瞼を閉じれば、今も鮮やかに浮かび上がる。
地球の裏側から来たという、その人と初めて出会った時のことを。

決して忘れられないあの一幕。
ある事が原因で、身体も弱く人見知りする性質だった私は、一人で居ることが多かった。
そんな私に向けられた、はにかんだような笑顔。

今の私の幸せを形作った最初の出来事。
「おいで」とまっすぐに伸ばされた、武骨で傷だらけの腕。


そう、忘れられるはずがない、大切なあの人との出会いの瞬間を・・・


Spring Illusion


柔らかな春の日差し

高町家の広い庭には花が咲き乱れ、若々しい生命力に満ち溢れていた。
洗濯物を干し、恭也の大切にしてる盆栽にも日光浴させてあげる。

『恭也ってば昔から爺くさかったな』

まだ高校生のころから、縁側で真剣に盆栽に向かい合っていた恭也を思い出す。
本人は気が付いてなかったのか、指摘されるたびに憮然としていたけれど、縁側で盆栽に向かい合い剪定していた姿は、高校生にはとても見えなかった。でも、本人は相当楽しかったのだろう、時には鼻歌まで披露してたくらいだから。

「おかーさん、どうしたの?」

ティオが不思議そうに私の顔を覗き込んでいる。
いけない、どうやら思い出し笑いをしてたみたいだ。

「昨日の続きしてくれる?」

自分の身体ほども在るエレクトーンを担いで、士郎がよろよろと近づいてくる。

私のエレクトーンに合わせて歌うティオ。
頬杖をついたまま音に身を任せる士郎。

これがオフの日の私の日常。
大切な二人の宝物とのリサイタル、忙しくてなかなか一緒に居てあげられない二人との時間を共有する。

それにしても今日は日差しが暖かい。

「おかーさん、今日はあったかくて気持ち良いね」

「僕知ってるよ、『こはるびより』って言うんでしょ?」

「そう、小春日和。士郎、そんな難しい言葉知ってて偉いねえ」

小さく欠伸する息子の頭を優しくなでる。

「お祖母ちゃんが教えてくれたんだ」

士郎とティオレと3人でそのまま縁側で日向ぼっこする。

「おかーさん、おとーさんと幼馴染だったんでしょ?
二人の子供のころのお話聞きたいな。」

おしゃまなのかティオは最近しきりにこう言った事を聞きたがる。
一方の士郎は、もう既に夢の中に居るみたい。

「そうね、恭也と最初に会ったのはね・・・・・・」

瞼を閉じれば昨日のことのように思い出せる。
士郎を起こさないように静かに、過去を再現するかのようにゆっくりと昔に思いを馳せる。


「はじめまして」

そう言って差し出された、傷だらけで武骨な腕。
それとは対照的な優しそうな表情。

「フィアッセ、彼はね高町士郎。私の友人でね、日本から来たサムライだよ」

「サムライなの?」

「おいおい、アルバート」

「まあ良いじゃないか」

苦笑する士郎と楽しそうなお父さんを尻目に、私は簡単に自己紹介して逃げ出してしまったのだった。


それからも士郎は頻繁に声をかけてきてくれた。
庭で動物達と朝食を取るのが好きだった私によく付き合ってくれた士郎。
そこで、彼はいろいろな話をしてくれた。
その柔らかく優しい表情からは、彼がとてもお父さんのSPのリーダーを務めていると思えなかった。

日に透ける漆黒の髪ときらきら輝く同色の瞳。

それまであまり好きではなかった黒色を、初めて美しいと思った。

日本のこと、子供達のこと、そして、奥さんのこと。
彼が話してくれる世界はとても魅力的で、まるで御伽噺。
「いつか行ってみたいな」、そんな私の言葉に「おいで」と、手を差し伸べてくれた士郎。
初めて出会ったとき、その傷だらけの腕は少し怖かった。
でも今は違う。
その武骨な腕はきっと自分を守ってくれると思えた。
それは恋というには未だ幼い、憧憬という名の感情だったと大人になった今ならわかる。


初めて会った士郎の子供達。
優しそうな桃子と仏頂面の恭也、その恭也の背中に隠れるように立つ美由希。

「フィアッセ・クリステラです」

「おら、恭也。照れてないで挨拶しろ」

士郎に背中を叩かれ、少し横を向いたまま自らの名を告げ手を差し出す目の前の少年。
漆黒の髪と瞳、傷だらけの腕、士郎によく似た少年の第一印象は、嫌われているのかと少し怖かった。


それから、しばらく高町家に居させてもらった、楽しかった日々。
元々士郎に少し日本語を習っていたけれど、桃子は英語も出来るしお菓子も美味しくて、その上優しくてお姉さんみたいだった。
美由希は、初めは話しかけてもすぐに逃げてしまったけれど、一緒に歌を歌ったりしているうちに仲良くなれた。
ソングスクールには年上の友達が多いから、何だかお姉ちゃんになれたみたいですごくうれしかった。
士郎は海に、遊園地にといろいろな所に連れて行ってくれたし、子供みたいに一緒にいっぱい遊んでくれた。
でも、恭也だけは相変わらず。
いつも、仏頂面でニコリともしない。話しかけても素っ気無い。
見た目は士郎に似てるのに、全然違うと思ったのをよく覚えている。

それが、間違いだって気が付いたのは日本を経つ前日、皆で山に行った時だった。

あまり遠くに行っちゃ行けないよ、という士郎の言いつけを忘れて、美由希と二人、リスを追っかけて山の奥深くに迷い込んでしまったのだ。
太陽も差し込まない暗い森の中、声を上げても森の中で響くだけ。
今にも泣き出しそうな美由希の手を引いて必死で帰り道を探す。
本当は自分も泣き出したかった、でも、お姉ちゃんとして美由希の前では泣けないとがんばったのだ。
そんな私の意地も、歩いても歩いても見つからない皆や、疲労、そして手持ちのお菓子も尽きたことで挫けてしまいそうだった。

「士郎!」

呼んでも返事は無く

「桃子ー!!」

ただ、声が森に響くだけ。

とうとう泣き出してしまった美由希を抱きしめて、私も思わず泣き出してしまいそうだった。
思わず「恭也」と呟いた私。
それに返事なんてあるわけが無く、小さな呟きは森に響くことも無く消えていく筈だった。
それなのに・・・

「やっと見つけた」

私の後ろで声がした。
まさか、と思い振り向く私。
「お兄ちゃ〜〜〜ん」と、泣きながら縋り付く美由希の頭を優しく撫でる恭也。
額には汗が浮き、荒い息を吐いている。
一心不乱に探してくれたのだろう。
良く見ると、木やら草やらで引っ掛けたのか、体中に無数の傷が出来ている。
安心したせいか、今まで我慢していた涙が思わず流れてくる。

差し出された傷だらけの腕。
心配そうな漆黒の瞳。

「おいで、帰ろうよ」

その言葉に、思わず美由希と同じく恭也に縋り付く。
不器用に、遠慮がちに、でも安心させるようにしっかりと、私の頭を撫でてくれる恭也の掌。
表情は相変わらずの仏頂面だったけど、私はやっとわかったのだ。
人一倍照れ屋で無口だけど、恭也はやっぱり士郎の子供なんだって。
私を助けてくれる、優しくて強いサムライなんだって。




耳元で誰かが囁き掛ける。
身体を揺さぶっている。

「おい、フィアッセってば」

胡乱な意識のまま瞼を開く。
真っ赤だ。
夕日を背に誰かが立っていた。

「ティオも士郎もフィアッセも風邪ひくぞ」

そうか、私、何時の間にか寝むちゃってたんだ。
私の膝の上に有った、ティオと士郎も瞼を擦りながら眼を覚ます。

「やっと起きたのか、何だって3人揃って庭で寝てるんだ?」

「お昼寝してたんだよ」

「そっか、二人とも顔を洗ってきなさい。もう夕食の時間だよ」

「は〜い」と、元気良く返事を返し二人は洗面所に向かった。

「起こして」

あんな夢を見たからだろうか、何となく甘えたい気分だ。

「まったく・・・」

呆れ顔をしながらも私に向かって手を差し伸べてくれる。
傷だらけで武骨な腕。
ずっとずっと私を守ってくれた腕。

私がその腕を掴むと、ふわりと引っ張り上げてくれた。
いつかの士郎みたいに力強い腕。
だから、いつかの少女のころのように、そのままその腕に縋り付いて耳元で囁いた。
昔から変わらない仏頂面、でもわずかに頬を染めた彼の頬にキスをして腕を組む。


今も昔もこれからも、ずっとずっと私を幸せにしてくれる彼の腕を取り、もう一度先ほどの言葉を繰り返す。



「大好きだよ、恭也」


FIN


館長の戯言

申し訳ありませんでした(土下座)


いや、いきなり土下座から入るのにはわけがあるのです。
ええ、これ、実は第二回他力本願寺のフィアッセ優勝記念SSです。
ちなみに、第二回他力本願寺の終了は6月いっぱい。
そう、約半年経ってるんですよ。
本当にすいません。

時間がかかった割には駄作だよな、とか言うな。

初めてフィアッセハッピーエンド物書いたかも。

感想よろしくね。

最後になりましたが、フィアッセはぶっちぎりの優勝でした。
おめでとう〜〜!!!


一言でいいから感想おくれよぉぉ