5時間目の休み時間、自分の席に座り先程の遣り取りを振り返る。

尊敬する千堂先輩が自分を取り戻してくれてよかった。

心からそう思う自分の中に、一抹の影。
瞳を見つめる恭也の表情が頭から離れない。

彼女の表情に、仕草に、言葉に、翻弄されているように見えた。
あの冷静沈着な彼が、だ。

それを思うと、なんだかモヤモヤする。

「よう、御剣。その様子だと、さっきの数学はサボりだな」

「相川か・・・」

思考を中断させる声に振り向くと、予想通りの少女と見紛う少年がニヤニヤしていた。

「お、なんだ?本当に体調が悪いのか?
保健室行くか?」

いつもと違い反応の薄いいづみに、気遣わしげに声をかける。

「いや、体調はいたって万全だ」

「なんだ、じゃあやっぱサボりか?」

「まあね」

「俺ならともかく、御剣らしくないな」

「らしくない、か」

思わず苦笑してしまう。
さっきの瞳は、瞳らしくなかった。
その後の恭也は、恭也らしくないように思えた。
そのうえ、自分までらしくないらしい。

「らしくないと言えば、御剣」

その声に意識を引き戻される。
アイドル顔負けの少年が人の悪い笑みを浮かべると、小悪魔のようだと埒のないことを思った。

「昨日、大事な用だったんだって?」

「は?」

「だ〜か〜ら、昨日男と大事な用だったんだって?」

「何で知ってる!?」

「昨日、校門の所で瞳さんに会ったんだよ」

「ああ・・・」

なるほど、昨日の千堂先輩の別れ際を思い起こせば、直後に知ってる人に問い詰められれば何かを漏らしてしまうかもしれない。

「そのうえ、瞳さんの制止を振り切って男の下に走る・・・とは、いづみちゃんも女の子だねぇ」

言葉に詰まる、そういえば唯子に誘われた時に『大事な用がある』と言った気がする。
仄かに頬が熱くなった気がする。
そして、目の前の真一郎の表情から、からかう様な笑みがなくなった。

「とりあえずさ、経緯はわからないけど、瞳さんとも仲直りしとけよ。
あの人はあの人なりにお前の事を思って言ってくれたんだと思うぜ」

「サンキュー、相川。
お前っていい奴だよな」

「まあ、お前がその彼って人に本気みたいだからさ」

「え?」

聞き返した言葉は、チャイムと重なり、真一郎は振り向かずに席に戻っていった。
やがて英語の教員がやってきて授業が始まる。
テスト前で、皆集中して授業に臨む中で、いづみは一人集中できないまま、ただ外を眺めていた。




過去と未来の狭間で・・・


 いづみが集中できないまま授業を終え、浮かれた足取りで教室を出る真一郎を尻目に、軽く深呼吸をして、心を切り替える。

『話せる事は全て話す』

そう言ったからには、彼は話せる事は全て話してくれるだろう。
しかし、話せる事は、と前置きすると言う事は、依然話せない事は存在すると言う事だ。
それを責める気はない。
しかし、会話の中からそれを探り、情報を得るのは忍者として当然だ。

それに、あの瞳の様子を見るに、一戦交える気だろう。

武道家として、本気で手合わせすれば相手が理解できる。

瞳はきっとそう思っているはず。
それにはいづみも同感だ、そして忍者としての冷徹な視点で考えれば、彼の戦闘術やスタイルから、そのミステリアスな正体に迫れるかもしれないと言う意識もある。

護身道の道場の扉を前に、迷走する思考を自覚し、もう一度意識を切り替える。
冷静に、冷徹に、忍者としての自分を呼び起こし、扉を開いた。

「千堂先輩、早いですね」

道場の中央に、胴着を着て瞑想するように正座する瞳に声をかける。
昼前とは違い、その隙のない気迫と落ち着きの同居した姿は、まさに秒殺の女王と言う通称に相応しい威厳があった。

「彼は・・・」

まだ到着していないと伝えようとして、言葉を切り、一度だけ微笑みかけると再び瞳を閉じた。
言わなくても恭也が来ていない事をいづみは察している。
ならば余計な会話をするよりも集中力を高めたかった。

表情がいつもの快活ないづみの物とは違う、襲撃をかけてくる時の熱さも無い。
冷めた表情と怜悧な瞳、それは初めて見る『蔡雅御剣流忍者』のいづみなのだろう。
何処を見るでもなく、道場全体に張り巡らされた意識が、自分も含めた道場の空気の流れすら捉えているのがわかる。
故に、この場に居るのは二人だけだと察しているだろう。

相手の一挙一投足をも逃さない、一点集中な武道家の集中力とは対極のあり方だった。


「来ました」


いづみの呟きに、瞳がその閉ざした世界を開くのと、扉が開け放たれるのは同時だった。

「お待たせしました」

気負いも何も無い言葉、平静と変わらないように見える恭也。
自分といづみの、臨戦態勢とも言える状態を察しているにも拘らず、だ。

「何から話しましょうか?」

いづみも眼を細める。
恭也の対応は、自分達を相手にしていないのではなく、恐らく行住坐臥、いつでも闘う覚悟と準備が出来ていると言う事だろう。
よく考えれば彼は、自分の強襲と、瞳の慮外の攻撃すらも難なく、避けていたではないか。
いつ何時闘う事になっても、準備が出来ているということだろう。
わざわざ切り替える自分、集中力を高める瞳とは違う段階に居るのかもしれない。

「わかっているでしょう?」

瞳が微笑みかける。
艶麗な笑みは、いっそ獰猛な豹のようにしなやかで、恍惚と引き換えに命を奪う死神めいて見えた。

「全力で、試合ましょう」

すっと棍を構え、恭也が武器を出すのを待つ。
通常の護身道家が用いる棍に比して、かなり長い棍だった、間違いなく対恭也対策と見ていいだろう。

「まさか素手で・・・」

戦うわけでは無いでしょう?
言い切る前に、突然恭也がバックステップで背後に下がる。

距離を取るとは意外な行動。
あの初めて会った時の握手から、彼の獲物は剣だと思っていたが。

「先輩!!」

いづみの声、そして恭也が下がった足元に転がる苦無から、全てを察する。
いづみが、いつの間にか恭也と自分の死角から、苦無を飛ばしていたらしい。

混乱する。
自分はあくまで一対一の戦いをする気だった。

「先輩!」

目の前で、何かが弾ける。
自分を狙い恭也が投げた針を、いづみの苦無が相殺したらしい。

いつの間にか、眼前に立っていた恭也が、小太刀を横薙に放つ。
それを何とか棍で受けたところで、身体が宙を舞った。

目の前には恭也の顔、そしてその背後には道場の天井。
冷めた恭也の瞳に射すくめられて、漸く自分が投げられた事に気がついた。

「それで分かり合えますか?」

そう呟くと、振り向き様に背後に回し蹴りを放つ。
チリンと鈴の音も軽やかに、いづみが蹴りを掻い潜り、バランスを崩した恭也に逆手に握った苦無を切り上げる。
蹴りの反動を筋力で無理やり殺し、中空に飛び上がりいづみの刃を避ける。
逃がすまいと、追って宙に飛び、追撃の刃を放ついづみの斬撃を、いつの間に握ったのか、左右の小太刀で迎え撃つ。

右の小太刀で、苦無を受け止め、左の小太刀でいづみの刀を砕いた。
思わず眼を疑う、余程の豪刀と打ち合ったからといって、早々苦無は砕けない。
まして、力の入らない中空で、利き腕ではない左腕の攻撃で、どうして苦無が砕かれよう?
何かの技術を用いたに違いない。

「あれこれ考えすぎるのは、忍者の悪い癖ですね」

言葉の通り、思考の硬直を衝く様に、激しい蹴りでそのまま壁に叩きつけられる。

「恭也さん、忍者と戦ったことが?」

突きつけられた刃に、両手を挙げて恭順の意を示す。

「敵として、ではなく味方としてなら何度かあります。
あとは、模擬戦とかを少々」

刃に替わり、差し伸べられた手を握り、いづみが立ち上がりながら、砕けた苦無とは別の物を懐から取り出す。

「いづみさん、本当にまだ3級なんですか?
昨日とい、今とい、実力的には2級以上だと思うんですが」

「まだまだ、3級のひよっこです。
蔡雅御剣流宗家の人間として、兄様たちには遠く及ばないですし」

「ああ、鋼さんによく似た闘い方をするから、蔡雅御剣流かとは思ってましたが・・・」

「鋼兄様をご存知なんですか?」

しまった、と顔を顰める。

「それも秘密・・・ですか?」

いづみの笑いを含んだ言葉に、苦笑を返す。

「でも、少し恭也さんのことわかりました。
暗器を用いながらも、主たる戦闘技術はあくまで小太刀、しかも二刀流」

「ええ」

「そんな珍しい流派、あの御神流しかありえないですね」

「さすが忍者ですね、御名答です。
マイナーな流派なのに、よくご存知ですね」

「火影兄様から聞いた事がありまして。
でも、不思議ですね」

何が?と視線で促す恭也に、いづみは気遣わしげに言い澱む。

「数年前の爆弾テロで宗家に近い一族は皆死んだはずなのに、ですか?」

恭也自らの口から出た言葉に、瞳は驚きを、いづみは痛ましげな視線を返した。

「恭也さんの年齢で、それだけの腕。
御神の特殊性を考えても、宗家かそれに近い筋しか有り得ないはず。
でも、それは貴方が言うようにもっとありえない」

一瞬の沈黙、恭也の表情に僅かに去来する沈痛な痛み。

「そうですね、本来は有り得ません」

そして、急に視線を瞳に向ける。

「千堂さんはどうされます?」

既に臨戦体勢に入っている二人に、交互に視線を向ける。
パンと強く自らの頬を打つ。
圧倒されてばかりは居られない。
そもそも、恭也に一対一では、相手にならないのはわかっていたではないか。
恭也に全力を望むのなら、悔しいがこちらは二人で当たるしかないのは自明の理だった。

呆けた自分に呆れる。

「勿論」

いづみに意志を込めて頷く。
一足で小太刀の間合いの外、そして自分の棍の間合いに入り、棍を振るう。
右左上下、本来なら小太刀よりも長く扱い難い棍を、脅威の捌きで振るい続ける。
俗に三倍段と言う様に、瞳クラスの達人の突きと払いの連鎖の前には、恭也といえども余裕を持って避け続けるのは不可能。
通常の長柄の武器を相手にする場合、左右の小太刀で鉄壁の防御を敷きながら、間合いを詰めてリーチの有利さを打ち消すのが定石だが、そもそも嵐のような攻撃の前に、
なかなか前に出られない。

秒殺の女王と呼ばれた実力は伊達ではなく、腕力は兎も角、速度、技のキレ、その多彩さ、どれをとっても先程のいづみの接近戦を遥かに凌駕している。
それだけでも厄介なのに、それにプラスして死角から襲い来るいづみの苦無に、さしもの恭也も防戦一方にならざるを得ない。

挑めば下がり、下がれば詰める。
棍の間合いを外さないその集中力とセンスに支えられ、いつまでも続く膠着。
如何な彼女でも棍では、恭也を捉えることはできない、必殺の投げに行くには、その前に恭也の小太刀の間合いに踏み込まなければならない。
持久戦でジリ貧か、接近して玉砕か、どちらにしても待つのは敗北の二者択一なのは瞳もわかっているはず。
ならば、決するのはいづみの一手だろう。
その奇妙な膠着が続く。
10分に迫る時間を攻撃し続け、少しも鈍らない瞳の技量と精神力、何かを狙うように警戒して、死角から苦無を放つだけで一気に接近戦を挑まないいづみの沈着さに、恭也も手を焼いている事を認めざるを得ない。
2対1ではあるが、恭也が苦戦するなど最近は美由希以外の相手にはとんと記憶が無かった。

10分を疾うに超えた頃、恭也は瞳の動きのキズに気がついた。
苦無が自分の背後から放たれるたびに、僅かだが苦無を避けるような体捌きになるのだ。
それは、この第二ラウンドが始まった当初から見られた癖だった。
瞳は生粋の護身道家で武術家だ。
自分の背後から、自分が相対している相手に向かって投擲がある、なんて状況は想定した事もないに違いない。
もちろん、それは自分を狙う物ではないとは理解しているが、背後から迫る苦無に無意識に身体が反応してしまうのは、いづみの技量を信用しているのとは別の次元の話で、仕方が無いことだし、さして問題もなかった。
しかし、それが十分も過ぎたあたりから疲労が原因か、今までより徐々に大きく避けるようになり、恭也レベルの人間から見れば、それの動きは明らかにキズになってきていた。

瞳の身体が流れる方向を誘導するために、巧妙に壁際まで誘導する。
放たれた苦無にあわせて、瞳の身体が流れる方向に、強引に踏み込む。
間合いを保つために、距離を取り棍を放つ瞳だが、逆方向に身体が流れているため、僅かに棍の一撃や足の捌きが着いて来ない。
その威力も速度も、今までに較べて落ちる棍の一撃を、右の小太刀で弾き飛ばし間合いを潰す。
反しの左の小太刀の打ち降しが、ガクンという衝撃と共に大きくぶれた。
自らの間合いに入ったと確信した瞬間、恭也の右袖が瞳に取られていた。
一瞬、快心の笑みを漏らす瞳の表情が視界の端に映る。
右袖が取られる間合い、それは既に小太刀の間合いではなく、必殺の投げの間合いである事を意味した。

「しまった!」

恭也が間合いを詰めると同時に瞳も間合いを詰めていたのだ。
つまり、自分は彼女の策に誘い込まれたらしい。
恐らく体勢を崩す癖を逆手に取ったのだろう。
瞳の必殺の投げが炸裂し、掴まれた右袖を支点に、世界が反転する。

「良い投げですが、甘いです!」

が、右腕だけを取られた投げ技で、大人しく敗れる恭也ではなく、地面に着く前に右袖を引きちぎるように強引に引き抜く。
着地と同時に奥襟を取りに来る瞳の腕を取り、空中で瞳の肘に小太刀を挟み込むようにして掴み、間接を極める。
そして、着地と同時に極めたまま捻りを加え投げようとする。

投げようとする恭也の目の前に、投擲された苦無。
正確に眉間、瞳を極めている腕、そして喉の3点に迫る。
さらに、その苦無を追い越さん勢いで、今日初めて忍刀を握ったいづみが弾丸のように迫る。
瞬間で瞳を極めている手を離し、両の小太刀を揮う。
瞬間的に全ての苦無を弾き返したのは流石だが、もう恭也にも余裕が無かった。
迫り来るいづみに眼を向け、刃を揮おうとした瞬間だった。
恭也の鍛え抜かれた機器察知能力が警報を鳴らす。
無茶な動きの代償に、瞳に完全に背を向ける事になる。
そうでもしなければ、三連の苦無と鋭い斬撃で打ち倒されるのは間違いなかった。
しかし、その硬直を見逃す瞳では当然無い。

瞳の渾身の一撃は、寸分の狂いも無くいづみの斬撃と重なる。
それは、いつかの夕暮れの一幕。
違うのは、前方の不意を突いた襲撃者は、今や冷徹な狩人として迫ってくる事。
そして、後方の達人の攻撃が、いつかの快心の一撃すら凌駕する、鬼神の烈風である事。
夕暮れの帰り道、必滅の状況に恭也を追い込んだのは偶然だった。
いや、いづみや瞳にとって必滅の状況であったそれは、彼にとっては難なく避けうる危機であったに過ぎなかった。

では、今はどうか。

それは恭也といえども避けられぬ攻撃。
必勝の状況にも拘らず、それでも想定されうる恭也のあらゆる回避方向に意識を裂きながら迫るいづみに、
当身を食らわせる隙など見出せない。
そして、例え見えなくても空気の畝りが教えてくれる背後の攻撃は、前方に注意を払ったままで避けられる物ではなかった。

チェック・メイト
通常なら、それはもはや勝負の投了を意味する状況。

「だが、御神は闘えば必ず勝つ」

一手だけこの状況を脱する手段が恭也には、いや御神流には有った。
それは、逆転の一手などでは決してない。
どちらかと言うと、盤面ごとひっくり返す行為に近いかもしれない。

「それでも、それでも俺は負けるわけにはいかない」

負けられぬ理由、それは敗北を許されぬ御神の理。
だが、それだけか?
これは、裏の戦場ではない、試合ですらない。
お互いを知り合うコミュニケーションだ。

ならば・・・

「奥義の歩方・神速!」

切札(コレ)まで使う必要は無いのではないだろうか。

「え・・・?」

驚愕の声を漏らしたのはいづみだった。
あらゆる動きに対応できるように、俯瞰的に神経を張り巡らせ、恭也の動きを捉えていたつもりだった。
そのはずなのに、急に目の前から消えて、気配が背後にある。
如何なる魔法か、超能力か、最後の動きは完全に理解を超えていた。

「勝負ありですね」

いづみの背後から、何処か心此処に在らずの声がする。

「参りました」

その声に答えたのは、恭也以上に忘我のいづみではなく、笑みすら浮かべて立っている瞳だった。

「瞳さん?」

まだ状況の理解が頭に追いついていないいづみに、悟らせるように微笑み頷いた。
驚きも悔しさも当然瞳にもあったが、彼女は何となくこうなる気がしていた。

結論だけ見れば、夕暮れの帰り道の焼き直し。
3人の歯車が周り始めたあの時と同じような状況。
いづみと自分の渾身の一撃を、恭也は掻い潜って見せた。

あの時はただ懼れるしか出来なかった。
でも今は違う。
武道家として手を合わせて理解できた。
高町恭也という人間性が。

「じゃあ、高町君答えられることだけ教えてくれる?」

未だ、夢と現の狭間に居るような二人に苦笑してしまう。

「最後の動き、あれは普通の動きじゃなかったわね?」

沈黙を肯定と解釈し、質問を投げる。
その質問に、いづみの瞳に理性が戻る。

「あれは、俺の流派の奥義です」

そう呟いて、膝に抱える古傷の鈍痛に気がつき、苦笑した。
そう、奥義なのだ。
今この瞬間奥義を使わなければ負けていただろう。
だが、今は奥義を使ってでも勝ちに行く場面だっただろうか。

「何故、神速を・・・」

そこまでして、彼女達に負けたくないと思った自分の心境を、恭也は理解できなかった。


正気を取り戻した恭也が、ポツリポツリと今の自分に答えられる事を答える。


名前、趣味、家族構成、住所、趣味、等々。


答えられることなんて他愛のないことで、答えられないのではなく、恭也自身にもわからない事の方が多かった。
わからない事には、わからないと、言えない事には言えないと正直に答えた。
中には、記憶喪失なのかと思うような回答もあった。
生年月日の年を言えないというのは理解できない。

二人は、全てを信じるわけではないが、それでも彼が答えたことには、嘘は無いと何故か信じられる気がした。
校内に下校を促す放送が流れる。
窓の向うには茜色の空が広がり、時間の経過を眼に見えて表していた。

「遅くなっちゃったわね、帰って試験勉強もしなければいけないのに」

試験、そう聞いていづみと恭也が微妙な表情に変わる。

「うう、そういえば試験勉強しなければ・・・」

「あら、恭也君も勉強苦手なんだ?」

意外ね、なんて含み笑いから、瞳の成績がかなり良いであろうことが恭也にも予想ついた。

「理系教科がどうも・・・」

「それは、納得できますね。
高町先輩は、古典とか歴史とか文系教科は似合いますが、化学とか物理はイメージに合いません」

私もですが、と苦笑するいづみに頷きを返す。

「あら、でも高町君、英語は意外と流暢よ」

「それもイメージに合いませんね」

「親しい英国人が身近に居たからな」

ブルネットの髪の姉的存在を暫し思い起こす。
ちなみに、英語以外は、いづみの指摘どうりで、恭也はどうも理系科目が得意ではなかった。
忍と知り合ってからは、文系教科が苦手な忍と教えあう事で、そんなに酷い点は取らなくはなっていたが。

「はぁ、また家に帰ったら忍に教えてもらうしかないか」

「え、高町先輩家に誰か居るんですか?」

「え?」

「忍さん・・・て、ご家族ですか?大学生のお姉さんでも居るのかなって」

「高町君、私もその話詳しく聞きたいわ」

その流麗な笑顔に、いづみが思わず「ひッ!」と距離を取る。
恭也もゴクリと息を呑む。
何と言うか、先の戦闘中の倍以上の音量で頭の警報が鳴り響いている。
瞳の表情は、再び5時間目の最後に見せた顔になった、とだけ恭也といづみは後に述懐し、この件についてこれ以上の言及を避けたという。



結局判明した事は、恭也はもう一人の友人と忍の家に滞在していると言う事だ。
心中穏やかではなかったいづみも、友人だという恭也の言葉と、尋常じゃない瞳の様子になんだか笑ってしまっていた。

恭也と瞳と別れ、すっかり暗くなった道を一人歩く。

「あの瞳さんが美人って言うなんて、忍さんてどんな人だろう?それに、もう一人の子って誰だろう」

気がつけばそんな事を考えている自分に気がつき驚く。
そもそも、何で自分は、そのことを知って心中が穏やかじゃないなんて思ったのか。



「まあ、お前がその彼って人に本気みたいだからさ」



真一郎の言葉が不意に頭に浮かぶ。

ブルブルと首を横に振る。

「何を考えてるんだ、私は」

高町先輩の周りには、その忍さんて言う人が居て、そして瞳さんが居る。
自分に勝ち目なんてあるはずが無い。

いや、そもそも勝ち目も何も、御剣一角は立派な忍者になるために海鳴に居る。
余計な雑念は払うべきだ。
自分自身にそう言い聞かせる。
帰って勉強もしなければいけない、2級の試験ももうすぐだ。

恋とか愛とかにかまけては居られない。

部屋に戻る前に公園により、鉄棒の上で一回転する。
身体が切れてる。
クルクルクルっと、数回連続でバク宙する。
正直失敗する気がしない。

たったの一度の戦闘だったが、恭也という尋常じゃない達人との戦いで、飛躍的に向上している自分に驚いた。

「そうだ、テストが終わったら訓練に付き合ってもらおうかな・・・」

それは、心を弾ませる素晴らしいアイディアな気がして、帰り道の足取りが軽くなる。





こうして、物語の舞台は回り始めている。
しかし、その動きは未だゆっくりで、ひどくぎこちない。
それもそのはず、物語を織り成す部品があと一つ。

この物語を回す歯車は4つ。

4つが揃うその日はもうすぐそこに・・・・・・


艦長の戯言


前の更新が9月8日。
なんと、一月で更新してしまった。

早い!

こんなハイペース何時以来だ?
多分3〜4ぶりくらいだ。
やれば出来ると言うか、前回感想がたくさん来て嬉しかったからかな?
単純な人間だ、私。


さて、今回久々にバトルメインの話。
で、一点お詫びと言うか言い訳を。

小太刀って通常60センチくらい、瞳たちの棍てもしかしたらそれより短かった気がする(汗
そうすると、中盤で間合いが云々て話が、アレになっちゃいます。

まあ、そう重要な話でもないんで、今回は恭也に対抗するために敢えて長柄の棍を用意したって
ことでお願いします。
ちょっと強引ですけど。

では、また感想とかいただけたら嬉しいです。