《神咲家〜意外な再会〜》
恭也も薫もすでに眠りに落ちたころ、ここ神咲家の離れにある部屋には煌煌と灯りが灯っていた。
「恐らく明日の一族会議で、彼の神咲家入りを拒絶する人間も確実に居るじゃろう…」
「…それは何故です?恭也君の剣の腕、霊力の強さを考えれば神咲当代である薫にこれ以上相応しい相手はそうは居ないでしょう?
その上、二人は好き合っているんだし、これ以上にベストな選択はちょっと考えられないですよ…」
「わしも同感じゃ…、かわいい孫娘である薫が選んだ男。
しかも剣の腕も申し分無く、霊力もそれなりに有るとなれば願ったり叶ったりなんじゃが…」
「いったい一族の方は何を根拠に恐らく反対すると言うのです…」
「恭也…と言ったかの?薫の恋人は…」
「はい、高町恭也君です」
「その恭也君が使っている剣に問題があるんじゃ…」
「…御神流に…ですか?」
「うむ…」
「どういう事です?」
「それはな……」
こうして、和音と男の相談は、朝日が昇る数時間前まで続いていた…。
翌朝、
恭也はいつものように朝5:30に目を覚ました。
眠っているであろう、神咲家の人を起こさない様に気配を殺し、細心の注意を払って外に出る。
海鳴よりも確実に気温が高い鹿児島に在って、ここ神咲家は不思議なほどに過ごし易かった。
冷房は身体に良くないからほとんど使用しない恭也が、快眠できるほどに昨日の夜も涼しかった。
「やはりこの鬱蒼とした森のせいかな?」
そんな事を考えながら、素振りを始めた。
「327…328…329…」
しばらく一人ただ剣を振りつづけ、森の中では恭也の木刀から発せられる風切り音だけが響いている。
「996…997…998…999…」
カサ…
恭也の背後から人の気配が近づいてくる。
「1000!!!」
と言う言葉と共にその切っ先を、背後の侵入者に向ける。
「あれ・・・?」
その切っ先の先には、十六夜が相変わらず優しい微笑を浮かべて立っていた。
恭也は、切っ先を降ろして剣を向けたことを詫びた。
「気になさらないで下さいな、恭也様。
そんな事よりも朝早くから精が出ますね…」
「そんな、ただの素振りです…、習慣になっていますから、しないとかえって落ち着かなくて…」
「そうでしょうね…薫も相変わらず毎朝素振りをしていますからね…
今も向こうで剣を振っていますよ…」
「薫さんもですか?挨拶しに行きます」
「はい、では薫の所までご一緒しましょう…」
そして十六夜に、薫や那美の子供の頃の話を聞きながら二人は歩いた。
「448…449…500!!!」
薫がちょうど朝の日課である素振りを終え、そのまま手近の岩に座りこんだ所に十六夜と、一緒に歩いてきた恭也の姿が薫の視界に映った。
「おはよう、恭也君…木刀を持っていると言う事は君も素振りかな?」
「はい、朝の日課ですから…しないと落ち着かなくて…」
「ははは、ウチも同じじゃ…。そんな事より昨日は良く眠れた?」
「はい、ぐっすりと…。
ここは鹿児島なのに随分涼しいんですね…。やはり周りが森のせいですかね?」
「それもあるけど…。
恭也君、神社や仏閣は何かいつでもひんやりとしている感じがしないかな?」
「ああ、そうですね…言われて見れば」
「あれは霊的な場には、清涼な気が満ちているからなんだよ…。
うちも、退魔師の総本山みたいなもんだからね…。
この場所自体が、霊的に清浄な気が溢れている結界みたいな物なんだ…。
だから涼しいんだよ…」
「へ〜、そう言う物なんですか…」
「ところで恭也君は朝練はもう終わり?」
「いえ、素振りは終わってますが、あと飛針や小刀などの投げ物と鋼糸の練習があります…」
「見学しても良いかな?」
「ええ、むしろ補助とかをしていただけると助かります」
薫が、投げる木の板に向かって鋼糸を放つ。
今日は左に3番鋼糸、右には美沙斗さんから貰った0番鋼糸を着けている。
今放ったのは左の3番鋼糸のほうだ。
重りの分銅が板に絡み付き、恭也が軽く手首を返すと板は真っ二つに割れた。
次に薫が放った板には右の0番鋼糸を使ってみる。
スパッと板が空中で切断された。
そんな事を繰り返しながら、段々難易度を上げていく。
板を何枚も同時に投げてもらったり十六夜さんにも協力してもらってあちこちに投げてもらったり…
鋼糸だけでなく飛針、小刀なども使いながら充実した朝練を過ごした。
「う〜ん、0番の切れ味はやはり恐ろしい物があるな…」
そう言いながら薫の横の岩に恭也は腰掛けた。
「その鋼糸って言う奴は、私との闘いで大木を切断した奴だよね?」
「そうです…」
「先ほど投げていた針のような物も、薫との闘いで牽制に使っていらっしゃいましたよね?」
「あ、使いましたね。あの時のは木製ですけど…。
御神の剣には前に薫さんにも説明しましたように、暗殺術みたいな側面もありますからね…
このような暗器も用いるんですよ…」
「ふ〜〜ん、なかなか便利な物だね…。特にこの鋼糸と言うものなんて…」
その言葉を聞いて恭也は真剣な目で薫を見つめた。
その視線に気が着いた薫が不思議そうな顔をする。
「何?恭也君…」
しばらく迷うようにして恭也の視線は不安げにさ迷った。
「……薫」
意を決したように薫に話しかける。
珍しく薫と呼び捨てにしていることで、恭也がなにか重大な事を言おうとしている事を察して薫もまた、身を堅くして次の言葉を待った。
「貴女は…絶対に神咲の剣を継がなければ行けないのですか…?」
「……え?」
薫の頭に昨日の母、雪乃の言葉が響く。
『例え神咲の名を捨てる事になったとしても…?』
薫もまた恭也の瞳の奥の真意を見ようとするようにじっと恭也の瞳を見つめた。
「恭也君…。君は何が言いたいんじゃ?」
緊迫した空気が二人の間を流れ始めた。
「俺は今、貴女と十六夜さんの膝の治療をより効果的にするために霊力の扱いを貴女や那美さんに学んでいます…」
薫は、何も言わない。
「そして、ほんの少しだけですが霊力を扱えるようになりつつあります」
「ああ…、驚異的なスピードで君が成長しているのは知っているが…?」
それと、最初の質問といったい何の関係が有るのかと言う眼で薫は恭也を睨んでいた。
「もう少しだけ黙って聞いてください。
少しづつ霊力を扱えるようになってきて考えたんですが…、
貴女の様に武器に己の霊力を流す事で硬度を上げたり、鋼糸などに霊力を流したりできれば、退魔の技はより進歩するような気がするんです。つまり…」
「恭也さ〜〜〜ん!!薫ちゃ〜〜〜ん!!朝ご飯食べちゃってよ〜〜!!!
もうすぐ一族の方が集まっての会議が始まっちゃうよ!!!!」
そこに那美が迎えにやってきた。
「あ、居た。ご飯に行こうよ…」
那美の言葉に恭也は立ちあがった。
そんな恭也の袖を引き薫は小声で話しかけた。
「『つまり』の後に何を言おうとしたの…?」
「いえ…後にしましょう…」
そう言って恭也は足早に那美の後に付いていき、一人残された薫は恭也の真意が掴めずに呆然としていた。
一方、一部始終を聞いていた十六夜は雪乃に何事か報告していた。
「やはり、恭也様は雪乃様が考えている事をしようとしているかもしれませんね…」
十六夜の言葉に雪乃は頷きながら溜息をついた。
「ただ神咲に入るだけでももめそうなのに…困ったもんね…」
「雪乃様…」
「何?十六夜…」
「困ったと言う割には、お顔は随分と嬉しそうですけど…」
「薫が選んだ男が一筋縄では行かない只者じゃない子だからね…。
神咲の家の事を忘れて、ただ一人の母親として考えれば娘の男の見る目の確かさは喜ばしいもの…」
その言葉に、薫のもう一人の母親である十六夜はコロコロと笑い出した。
『雪乃様。恭也様はもしかしたらあなたが思っていた以上のスケールの持ち主かもしれませんよ…』
そんな事を胸の中で考えながら、十六夜は変わらない慈愛の微笑を浮かべていた。
朝食を終え、神咲家の一族が集まる道場に薫と共に通される恭也。
さすがに緊張の色は隠せない。
「恭也君…緊張する事はなかよ…。
一族の誰が反対しても…ウチは君以外の人間と一緒になる気は無いから…」
そう言って微笑をくれる薫に見惚れて、その言葉に癒されて…
恭也は心に無意識に勇気が涌いてきていた。
『俺にはこんなステキな笑顔をくれる薫さんがついていてくれるんだから…
幼い頃からずっと好きだった薫さんと居るためなら、どんな試練も乗り越えて見せる…』
自然に恭也の顔に浮かんだ決意の表情は、横に居る薫が思わずドキッとするだけの魅力に満ちていた。
薫と恭也が通された道場にはすでに大勢の人が勢揃いしていた。
老人ばっかりの中で、数少ない薫と同年代っぽい女性が近寄ってくる。
「薫ちゃん…久しぶりー」
「葉弓さん…お久しぶりです…。
恭也君紹介するね…、彼女はウチのはとこに当たる神咲葉弓さん」
「どうもはじめまして神咲真命流当代神咲葉弓です」
「初めまして、俺は高町恭也といいます。使う剣術は…」
「薫、恭也君。葉弓さんだけ出なく全員に挨拶しなければいけないのだからとりあえずここに来なさい」
と、一樹が自分の横の席を指差した。
そして、薫と恭也がそれぞれの席に付くと、和音が立ちあがった。
すると今までざわつきが嘘みたいに消え、
恭也に対する視線―それは好意的な物から値踏みするような物、明らかに悪意を込めた物と様々だったが、それも無くなり場は完全な静寂に包まれた。
それだけで、この和音がどれだけ神咲一族の中でも実力者かが伺えた。
「今日みなに集まってもらったのは他でもない…
我が神咲諸流派の宗家である神咲一灯流の当代である神咲薫が連れてきた男を、我が神咲家の婿として認めるかどうかである…」
「えっ!!!?」
「ばあちゃん、ウチラはまだ…」
恭也と薫が婚約や婿と言う言葉に異論を挟もうと、声を上げたが和音の視線に曝され思わず言葉を噤んだ。
そんな二人の様子を無視して、和音は話を進めた。
「もう既に聞いての通り、薫はこの恭也と言う少年に命がけの死闘において敗北を喫した」
道場内がざわついていた。
それも当然と言える、薫は表の一刀流の方でも免許皆伝の腕前を持っている。
純粋に道場で薫と剣を合わせても、薫を打ち負かせるほどの剣士は一刀流内にも数えるほどしか居ない。
現一刀流当代神咲一樹、次期一刀流当代神咲和真、他にはあと二、三人居るかどうかと言うほどである。
ましてや、屋外での霊力すらも用いたうえで薫と勝負できそうな人間は和真、一樹そしてあと一人くらいであろう。
それほどまでに薫は強い。
またそれほどまでに強くなければ、わずか十歳で神咲一灯流の当代として十六夜を継承する事なんて認められなかったであろう。
その薫を、本気の死闘で破ったこの恭也と言う青年は…
恭也の強さを考えて道場内では息を飲む声が聞こえた。
和音はシーンと静まり返った道場内を見回してコホンと一つ咳払いをした。
その音でまだ、恭也の強さを考えて茫然自失になっていた一族の人間が慌てて和音を見やる。
葉弓が一族の人間の意見を代表する形で和音に質問した。
「恭也君は霊力の方はどうなんでしょうか?」
「彼の霊力については十六夜に直接聞いたほうが早かろう…。十六夜…」
「はい、和音様…」
そう言って、神咲の秘宝である霊剣十六夜から金髪の美しい女性が現れた。
「単刀直入に申し上げます…、
恭也様は霊力の何たるかを全く御存知ですらないにも関わらず、わずか数度の素振りで私を軽がると扱うことができました」
この会議に参加しているのは、神咲の一族の中でも特に選ばれた直系の者と
神咲一灯流を学び、既に超一流の退魔師として活躍している一部の高弟だけである。
その者達ですら、十六夜を振るうことができるものは稀である。
まして、振るう事ができるものは、血のにじむような努力の果てに、ようやくなんとか振るう事ができる程度であった。
「信じられん…!!!それでは彼の霊力は数年前のあの男並だと言う事か…」
「まさか!!!奴はそれこそ数百年に一度現れるかどうかの天才だぞ…」
「しかし、そうとしか考えられまい…、われらですらほとんど扱う事もできないあの霊剣十六夜を、あっさり振るって見せたと言うのだから…」
またしても、ざわつく道場の中で
「しかし!!!」
十六夜の良く通る、美しい声が響く
「恭也様の霊力はそれほどの物ではございません…」
「なっ!!!?そんなはずはないだろう…。
霊力が無いのに霊剣十六夜を扱う事ができるはずがあるまい!!!」
またしても道場は騒然としている…
薫がすっと立ちあがり一喝する
「皆様方!!!!十六夜の説明は未だ終わっていません!!!!
最後まで聞いてから話し合うのが筋と言う物でしょう!!!」
その声に道場は静寂を取り戻した。
薫の威厳に満ちた態度と発言は
『さすがに一灯流の当代よ』
と、一族の長老達を喜ばせるのに十分足る物であった。
「それでは、続きを話させていただきます…」
また全ての耳目が、道場の中心に居る十六夜に向けられた。
「恭也様の霊力は正確には薫や和真達には及びません…
もちろん一般の人間の数倍の霊力は持っていらっしゃいますが…」
十六夜は周りの反応を確かめるかのようにしばらく間を置いて続きを話し始めた。
「では、何故恭也様が私をわずか数度の素振りで使いこなせたのか?
その理由は恭也様の類稀なる剣才に起因します。
もちろん霊力の潜在的な才能、鍛えられていた筋力無くしては私を振るう事はできませんが、
恭也様は私が今までお仕えしたどの神咲の剣士の皆様よりも、遥かに優れた剣才の持ち主です」
「類稀な剣才」その言葉が、一族の人間に驚きを与えた。
十六夜は今まで数々の剣士に出会ってきた…。
その全ての人間を凌駕する剣才…神咲の一族の血に、その天才の血を加える事は確実にプラスになる。
まして、当代本人が選んだ相手でも有る。
もはや恭也の神咲への婿入りに反対する理由など無さそうに見えた。
しかし…
「決定を下す前に恭也君から自己紹介してもらおうと思う」
和音にそう言われて立ちあがる恭也
そんな恭也に対する視線は概ね好意的な物であった。
「高町恭也、19歳。現在は那美さんと同じく海鳴市に在る私立風芽丘高校の3年です。
使う剣の流派は永全不動八門一派・御神真刀流、小太刀二刀流、」
恭也の流派を聞いた瞬間、和やかなムードは反転して一気に険悪になる。
「あの…御神流だと…」
吐き捨てるような呟きが聞こえる。
それに追い討ちをかけるように、和音は言葉を足した。
「恭也君は現在高町と言う姓を名乗っているが旧姓は『不破』。
あの御神の血族の中でも、特に裏本家と呼ばれた不破の最後の正当伝承者だ」
沈黙が道場内に降りてくる…。
御神の名を出した瞬間に膨れ上がった悪意は、不破の名とともに一部では侮蔑に変わった。
恭也は何時かの真雪の言葉を聞いて半ば覚悟してはいた。
『俺の学ぶ御神流は護衛や犯罪の抑止力として使われる反面、暗殺やテロなどの裏にも使われていたからな…。
まして、不破の血統は代々裏の裏を担ってきた血統。
唾棄されても仕方が無いとは思っている…』
横に座っている薫が心配そうな視線を恭也に送る。
薫は良く知っていたから…
高潔な恭也がテロや暗殺などを人一倍嫌っていることを…
真面目な恭也が、自分の剣の成立や存在意義について悩み傷ついていたことを…
しかし、恭也は薫に向かって微笑んだ。
『俺は、もう自分の剣を迷わない。
薫さんを、大切な人を守るために御神の剣を用いる。
例え、御神の剣が修羅の剣だろうが、それを振るう俺が間違わなければ、きっと人の幸せを守れる事を薫さんから教えてもらったから…』
もちろん恭也の心まで薫はわからない。
しかし、その優しく暖かな微笑みは薫を安心させた。
『もうきっと恭也君は自分の剣についてすべてを受けとめて、それでも剣を握っていく事を決めたんだ・・・』
そう思い安堵の息をついた…。
「俺は…」
恭也が何かを言いかけた時に道場の扉がスッと開かれた。
そこに立っていた人間は、一族の人間の誰もが一目を置く人間であった。
彼はわずか数年で神咲一灯流の免許を皆伝した男。
生まれ持った霊力の量は、一族の人間の中でも飛び抜けて高い薫をも凌駕する。
長身に整った顔立ち、そして表情は柔らかく優しい。
薫はもちろん恭也も良く知っている人物である。
「やあ、薫、一月ぶりだな。恭也君は翠屋であって以来かな?」
「「なんで耕介さんがここに〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」」
「まあ、色々在るんだよ…」
そう言って耕介は神咲宗家の横の、高弟の席の中で最上位に座った。
そして、和音に向けて頭を下げた。
「神咲一灯流免許皆伝、槙原耕介ただいま参上致しました」
それを聞いて恭也は薫に視線を送る
『知ってました?』
薫は首を大きく振っている。
「ああ、恭也君と薫。驚かしてすまないね。
俺が一灯流の免許皆伝者になっていたのは薫も知らないからね…」
「耕介さんに何時の間に?」
「ほら、薫に表の一刀流は習っていただろう?
それで薫が学校に言ってる間に十六夜さんに見てもらったりしてるうちにさ…」
「耕介様の潜在的な霊力の素晴らしさを知りました私が、裏の一灯流について指導したり…」
「俺が薫姉のところに訪ねていく振りをして定期的に、耕介さんの試験をして、
最後の方に本家に来て修業の総仕上げをしてめでたく免許皆伝ってわけ…」
「「はあ〜〜〜〜」」
そんな十六夜や和真も織り交ぜた解説を聞きながら、恭也と薫はポケ〜っとしていた。
人間あまりの驚きに曝されるとこんな反応しかできないのかもしれない。
そんな二人を尻目に、耕介は立ちあがって一族の人間に語りかけた。
「恭也君の使う剣の流派が例えどんな物であろうと、彼自身の人間としての素晴らしさは俺が保証しますよ。
それに、薫との闘いの時も彼は御神流の剣の技で正々堂々と闘った事も保証します。
要は、大切なの神咲に天才的な剣才と御神の技を融合できるって事実でしょう?」
耕介の言葉は、それなりに説得力を発揮したらしい。
先ほどまでの険悪な雰囲気から、いくらかはマシになりつつある。
今現在は、反対賛成が半々と言った所のようだ。
「第一、神咲一刀流をわずか数年で物にした俺の剣才よりも、恭也君は上なんですよね?十六夜さん」
本来、耕介は己の才能をひけらかすようなこんな言い方は好きではないのだが、
ここに居る誰よりも高い才能の持ち主で、天才の名を欲しいままにしている自分と比較する事で、
より明確に恭也の素晴らしさを伝えるために、敢えてこんな言い方をしたのである。
そしてその効果は覿面であった。
「そうだ…耕介殿以上の剣才と、幻といわれている御神の剣技を取り入れられるのなら、薫殿が選んだ男性でもあるのだし彼を認めても良いんじゃないか!!」
「そうだ!!耕介殿が人格を保証し、薫殿が選んだ男性なのだから、例えどんな流派の剣を使おうが素晴らしい人物に違いない…」
「おぬしらは、何を言っておる!!
あの血塗られた血刃を持って、おびただしい屍を踏み越えて生きた御神の剣士だぞ!!!?
それを、我が神咲の血統に取り入れて良い訳があるまい!!!」
「そんな流派など関係無いだろう!!!
大切なのは恭也殿がその剣を用いて何をするかだ!!!」
と道場の雰囲気は概ね親恭也に傾きつつある。
薫は、ほっとした…。
しかし、朝の恭也の言葉が不意に脳裏によぎる。
『貴女は…絶対に神咲の剣を継がなければ行けないのですか…?』
それが何を意味しているのか?それは薫にはわからない…
あの時の『つまり』の後に続く言葉は結局聞けず終いだった。
会場の雰囲気は恭也の神咲への婿入りを決定しそうな雰囲気になっていた。
しかしそれに、頑迷に反対する一派があるのもまた事実であった。
そんな様子を眺めながら、耕介は恭也に近づき静かに耳打ちした。
「恭也君…。良いのかい?
このままでは君の婿入りは確定してしまうよ…」
ニコリと耕介は恭也に笑いかけた。
まるでその様子は兄と弟の様であった。
「耕介さん…」
「何となく君がしたい事はわかるよ…。
俺は、神咲家の一員としてそれを薦めるわけにはいかないけど、
君と薫が幸せになってくれるのなら、神咲家を捨てても良いと思う…」
何もかもお見通しの耕介に恭也は正直敵わないと思った。
さざなみ寮で出会ったときに只者では無いと思ったが、人としての器に絶望的なまでに差を感じた。
そんな恭也の気持ちをまたも見越したかの様に微笑みながら
「君はまだまだ発展途上の人間だからさ…。
あと数年もして、大人になれば俺とサシで酒を酌み交わして語れるほどの人間になるさ…」
「はい、ぜひ…。俺は酒は強くないですが…何時か必ず一緒に飲みましょう…」
「ああ…、友としてね…。
とりあえず今は、君の意見をハッキリさせる事が先決だよ」
「はい!!!」
そう言って、耕介に微笑み返す恭也の顔は、かつて父士郎に向けた物に近い物があった。
薫は、恭也が耕介に向ける視線の中に、はっきりと憧憬が浮かんでいる事を感じて、何故か嬉しかった。
「恭也君…、ウチは君が何を言おうとしているのかは聞いてないからわからない。
でも、ウチは君を信じているから…君が思うとうりにすれば良い…」
そう言って、笑う薫の微笑みは、耕介が見たことも無いほどに女性を感じさせる物であった。
耕介は胸の中で、自分のかわいい妹の一人である薫は確かに少女から女に変わった事を痛感した。
「神咲家の皆さん…。
俺は神咲家に婿入りする気はありません…」
まとまりかけた、道場内の雰囲気はまたざわめき始めていた。
「それは、恭也君…。君は薫と結婚する意志は無いと言う事かな?」
薫の父である一樹は、静かに恭也に訊ねた。
「いえ、すぐと言うわけではないですが俺は薫さんと結婚したいです。
俺は…薫さんが好きだから…大切だから…
生涯彼女を守るために剣を振るう事が、俺が剣を持つ理由ですから…」
薫は、その言葉を聞いただけで、もはや恭也の決定に身を委ねる決意を固めた。
それが例え、神咲の名を捨てる事になろうが、神咲を敵に回す事になろうが…である。
「では、それは薫殿に不破の姓を名乗らせると言う事か!!!」
ずっと、恭也の神咲への婿入りを拒んでいた老人が吐き捨てるように吼えた。
それを聞いて雪乃は一人頷いていた。
彼女は恭也と話をした時にこうなると思っていた。
恭也と言う人間を神咲と言う伝統で縛る事は難しいと思っていた。
だから彼は神咲の姓は名乗らないだろうと…
だから彼は尊敬する父親の姓を名乗るのだろうと…
そう思っていた。
しかし、高町恭也と言う人間は、雪乃の想像すら超えた所に居る人間であった事が、恭也の次の言葉で雪乃は思い知る事になる。
「俺は、薫さんはもちろん自分自身も不破を名乗る気は無いです…」
その言葉は、雪乃を初めとしたこの場に居る全ての人を驚かした。
「俺は、薫さんと高町を名乗り、伝統も伝説も何もないところから一からはじめたいんです。
神咲と御神の技と心を合わせた新しい流派を作りたいと思っています…」
し―――――――――――――――――ん
静寂が耳を打つ。
そんな中で和音は耕介と小声で会話している。
「なるほど…貴様が言うとうり只者では無いな…恐るべしスケールじゃ…」
「いくらなんでも…こんなことは俺も考えていなかったですよ…。
俺は彼は不和姓を名乗るとばかり思ってましたから…」
そう言って耕介は溜息をついた。
『恭也君…。君はたいした男だよ…。数年待たなくても既に俺なんて越えてるよ…』
嬉しそうに笑いながらそう心の中で耕介は呟いた。
それと同時に耕介は朝十六夜から聞いた話を思い出していた。
「恭也様はもしかしたら和音様や雪乃様、それに耕介様が思っている以上の方かもしれませんね…」
彼女は確かにそう言って微笑んだ…。
道場内は恭也の発言に唖然として声も無い。
「ウチは、例え神咲の当代の座を捨ててでも恭也君と共に生きたいと思ってる」
そう言って、恭也の横で薫は優しく微笑んだ。
もちろん、そんな話を「はい、そうですか」と聞くわけには行かない。
神咲家の宗家である一灯流の当代の立場は、そんなに軽い物ではないのだから…。
しかし、またこれは当代としての薫の決定であるから簡単に却下する訳にも行かず、困り果てた道場内の人間は視線を和音に集中させていた。
和音は溜息と共に重い口を開いた。
「我が神在家の最強の3人を恭也君が一人で倒す事ができればその意見聞きとめよう…
しかし、それができなければ恭也君は神咲家に婿入りしてもらう…。
それで良いな?薫、恭也君…」
鋭くもどこか優しい和音の視線。
「その3名とは一樹、和真、そして耕介…この3人じゃ…」
「無茶じゃ!!いくら恭也君が強くても、父さんと和真を合わせた3人に勝つなんて…」
そう言う薫を恭也は無言で征した。
「これぐらい出来なければ…新流派を作り上げるなんて夢のまた夢…
そう仰いたいのですよね?
わかりました…受けて立ちます…」
「恭也君本気なの?父さんは道場の剣術ならウチよりも遥かに強い。
和真は、うちさえいなければ、十六夜を継承していたのは確実なほどの使い手。
剣の腕は既に父さんを抜き、霊力もウチに近いくらい持っている…。
そして、ウチはその実力を知らないが、一族の長老達でさえ一目置く耕介さん。
ばあちゃんが大将に選んだって事は、和真よりも実力は上って事なんだよ…」
「薫…俺は負けないよ。
御神の剣は闘えば勝つがその理だし…
愛する者を守るときに、最強の力を発揮するのが、俺が父さんに教えられた剣の真実だから…」
そう言って満場の視線の中で薫に口付けた。
敢えて、人前で薫と口付ける事で、自分の薫に対する強い思いを神咲家の面々にも表明して見せた恭也だった。
「一つだけお願いがあります。
俺が勝った場合は、薫さん一代限りで良いですから、霊剣十六夜をそのまま薫さんが持つ事を許可してください…」
「好きにするが良い…」
「ありがとうございます…」
すでに、空には星が輝き月があたりを銀色に染めていた。
こうして恭也のもっとも過酷な夜が更けて行く…。
後書き
いやいや、長い長い…。書くほうも読むほうも大変だねこれじゃあ・・・。
あとは神咲家の三人対恭也のファイナルバトルでこの非日常の中の日常は終わります。
そして皆様待望の、続編が発表されます…。
え?誰も待ってないって?
そんなこと言わないでくださいよ〜
ちなみに次回は、バトルがメイン
久々に緊迫した真剣勝負になる……予定。