なんとなく目を醒ました俺の視界で、白いカーテンが風に揺れる
穏やかな眠りの園から離れるのを惜しむように、俺−遠野志貴はもう一度その瞳を閉じる。
しかし一度追い出された楽園に戻るのは、中々に難しいらしく、志貴は大きく伸びをして深呼吸をする。
冬の澄んだ、しかし冷たい空気が肺を満たし、なかなか爽やかな気分だ。
もはや無意識のうちに、サイドボードの眼鏡をかけると、一度欠伸をしてベッドから降りる。
時計は十時を少々過ぎた時間を示していた。
「いつもなら秋葉に何を言われるかわからない時間だな」
そう、今日は元旦、いわゆる新年第一日目だ。
「一年の計は元旦にあり」、真面目な秋葉ならそう言って、新年早々のこの寝坊に対し文句を言いかねないのだが、今日ばっかりは当主の秋葉も今頃は夢の中かもしれない。
「昨日は・・・やばかったもんな・・・」
志貴は自分の声に軽い違和感を覚えて、苦笑した。
昨日の『遠野家年末年始大宴会』は、本当にやばかった。
かく言う俺も力尽きそうになる身体を引きずって、何とか部屋に辿り着いたくらいだ。
酒の飲みすぎで声が枯れたのかな?
まあ、秋葉も翡翠も琥珀さんもシオンも楽しそうだったからそれぐらい良いけど。
「とはいっても、昨日のことなんかあんまり覚えてないもんな」
苦笑しながらも、着替えをしようと洋服に手をかけた。
どうやら翡翠は、眠っている俺を気遣って、着替えを机の上において退出したらしい。
昨日の今日で、もう働いてくれてるんだから、本当に頭が下がる。
まあ、覚えていないが酒に弱い翡翠は、あっという間に眠ってしまったのかもしれないが。
ポヨン
くだらないことを考えながら着替えていると、不可思議な感触
あれ?と思い、志貴は視線を下に移した。
何かが邪魔して足が見えない。
どうやら、これが『ポヨン』の正体らしい。
不自然に膨れている自分の懐。
「おいおい、昨日酔っ払って何を懐にしまいこんだんだよ」
それに手を伸ばす。
ポヨンポヨン・・・
な・・・なんだ、この柔らかな感触。
嫌な予感がする
猛烈に嫌な予感がする
恐る恐るシャツのボタンをはずし、自分の胸元を覗き見る。
な、なにかついている・・・
自分の懐に、『メロン』くらいの大きさの山が二つばかりついていた。
「こ、これは・・・一体?」
俺は頭が混乱してきた。
『ピンチの時はまず落ち着いて、その後によくものを考えるコト』
そうですよね、先生。
−−−俺は誰?
遠野志貴
うん、間違いない
−−−俺の瞳は?
直死の魔眼。
この目に宿る、厄介な力のせいで毎日修羅場の中で生きている
うん、これも間違いない
−−−家族構成は?
妹、秋葉。それに翡翠と琥珀さん。
大丈夫だ、おかしな所なんかない
−−−俺の性別は?
男!男性!!漢!!!
そこに間違いなんかあるはずがない!!
だから、これは幻覚だ!
そっと、自分の胸元で存在を轟然と主張する、二つのふくらみに手を伸ばす。
ポヨンポヨンポヨヨ〜〜〜ン
すっげぇぇ柔らかい
って!そうじゃないだろ!?
これはもう間違いない、現状を素直に受けとめよう、そうじゃないと解決策も浮かんでこない。
俺は遠野志貴、確かに『漢』だ。
それも羅王もショック死するくらいの漢だ。
でも、この目の前でちょっと動くだけで揺れている物体。
間違いない・・・・・おっぱい・・・・・・だ
つまり、俺は『おっぱいを持つ漢』ということか。
なんだ、単純なことじゃないか
・・・って、そんなやつ居るか!!!
このままじゃまずい。
人前に出られない、というのももちろんある。
しかしそれ以上に問題なのがサイズだ。
「はぁ〜〜〜」
溜息に合わせて揺れる悩みの原因。
「どうしよう」
そう、俺の胸は所謂『巨乳』
こんな物秋葉に見られたら・・・
人前に出られない、どころじゃない。
たぶん明日の太陽は・・・・・・もう拝めない
「すべてを・・・そう、そのムカつくくらい自己主張している部分も含めて、すべてを奪いつくして差し上げます」
紅赤朱に反転した、紅い妹の姿が目に浮かんだ。
恐らくそのときの秋葉の戦闘力は、本気のアルクェイドに匹敵する。
『ピンチの時はまず落ち着いて、その後によくものを考えるコト』
まさか、朝起きたら巨乳になっていた。
そのため、『超、超、超〜〜〜〜貧乳』の妹に殺される、なんてピンチになるなんて思わなかったですよ、先生。
「志貴様、御目覚めでしょうか?」
トントンと扉をノックして、翡翠が声をかけてきた。
まずい、まずいぞ・・・今部屋に入ってこられたら・・・
「起きてるよ、今ちょうど着替えているところなんだ」
シーーーーン
不可思議な沈黙
「・・・・・・失礼します」
翡翠がすごい勢いで扉を開けた。
それはもう、蹴り開けたような勢いだ。
−−まさか、翡翠が言い付けを護らないなんて思わなかった。
呆然とする俺を前に翡翠は青い顔をしている。
それはそうだろう、一晩寝たら俺の胸が巨乳になっているんだから。
「あなた・・・誰です?」
「はい?」
「姉さん!志貴様が『また』部屋に女性を連れ込んでるんですけど」
・・・・・・・・・マタ?
叫ぶような翡翠の声はどこか怒りにも似たものを感じた。
そして翡翠の声を聞きつけて琥珀さんも部屋にやってくる。
「あらあら、今日はアルクェイドさんですか?それともシエルさん?シオンさんの確率もあるし、趣向を変えてレンちゃんて線もありますね」
「違うの姉さん、またまた別の人よ」
「あらあら志貴さんたら、また別の人外を毒牙にかけたのかしら?
困った人ね、お仕置きが必要なのかしら・・・」
・・・・・・・・・毒牙って・・・
「あのー琥珀さん、そこまで言うことないんじゃないかと」
「貴女は志貴さんとはどういった関係なんです?」
「どういったもなにも・・・」
「あなたに志貴様の何がわかるというんですか?」
「え、何がわかるといわれても・・・」
「私は志貴様のお世話係をしております。
毎晩毎晩毎晩・・・秋葉様の目を盗んでは夜の街に繰り出していくし、朝は部屋には幼女だの、外人だの、先輩だのが偲んで来てるんですよ
その私以上に志貴様のことを知っているとでも言ううんですか?」
『俺ってそんなイメージですか?』
「あらあら翡翠ちゃん、ダメよ、そんなふうに当たっちゃあ。
志貴様の浮気癖は今に始まったことじゃないんだから・・・」
−−−−−何だかすごく志貴本人だって名乗りづらい
「えーと、琥珀さん、翡翠。
一応俺が志貴本人なんだけど」
二人は目を丸くしている。
まあ当然だろうけどさ
「いくら志貴(さん)様が非常識でもそんな、明らかに秋葉様の殺意を駆り立てるような胸してませんよ」
さすが双子だけあってぴったりハモってるな。
「いえ、だから朝起きてたら胸がでかくなってたんですよ」
「それに容姿だって全然似ていないじゃないですか、声だって全然高いし」
「え?」
翡翠が持ってきた姿見を覗き込む。
クリッとした小動物みたいな可愛い瞳に、それと不釣合いな無骨な黒縁眼鏡をかけた少女が、鏡の中で怪訝な顔をしている。
美少女だ・・・
自分の事言うのもおかしいけど美少女が映ってる。
なんだこれは!!!?
俺はせいぜい胸がでかくなっただけで顔とかは元のままだと思ってたのに。
どおりで朝から声がおかしいと思ったら、別人の声だったのか。
鏡の中の少女は目を見開いている姿すらも愛らしかった
これは、俺本人だって眼鏡以外に元の志貴との共通点を見つけるのは難しいぞ。
こういう性転換ネタって、どこか本人の面影残しとくのがお約束じゃないのか!?
全くの別人だったらオリキャラじゃん!
やばい、混乱してきた
あれ?じゃあここに居るのはいったい誰なんだ?
僕は誰?
私は何・・・?
ヒトヨヒトヨニヒトミゴロ
あれれ?意識が朦朧としてきたぞ
何でだ?そんなに今の自分の容姿がショックだったのか?
視界がブラックアウトしていく
倒れいく自分
崩壊していく地面
そんな継接(つぎはぎ)だらけの世界で俺が最後に見たものは……
すっげーーいい笑顔で腕をブンブン唸りを上げて、グルンッグルンッ回している翡翠の姿だけだった・・・
うわー最後に嫌なものを見た・・・
倒れ伏す志貴(だと思われる美少女)を、琥珀は嬉々とした顔でどこかに連れて行った。
魔術師の戯言
今年度最初のSS
久々の更新
そして久々の短編
さらに言うならマジ久々の月姫
それで内容が・・・これかよ
とりあえず前後編だったりします
速く続きを書くように努力しますね
今年最初のSSなんでぜひ感想ください