神々の黄昏


鼻を擽る紅茶の香りと、女心を惑わせる、魅惑のバニラエッセンスの薫り


「さあさあ紫苑ちゃん、食べて食べて!」


桃子が腕によりをかけて作ってくれたシュークリームを、紫苑は思わず一気に食べてしまった。
あまりの美味しさに呆然となる


「お祖母ちゃんのシュークリーム美味しい・・・」


「でしょでしょ!もっと食べて」


ぱっと見、どう見てもお祖母ちゃんに見えない桃子が嬉しそうにはしゃぐ。


「本当に相変わらず美味しいですね」


薫も行儀良くそれを頬張り、恭也が入れた紅茶と共に楽しむ。


「でしょー、薫ちゃんが高校生のころから変わらない味が、当店の自慢ですから♪」

「へー、ママって、高校生のころからパパと知り合いだったんだー」

「違うよ、あのころはただ純粋に翠屋のシュークリームが好きだったんだよ」

「でもちょっと意外、ママって高校生のころからお茶と和菓子って感じがするし」


そんな取り止めの無い会話中に玄関から声があがり、美由希が帰ってきたようだ。


「ただいま、かーさん」

「お祖母ちゃん、こんにちは」


美由希と共に、動きやすい服装と両手に木製の小太刀を持った小柄な少女が立っていた。


「あら、静香ちゃんいらっしゃい。静香ちゃんもシュークリーム食べる?」

「・・・ううん、今はいらない、ありがとう」


引き攣った笑みで桃子の提案を断った少女、どこかで見覚えがあった。
やや茶色かかった髪と、可愛らしい顔


「もしかして、静香ちゃん?」

「え?紫苑ちゃんなの?」


「「きゃー!久しぶり!!」」


5年ぶりの再会、お互い成長期のことも有り、別人のように見えるが、それでも言われてみれば何処と無く面影が見られる。仲の良かった従姉妹との再会に手に手をとってはしゃいでいる。

そんな孫の様子を桃子は目を細めて喜んでいた。

「あら珍しい」

「ねー」

美由希も桃子に同意する。

「何がですか?」

「うん、静香は何て言うか、あんまりはしゃがないって言うか、凄く落ち着いている子だからね。
こんな風に年頃の女の子みたいな表情するのが珍しくて」

「良いじゃないですか、うちの紫苑にも見習わせて欲しいくらいです。
あの子はもう高校生なのに未だに子供っぽくて・・・」

「はは、それって多分恭ちゃんのせいですよね?」

「恭也ってば昔から小さい子に甘かったから・・・」


「・・・・・・ゴホン」


憮然としたまま、恭也がわざとらしく咳をした。

「美由希、で、その格好から察するに訓練にきたのか?」

「うん?そうだよ。せっかく恭ちゃんが来てるから、たまには静香にも、私以外の剣腕も見せておくのも良いかなと思って。
それと、できたらで良いんだけど薫さんと手合わせもしたいなと思って」

「静香の腕前はどのくらいだ?」

恭也の質問に美由希が確信に満ちた笑みを返した。

「・・・・・・強いよ、我が娘ながら」

「そうか。丁度いい、紫苑お前も着替えて道場に来なさい」

「え?パパが見てくれるの?」

「いや、丁度いい時期だ、静香ちゃんと手合わせするといい」


その言葉に当の静香が目をパチクリとさせている。


「本当に・・・良いの?」


紫苑は御神の剣士と手合わせするのは勿論、近い年齢の少女と剣を合わせるのも初めてだった。
剣姫とまで言われた薫とでは、稽古にはなっても腕を競い合うとはならない。
まして、恭也は紫苑の前では自分の剣は全く見せない。
以前、一度で良いからパパと手合わせしてみたいといった時、いつもは優しい恭也が頑として認めてくれなかったのを憶えている。


「ああ、速く準備しておいで」

「うんパパ!!」


嬉しそうに着替えに行く紫苑とは裏腹に薫は浮かない顔をしていた。


「良いの?恭也君」

「・・・ああ、厳しいかもしれないが、そろそろ自分の実力を痛感してもいいころだ」

















高町家の道場
かつて、恭也や美由希が汗を流した場所


「そっか、パパはここで強くなったんだ」


憧れの父が己を鍛えた場所、その父が見守る中で初めて剣士と剣を交える。
紫苑は自分が高揚しているのを感じた。


「いけない、いけない」


すっと、精神に氷を投げ込み、精神統一をして気持ちを落ち着ける。
自分の身体を流れる霊力を練り上げ、身体の奥に少しずつ蓄積していくイメージ。

ふっと向かいに立つ静香に目を向けると、必死で高揚感を抑える自分とは正反対

特に自分に視線を向けるでもなく、と言うか、何処を見るとでもなく、呆っとしているようにしか見えない。
構えも取らず、剣も構えず、とてもやる気があるようには見えない。

『これならパパやママに良い所見せられるかも』


そんな紫苑とは対照的に薫は息を呑んでいた。

「こ、これほどとは・・・」

紫苑を見つめる、氷のような視線
それでいて紫苑に集中することなく、道場全体を俯瞰するように、意識を張り巡らせている。
構えを取るでもなく、力を抜いた身体はしなやかで、合図と共に一気呵成に爆発するだろう。
小柄なはずの静香が、紫苑を圧しているのがわかる。





奇しくも両手に小太刀を握る二人の少女。
静香の小太刀は、昔、美由希が使っていたものとほぼ同じ、通常よりもさらに短め、一撃の破壊力よりも、速さに特化した物だった。闘い方も恐らくは美由希と同じ、速度で圧して、反撃の暇も与えずに相手を葬り去る、謂わば『刹那の剣』
対する紫苑は、右の小太刀は刃も肉厚で、刃渡りも長い、小太刀の中では最も大きい部類に入ると思われる。
左の小太刀は真逆、シャープな作りと僅かに刀身が長いとはいえ、小太刀と言うよりも最早脇差に近い。


その不可思議な取り合わせに、美由希は思わず首を傾げる。
長刀を扱う一灯流を使うには、長いと言っても小太刀では破壊力が足りない。
御神の剣を使うには、小太刀のサイズ差が違いすぎる。あれでは、攻撃の間合いがひどく難しい。




「それでは、高町紫苑対御神静香、無制限一本勝負・・・開始」


薫の腕が振り下ろされると同時に、静香の身体が、薫の腕を掻い潜る様に、床を蹴る。
3メートルを瞬きするよりも僅かな時間で0にする。
その速度、そして地面すれすれ、身体を低くするその疾走は猫科の獣を思わせる


予想以上の、いや、完全に予想外の、静香の獣のような踏み込みから繰り出される、下からの切り上げる一撃。
袴の裾を引き裂くその一撃を、何とかバックステップで何とか避ける紫苑。
下からの攻撃で、伸び上がった静香の身体を切りつけようと振り上げた、紫苑の左の小太刀が巻き込むように体を反転させて放った静香の剣と合わさり砕けた。

「・・・・・・・・・」

完全に意表をついた下からの切り上げと、それすらもフェイントにした返しの左、まさか防がれるとは思わなかった。

「偶然か、それとも・・・」

無表情な顔に疑問を僅かに浮かべ、一度距離を取る様に、身体を離す静香

その後退に呼吸を合わせ、紫苑が鋭く踏み込み、上段から右の小太刀を打ち下ろす。

『恐らくは渾身の一撃、でもこの程度の速度なら・・・』

それを敢えて紙一重で避け、がら空きの胴に左の小太刀を打ち込む静香。

「かかった!追の太刀!!」

敢えて渾身の一撃を打ち、自ら左側に隙を作る。
そこを攻撃しようとした静香を狙い打つ

『私の剣じゃ、静香ちゃんを捉えきれないから』

圧倒的な速度差を見せ付けられた故の紫苑の苦肉の策
それは、完全に静香の思惑の外
無防備の静香に追の太刀が迫る。



何と言う偶然

この攻撃の組み立ては、十数年の昔、恭也が薫に追い詰められた攻撃パターンだった。




「これは薫の得意の連撃(コンビネーション)コンビネーションか、いつのまに・・・」

見ている薫や恭也も、闘っている静香も勝利を確信した。
しかし、美由希は全く動じていない

「恭ちゃん、勝ったつもりなら甘いよ」

数本の黒髪が宙を舞う
突然沈み込んだ静香の頭上を、紫苑の返しの刃が滑り数本の頭髪を巻き込んだ。


「もらったよ!!」


沈み込んだ体勢から静香が、小太刀を槍の様に弓の様に突き上げる


「あれは・・・」

「そうだよ恭ちゃん」

「御神流 裏 奥義乃参 射抜!!」

「閃の太刀!!」

追の太刀を躱された紫苑は、慣性に逆らわずに身体をすばやく回転させて射抜の軌道を逸らした。

「紫苑、閃の太刀まで・・・」

娘の成長と、絶対の危機を防ぎきった剣技に安堵する薫に恭也は残念そうに首を振った。

「射抜の切っ先は、変幻自在だ」

恭也の言葉どおり、紫苑の眉間で静香の木刀が静止している。


「勝負あり・・・だね」


薫が宣言する前に、静香が自ら刃を下ろした。


「・・・・・・うん、完敗だ」


『これが、御神流。パパの使う剣』


初めて見る御神の剣はもとより、小柄な自分よりも一層小柄な静香に負けた事も、少なからずショックだった。

「紫苑、良くがんばったね、強くなったよ」

滅多に褒めてくれない薫に褒められたことは嬉しいが、とても喜ぶ気になんてなれるわけが無かった。






『パパは何にも言ってくれない。
さっきの試合、パパの眼にはどう映ったんだろう』



道場の中央で相対する母親と叔母の姿を視界に捉えながら、紫苑の頭にはそればかりが渦巻いていた。


後書き


はい、すっげーーー久々のこっちの更新です
何と紫苑は静香に負けてしまいました。
それもほとんど手も足も出ない、と言うくらいの完敗です。

過去と未来の狭間に押されてなかなか更新できないこっちですが、感想お願いします

最近、感想増えてきて嬉しい悲鳴ですので、マジでマジで清き一通をよろしく〜!