前書き

 

このSSは修羅の邂逅のエピローグ的話なので、当然修羅の邂逅を読んでから読んでくださると理想的です。

が、「あんな無駄に長いの読んでられるか!!」と言うかたや、「どんな話か忘れたぜベイビー」と言う人のために、簡潔にダイジェスト版を用意しました。

ズバリ!!

 

『恭也と薫が付き合い始めました』

 

以上です。

この十五文字に満たない内容のために膨大な時間を費やした私魔術師に幸あれ…

たぶん幸なんかないだろうな…

 

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非日常の中の日常


《修羅が去りとて…》

 

やがて次の日の約束も取りつけ、薫と恭也が去ったこの場所には、当然修羅はいない……

 

そこにいるのは…

 

「薫ちゃん…結構大胆だったのね…。

でもあんな可愛い薫ちゃん見たこと無かったから…悔しいけど…諦めなきゃ。

さよなら恭也さん…さよなら初恋の男の子…」

大分明るくなってきた森を、少しだけ哀しい気持ちを引きずったまま歩く那美。

突然背後から

「那美さん…」

と知った声が…。

そこに居たのは美由希だった。

「美由希さん…」

那美は美由希の頬に伝う涙のあとを見て全てを察した。

同じく、美由希はいつも明るい那美の曇った表情で。自分と同じ気持ちである事を察したのだろう。

「お互いに振られちゃいましたね…」

美由希が那美にポツリと話しかける。

「そのうえに、濃厚なラブシーンまで見せつけられちゃいましたね」

「でも…私達に気が付かないくらい、二人とも闘いに集中してたんですね…」

「これが本当の二人の世界ってやつですね」

「血みどろの世界ですね…」

「「アハハハハハハハ」」

二人は少しの悲しさを感じながらも、それぞの兄と姉のこれからの幸せを願って明るく笑った。

「でも…私達もこれでもうすぐ親戚ですね」

「そうか…そうですね。那美さんと義理の兄弟になるんだ…。

今度弟さんにも合わせてくださいね」

「でも私達も早く、恭也さんに負けないくらいのステキな人を捕まえなきゃいけませんね」

「那美さんの弟さんならカッコイイかな…?」

「駄目ですよ、北斗ごときに美由希さんなんていくらなんでも勿体無いです」

美由希は返答に困って話題を変えた。

「さてと帰って寝ますか…」

「そうですね、私も寮に帰ったら一眠りします」

「「それじゃあ、おやすみなさい」」

そう言って、二人もまたそれぞれの帰路についた。

 

何故美由希と那美がここにいるかと言うと、恭也、薫ともに気配を消してそっと家(寮)を出てきたつもりであったが、やはり平常心では居られなかったのであろう。

完全に気配を消しきれなかったのだ。

だから美由希くらいの達人には気付かれてしまったと言うわけだ、ちなみに那美は、薫の様子が昼からおかしかったので、寝ないで薫の動向に注目していたから付いて来れたのであった。

 

 そしてさざなみ寮には美由希にも劣らない達人が一人居る。

真雪も当然薫の様子に気がついていたので、心配になって追ってきたと言う訳だ。

「良かったな、薫。恭也はやはり修羅道に堕ちるような男じゃなくてさ…」

真雪は煙草を美味そうに吸うと、紫煙を口から吐き出した。

明るくなってきた空に昇る紫煙を眺めながら、もう一度嬉しそうに呟いた。

「良かったな…薫。お前が恭也と上手くいって。
最悪の事が有ったらと思ってついてきたが…」

真雪の背中には鉄芯入りの木刀が下げてある。


「こいつは使わないですんだからな…。こっちは大活躍だったが…」

真雪の右手には、何故か愛用のビデをカメラがしっかり握られていた…。

 

 

十時過ぎ、さざなみ寮で薫が鏡の前でいつものとおりに、ほんの少しだけ化粧をしていると、

「薫ちゃん、ずばり今日これから恭也君とデートやな?」

突然ゆうひに声をかけられた。

「な…な…何を言うとですか?ただ恭也君と出かけるだけです」

と、動揺した薫の返答が帰ってきた。

「薫ちゃん…。若い男女が二人で出かけるんやからデートやでそれ。

ましてや恭也君と薫ちゃんという美男美女や…もう海鳴市の注目の的や」

「美男美女だなんて…」

「でもあれやな、薫ちゃんと恭也君は付き合う事になったんか…」

「なななな、何でわかったとですか?」

『まさか居間のドアから覗いてたとは言えへんな…』

 

ゆうひは少し顔を曇らせて

「好きな人のことや…何となくわかってしまうもんみたいやな…」

『まさかゆうひさんも恭也君の事が…』

驚く薫を横目で見ながら

「うちはまたも失恋してまったな〜。ずっとずっと好きやったのに…」

「あの…ゆうひさん…」

何を行ったらいいかわからずに、薫はオロオロして居る。

「確かにうちは好きやった…薫ちゃんの事が…」

カク…

またゆうひにからかわれた。薫は脱力して鏡の前を離れようとした。

「待って〜!!怒らんといて。お詫びにうちが薫ちゃんを可愛く見立ててあげるから堪忍して〜」

ピクッ…

薫が足を止めた。

『チャ〜ンス!!』

「折角のデートなんやから、もうちょっと可愛い服来ても良いと思うで」

ピクッピクッ…

「確かに薫ちゃんにはジーパンにTシャツも似合ってるケドな…。ま、いやなら無理にとわ言わんけど…」(ニヤリ)

少しだけ薫は悩んだが結局

「…お願いします」

「まかせとき!!!」

と言う事になった。

 

30分後

「よし…できた。椎名ゆうひコーディネートの、名付けて『お出かけ薫ちゃんINサマー』や」

『ゆうひ…ベタなタイトル過ぎるよ…』

隣の部屋でリスティが苦笑いしていた。

「椎名さん…これはちょっと…。ウチ恥ずかしいんですけど…」

「大丈夫やって…。後は軽くうちがお化粧して…」

 

「ほな、行っておいで。急がな耕介君にバイクで送ってもらう羽目になるで…」

「ゆうひ…。それはさすがに…デートに別の男のバイクで行くわけにはイカンだろ…」

丁度、薫を呼びに来たんだろうか、ドアの外から耕介のツッコミが入る。

「耕介君…可愛い薫ちゃんを見たってや」

おずおずと中から出てきた薫を見て耕介は……

「どや…?」

「……可愛いとは思う…」

「ほらな薫ちゃん、耕介君が可愛いって…」

「一瞬の間が気になるんですけど…」

「気にする事無いって…行ってらっしゃ〜〜い」

 

一方、恭也は…

「母さん、今日客を連れてくるんでヨロシクな…」

「あら〜恭也めかし込んでるって事は、今日の相手は薫ちゃんね?」

桃子の言うとうり今日の恭也は、いつもの真っ黒い格好とは一風違っていた。

と言ってもいつもの黒いTシャツの上にライトグリーンのサマーベストを着ているだけだが…。

「薫さんて、この間会った凄く綺麗なお姉ちゃんでしょ?クーちゃんがなついてた…」

どういう関係か聞きたそうにしてる家族達の視線を感じながら、敢えて気が付かない振りを装って、逃げるように家を出た。

 

待ち合わせ5分前に海鳴駅につく。

駅では何故か、男たちがソワソワ落ち着かない様子で立っていた。

チラリチラリと男たちが視線を送る先に立っていたのは…

長く綺麗な髪をなびかせて、淡いブルーのキャミソールを着ている女性であった。

凄い美人…一瞬だけ恭也ですらボーッとしてしまうほどに美人であった。

『でもどっかで見た事あるような…』

集団の中から、見るからに軽そうな男たちが何人か話しかけにいった。

女性は迷惑そうに適当にあしらっていた。

が、それでも男の一人が強引に女性の方に触れた。

「なんばするか!!」

「薫さん!!?」

今にも男に食って掛かろうとした薫が、恭也を見つけた瞬間に嬉しそうに笑って恭屋の傍まで翔けてきた。
それはもう、文字どうり飛びそうなくらい嬉しそうな足取りで

恭也に見せた一瞬の笑顔は、その場に居た男性を虜にするのに十分な物だった。

薫に怒鳴られた男が恭也にからもうと近づいてくる。

しかし…

顔→恭也の楽勝

背→恭也の辛勝

足→優に10cmは恭也の勝ち

と、全てにおいて恭也に劣る上に、キッと睨み付けた男を無言で睨み返す恭也。

迫力……コールドゲームで恭也の勝ち

と言う事で、チンピラ男たちは

「ちくしょ〜、覚えてやがれ!!!」

と、お決まりの言葉を吐いて逃げ出してしまった。

しかし、相変わらず人の視線が気になるのか、薫は恭也の影に隠れる様に腕を組むと

「速くどっか行こう」

と腕を引っ張って足早に駅を離れた。

その仕草の可愛さに、駅では魂を抜かれた男たちの生霊が大量発生したせいで、2、3日那美が忙しい日々を送る羽目になったとかならなかったとか…。

 

結局移動場所はあまり他人がじろじろ見てこない、海鳴公園に落ち着いた。

「しかし、駅に着いてすぐには薫さんだとわからなかったですよ」

「変かな…やっぱり?椎名さんが無理矢理…」

「変なんてそんな…」

むしろ良く似合っている。

薫の白い肌が、淡いブルーの服とのコントラストで輝くほどに美しく見える。

さらに涼しげで流麗なイメージの薫に青は凄く良く似合う。

さらに薄く…ほんのりと僅かにだが、ほどこされた化粧が大人の女性の香りを感じさせた。

薫を全く知らない人が見れば、凄く綺麗な青が似合うサファイアのような女性に見える。

しかしさっきの耕介や、今の恭也の様に日頃の薫を知っていると、この眩しいほどに白い…

露出された肌がイメージに合わないと言うか、違和感を与えるのだ。

上手く言葉にできずにじっと薫を見てしまっている恭也に気付いた薫が、

「恥ずかしかよ…恭也君…」

「あ…ごめん」

頬を染め上げた薫は、掛け値無しに可愛くて、違和感なんて吹き飛ばしてしまった。

公園で言葉も無くじっと見つめあう二人…。

夏の蒼い空を、入道雲の白い翼が、水平線の彼方から包み込んでいる。

ザザ〜ン…ザザ〜ン…ザザ〜ン…

街の喧騒もこの公園までは届かない。

聞こえてくるBGMは波の音だけ…。

世界にはまるで二人しか存在しないかの錯覚さえ覚える。

「薫さん…」

スッと人指し指を恭也の唇に当てる。

「…薫、……でしょ…?」

そんな薫の仕草が恭也の中枢神経を破壊する。

服装のせいだろうか…、今日の薫はどこか違って見える。

恭也の指が薫の下顎に添えられる。

薫が一瞬だけビクッと反応するが、そっと瞳を閉じて…

恭也の唇が徐々に近づいてくる…

ドキドキドキドキ……

 

ドキドキドキドキ……

 

 

「あれ!!高町ク〜〜〜〜〜〜ン!!!!」

突然の闖入者の声に二人の顔がバッと離れる…

「あれ高町君、横の女性(ひと)は…?」

怪訝そうな顔で近寄ってくるのは……クラスメートの月村忍であった。

恭也は月村の態度に軽い違和感を憶えた…なんだか向けられてる視線が冷たい気が…

「どうしたんだ月村?」

勤めて平静を装って聞いてみる。

相変わらず冷たい目をしたまま月村は質問に対して指をスッと指し示した。

薫と恭也はその指先から何があるのか、と視線をスライドしていく。

「「あっ…」」

薫と恭也は声をハモラせて同時に気がついた。

薫の細い腰には、しっかりと恭也の左手が添えられていたのだ…。

慌ててバッと身体を離す二人…。

しかし薫がいつのまにか月村を不思議な眼で見ていることに、恭也は気が付いた。

「もしかしてあなた…人じゃないでしょ?…この感じは…『夜の一族』?」

突然言い当てられた忍は狼狽して恭也に

『私の正体喋った?』

とアイコンタクトを送った。

それに首を大きく横に振って答える恭也。

その雰囲気を察して、薫はにこりと笑って忍に優しく話しかけた。

「別に恭也君から聞いたわけじゃなかよ…。

ウチは退魔師じゃからそういうことに敏感なだけ…」

『退魔師』

その単語を聞いて忍の瞳が僅かに赤みを増していく…。

敵意を持つ者ならこの場で…、そんな感じであった。

そんな忍に薫はさらに優しく微笑みながら

「別に祓おうとか思っておらんよ…。

月村さんと言ったっけ?あなたが、昔の知り合いに何処となく似ていたから…」

丁度そんな事を言っている時に、向こうから一人の女性が現れた。

「忍…、何処行っちゃったの全く…」

さくらがこっちに気が付いたのか、小走りで近づいてくる。

「もう忍ったら突然『あ…高町君だ』とか言って走って行っちゃうんだもん。

こんにちは恭也君。

あら…それと横の人何処かであった気が…」

「もしかして、綺堂さん?」

「あ…、じゃあやっぱり神咲先輩ですか?お久しぶりです」

「え…この人さくらの友達なの?」

いつのまにか瞳が元の色に戻っている忍が、さくらと薫を見ながら聞いた。

「ええ…風校で二つ上の先輩だった人よ…。それに那美ちゃんのお姉さんよ」

「え…那美の?ごめんなさい、私月村忍って言います。ここに居るさくらの姪に当たります」

ちなみに、那美は忍の家のメイド代理をしているために、さくらとも知りあいだったりするのだが。

「綺堂さんの姪か…。道理で何処かで見たことがあると思った…」

「しかし神崎先輩…可愛らしい格好ですね。良くお似合いですよ」

薫は自分の服のことを今まで忘れていたらしい。

指摘されて大慌てで、しどろもどろの言い訳を重ねた。

そんな薫を眩しそうに眺めながら、さくらは微笑ましい気分になった。

「洋服の趣味だけでなく、神咲先輩…ずいぶん可愛らしい感じになりましたね…。

やはり年下の恋人である恭也君の影響は大きいみたいですね…?」

少しからかいの気分も含まれているのだろうか?

さくらのこの発言から、恭也と薫はこの叔母と姪に散々からかわれる事になった。

 

さくらと忍と別れて、ゆっくりと薫と恭也は歩き出した。

「うう…何だか照れくさいですね?薫さん」

「そうやね…。でも恭也君いいかげん薫と呼び捨てで構わないし敬語も要らんよ…」

「そうでした…じゃなくてそうだったね。薫…」

呼び捨てにした恭也と、呼び捨てにされた薫は、お互い何処かこそばゆい感じもしたが、何故か胸の奥から沸きあがってくるような、優しい気持ちになった。

「さてと、薫さん。今日は俺の家族に紹介しますから、ウチにこのまま飯を食いに着てください。

レンと晶の料理の腕前は、耕介さんにも退けは取りませんよ」

「それは楽しみだ…。でも恭也君、また『薫さん』になってるんだが…」

「あ…、少しずつ直していきますから勘弁してください」

「そうだね…ウチ達は未だ始まったばかりだから…きっと時間は沢山あるから…」

そう言って微笑む薫。

夕日が水平線の向こうに半分沈みこみ、薫の頬を幻想的な朱色に染め上げていた。

波の音をBGMにゆっくりと二人の影が近づいていき、やがて一つに重なった。

今度は邪魔が入る事もなく、日が完全に沈み空の管理が月に交替するまでの間、ずっと二つの影はピッタリ寄り添って離れる事はなかった。