《天才の血をひきし者》
ドルルルルルル…
夜の闇をライトで切り裂きながら、真介が良く知っている音が近づいてくる。
ドルルルルル…キキッ――
そして、その音は家のすぐ傍まで来て、ブレーキ音を軋ませながら止まった。
「ただいま〜〜!!」
真介の父親が帰宅を知らせる声が響く。
ドタドタドタ・・・
その声を待ちかねたかのように廊下をばたばたと走る音が響く。
「耕介さん、お帰りなさ…キャッ」
バターーーーーーン!!!
派手な音を立てて誰かが転んだ音が真介に聞こえた。
「大丈夫ですか?愛さん…」
「はひ、大丈夫ですけど…、ちょっと鼻を打ってひまいまひた〜〜」
「そんな、転ぶほど慌てて迎えに来なくても俺は逃げませんよ…」
いつもの事なので、苦笑しながらもやはり耕介は嬉しそうだった。
「痛いの痛いの、飛んでけ〜♪」
そう言って耕介は愛の鼻に軽くキスをする。
「万年新婚夫婦だね〜〜」
真介の横で、だいぶ年が離れた姉のリスティが、やれやれといった顔で煙草をふかしている。
「ただいま、リスティ、真介」
「お帰り耕介…。相変らずお熱い事で…」
リスティがニヤニヤしながら愛と耕介を冷やかす。
「リスティったら〜〜!!!!」
「ははははは、照れるなよ愛。仲良き事は美しきかな…。だろ?」
「もう〜〜!!」
そんな母と姉の喧騒を余所に真介は静かに耕介に声をかけた。
「お帰り、父さん。今日も『仕事』?」
「ああ…まあな…」
真介は父、槙原耕介が大好きだった。
子供心に大きくて、何時もにこにこしていて、母にも姉にも寮の『家族』にも優しい父。
料理が上手で、洗濯やアイロンがけを、鼻歌交じりに猛スピードで仕上げる父。
寮のみんなや、少し頼りない母を、暖かい眼差しで見守っている父
そんな、優しい父親が大好きだった。
だからこそ剣を振るっている槙原耕介(父親)は見たくはなかった。
別人のように鋭く厳しい眼差しも…
びりびりとした、近寄りがたい雰囲気も…
その一振りで、大木すらも薙倒すような圧倒的な姿も…
極稀にだが、息も絶え絶えで全身を血に濡らしているほどに傷ついた父の姿も…
決して見たくはなかった。
そんな大好きな父親の、唯一嫌いな姿などは決して見たくない。
真介はそう思っていた。
槙原真介は優しい少年であった。
そして、母親である愛にうりふたつの容姿のせいで、同い年の少女よりも遥かに可愛らしい容姿をしていた。
そのかわいらしさに拍車をかける様に、彼は肩まで届く長めな髪を黄色いリボンで無造作に縛っていた。
顔だけ見れば、アイドル顔負けの顔立ちにも関わらず、彼は父親譲りの長身のおかげで、女性に間違われる事はほとんど無かった。
何と言っても、ようやく今年の春で中学2年生だと言うのに、その身長はすでに180に3mm足りないだけであったのだから。
そんな彼が、父親である耕介から剣を習い始めて、すでに4年になる。
剣を振るう父親が嫌いだった少年が、父に剣を習い始めたのは4年前のある事件が切っ掛けだった。
事情はどうあれ、真介は今海鳴中央の剣道部でレギュラーをつとめていた。
「父さん…もし良ければ、今日これからまた剣を見てくれないかな?」
「ああ、良いぞ。外に行くか…」
耕介も自分用の木刀を持って真介と供に庭に出る。
ビュッ…ビュッ…ビュッ
真介の振るう剣から鋭い風切り音が響く。
「だいぶ良くなっているな真介…。
ただ打ちこみの際に僅かにリズムが変わる癖が直ってないな。
その傷を突かれると、お前の攻撃が相手に読まれる確率がある…」
はっきり言って、真介の才能は耕介の才能の100分の一にも満たない。
神咲の一門の中でも天才と言われた耕介の剣才も、魔剣とも言われるほどに爆発的な霊力を必要とする、破魔刀『月蝕』を操る霊力もほとんど受け継いでいない。
でも耕介はそれで良いと思っていた。
目の前で、素振りにうちこむ息子を、厳しいが、やさしい父親の顔で見守りながら耕介はそう考える。
真介が欲しているのは、耕介の様な退魔師の力でも、すべてを破壊するような爆発的な力でもない。
ただ、日常の中で、自分と自分の大切な人をちょっとした苦難から救う程度の力。
自分が誰かを護れると、自信を持たせてくれるくれる拠所としての力。
それが、真介が剣を握る理由だったのだから…。
なおも、真介が素振りをするのを見守りながら耕介は
「静香ちゃんには感謝しなければな…。
この子が、優しいだけの優柔不断な子に、ならないですむ切っ掛けを作ってくれたんだから…」
そう呟きながら、夜空にいつも明るくはきはきとした、曲がった事を嫌う真直ぐな少女の姿を思い浮べた。
「真介、お前まだそれをつけてるのか…」
耕介の視線が、息子の髪で揺れている黄色いリボンに向けられている。
「…ああ、これか?」
真介も、耕介の指している物がリボンだと察したらしい。
「うん、これはあの時にさ、静香ちゃんからもらった勇気が出てくるおまじないだからさ…」
少し照れながら、柔らかく微笑む息子は、かつての耕介と違いグレル危険性などまるで無さそうに見える。
「っていうか、似合いすぎてて怖いな…真一郎君みたいだ」
脳裏に、三十路を越えても、相変らず何処か女性っぽい雰囲気を残す友人が浮かんだ。
『もしかして、静香ちゃん達にリボンを取る事を禁じられてるんじゃ無いだろうな…』
そう思い苦笑してしまう耕介であった。
剣道の腕前が上がっても相変らず静香には、頭が上がらない息子を耕介は良く知っていた。
「良し…。今日はもう上がろうか…」
「はい…」
こうして真介は今日も神咲一刀流を学んでいた。
一灯流では無くて……。
耕介は風呂で汗を流し、一人夜風に吹かれていた。
『すいませんね、和音さん』
耕介は、真介の名前の由来を思い、言葉とは裏腹に晴れ晴れとした表情で一人ベランダに居た。
「ほう…生まれた子は男児であったか…」
和音がわが孫の誕生を喜ぶ様に顔をほころばした。
「耕介…、その子に『真』の字をつける気は無いかね?」
「そ、それは…まずいですよ…」
耕介が恐縮したのは当然だった。
神咲に名を連ねる物ならば誰でも知っている事。
初代神咲灯真以来、神咲の本流の中でも当代か、それに目される男児のみにつける事が許された『真』の一字。
いくら耕介が天才と言われていても、耕介は神咲の血を一滴すらも継いでいない。
その耕介の子供に『真』の字を与える事は、本来有り得ない事であったからだ…。
「良い良い、何も生まれた子供をどうしても退魔師の道を歩ませようと言うのでは無い。
ただ、おまえと言う天才に対して何かを報いたかっただけよ…。
薫も那美も、お前には公私供に世話になった。
和真も北斗もお前を実の兄のように慕っている。
……そんなお前の子供に、わしからも何かを送りたかった…。
ただ、それだけの事よ…」
「いや…しかし、それはやはり…」
結局、耕介は和音の提案を断りきれず、かと言ってそのまま受け入れる訳にも行かず、現在、表と裏の両方の当代を勤める和真が出した折衷案を採用したのであった。
『真』の字を貰い受ける。
しかし『真』は(ま)でなく(しん)と読ませると言う折衷案を…。
ちなみに、薫が神咲を出た今、一人で一灯流と一刀流の当代を兼ねる和真。
そして、それぞれ「表」は北斗が、「裏」は那美がサポートし、耕介はある意味その三人の後見人のような形で神咲一派は運営されていた。
「はぁ〜〜」
思わず溜息をつく耕介。
「どうかしたんですか?耕介さん」
そんな耕介の横にいつの間にか愛が立っていた。
「いや、いつの間にか…俺なんかに色々な責任がついてまわるな〜と思って…」
「耕介さんなら出来る!!
みんなそう思って耕介さんを頼ってしまうんですよ…。
耕介さんはね、優しくて何でも出来る人ですから」
「買かぶりですよ、愛さん」
そんな耕介の言葉を、愛はニコッり笑って、でも、ゆっくりと首を横に振って否定した。
「耕介さんはね…今も・・・昔も・・・これからも・・・私のスーパーマンなんですから…」
そう言って、変わらぬ笑顔を耕介に見せてくれる、愛の左の薬指に結婚指輪が輝いていた。
「それも買かぶりです…。俺なんて大した人間じゃない…」
そう言って溜息をつく耕介。
そんな耕介を慈愛に満ちた眼差しで見つめてくれる愛。
「でも、愛さんのためになら…俺はなって見せますよ!!
あなただけのスーパーマンに…」
その言葉に愛の顔がパッと輝く!!
「じゃあ、ミニちゃんマークUが調子が悪い時や、お庭のお花が枯れそうなときは助けてくれますか?」
「何でも言ってくださいよ、きっとあなたと二人でどんな事でも解決して見せますから」
そう言って微笑み合う二人を祝福する様に瞬く星々。
その光を受けてキラキラ輝く、耕介がかつて送ったエンゲージリングは、今も愛の右の薬指で変わらぬ光を放っていた…。
そして二人の距離が0になり、シルエットはピッタリと重なった。
「勘弁してよ…本当に万年新婚夫婦なんだから…」
と、屋根の上で出るに出れないリスティであった。
「クシュン」
「リスティ〜!!!!また屋根の上で盗み聞きしてたな〜!!!!」
「不可抗力と言掛りだよ、耕介」
槙原一家は今日も幸せです…。
後書き
どうです、1部2部ではまるで目立たなかった愛さんが、ここでは結構活躍してたでしょ?
槙原真介、どんなもんでしょ?
この『修羅の邂逅』シリーズでは、私は耕介を突然変異の天才として捉えています。
そして歴史上でも、往々にして天才の才能は一代限りで終わる事が多いので、耕介の子供の真介君は、顔立ちや身長はともかく強さと言う点では、敢えて凡人にして見ました。
って言うか、出るキャラ出るキャラ化け物じみた設定って言うのはあれですし…。
いちおう、言っておきますが話中の静香とは、前回も言った美由希の子供です。
次回はいよいよ未だに登場していない主役夫婦の登場(予定)です