《流れ行く時代(とき)》
暗い部屋に一人佇む老人。
長い人生の中で得た、数々の知恵と経験を物語る様に刻まれた深い皺。
そして鋭い視線からも、この老人が只者では無い事を物語っていた。
「すまんな、わざわざこっちから呼び出してしまって…」
暗闇の中で老人が、建物に入ってきた若者に詫びる。
その声は、視線の鋭さとは裏腹に優しい。
「いいえ、構いませんよ…」
それに答える若者の声も、秋の空の様に澄み切っていた。
その確実に180cmは超えるであろう長身の若者。
いや…ほの暗いこの部屋では、正確に判断できようも無いが、彼は最早、若者と言うよりも、男性と表現した方が適切なほどの年齢の様だ。
しかし、その声や物腰などは相変わらず若々しい。
見た目もまた未だ20歳後半で通じそうなほどだ。
そしてその視線は限りなく穏やかだ。
鋭い眼差しを持つ老人の前に相対すると、なおさらにその男性の柔らかい眼差しが強調される。
「見せたい物があると聞きましたが…?」
男性は、すっと老人の前に座りこむと、訊ねた。
「ああ…、これは今日この神社に持ちこまれた物なんじゃが…」
と言って老人は、すっと桐の箱を男性に渡す。
「これは…」
男性の眼差しが一瞬で鋭い物に変わる。
今までの柔らかな物腰や、優しそうな声からは想像もできないが、
この鋭い視線を持った瞳…これが男性のもう一つの顔であった。
「わしが持つよりもお主に渡したほうが良いと思ってのう…」
男性はピッと佇まいを正して老人に向き直る。
「神咲一灯流退魔師 槙原耕介 謹んでこれをお預かり致します」
そう、この男性の名は槙原耕介。
さざなみ寮の管理人兼さざなみ寮のオーナー。
既婚者で、妻の名は槙原愛。
養子の娘、リスティ=槙原。
そして、今年で13歳になる長男の槙原真介。
それに、さざなみ寮の寮生たち全てが、耕介が護るべき大切な家族である。
そして、そんな彼の裏の顔は、神咲一灯流退魔師でもある。
今手渡された桐の箱の中身は、退魔師としての彼が良く見知っている物に酷似していた。
「気を付けろ耕介…。この老いぼれにはなにか不吉な予感がしてならん…」
「大丈夫ですよ、明日は偶然にも薫が寮に遊びにくる事になっていますから…」
そう言ってニコリと笑う耕介の笑顔は、老人の不安をかき消すのに十分なほどに、
頼り甲斐があるものに見えた…。
「そうじゃの…、あの退魔師の頂点である神咲一灯流の歴史において、天才と称され、史上最速で免許皆伝に至ったお主。
それと、神咲一族の歴史上、最大の霊力を持つといわれたお嬢がそろえば…
例え、相手が鬼であろうとも怖い物無しかもしれんな…」
「そうです、俺はともかく薫がいますから…」
「そうじゃのう。しかも、お嬢には”御神の剣士”が傍に付いているしな…」
「はい…、彼は剣士としても男としても本物ですよ…」
「お嬢に神咲の名を捨てさせ、そして神咲一族にそれを納得させたほどの男じゃからな…。
なんと言ったかのう。あの二人の娘の名は…」
「紫苑(しおん)…。高町紫苑です…」
「そうじゃったな…。時が流れるのは早い…。
まるで結婚式が昨日の事のようなのに…」
しばし懐かしい過去の話をして時を過ごす二人。
その様はまるで、年老いた父と成人した息子の様であった…。
〜数十分後〜
「では、失礼致します。
もし、俺や薫の手に負えない時は、お力添えをお願い致します」
「良く言うわ…。解っておるつもりじゃよ…。
今のわしの力は、最早全盛期の十分の一にすぎぬ…。
最早、お主らの役には立てまい…」
耕介は何も言えなかった。
事実、この老神主自身の言うとおり、薫や耕介がてまどう様な敵との闘いに、この神主の力は役には立たないだろう。
しかし、それでも耕介が先ほどの様に力添えを頼む言葉をかけたのは、耕介自身がこの老神主を尊敬していたからであった。
自分や、薫が生まれる前から退魔師として、この海鳴を護ってきたのは、紛れも無く、この今は年老いた神主であった。
耕介にとって最早この海鳴は長崎以上に故郷なのだ…。
その町を守り続けた偉大なる先人には、老けこんで欲しくなかったのである。
なにも言えない耕介に、神主はまるで息子をなだめる様に優しく声をかけた。
「なにも、お主が落ち込む事はあるまい…。
わしは年を取った…。今はもう主らの時代になったというだけの事じゃよ…」
「………………」
相槌を打つ事も出来ず、哀しい目をしたまま耕介は立ち尽くしている…
そんな耕介に老人は数枚の護符を投げてよこした。
「これは…?」
「結界じゃよ…。
体力が落ちたわしは、霊障を祓う事にかけてはお主らに、もはや及ばないが、
護符を使っての結界ならば、まだまだお主らのようなヒヨッコには負けん…。
餞別としてくれてやるから、さざなみ寮にでも貼っておけ…」
「はい!!ありがとうございます…」
護符よりも、未だに毅然とした老人の態度が嬉しかったのか、
耕介は何度もお礼を言うと軽い足取りで神社を後にした。
耕介が帰り、一人になった老人の眼差しは先刻とは違い限りなく優しかった。
「まったく…、あの男は優しい男じゃ…。
お嬢も、小さいお嬢も、神咲の連中はみな優しすぎていかん…」
一つ溜息をついて老人は外に出る。
街の高台にある八束神社からは海鳴の町が見渡せる…。
老人が人生をかけて護ってきたこの街…
そして、老人の事を慕ってくれる耕介が護っていく街…
暖かな生活の灯を見ながら老人は一人呟く…
「老兵は死なず…
ただ消え去るのみ…」
と……………。
後書き
どうも、この長いシリーズの最終章です。
長いシリーズだなぁ〜とか、まだこのシリーズ書く気なの?と呆れられてる方へ
残念でした、書きますよこのシリーズはまだしつこく…。
って言うか、元々二部構成だもん、この修羅の邂逅シリーズは…。
二部じゃなくて三部になってしまいましたけどね。
エピローグに当たる部分を独立させてしまいましたから。
しかし薫も恭也も出てこない。
耕介と八束神社の神主さんだけの登場です。
しかも神主さん目立ってるし…。
だって、とらハ男性キャラが足りないんだもん!!!
可愛い女性キャラも好きだけど、話を書くという一点においては、渋い男性キャラが好きです。
話は変わって今回チラッと出てきてましたが、世代が移り変わっています。
薫と恭也の娘の『高町紫苑』や耕介と愛の子供の『槙原真介』など、
各キャラの二世にご期待下さい。
って言っても全員出てこないですけど…。
今のところ確実に出るのが決まってる二世は、上記の二人と美由希の子供の『静香』だけ。
ちなみに、出るかはわかりませんが、神咲到真も居ます。
到真の親は一体誰でしょう?それは次回(以降)のお楽しみ!!