学び舎から次々と吐き出されていく生徒達。
ある者は部活に、ある者は友人との遊びの予定にと、思い思いの放課後の予定を胸に、しかし、共通した、軽やかな足取りで校舎を後にする。
そんな一団の中で、凄く目立つ、癖のある赤茶けた頭髪の少年。

ぐっと背筋を伸ばし、深呼吸。

「ああ、今日も良い天気だ。今日こそ何か良い事がありそうだな」

何だかんだで、昨日の凛とのデートは楽しかったが、それはそれ。
昨日は子ギルのせいで騒がしかったけれど、思わずそんな事を漏らしてしまうほどに、昨日より一層気持ちが良いくらい、冬の空は青く澄み渡っていた。

平穏、平和、日常。

昨日のアクシデントを綺麗さっぱり忘れて、穏やかな冬の日の午後を予感させてくれるくらい。














――――――――勿論、しつこいけれど、心眼も直感も未来視も持ち合わせていない彼の予感など、何の当てにもならないけれど……



「衛宮〜〜〜〜!!!」

本日も自分の名を叫びながら疾駆してくる蒔寺を見て、穏やかな一日という予感は、バーサーカーに粉々に粉砕された瓦礫のように、跡形も無く吹き飛んだ。

「一体どうなってんだ!?」

「は?」

嫌な予感がする。
今度は一体何が起こってるんだ?

「いい加減にしろ!!遠坂にしろ、間桐妹にしろ、昨日の金髪の少年にしろ、この町で美形を見たら、皆お前の関係者なのか!!?
あれか?お前からは、美形な人にしか感じられない、何かフェロモンとか出てんのか!?
ちくしょー!!私は何も感じないって事は、もしかして私は美形じゃないってのか、この馬鹿失礼スパナ!!」

「そんな物出てないが、例え出ても、確かにお前には関係ないだろうな」

ガァァー!!と、吼える蒔寺を完全に無視を決め込む。
勿論、遠坂から聞いた、これで、この騒いでる黒豹ロボ、和服を着込むと急に和服美人に変形するという特殊機能がついてる、なんて情報は意識的に頭から追い出し無視を決め込む。

「で、今日は一体どんなのが学校に来てるんだ?」

昨日の一件があったから、セイバーには基本的に学校に来ないようにお願いしてある。
ライダーも、桜から騒ぎにならないように、良く言い含められている。
カレンは今バチカン、バゼットさんは就活中。
他の連中ならば来てても、あまり衛宮士郎には関係ない。

ということで、士郎は今日は結構余裕だったりした。

「今日も金髪の外国人だぜ」

はて?
セイバーと子ギル以外では金髪にはちょっと心当たりは無い。

「それって、俺とは関係ないんじゃないのか?」

「いや、衛宮を探してるみたいだったぞ」

「・・・いや、全然心当たりがないが・・・」

そうか?なんて首を傾げながら、蒔寺がその外人さんの特徴を挙げていく。

「なんか、凄い偉そうな感じで」

なに?

「物凄くお金持ちっぽくて」

もしかして?

「今にも我と書いてオレと読ませかねない感じだったなぁ」

「ギルガメッシュ!?」

「ああ、そういえば何処と無く、昨日のあの子に容姿が似てたな」

ポンと掌を叩き、ウンウンと頷く蒔寺を尻目に、必死に走って、校門(困難)から離れようとする衛宮士郎(正義の味方)

「む、見つけたぞ、雑種。
我の手を煩わせるとは万死に値するが、今日は特別に許してやろう」

なんて、金色の英雄王のお言葉が下賜された。





「親父、正義の味方になるためには、あらゆる困難に打ち勝たなければならないんだな」

遠い記憶の向うに居る憧れを、思わず仰ぎ見る。
・・・にしたって、この壁は余りにも高く厚い。
―――――――――――――――あんなにも蒼かった天は、彼の苦悩を暗示するかのように、分厚い雲に覆われているくらいに。


恋に恋する三枝さん(後編)

今日も今日とて、何故か陸上部に顔を出す衛宮士郎。
そして、後ろからついて来るのも、昨日と同じく、さらさらとした金色の髪と、見た者を魅了して止まない紅の瞳を持った英雄王。

ザワザワと陸上部の部員達が二日連続の闖入者に視線を向ける。
昨日と違うのは、後ろに控えている男が、陸部だけでなく、グラウンドを使っている他のクラブの女生徒の視線すら、一身に集めている事くらいだろうか。

興味深そうに走って側まで寄ってきた蒔寺ですら、ギルガメッシュから発しているオーラみたいなものに気圧されているのか、昨日のように気さくに話しかけるのではなく、士郎に耳打ちをしてくるほどだ。

「おい、やっぱりこの人も、お前の関係者だったのかよ?」

チラリと向けた視線が、ギルガメッシュの瞳と合うと、蒔寺は気まずそうに瞳を反らした。
蒔寺程の、ある意味では普通ではない神経の持ち主ですら、ギルガメッシュの前では借りてきた猫のようになってしまうらしい。
最近は愉快な一面を見ることも多く、あまり意識することもなくなったが、全ての英雄を超越する、圧倒的な存在感はまだまだ健在だと言うことだろう。

「できれば、無関係を装いたいんだけどな」

「む、雑種共、先程から我の前で、余りにも無礼な態度ではないか」

士郎の深い溜息を見咎めたギルガメッシュの発言は、初対面の蒔寺の度肝を抜くには十分だったらしく、目を点にしている。

「あれー、蒔ちゃんと衛宮君だ。
衛宮君、今日も見学に来るなんてどうしたの?あ、もしかして入部したいのかな?」

「いや、昨日に引き続き、三枝さんのお客さんを案内してきただけ」

「ギル君のこと?」

半分当りで半分外れな三枝さんの疑問に、士郎が何かを答える前に、ギルガメッシュが声をかけた。

「由紀香」

自分を呼ぶギルガメッシュの声に、反射的に瞳を向ける。
顔が真っ赤になり、返事が出来ない。
いや、三枝さんだけでなく、蒔寺も、士郎ですら声を失ってしまった。
それほどに魅力的な表情だったのだ。

初めて見た表情だった。
嘲笑、冷笑、哄笑・・・。
士郎の知っているギルガメッシュの笑いは、そういった他者を侮蔑する類の物だった。

しかし、三枝さんに向けた表情は微笑、親愛の情を湛えた微笑だったように士郎には見えた。

『本気・・・なんだよな?』

あんな表情を見せられたら、さっきの話を信じるしかない。
ここに来る前に、ギルガメッシュは何と言った。

「あれに聞かなかったか?
愛情の目盛りは減ることがない、と」

「なら、お前、本当に今日は三枝のために?」

「あれのたっての願いでもあるからな」

クククと満足げに笑っている。
どうやら、子ギル(かつての自分)に頼み事をされたのが、愉快でしかたがないらしい。


自分を、いや、己以外の全てを雑種と見下す傲慢なあの男が、三枝さんの事は別に考えていると言ったのは、聞き間違いでも、ましてや嘘でもなかったらしい。


ようやく、正気に戻ったのか、三枝さんは目の前の青年に、少し怯えたように視線を向ける。

「ギル・・・君?」

「いつも弟が世話になっているな」

「ギル君のお兄さん・・・?」

そうだよね、なんて一人ごちる。
それはそうだ、いくら成長期でも、常識的に一日でいきなりこんなに大きくなるわけがない。

「兄弟か、それにしてもありえないくらい美形で、そっくりな兄弟だな」

蒔寺の独り言に、三枝さんも頷いて同意する。

「弟が風邪をひいたのでな、今日は代理で我がここに来た。
今日、我と出かけることに異存はあるまいな?」

すっと彼女の腕を自然に取り、返事を聞かずに歩き出す。

「あの・・・」

不安げな三枝さんの声に、不思議そうに振り返る。
そこに、三枝さんが自分の誘いに乗ってこない、という事態を不安に思う様子は、微塵もない。

「ギル君は大丈夫なんですか?」

その言葉に、ギルガメッシュは不思議そうに首を傾げる。

「ギル君、いえ、弟さんが風邪なんでしょう?
だったら、私のことは気にしなくてもいいですから、側にいてあげてください」

ギルガメッシュの言葉を、微塵も疑っていないらしい言葉。
クッと、笑ってしまいそうになる。
何と単純で、何と愚かな少女なのか、と。
疑うどころか、容態を真剣に案じているらしい。
鋭さや利発さとは無縁、蒙昧と言っても過言ではないような目の前の少女。

「あれのたっての願いだ」

なのに、それなのに、何故。

「ギル君の願い?」

まだ、不安に揺れる子犬のような瞳は、不安と恐れも含んだものであるように感じられた。
それが王の胸を少し騒めかせる、それはもうずっと長い間感じたことのない感触で、微々たる物であるため、本人にも明確には意識できない程度の違和感だった。

「そうだ、由紀香が笑ってくれることが、あれへの最高の見舞いになるということだ」

「でも、病気の時、一人で居るのは、きっと不安なはずです。
いくらギル君がしっかりしてても、その・・・」

柔らかい髪を撫でる。

「ありがとう」

由紀香の驚いたような瞳で、ギルガメッシュ自身も自分の行動に気がついた。
ほっとしたのか、フワリと微笑む。

その瞳から逃れるように、視線を外した。

『我は今何をした!?
『ありがとう』だと?
いくら、由紀香といえど、全ての英霊英雄の頂点に立つ我が、たかが人間の女にか!?』


驚いたのは士郎も同じだった。
いや、むしろ、ギルガメッシュ本人よりも、驚きは大きかったと言ってもいい。

傲慢が服を着て歩いている『あの』ギルガメッシュが、他者に礼を言うなど、目の前で見ても信じられなかった。
恐らくセイバーが横に居れば、むしろ何か企みがあるのではないかと不安に思うくらいに、ありえない事態だった。

「それで、我と行くのか、行かないのか?由紀香」

振り向かずに問う言葉に、コクンと由紀香が頷く。
由紀香を変な男から守る会の蒔寺には、戦慄が走っていた。
頷く由紀香に満足げに頷くと、それを合図にギルガメッシュがパチンと指を鳴らした。


先程までとは違った意味で、士郎は、いや、その場に居る全ての者は目を疑った。

目の前に、何処から校内に入ってきたのか、真っ白なロールスロイスが音も立てずに止まり、同じく音もたてずに赤い絨毯が、ギルガメッシュと由紀香が立つ所まで引かれる。
その真紅の絨毯の上を、もう一度由紀香の手を取り、ギルガメッシュがエスコートしながら進む姿はまるでバージンロード。
二人が扉の前に立つと同時に、中なら執事の格好をした男性が恭しく扉を開き、ギルガメッシュ自身が由紀香の手を引いて車の中に導いた。
再び恭しくバタンと扉が閉められ、車が走り出すまで、誰もが声一つ発てられなかった。
あまりと言えばあまりの事態を前にすると、誰もが声を失うらしい。


「おい、衛宮!!あれは一体何者なんだ!!?」

ギルガメッシュが去ってからたっぷり3分間くらい経ってから、ようやく茫然自失から復活した冬木の豹の叫びが木霊した。

「考えられないだろ!?なんだ、あのロールスロイスは!?赤絨毯は!?セバスチャンは!?」

最後のセバスチャンはともかく、『なんなんだ、あれは?』と言うのは、その場に居た人間が等しく思った感想だった。

「一体、あのキラキラ男は由紀っちのなんなんだぁぁ!!」

苦悩の言葉が天に木霊し、吸い込まれていく。

「キラキラ男!?どういうことなのよ、士郎」

「・・・遠坂、どうしてここに?」

未だ呆然としていた士郎の肩を叩いた恋人の姿に、士郎もようやく正気に戻った。

「どうして?じゃないわよ。
衛宮君が連れてきた、金髪の超絶美形が、学校にロールスロイスで乗り入れたって噂が学校中を駆け巡ってるわよ」

もう、噂って言うよりは都市伝説並みだけどね。なんて、凛は笑ってみせる。

「しかし、あの人も士郎も、本当に手の込んだ悪戯するわね。
大人しい三枝さんにも無理言って協力してもらったんだから、明日きちんとお礼を言いなさいよ」

それじゃ、帰りましょうか。なんて、笑顔を向けて士郎の腕を取り、帰り始める。
御機嫌よう、と笑顔を振りまく凛と、何が何だかわからないまま凛についていく士郎の耳に、グラウンドの其処彼処で囁かれる言葉が耳に入ってきた。


「なんだ、悪戯か」

「そうだよね、いくらなんでもロールスロイスはね・・・」

「でも、あの男の人かっこよかったよね」


あまりにも非現実的すぎた光景に、生徒達は何処かで納得のいく説明を求めてたのだろう。
手の込んだ悪戯という、普通に考えれば強引過ぎる言い訳に納得し、ただギルガメッシュの容姿の良さだけが話題になっていた。



「で、昨日の今日でギルガメッシュは何しに来たわけ?」

門をくぐり、周囲に人が居ないのを確認した後、凛は本題を切り出してきた。

「なんで、ギルガメッシュってわかったんだよ?」

士郎の質問に溜息を返す。

「昨日子供のアイツが来たんだし、そのうえ、金髪でロールスロイス・・・。
こんなアホなことする奴なんて、他に居るわけないでしょ」

アホなことをする=今日来たのは大人バージョンと、説明も根拠もなく理解されているギルガメッシュに、他人事ながら同情を隠せない士郎だった。

「じゃ、士郎行くわよ!」

「何処にさ?」

「あの金ピカの後を追うに決まってるでしょ!!」

焦る凛と、首を傾げる士郎、どうにも二人の危機感が一致しない。

「金ピカが何を企んでいるか知らないけど、三枝さんみたいな良い娘が巻き込まれるのをほっとくなんて、アンタそれでも正義の味方!?」

「むしろ、俺たちこそが、お邪魔なあまり、馬に蹴られかねないと思うんだが」

二人の危機感が全く一致しないのは、ある意味当然とも言えた。
ギルガメッシュと言う人物のイメージをベースにして、あの三枝さんへの態度を見ているか見ていないか、この差は大きい。
傲岸不遜な男が大人しい三枝さんにどんな事をするのか、そう考える凛と。
傲岸不遜な男が見せた三枝さんへの対応から、ギルガメッシュの中での、彼女と周囲の人間に対する感情の違いを感じ取った士郎。

とにもかくにも、ぼやく士郎を強引に引き攣れ、白いロールスロイスの後を追う凛だった。











新都で一番と評判高いブティックの前に止まる一台の車。
道行く人々が必ず注視してしまうほどの存在感を放つそれこそが、凛が探していた、ギルガメッシュの乗ってきたロールスロイスに違いなかった。

「・・・これだけ目立つと探す方には楽でいいわね」

半分以上は呆れての発言だが、実際手掛かりもなしに、新都を探し回る苦労をしないで済んだという意味では、むしろ僥倖だったといってもいいだろう。

「おい、遠坂」

振り向くと士郎が頭を抱えていた。
理由は分からないが、とにかく店内に入ろうと扉に手をかけて初めて訳がわかった。


『Close』


そんな札が申し訳なさそうに凛の前に立っていた。

「ここ、今日は休みじゃないわよ?」

自身も結構な頻度で利用しているらしい凛の言葉に、士郎は首を振って扉の上の方を指差した。


『オーナーの交代により本日臨時休業致します』


「まさか!!?」

豪奢だが、決して下品でない造りの店内に、これまた艶やかで上品な仕立ての服や装飾品が所狭しと並ぶ、凛も見知った店内はいつもと変わらない。
しかし、一点だけ常と異なっていた。
いつもは、必ず複数人は買い物を楽しむ人影が見える店内は、今日はたった二人の客のためだけに存在していた。
いや、正確には一人の女性のためだけに存在していた。

「ふむ、由紀香にはやはり、あまり華美な色合いの物より、こういう淡い色合いの方が栄えるな」

今、三枝さんが着ている服は、彼女の清楚な雰囲気を一層引き立てる、シルクのカクテルドレス。
女性と言うよりは、未だ少女のようなあどけなさ、無垢さが魅力の彼女にあわせ、背中の大きなリボンとスカートの可愛らしいフリルというデザインが、セクシーよりはキュートな彼女の魅力を十二分に引き出していた。

「あの、ギルガメッシュさん」

「ん、どうかしたか、由紀香?」

「わたし、こんな服もらえません」

この店は三枝さん自身も憧れてた店で、その中でも特に高級そうな服や装飾品を、取っかえ引っかえ試着させてもらえた。
それも、お店中の人がずっと、まるでお姫様を扱うように丁寧に応対してくれているだけで、もう大満足だった。

「そうだろうな、由紀香」

頷くギルガメッシュに頷き返す。
由紀香にも分かるくらい凄そうな、精緻な彫刻が施された胸元のカメオは、先程店員さんに聞いたら30万円以上もするという。
今着ているドレスだって、高級なシルク製の洋服で、やっぱりカメオに負けないくらい高級な物だってことが想像できる。
こんな高い物は、いくらなんでも貰えない。

それに―――

「私には似合わないですし・・・」

「まったくだ」

強く頷くギルガメッシュ。
少しだけ哀しい気もするが、それ以上に気が楽だった。
―――――――――次の言葉を聴くまでは。

「こんな安物では由紀香には似合わないとは、我も思う」

耳を疑った。

「次回までには、ミラノなりパリなりで、由紀香に相応しい品を用意できるよう手配しておこう」

「あの、そうではなくて、ですね・・・。
私に相応しくないのではなく、私が相応しくない、と・・・」

由紀香の言葉は、突然のギルガメッシュの笑いにかき消された。

「この程度の服に、由紀香が相応しくない、と?
成る程成る程、慎ましく謙虚なのが由紀香の魅力ではあるからな」

突然笑い出したギルガメッシュに、三枝さんは、どう対応したらいいものか、困ってしまっていた。
そして、ひとしきり笑いが落ち着くと、「良いか、次に我が来た時は、もう少しマシな品を用意しておくが良いぞ」と、店内の者に声をかけ、そのまま彼女の腕を取り、車に乗り込んでいった。






そんなやり取りを見て、安堵の溜息をつく士郎。

「いや、ギルガメッシュが、いつも着てるような奇天烈な服装を、三枝さんに着させるんじゃないかと不安に思ってたけど、思ってたより趣味が悪くなかったな」

走り去っていくロールスロイスを見送りながら、隣に居る凛に声をかける。

「追いかけるわよ」

「なんでさ?」

今のやり取りを見てれば、凛にも、ギルガメッシュが、三枝さんに危害を加える意思がないことは、伝わったはずだが。

「いいから行くの!!」

むんずと士郎の腕を取って、後を追い始めた凛の後姿を、士郎は不思議に思いながら引きずられていった。









移動中の車の中、そわそわと落ちつかな気な少女に、ギルガメッシュは不思議そうに視線を向けていた。
見ているとさっきから少女は、胸元のカメオを弄ったり、シルクの感触を撫でたり、キョロキョロと自分の服装をチェックしたりと、本当に落ち着きがない。

「どうしたと言うのだ、由紀香」

チラリと目の前の、いつの間にやら仕立ての良いタキシードに着替えた青年の姿を、視界に収める。
天使みたいな金色の髪、ルビーみたいな紅の瞳、染み一つない透き通った白い肌、高く整った眉から鼻筋までの顔の造作。
神様が創った最高の芸術品みたいに綺麗で、圧倒されてしまうほどに存在感があり、ただその場に居るだけで場が華やぐほどの雰囲気を纏った男性と居る自分。

「こんな高い服を着て、こんな立派な車に乗って、こんな風にエスコートされるなんて、私には似合わないなぁ・・・って」

「まだ、そんな戯けたことを言っているのか、由紀香」

苦笑の表情すらも、この青年のするとなれば、豪奢で艶やかな華が咲いたように人目を引くものだった。

「すてきな男とお嬢様のようなデート。
それが、由紀香の望みではなかったのか?」

「ギル君から聞いたんですか・・・」

やだ、恥ずかしい、なんて呟きながらコクンと首肯する。
そんな由紀香に、からかう様な笑みを向けながら、ギルガメッシュは、由紀香の瞳を覗きこむように顔を近づけた。

「素敵な男性・・・我では不足か?」

言葉とは裏腹な、確信に満ちたニヒルな笑みが、由紀香の鼻先に浮かぶ。
紅の瞳に魅入られた由紀香は、喋ることすら儘ならずに必死に首を振ることで否定の意を表した。

「では、この程度では、由紀香の期待した『お嬢様』には届いていないと言うことか」

先程とは違い、さもありなんと頷く瞳は、他ならぬ彼自身が満足していない事が明白だった。
しかし、由紀香はその言葉にも必死で首を振り否定する。

「十分です、私なんかには十分すぎて勿体無いくらい・・・」

ギルガメッシュの整った眉が、不快気に寄せられ、瞳から温もりが消えうせる。
舌が凍りつき、言葉が出ない。
由紀香を捕らえて離さなかった赤い瞳が、冷たい輝きで由紀香の心ごと縛り上げたかのようだった。

「ついたぞ、由紀香」

ほんの一瞬、僅かな間だけ由紀香を縛った紅の瞳は、何事もなかったの様に車外の店を映していた。
由紀香の手を恭しく取り、店の入り口をくぐる。
優しく丁寧なエスコートにも拘らず、由紀香は先程のギルガメッシュの瞳が頭から離れず、子犬のように身体を震わせていた。







「本当に目立つな」

何処に行っても白いロールスロイスは注目の的で、士郎と凛は今回も労せずに二人の居所を知ることが出来た。

「・・・しかし、次から次へと・・・」

溜息とともに吐き出された凛の言葉には、しかし、呆れだけでなく確かに憧憬も含んでいた。

「遠坂、ここも知ってるのか?」

先程のブティックが如何に有名か、ここに来るまでの道すがら凛に聞かされた士郎だった。

「ええ、近隣だけでなく、遠く東京からもわざわざ訪ねてくる人が居るくらい、今人気のお店よ。
クリスマスにここで食事したいとしたら、今からじゃもう予約が一杯でしょうね」

「クリスマスって・・・え?」

言葉を失う士郎だったが、それも当然だろう。
クリスマスを迎えるまで、あと8ヶ月以上の猶予があるのだから。

「平日だって、予約で一杯。
とてもじゃないけど、昨日今日思いついて、すぐに入れる店じゃないんだけどね」

そんな凛の言葉を否定するかのように、窓から見える店内はガラガラで、二人を除いては客など一人も居なかった。
それもそのはず、ご他聞に漏れずレストランの扉には一枚のプレートが掲げられていた。


『本日貸切』


呆れたように溜息をつきながらも、物陰から二人の様子を窺うように店内の様子を探る。




向かい合いテーブルに着く三枝さんとギルガメッシュ。
二人の間に、先程までとは違う、気まずい沈黙の帳が下りてきていた。
特に俯いたままの三枝さんは深刻で、ギルガメッシュが何か話題を振っても、二言三言言葉を返すと、後はまた沈黙に身を委ねてしまっていた。

「由紀香、一体どうしたというんだ」

「・・・いえ、どうもしません」

何度も繰り返された問答に、ギルガメッシュも流石に、思わず苛立たしげに溜息をつく。
それに、またビクリと過剰な反応を見せる由紀香は、完全に萎縮してしまっていた。
先程のブティックのように、高価さや周囲の対応に面食らっているのとも明らかに違って見える。

「この店は気に入らなかったか?」

そんな問いにも、首を振るだけだ。
これでは、ギルガメッシュでなくとも苛立たしくなるのも無理はない。
むしろ、これが由紀香以外の他者ならば、既にギルガメッシュの手により、排除されていてもおかしくないくらいだ。
懸命に不快感を抑えているのを見ると、流石に凛も、金ピカの他の他者への対応と、三枝さんは別物だと認めざるを得ない。

「ん、由紀香・・・それは?」

ギルガメッシュの目に、見た覚えなどないのに、何処かで見た覚えのある巾着が眼に入った。

「あの、これは・・・」

三枝さんが恥ずかしそうに自分の背中にそれを隠し、言葉を濁す。

「それは、もしかして・・・弁当か?」

自分ではない自分の記憶に、該当する物を発見し、問質した。

「その、今日はギル君と遊ぶつもりだったから・・・」

成程。と、小さく頷いた。

「確かに、あれは由紀香の弁当を好んでいたな。
わざわざ用意してきたのか」

「はい、こんな立派なお店で、ご飯食べると思わなかったから、こんな物もってきてしまって・・・」

そうして、恥ずかしそうに、より深く俯く由紀香。

「出るぞ!!」

その手を掴み、激しく音を発てて立ち上がったギルガメッシュに、三枝さんは目を白黒させていた。
あまりの剣幕に、何事かと帰り支度を始めていた士郎と凛も、店に雪崩込んで来る。

「何考えてるの―――」

「由紀香が、我のために弁当を作ってきてくれたと言うのなら、こんな店に長居は無用だ」

予想外の言葉に、飛び込んできた凛はもとより、三枝さんも目を丸くしている。

「こんな店って、ここのシェフは、フランスでも有名な腕前なんだよ?」

「由紀香!!」

先程と同じく、ギルガメッシュは不快気に声を荒げ、射抜くような瞳は冷たい怒りを示していた。

「何処まで自分を過小評価する気だ!?」

「過小評価って・・・」

「この店の料理より、由紀香の弁当が劣る!?
戯けたことを・・・、我に言わせれば、金さえ出せば誰にだって同じ物を用意するこの店より、我のために時間を割いて、我のことを考えて作ってくれたその弁当のほうが、数段価値がある」

その言葉に、俯いていた三枝さんが、はっきりギルガメッシュを見つめた。
相変わらずその怒りは峻烈で、でも、それはギルガメッシュが自分のことを真剣に高く評価していることの現われだと理解できた。

「全ての財は我の物であり、万物の価値とは、我がそれをどう評価するかが全てなのだ。
今日用意したものなど、我に言わせれば由紀香の価値とは比較にならないガラクタばかりだ」

「そんな事はないんじゃ・・・」

「いいか、由紀香、今後、自分自身のことであっても、斯様に貶めるでないぞ。
その行為は、由紀香の価値を認めている我に対する侮辱だと思え」

あんまりと言えばあんまりな物言いに、反駁しようとした三枝さんには目もくれず、ギルガメッシュは一気に捲くし立てた。
肩で息をするギルガメッシュの瞳に、もはや怒りはなく、三枝さんも先程までの怯えとは打って変わった、安心したような微笑みを浮かべていた。









長い影を映し出す夕焼けが、空を紅に染め上げていた。
最後はロールスロイスではなく、由紀香の希望で、新都から二人でゆっくり歩いて帰ってきていた。
あの、昼食以来、由紀香は、すっかりギルガメッシュを信用したのか、はにかむような笑顔を浮かべている。

「今日はありがとうございました」

手渡された手荷物は、今日ギルガメッシュガ贈った服や装飾品の類だった。

「どうしても受け取らぬ気か」

「はい」

ギルガメッシュの言葉に強く頷く。
王の施しを拒絶され、常ならば怒りを感じるであろうに、ギルガメッシュはそれを大人しく受け取った。

「ふむ、慎ましやかなのが由紀香の魅力でもあるしな」

小さく頷き、由紀香に背を向けて歩き出した。
その背中が、別れ際の表情が、三枝さんの良く知っている、あの金色の髪をした少年と重なる。

「ギル君・・・」

無意識の呼びかけに、無意識に振り返ってしまった。
ザーーッと風が二人の間を翔けて行く。
数瞬の沈黙。

なんだ?と問いかける瞳に、彼女は笑わないでくださいね、と前置きして、今日初めて会った時から感じていた疑問をぶつけた。

「本当は、お兄さんとかじゃなくて、ギル君本人・・・じゃないのかな、って」

ありえない、目の前の青年はどう見ても自分より年上なのだから。

けれど―――
自分よりも年下なのに、不思議なくらい大人びていた少年。
そして、その少年が繰り返し湛えてくれた、自信を持てと伝えてくれた、三枝由紀香という人間の価値。
それを、異なった言葉で、異なった手段で、でも、同じくらい三枝由紀香を認めてくれたこと。

そして、そして、自分のお弁当を食べてくれている時の表情。

そんな仕草の一つ一つが、彼女の中の馬鹿げた着想を後押ししてくれていた。

「ハハ、そんなわけ無かろう」

燃え盛る空の向うに何を見たのか、印象的な笑いを浮かべてギルガメッシュは即座に否定した。

「あれと我は、もはや別人だ。
あれが、成長しても我にはなるまい」

意味がわからない解答に首を捻る三枝さんに、今度こそ背を向けて歩き出す。

「由紀香が側に居れば、今の我のように、憎悪が愛情を凌駕するわけがなかろうに」

別れ際の由紀香の笑顔は、心の中の悪意を全て洗い流してくれる、そんな無邪気な華のような笑顔で、それを目蓋に描いた英雄王の呟きは、誰に届くことも無く、泡沫の夢に霧散した。


魔術師の後書き

すいません、前に更新してから随分空いてしまいました。
仕事、忙しすぎ。
Fate/ZERO面白すぎ。

さて、前編に比べ随分長くなってしまいましたが、これでも大分削りました。
いっそ、全部詰め込んで前中後編の3部作にしようかと思っちゃったくらい。

やっぱ、ギル様はかっこいいね。
私の書くギル様はともかくとして。

ま、最後のギル様の言葉は、士郎が必ずアーチャーになるわけじゃないように、ギル様もまた別の未来があってもいいかなという私の気持ちです。
実際は、エミヤの場合と違って、平行世界でなくクスリで子供になってるだけなんで、違う未来に至ることは無いんでしょうけどね。
さて、いよいよあと4日でPS2版の発売ですね。
私、PC版をまだFateまでしか終えてないんで、何とか発売までにUBWとHFまで終えたい。
けど無理だろうなぁ。