸上部の所に案内してくれればいいですから」

なんて、士郎の心を知ってか知らずか、ニコリと極上の笑みを向け歩き始めた。



「お、やっぱ衛宮の関係者だったか」

子ギルを陸上部が練習中のグラウンドまで送ると、即座に蒔寺に発見された。
誰かに見つかる前に逃げようとしたのに、野生の勘に捕まってしまったようだ。

「いや、どっちかというと俺は無関係者だ」

「は?」

「ああ、お姉さんが蒔寺さんですね、中距離走のエースの」

「あれ?アタシのこと知ってんの。
いやぁ、とうとう私の凄さは国外にまで鳴り響いたか」

カカカカ、と高らかに笑う蒔寺の耳に理解不明な言語が響いた。

「いえ、由紀香から聞きました」

その一言に、パキリと音を発て、蒔寺は子ギルに探るような視線を向ける。

「・・・ユキカ?おい、君は由紀っちとはいったい、どういうお知り合いで?」

「あ!由紀香〜〜!!」

目的の人物を見つけ、既に眼中には無い蒔寺の質問を華麗にスルーし、手を振る子ギルに、パタパタと三枝さんも走り寄って来る。

「ゴメンね由紀香、学校まで押しかけてきちゃって」

「ううん、別にそれは構わないけど、今日はどうしたの?約束は明日だよね?」

「うん、明日は楽しみにしてるよ。
今日は先にこれを返そうと思ってね」

ギルの手には、小さな可愛らしい巾着が納まっていた。
恐らくは三枝さんの手製だろう。

「それと、これはお礼です」

もう片方の手から、ウサギのぬいぐるみを手渡す。

「え、これって・・・」

三枝さんは困ったようにオロオロして、ぬいぐるみとニコニコ笑う子ギルを交互に見ていた。

「前、由紀香これ欲しがってたでしょ?
由紀香の美味しいお弁当とじゃ、釣りあわないと思うけど、良ければ受け取って」

「おい、これ限定品で、凄いレアな奴じゃないか」

思わず簡単の声を上げる蒔寺に士郎は首をかしげた。

「そんな、高い物なのか、あれ?」

当然だが、士郎にはそれの価値なんてさっぱりわからないので、小声で蒔寺に尋ねる。

「少なくとも一万は下らないぞ、あれ。
由紀っちも高いから、買うのを見合わせてた内に期間過ぎちゃって、今は凄いレア物になってる」

値段を聞いて、三枝さんが困ってる理由が良くわかった。
そんな高価な物をほいほい喜んでもらえる子じゃないしな、彼女は。
・・・・・・遠坂と違って。
ましてや、自分よりも遥かに年下の子からだし。

「あれ?これ、もう欲しくなくなっちゃった?」

「ううん、そんな事無いよ。
でも、こんな高価な物受け取れないよ、ギル君」

「そんな事気にしないでいいよ、由紀香。
これ、うちのお店に飾ってあった奴だからさ」

「ギル君のお店?」

三枝さんが首を傾げる。
そりゃ、そうだ。
まさか、目の前の少年が『わくわくざぶーん』やショッピングモールを経営しているとは、氷室探偵だって推理は出来まい。

「うん、そう。
だから、由紀香がいらないって言うなら、どうせ捨てちゃうんだ。
それじゃ、このぬいぐるみもかわいそうでしょ。
―――だから、はい」

そういって、やや強引に三枝さんに手渡した。

「お弁当ご馳走様、孝太たちだけじゃなくて、僕の分まで作ってくれて嬉しかった」

「いえいえ、お粗末様でした。
大して美味しくなくてごめんね」

まだ、ぬいぐるみを気にしてるのか、表情が少し冴えない。

「そんな事無いよ。由紀香の作ってくれたお弁当は凄く美味しかった」

ブンブンと、音が鳴るほど首を横に振る子ギルに、「大げさだよぉ」なんて言いながら、それでも嬉しそうに笑みを返す三枝さん。
ホニャっとした笑顔が実に周りを幸せな、ホンワカムードもしてくれる。
勿論、戦慄すら伴うあかいあくまの美しい微笑を思い出し、遠坂も少しは見習え!なんて士郎が考えたのは内緒だ。

「そうそう、由紀っちの弁当は絶品だよ。不味いなんていう奴が居たら、そいつは完全に味覚が壊れてるね」

「そうですよ、由紀香のお弁当が食べられる、お姉さんや孝太たちが羨ましいです」

「私のお弁当でよければ、いつだってギル君にも作ってあげるよ」

「お、いいなぁ、少年。
由紀っちのお弁当を食べられるなんて、幸せだぞ」

「そうですね、出来れば毎日食べたいくらい由紀香の料理は美味しいですから」

「あははは、毎日はちょっと無理かな。
それに、そんなに褒めても何も出ないよ」

照れながら微笑む三枝さんと、釣られて笑う士郎と蒔寺。
凄く和やかなムードの中で、

「由紀香が、僕のお嫁さんになってくれれば、毎日だって食べられるんですけどね」

なんて、世界を核の炎に包むような事を、サラッとこのお子様はのたまいやがった。

蒔寺が、ショックで真っ白になってる。
三枝さんは、いつかの公園で会った時よりも、よりいっそう赤くなってる。
子ギルは、無邪気さを意識的に武器にして、三枝さんを完全に口説きにかかっている。
傍観者的な立場だからか、それとも予想外の発言は凛で慣れてるからか、いくらか冷静な士郎は3者の様子を観察できた。

「確かに、三枝さんは良いお嫁さんになれるな」

なんて、敢えて一般論を振りかざすことで、おかしな空気になってきた場を和ませる。

「そ、そんなことないよ、遠坂さんとか、衛宮君も凄くお料理上手だし・・・」

士郎の助け舟に慌てて乗り込む三枝さんと、心なし恨みがましい目で士郎を見つめる子ギル。

いや、仕方ないだろ。
なんだか、三枝さんがかなり困ってたんだし、正義の味方としてはほっとけないだろ。

なんて、目で自らの意図を子ギルに伝える。

「いえ、そんなことないですよ。
三枝さんの料理は、家庭的で優しくてすごく美味しいと思いますし」

「おわぁ!!遠坂!!」

背後からの突然の声に、思わず声を上げてしまう。

「あら、衛宮君失礼ね」

いや、背後から突然声をかけるほうが失礼だろ!?
なんて、抗議の声は上げられない。
口調、そして、綺麗なまでに顔に刻まれた、微笑み。

「あの、遠坂さん。
・・・・・・もしかしなくても、怒ってらっしゃる?」

弱々しい、卑屈といってもいいような笑みを浮かべ、あくまの機嫌を取る子羊士郎だった。

「いえ、別に少しも怒ってませんよ。
ほんの小一時間以上、待ち合わせ場所で、独り寂しく立ってただけですから」

助けを求め、周囲に視線を巡らせる。
まさに『溺れる者は藁をも掴む』な心境だ。

蒔寺・・・は、既に逃げ出した後だ。
ッチ、早いな。
野性の勘か?

三枝さんに、さっきの助け舟の借りを期待する。
・・・ダメだ、完全に遠坂に憧れの視線を向けてる。
優等生スマイルの遠坂に憧れてる彼女は、恐らく衛宮士郎の、今そこにある危機に、気がついてすら居ないのだろう。

やはり、子ギルしかない。
目が合う。
ニコリと天使の微笑み。

『よし!救われた!』

と、小さくガッツポーズ。

「お姉さん、さっきクシャミしませんでした?」

「は?」

子ギルの意図がわからない。
遠坂も首を傾げてる。

「そういえば、二回くらい・・・」

よし、意図はわからないけど、何とか矛先を変えてくれたみたいだ。
さすが、小さくても全ての英雄の頂点に立つ英雄王だぜ。

「さっき、お兄さんが、由紀香は慎ましやかで優しくて、って話をしてる時に、お姉さんのこと考えてたみたいだから」

「お、お、おいい!!!」

「ふ〜〜〜〜ん、衛宮君?」

「いや、誤解だ遠坂、落ち着こう、話し合えばきっと理解できるさ、そこに間違いなんか無い」

「そうね、ゆっくり話し合いましょうか。
特に、急に慌てて言い訳を始めた理由について・・・ね」

『キラリと輝く遠坂の瞳の向うに、死兆星が見えたよ切嗣』

凛に片腕を抑えられ、連行される犯人のように項垂れる士郎の目には、満面の笑みを浮かべる子ギルの姿が見えた。

やっぱり小さくなっても、我様(オレ)万歳の英雄王だったか。

「それでは、三枝さん、失礼しますね」

由紀香に微笑みかけ、凛と士郎は腕を組んで校門をくぐっていった。










去っていく二人を、憧憬の視線で見送る由紀香に声をかける。

「どうしたの、由紀香?」

「やっぱり遠坂さんてステキだなぁ、と思って」

「由紀香の方がステキだと僕は思うけど」

『というか、最後のお兄さんを見る限り、少々気の毒なくらいだ』

口には出さないが、言峰の弟弟子なだけはあるとすら思った。

「ありがとう。でも、遠坂さんのお嬢様みたいな所とか憧れちゃうし・・・」

「憧れちゃうし?」

「女の子だし、恋人とのステキなデートも憧れちゃうよ」


その呟きは、憧れている物が、自分には手に入らない偶像だと言っている様に覆えた。

「由紀香」

「なに、ギル君?」

「明日を楽しみにしててよ」

「うん、ギル君とお話しするの楽しいから、いつも楽しみにしてるよ」




冬の日の落日は早く、何処までも伸びていく影法師。
それでも彼女に届かない。
今の彼の姿は、小さすぎて彼女の視界には入らない。


一瞬逡巡する。
悔しくも思う。


離れていく影法師。
少年は校舎を離れ、少女は仲間の輪に帰る。

帰り道、少年は一人呟いた。

「・・・正直、気が進まないんだけど、由紀香のためだし」

ポケットから小瓶を出し、それを一度に飲み干した。








魔術師の後書き

前後半に分ける気無かったけど分かれちゃいました。
メインは後半の話だったんですが、なんか導入部分が長くなりすぎちゃった。
反省。
まだ、3人娘のキャラがつかみきれてないので、話が迷走気味です。
要反省。
バレンタイン連作の前には、この話も仕上げる予定です。