神々の黄昏


《高町家の夜》

縁側で一人空を見上げる
海鳴、その名前の通り海の薫りを乗せた夜風が髪を撫でる。

リビングでは相変わらず笑い声

美由希の旦那だけでなく、かつてこの家で暮らしていたと言うレンや晶も訪ねてきたために大変賑やかだ。


「横・・・いいかな?」

その喧騒から離れ、一人庭で夜風に当たっている紫苑に声をかけた美由希に無言で頷く。

「どうしたの?」

ニコリと、優しい微笑を向けて紫苑の横に腰を下ろす。

『この人がママよりも強い剣士なんて信じられない』

昼の美由希の剣の冴えを見てもなおそう思う。それほど、この優しそうな叔母と剣士と言うフレーズは似合わないと紫苑は思った。

「賑やかなところ苦手なのかな?」

その言葉に無言で首を横に振る

「御神の剣を見たのは今日が初めてなんだってね」

紫苑は何も言わない。美由希も紫苑の方を見ず、月を眺めたまま呟いた。

「私ね、才能なかったんだ・・・」

驚きの言葉
尊敬する母すらも凌駕する剣士に才能が無いと言うのなら自分などどうなってしまうのか

「だからね、修練を重ねたの。
基本の徹を覚えるのに数ヶ月、その次のステップでもやっぱり躓いて・・・
恭ちゃんは私と違って才能が一杯有ったから、砂が水を吸収するように、一日一日でどんどん成長していったらしいの。でも、私はそうはいかなかった。
だからね、愚直なくらいただひたすらに、それこそ来る日も来る日もバカの一つ覚えみたいに、一つのことばっかり繰り返してね・・・」

「辛くは・・・」

「ん?」

「辛くは・・・なかったんですか?」

そんな少女の言葉に、美由希はやっぱり優しく微笑んだまま、初めて紫苑を見つめて返事を返した。

「ううん、全然辛くはなかったよ」

「どうして?」

「恭ちゃんをね・・・」

どこか夢見る少女のような瞳

「恭ちゃんをね、信じてたから」

それで悟ってしまった
この叔母にとって、パパは兄以上の存在だったんだって

「なんで、私にそんな話を?」

「うん?そうね、紫苑ちゃんは謂わば私の妹弟子でしょう」

その言葉に紫苑の表情に翳がさす

「私、弟子も何もパパに剣を見せてもらった事だってない・・・」

「それにね、紫苑ちゃんは似てると思ったんだ。昔の私に」

紫苑の言葉を聴こえなかったかのように美由希は言葉を続けた

「恭ちゃんはね、無口で無愛想で朴念仁だけどね、優しくて信じられる人だよ
恭ちゃんが、今紫苑ちゃんに剣を見せないのならそれにはきっと意味があることだと思うの」

叔母の表情には、一点の曇りもない信頼が見て取れる。
それを見ただけで想像できた。
この人は、本当にパパを信じて、辛い修行も、退屈な基本も、どんな修練の時でもただパパとの信頼を糧に乗り越えてきたから今の強さがあるのだと。

「それにね、私と薫さんの剣は意味が違うものなの」

真剣な表情
いつのまにか、その顔に微笑みはない

「薫さんの剣はね、誰かのために、苦しんでいる人や困っている人、彷徨っている人たちのための剣。
私の剣じゃ救えない、多くの人のための剣なの」


「美由希ー、帰るよ」

「うん、ちょっと待っててね」


旦那の声に美由希は立ち上がり、最後に一言だけ残して去った。




「ごめん、お待たせ〜」

パタパタと走り、ゴン!!と凄い音が響く

「ああ!大丈夫ですか、美由希さん」

「うん、ちょっと急ぎすぎて転んじゃった」

「なんで、何にもない廊下で転ぶのかなぁ、お母さんは」

呆れたような静香の視線が両親に突き刺さる
それは、毎度何にも障害物がない廊下で転ぶ母もさることながら、その度に心配そうに助け起こす父にも等分に分配されていた。

「それでは義兄さん、失礼します」
「恭ちゃん、また今度手合わせしてね」

仲睦まじい妹夫婦を見送る恭也は苦笑を隠しきれないで居た
二人が挨拶に来たとき、美由希は未だ海鳴大学の3年生だった。
一方の相手の男は海鳴大の講師で、山村一真と言う名で、落ち着いた風貌と知性を感じさせはしたが、文弱の徒そのものと言う風貌で、美由希の、いや御神の剣の秘密を受け入れられるはずがないと、恭也は不安に思ったものだった


「美由希、お前彼に御神の剣のこと話をしたのか?」

恭也の言葉に案の定、美由希は不安げに首を横に振った

「山村さん、美由希は貴方に重大な秘密を抱えています、今からそれをお見せしますが、貴方は受け入れられますか?」

道場に連れて行き、無理矢理美由希と剣を合わせる。
もし、御神の剣を受け入れられないのなら、結婚の前に別れるのが美由希のため
それは恭也なりの不器用な優しさもあった
しかし、それだけではない
美由希は、幼いころより恭也の後ろにいつもついて来た、その上、父さんが死んでからは父さんの分も・・・と言う気持ちで、父として、師として、兄として、接してきた可愛い妹だ。
恭也の心に去来する寂寥感、何と言うかそれは、まるで花嫁の父のような心境だったのだ

いつも通りに、いや、いつも以上の激しい打ち合い。

それに、目を回して驚いている姿が横目に見えた。

それは驚くだろう、今の美由希の腕前は、既に免許皆伝を誇る。一般人どころか、トップレベルの格闘家でも、萎縮してしまうレベルだ、まして日頃の美由希のとろ臭さを知っている人間から見れば驚きも一入だろう。

「・・・隠しててごめんなさい」

頭を下げ、今にも消え入りそうなほど哀しそうな美由希を見ると、チクリと恭也の胸は痛んだ。

『これでいい、これを見て後悔するような男なら美由希はきっと不幸になる』

そう、自分に言い聞かせて相手の反応を見る。

パチパチパチ・・・

場違いな拍手の音に驚いたように美由希は顔を上げ、恭也は唖然とした

「美由希さん、凄いんですね、これじゃあ結婚を申し込んだ時のボクの台詞、かっこ悪いですね」

相変わらず、柔らかい笑顔を湛え屈託なく美由希を見つめていた。

「一真さん」

その変わらない反応があまりにも嬉しかったのか、美由希は彼の胸に飛び込んで涙を流し、一真はそんな美由希の背中を不器用な手で優しく撫でていた。
ポン、と、薫が恭也の背中に手を置いて何も言わずに首を振る。


恭也も認めざるを得なかった2つのこと

山村一真、彼は肉体は兎も角、心は度量も広く強かったこと
それは、御神の歴史や美由希の複雑な生い立ちを聞いても、変わらない笑顔で「美由希さんは、美由希さんですから」と、頷いたことからも良くわかった

そして、より重要なもう一つ
つまり、結局彼は・・・山村一真は高町美由希を思う気持ちが、恭也にも痛いほどに伝わったのだった。



目の前で幸せそうに微笑む妹夫婦


結婚を気に御神の籍に戻した美由希の結婚式に、大泣きしていた美沙斗の姿も昨日のことのように思い出せた。





誰も居ない縁側
月の光と潮の香り
頭をグルグル巡る美由希の最後の言葉



「貴女は誰のために、そして何のために剣を握るの?
剣の価値は強さだけじゃない、強いだけの剣は自分も人も傷付けてしまうものだから」






「紫苑、風邪をひくよ」


いつの間にか目の前には恭也が立っていた

「ほら、こんなに冷たくなって・・・」

頬を挟むように添えられたその手は暖かかった。

「パパ、私、強くなれるかな?」

「紫苑は強くなったよ、今日は驚いた」

大好きな父の褒め言葉、でも何故かそれほど嬉しくない

「美由希叔母ちゃんは、あんなに強かったのに才能無かったの?」

「・・・紫苑、才能って何だろうね?」

恭也は何とも言えない、ほろ苦い様な表情をしていた

「才能は才能でしょ?パパは昔から才能があったからすぐに強くなったんでしょう?」

「技をすぐに覚える、ちょっと練習しただけですぐに上手くなる。それが才能なのかな?」

「だって、美由希叔母ちゃんはパパは天才だったから、一日一日すごい速度で成長していったって・・・」

「ウサギとカメの話を知っているだろ?
ウサギは確かに足が速かった、でも最後にゴールしたのはやっぱりウサギだったんだよ」

「それは、ウサギが途中で寝ちゃったからじゃない」

「そうだね、でも、人間も同じだよ、いや、ゴールが目に見えていない分だけなお難しい・・・
はは、ちょっと難しいかな。
ただ、これだけは言えるよ、紫苑は強くなる、でもね、ただ闇雲に強くなるんじゃなくて、『何のために、誰のために強くなるのか』。それを忘れないで居て欲しい、そして、願わくばママのように、誰かのために剣を振るえる人になって欲しいんだ」



何故、剣を握るのか



剣士にとって永遠の命題を胸に少女はまた一つ成長しようとしていた


魔術師の戯言


けっこう待ってるといって感想くれる人が多かったのに、お待たせしてしまい申し訳ない
特に、メールで感想くれた人、6月中に4話書きますとか行ってたのにごめん・・・

はい、と言うことで美由希の旦那登場

雄吾という人や、北斗と言う人、果ては和真という人までいましたが、私としてはこういう結論を出しました。
オリキャラかよ、と思う方もいると思いますが、私としては、そんな近しい人間関係だけで全てが収まるわけないじゃん、という意見の持ち主でして
美由希の旦那は、要するに、心の器は大きいですが基本的には一般人です
剣とはおよそ対極にある人です
いや、静香はお母さんに似てよかったですね
パパに似てたら、御神の宗家の歴史は終了でした(爆
次回もう少し未来の情景を描写してそろそろ話が動き出します
ちなみに主役は恭也と薫だよ!
それでは、かんそうよっろ〜!!