《月下舞踏》
鬱蒼とした黒い森
ここには街の灯も届かない。
僅かに世界を照らすのは、真円を
そこに、ぽつんと浮かぶ野原
黒と白の交錯点
それは云わば
其処へ佇む蒼い少女
サクサクサク、草を踏みしめ歩み寄る黒い影
「やあ、今宵はすばらしい月だね」
「そうですね」
穏やかな声と穏やかな微笑
ザーーーーーっと、風が木々をざわめかせる
「聞くまでも無いと思うんだけどさ」
空を見上げて少年は問うた
「君は、ここで、何をしているの?」
「人を・・・大事な人を待っているの」
「そっか・・・、でさ、誰を待っていたの?」
少女はその問いに極上の笑みをもって答えた。
それは、男なら虜にされてしまうような微笑み。
「私、浮気性なのかもしれません」
何故?少年も月から少女へと目を転じた。
「遠野志貴(あなた)と・・・」
シエルの目の前の少年は、月の光を浴びて柔らかく微笑んでいる。
その姿は、まさに待ち望んでいた人そのもの
「七夜志貴(アナタ)」
少女は美しい微笑みのまま、黒鍵を投擲した。
炎を纏い迫り来る黒鍵を、笑顔のまま難なく躱し、少女に迫る少年
炎に照らされてなおなお、柔らかく微笑む少年の顔は、悪鬼めいた禍々しいものに少女には映った。
黒鍵の群れの中を、泳ぐように歩み寄る少年、いつのまにかその姿は、シエルの目の前にたどり着いていた。
「ごめんごめん、待たせてしまったようだね、お嬢さん」
大仰な仕草で頭を垂れる。
その無防備な頭に、シエルの短刀が唸りを上げて迫る。
「随分と待たせてしまったようだから、最高級の持て成しをもって迎えよう」
眉一つ動かさずに、頭を上げることすらなく、シエルの腕を片手で掴む。
ナイフは七夜の頭上一センチのところで、ピクリとも動かなくなった。
必死でナイフを振り下ろそうとするシエルの両手を、片手で留め、空いたもう一方の手でシエルの身体に、トンと、触れた。
それは、押した、というよりも触れた、という方がしっくりとくるほど、緩やかな動き。
にもかかわらず、バランスを崩しその場に尻餅をついた。
七夜は、いつの間にかシエルの手から奪った短刀を、芝居染みた動きで天にかざす。
「ようこそ、我が惨殺空間へ」
それは流麗で冷たい動き。
まるで月を、そして神をも殺すといわんばかりの不遜な仕草。
「お嬢さん、お手をどうぞ」
未だ地面に伏すシエルにそっと手を差し伸べる。
視線の邂逅
見上げるシエル
見下す七夜
七夜の瞳は青く蒼く光っていた。
以前の志貴と同じように。
その手を振り払い、一度距離をとるシエル。
「おやおや、冷たいお嬢さんだ」
振り払われた手を、さも悲しそうに擦ってみせる。
黒鍵の投擲
嵐のように苛烈で、氷のように冷たい銀色の刀身が、雨のように降り注ぐ
「やれやれ、お決まりの、距離をとっての黒鍵の投擲、この程度では、今宵の我が緋色の劇場の舞台、端役としても使うわけにはいかないな」
呆れた様な呟きを残し、蜘蛛めいた動きから、空を舐める様な不可思議な跳躍。
いつのまにか、背後に立ち、シエルの首筋にナイフを当てる。
冷たい刀身の感触と、それ以上に冷たい背中に立つ七夜志貴の殺意
「おいおい、第七司祭とはこの程度なのかい?そんなんじゃあ、
目を瞑り、残念そうに首を左右に振る。
その大げさな仕草の一つ一つが、芝居染みていて癪に障る。
怒りに任せ、その隙に裏拳を無防備な顔面に叩きつける。
が、それもあっさりと避けられてしまう。
懐から短刀を取り出し、接近戦を挑む。
銀色の刀身が月明かりに輝き、黒い闇を切り裂いていく。
その峻烈な攻撃は、七夜志貴の頭髪を数本切り裂いた。
七夜志貴も自らのナイフを構え、刃を交えるが、シエルのあまりの峻烈さに押されているのか、防戦一方だ。
ガキンガキンと、火花と共に、鉄の嘶きが楽の音のように静寂の世界を満たしていく。
シエルの攻撃はさらに速度を増し、もはや肉眼で追うのすら難しい。
徐々に、だが、確実に、シエルのスピードが、七夜志貴のそれを凌駕していく。
首筋を狙ったシエルの閃光の一撃を、辛うじて自らの首を捻る事で躱す。
しかし、それが限界
大きな動きで無駄が生じた志貴には、次の首筋を狙ったシエルの一撃を防げない。
「中々のものだね」
はず、だったのに・・・、それまでと打って変わったような苛烈な瞳で、シエルの右腕を掴むと、背負い投げのように思いっきり投げつけた。
地面と水平に飛ぶシエルの身体、そしてそのまま木に叩きつけられる。
衝撃に息が詰まる。
掴まれた右腕は折れていた。
即座に治癒を施す。
「残念だったね、その程度の傷、不死であった君ならば、即座に回復していたであろうに」
それは、触れてはいけない傷だった。
ロアによってもたらされた最大の穢れ、それを祓う為に歯を喰いしばり生きてきた。
そして、志貴のおかげで、やっとそれから解放されたのに・・・・・・。
「許せない」
目の前で、不死であった事を嘲弄する男。
「よりによって、その顔で、その声で・・・、嘲弄することは許せない!!」
苛烈な瞳と、冷酷な視線が七夜を射抜く。
その、ひしひしと伝わる殺意の渦に心地良さそうに身を任せ、謳うように呟いた。
「これだ、これこそが噂に名高い第七司祭だ。
圧倒的な残酷さと、他者を騙す事すら厭わない冷徹さと、敵に対する狂気に近い憎悪。
すばらしい・・・これでこそ、今宵の舞台にふさわしい」
それを見て、シエルは感じずには居られない。
これは、これは・・・遠野君ではない。と。
目の前の男が、遠野志貴だと思う心が何処かに有った。
彼を変えてしまったのは、自らの我侭が原因だと自覚が有った。
故に何処かに戸惑いがあり、躊躇があった。
無意識とはいえ、そんな自分に頭にくる。
決めたではないか。覚悟したではないか。秋葉に伝えたではないか。
そう、せめて、守らなければ。
遠野志貴の宝物、大切な大切なお姫様を、遠野秋葉を守り抜くと決めたではないか。
志貴本人が、それを引き裂くのを止めるためなら、何でもすると決めたではないか。
狂ったように笑う眼の間の男。
あれは、志貴の抜け殻
ならば、出来る事は、そしてすべき事はたった一つ。
無造作に投げられた黒鍵。
それは、高速を超えて神速の域に達する。
青い瞳から零れる一筋の涙。
「遠野君、貴方の悪夢、私が闇に還しましょう」
今までとは違う、神速の一撃が迫る。
「いくら、速度を上げたところで・・・」
視認ではなく、空気の流れと直感からそれを避ける自分には通用しない。
そう言いかけて言葉を呑んだ。
無数の鳥が己を絡め取り、身動きが取れない。
「鳥葬式典か!」
その一瞬、足を止めた僅かな隙が命取りだった。
ここぞとばかりに、投擲された黒鍵。
その数は百か、千か、万か。
空を覆う冷たい刀身は、まるで氷雨のよう。
いくら人を外れ、蜘蛛めいた動きを持つ七夜でも、雨をすべて避けることは不可能。
濡れないためには、
致命傷を避けるためにナイフで黒鍵の軌道を逸らす。
僅かに、ほんの僅か、黒鍵の刀身に触れただけで、七夜の身体を衝撃が襲う。
慣性に任せ流れる身体を、木に叩きつけられる直前に反転して何とか幹に着地する。
「これが、名高い『鉄甲作用』か」
舌打ちと共に吐き捨てた言葉、それの後を追うように飛来する黒鍵を避け、スルスルと木を駆け上る。
ブサマな我が身を恥じるように、それでいて、その危機的状況すら楽しむように、片頬を皮肉気に歪める。
巨木ごと薙ぎ払い、そして焼き払う黒鍵の群れ。
闇に身を包み、息を潜める『暗殺者』を、的確に狙う『弓』。
二人の司祭の殺し合いは、遠野の屋敷にも轟音と振動を持って、その激しさを伝えていた。
窓際に佇む秋葉。
日ごろの彼女を知っている人なら、その眼を疑うような表情で、窓の外を眺めていた。
しかし、後ろに控える翡翠には、その表情に見覚えがあった。
それは、未だ幼い子供のころの記憶。
厳しい家庭教師の目を盗んでは、あの手この手で自らを誘う少年を待っていた時と同じ表情だった。
秋葉が何を祈っているのか翡翠にはわからない。
数年ぶりに屋敷に姿を現したシエルは生きているのが不思議な程の重体だった。
それを、琥珀の看病とシエル自身の不思議な術の結果、動けるようになったのが数日前。
そして、何かひどく哀しい瞳で扉をくぐって出て行ったシエル。
何が起こっているのか翡翠にはわからない。
ただ、秋葉の表情と、シエルの存在が、誰を予感させる。
相変わらず、秋葉は窓の外に想いを馳せる様に佇んでいた。
シエルの無事を祈っているのか。
はたまた、シエルではない誰かが現れるのを待っているのか。
ロビーから平素以上に華やいだ琥珀の声が聞こえる。
姉も何かを感じているのだろうと、どこか意識的に明るく振舞う琥珀を思う。
「秋葉様、ロビーにてお茶の用意が整いました」
そう、ありがとう。と、心は変わらずに何処かに縛られたままロビーに向かう。
柔らかく薫り高い紅茶が鼻腔をくすぐる。
「琥珀、悪いけどカップをもう一つ用意してもらえるかしら」
未だ見ぬ誰かのために用意された4番目のカップ。
『これは、一体誰が使うための物なのだろう』
窓から見上げた真円の月は、翡翠には何故か、蒼く冷たい輝きに思えた。
魔術師の戯言
はい、こんにちは。
Fateから、このサイトに来てくれるようになった人には、違和感たっぷりのシリアス作品です。
もともと、私の作風はこっちなんですよ。
最近は、ギャグしかかいてないですけど(汗)
それと、ようやく翡翠&琥珀登場。
アルクェイドは出てきません、残念!!
ちなみに、シエルが主役だと思っている人が多いですが、元々は秋葉が主役だったんです、切腹!!
あと、1話か2話で終了。
いっつも、年に二回くらいのペースでしか更新しない作品ですが(それこそ切腹)、一気に終わらせてしまおうと思います。在庫処分とかいうなぁ!!