幸せを返せ!
と絶叫する衛宮士郎は完全に無視して、二人のサーヴァントは臨戦態勢にて対峙する。
「ラオウ、今頃になって何故・・・」
ライダー(仮)を見るセイバー(仮)の視線は困惑の色を映していた。
そんなセイバー(仮)に、
「あいかわらず甘い男のようだな」
黒衣の騎乗者は、馬上から冷たく切って捨てた。
見上げる瞳と見下す瞳。
それは、奇しくもかつての二人の立ち位置を示していた。
「腑抜けたままならそれも構わん。
我が拳の前に散れ」
カッと見開かれた瞳からは、己以外全てを弱者と断ずるような、峻烈な輝きが発せられている。
ライダー(仮)の身体から発する苛烈な気が、物理的圧迫感すら伴って、士郎は息苦しさを感じた。
「な、何よあの化物は!?」
セイバーに遅れて、この場に辿り着いた凛の声には、怯えが滲んでいた。
「変態!?」
「そっちかよ!!」
確かに、筋肉ムキムキの、セイバー(仮)よりもさらに一回りもガタイの良い、鬼のような巨漢が、黒ボンテージのライダーファッションをしてるんだから、まさに化物だけどな。
その言葉に怒ったのか、いや、そりゃ怒るだろうけどさ。
ギロリ、と凛に一瞥をくれるライダー。
その眼力に、凛は身が竦んで動けなくなる。
それは、まるで数ある魔眼の中でも、最高位に位置する石化の魔眼のよう。
魔力も超能力も持たない、一介の人間が、だた睨みつけただけだと、誰が信じようか。
突如現れる赤い背中。
バサリと聖骸布を外套のように翻し、ライダーの視線に割って入ったのは、赤い弓兵だった。
「下がっていろ、凛」
「アーチャー・・・」
先ほどまで、お花畑でチョウチョを追いかけてた人物とは思えない頼もしさだった。
しかし、ライダー(仮)は、そんなアーチャーをつまらなそうに鼻で笑い、視線を再びセイバー(仮)に移した。
「フフフ、良いのかケンシロウ?貴様が腑抜けたままなら、そこに居る男と遊んでも構わないが・・・」
「遊び・・・だと!?」
ギッ、っと、鷹の目でライダー(仮)を睨みつける。
士郎や凛ですら感じ取れるほどの露骨な、そして激烈な殺気を滲ませ、アーチャーは一歩前に出た。
「落ち着いてください、アーチャー」
それを押しとどめるようにセイバー(仮)が立ちふさがる。
「アーチャー、あんた傷も完治してないんだから止めて置きなさい」
「・・・ック」
そんな二人の声に反発するかのように、赤い背中はギチギチと筋肉が緊張し、まるでギリギリまで引き絞られた弓を連想させた。
「静まりなさいアーチャー、あんたらしくもない」
鋭い遠坂の声がその背中に突き刺さる。
アーチャーを案ずる優しさと、魔術師としての冷静さが交じり合った言葉だった。
「アンタには濡れ場回避のために、足止めじゃなくて、本当にバーサーカー倒してもらわなきゃならないんだから」
100%冷酷さで出来た言葉だったぁ!!
そんなコメディな雰囲気の二人を尻目に、セイバー(仮)がライダーに向かい構える。
「レイの時の二の舞は避けたいか、ケンシロウ」
「私はケンシロウではない」
士郎に振り向き微笑みかける。
「今のこの身は、シロウの剣となり盾となると誓った一振りの剣」
「いや、剣じゃないから」
無論、士郎の即座の突っ込みは完全無視。
「愛のために・・・か。
かつては、このオレもそれに敗れた、だが、此度はそうはいかぬ!!」
「愛とかいうなぁ!!」
「拳王に二度目の敗北はない。
ハッ!!」
裂帛の気合と共に、馬が猛る。
一歩踏み込むごとに、衝撃で3階の廊下を踏み抜き、周囲の壁をも破壊する。
それは、形を伴った嵐の進撃のようだった。
「ラオウ、黒王から降りなかったのが貴様の敗因だ!北斗七死騎兵斬」
「フン、甘いわぁ!!!」
ちなみに二人のジャンプで3階は崩壊、学校の廊下で天井も大して高くないので、そっちも突き破りやがりました。
「・・・これって・・・」
「ああ、ベルレフォーンの威力の比じゃないな」
4階と3階部分の崩壊のせいで、学校の廊下の、ライダー(仮)が居た半分が完全に吹き抜けみたいになってしまっている。
もちろん、そっち側に居た慎二が巻き込まれ、瓦礫の下敷きになってるのは言うまでもない。
一方、天井を突き破り、いつのまにか屋上に到着してるセイバー(仮)とライダー(仮)は、再び緊張感と殺気を孕んだ不穏な空気の中で、対峙している。
顔に負ったかすり傷を撫でながら、ライダーが不適に笑った。
「ふむ、なかなかやるな」
「黒王に跨ったままなら、貴様に次はないぞ」
「騎乗者のクラスなのに降りた方が強いの!?」
「腑抜けたおまえごときの腕で、このオレを地面に立たせるとはな。
もはやこのオレを、対等の地に立たせる男はおらぬと思ったが・・・」
「馬ってハンデなの!!?」
黒王の生み出した破壊の爪痕は、明らかにベルレフォーンを超えてるんですけど。
天井に空いた穴から漏れこ聞こえた会話は、激しい炸裂音に取って代わった。
激しく軋む天井が、二人のサーヴァントの間で交わされているのが、拳による語らいにシフトしたことと、その戦闘の苛烈さを物語っていた。
「・・・で、どうする?」
腕を組み、目を瞑り、アーチャーはそんな疑問の言葉を、屋上へ駆け出そうとする凛と士郎に投げかけた。
「どうするって・・・」
「何をどうするのよ?」
アーチャーは呆れたように口元を歪めた。
「何も考えずに屋上に行き、あの化物を応援する気だったのか?」
「そ、そうだったわ。ここで、セイバー(仮)が勝っても、あのライダー(仮)相手じゃ身を削るような激闘になるのは必至」
「それは、将にセイバールートその物のストーリー展開ということか・・・」
「そういうことだ。
そうなれば、あれとの濡れ場回避は、もはや絶望的だぞ」
「アーチャー、あんた何かアイディアはあるの?」
「それなんだが、凛。正直な話・・・・・・」
額を寄せ合い、策を練る赤い主従。
「・・・あ」
「ん?士郎、何かいいアイディアが浮かんだ?」
「あ、いや、スマン。そういうわけじゃない」
そう、気がついてしまったのは、実にくだらなくて、そしてとても大切なこと。
アーチャーは、ただの一度もケンシロウをセイバー(仮)とすら呼んでいない。
それだけで、奴にとって、セイバーがどれだけ大切な存在なのかが理解できた。
勿論、オレだって、遠坂だって、セイバー(仮)をセイバーとして認めたくない故にセイバー(仮)と呼んでいるんだが、アーチャーとは根本的に位置づけが違う気がする。
なんていうのか、アーチャーにとって
だからこそ、コイツはこんなにも一生懸命、今回の聖杯戦争を何とかしようとしてるんだろう。
「アーチャー・・・」
「なんだ?」
「いや、ありが・・・」
突然の、まるで落雷のような激しい、何かを叩きつけるような音、次いで頭上がビキビキと軋み罅割れ崩れ落ちてくる。
士郎の感謝の言葉は、崩れてくる天井に掻き消された。
振ってくる瓦礫の飛礫。
やけにスローモーションな視界の中で、士郎と凛の倍はありそうな瓦礫が振ってきていた。
「遠坂!!」
咄嗟に凛を庇うように、自らの身体を盾にして、彼女を組み敷く。
巨大な瓦礫を前に、己の身を盾にしたところで無意味。
そんな事、頭では理解していた、が、身体が咄嗟に動いた。
これから訪れる激痛を前に、身を堅くする。
静寂・・・そして、予想していたような衝撃はいつまでも訪れず、堅く閉じた瞳の向うには呆然とした凛の顔が見える。
とりあえず、凛にも怪我がないことに安堵したのも束の間、士郎が、自らの身体を濡らす鮮血に思わず上を見上げたのと、凛の絶叫はほぼ同時だった。
「アーチャー!!」
自分と、凛を庇うように瓦礫をその身に受け、赤い聖骸布を、さらに深紅に染め上げた弓兵が背を向けていた。
「騒ぐな、凛。セイバーにやられた傷が開いただけだ。
仮にも英霊となったこの身だ。高々瓦礫程度でどうこうなることも無い」
床を己が血で赤く染め、それでも揺るがない鋼の背中。
その背中からは、無言の言葉が伝わってくる。
“ついて来れるか”
理想を貫き、己を鋼にまで鍛え上げた英雄からの挑戦状。
士郎は知らず知らずの内に、己の拳を強く握っていた。
強く握った拳からは、鮮血が雫となって落ちていく。
まるで、現在の自分の未熟さと、今は遥かに遠い頂に至る覚悟をその身に刻むように
「アーチャー、アンタ今までどれだけ無理してたのよ・・・」
遠坂の言うとおり、その傷はかなりの重症で、今すぐに消えてしまったとしても不思議は無いほどだ。
「自爆した傷が少しも治ってないじゃない」
・・・・・・そういえば、アーチャーは二指真空把でやられたんだったな。
何となく気まずい雰囲気の中、まるで空気を読まない巌のような厳つい声が響く。
「さて、そちらは話は済んだようだな」
瓦礫の上に轟然と佇むライダー(仮)の言葉だった。
「逃げ・・・てください、シ・・・ロウ」
そして、そのライダー(仮)の足元には、息も絶え絶えなセイバー(仮)が踏みつけられていた。
「夢・・・じゃ、ないわよね、あのバーサーカーにだって肉弾戦で圧倒してたセイバー(仮)が一方的に・・・」
「悪夢だな」
凛の呟きに、士郎はただ頷くしかない。
あの化物染みたセイバー(仮)が、満身創痍だなんて、なんて悪夢なのか。
そもそも、よく考えれば、可憐なセイバーが化物染みた筋肉男になってることが、最大の悪夢なわけだが。
「ふ、止めておけ」
ライダー(仮)が、同じく満身創痍のくせに、双剣を構えるアーチャーに釘を刺す。
「アーチャー、リンとバッドを連れて逃げろ!!」
「オレはバッドじゃねー!!」
セイバーの叫びにも、勿論士郎の突込みにも耳を貸さず、鋭い鷹の目はライダー(仮)を射抜き、心眼はこの場を切り抜ける最善手を必死に探していた。
士郎も凛も、僅かな状況の変化も見逃さないよう、ライダー(仮)を凝視する。
「・・・ウッ!!!」
突然呻き声を上げ、崩れ落ちるように鋼の背中が崩れ落ちた。
「アーチャー!」
まるで、石にでもなったかのように、膝を付いたまま固まってしまった。
「ま、まさか、ライダーと同じく石化の魔眼か!?」
「士、士郎・・・」
アーチャーに駆け寄ろうとする士郎の背に、凛が持たれかかってくる。
「遠坂まで。・・・大丈夫か!?」
「ライダーを、見ちゃ・・・ダメ・・・よ」
崩れ落ちる凛の体を慌てて支える。
強張って硬直したその身体は、まるで石のようだった。
『何故だ・・・』
ライダー(仮)はライダーのように眼帯などしていなかった。
心を射抜くような鋭い眼光は、心理的な圧迫感を感じ、手足の痺れを感じたが、それとは二人の様子は全然異なっていた。
『・・・ここは一端退くべきか』
凛を抱きかかえたまま、隙を窺うかのように、ライダー(仮)に一瞥をする。
逃げるために周囲の様子を無意識に窺ったのは完全に無意識の行為。
不幸にも目にしてしまった。
自らが二人と同じように、石になってしまう過程の中で、二人が魅入られて、心まで堅く閉ざしてしまった原因となる物を。
「シロウ!!」
ようやくライダー(仮)の足下から抜け出した、セイバー(仮)の悲痛な叫びが、もはや廃墟と貸した廊下に木魂した。
以前、士郎は凛から聞いた話を思い出していた。
自然界に働きかける、特殊な能力を持つ物は、ノウブルカラーと呼ばれることを。
そして、その中でも上位に位置する物は、『虹』と呼ばれることを。
封印を解いたライダー(仮)のそれは、将に虹だった。
「に、虹色の褌なんて・・・ありかよ」
ライダー(仮)の、
自らの心を石のように硬く閉ざす寸前、衛宮士郎は静かにそう呟いた。
魔術師の戯言
本当に久しぶりの更新です。
いや、SSその物もそうなんですが、Fateの拳の方はなんと前回更新したのが2004/09/02ですって(参:SS LINKS様)。
あと3話で終われる予定なのに、ダラダラとねぇ。
年食うと、ネタは有っても書くのが億劫だったり、書きたいけど翌日の仕事のこととか考えちゃったり、なかなか難しいです。
あと、今回はフォントとか文字色変えない書き方にしてみました。
いい加減、これとか、他にもほっときすぎて収拾付かないのがたくさんあるから、来年(2007)はもう少しマメに更新しなければならないですね。
それでは、本年度はお世話になりました。
駄目な筆者ですが、来年もよろしくお願いいたします。
・・・しかし、本年度最後の更新のネタが「ラ○ウ様の褌」かよ。orz