「好きだ」
「……ほわっつ?」




良く晴れた日曜日は、
良く晴れた日曜日で、
良く晴れた日曜日だった。

どうにも頭がおかしいから、その時のことはあまり覚えてない。
多分、良く晴れた日曜日だったと思う。



その日、大好きな人に好きと言われたボクは、一目散に逃げ出した。
















<Triangle Heart Another Story>
 Sunday Game
















「話を聞いてくださいっ、リスティさん!」
「し、仕事がボクを呼んでいる! 助けを求める声がするんだよ、恭也! 今すぐ行かなければ!!」

らったった。
――回り込まれた。



良く晴れた日曜日だった。
青空がどこまでも続いていて、まるで海が浮かんでいるようだ。
鳥たちはぴーちくぱーちく、蝉はじーじー、ついでにみんみん――そんな夏真っ盛りだ。

話したいことがあると、そう恭也は言った。
昨日のことだ。
去年の春に出会って、色々あって、再び巡って来た二度目の夏。
今年こそは思いを打ち明けようと、覚悟を決めた二度目の夏。
そんな矢先のことだった。

「何故逃げるんですか!?」
「キミが追いかけるからだ!」
「では追いかけなければ――」
「逃げる!!!」

叫びながら追いかけてくる恭也から、叫びながら逃げる。

電話越しの声は相変わらず、いつもどおりに落ち着いた声だったから、恐らくは仕事の話だろうと思った。
それでもボクの胸は喜びで踊りだしそうだった。
少しでも同じ時間を過ごせることが、景色と空気を共有できることが、嬉しい。
たったそれだけのことが嬉しい。
チャンスだなどと考えると眠れなくもなる。
まるでらしくもなく、ベッドの中で、朝が来るまで告白の練習を繰り返した。
バカみたいで笑うしかないけど、この時ばかりはまるで少女の頃にでも戻ったかのような気さえした。
自分と言う人間が意味もなく可愛いものに思えてしまうから、不思議だ。

だから、逃げる。

「あい、どんと、すぴーく、じゃぱにーず!!」

こんなのはボクが考えていたシチュエーションじゃない。
こんなのはシミュレーションと違う。
違う、断じて違う。
否、否、否。

「わけのわからないこと言ってないで話を聞けと言っている!!」

と、ここである事実を思い出した。
どうやら相当に気が動転していたらしい。
そう言えば、ボクはいわゆる一つの超能力者だったんだ。
何て都合のいい奴なんだ、ブラボー。

「Bye-Bye、恭也! そういうわけでテレポート!」
「おのれっ、卑怯なり!!」






     ◇ ◇ ◇






「で、何で逃げ出してきたのよ、リスティ?」

フィリスは呆れながら、隠れる場所を求め現れた姉に対して言った。
敬意が欠片も感じられない。
何て罰当たりな妹だろう。

「……何だって良いだろ」
「あら、じゃぁ私が恭也君に迫ってもいいのね?」
「ダメ!!」

思わず叫ぶ。
しまったと思ったがもう遅い。
フィリスは目を細め、嫌な感じの笑みを浮かべている。
本当に嫌な感じだ。
何でこんな可愛くない妹に育ったんだろう。
そうだ、恭也のとこのちっちゃい妹は可愛かったなぁ。
うちのも相当、特に一部分がちっちゃいけど、まるで可愛くない。
後で矢沢に文句を言いに行こう。

現実逃避するボクを、フィリスが容赦なく引き戻す。

「まぁ、リスティのことだから――普段はがさつだけど実は意外に乙女チックな心を発揮して何度も何度も告白する練習を繰り返していたところを逆に告白されちゃったもんだからパニックになってつい逃げ出しちゃった、てへ――って、そんなところでしょう?」
「う゛っ……」
「まぁね、リスティは根っからの攻めだから、受身になったら脆いわよねぇ」

うふふ、とフィリスが笑う。
完全にボクに勝ったつもりになってる。
悔しいけど、わりと図星だから言い返せない。
何でボクがこんな目に遭うんだ。
そうだ、アイツだ、恭也のせいだ、サンダー食らわせてやるぞ、サンダー。

「あのねリスティ――」
「うるさい、サンダー食らわせるぞ、サンダー! ビリビリ!」
「いいかげん落ち着きなさいよ……」

落ち着いているともさっ――と言ったら、溜息を吐かれた。
肩を竦める仕草がやたらと癪に障る。
どうやらここは安住の地ではないらしい。
頼りにならないどころか性格の悪い妹を持ったおねいさんは不幸だと思う。
大変性格がいいと近所でも評判のボクとは大違いだ。
少しくらいボクに似てれば良かったのに……特に胸とか胸とか胸とか――

「……今、すごーく不愉快な波動を感じたんだけど?」
「ボクが困ってるんだから、お前も不愉快になれば良いのさ」

……また溜息を吐かれた。
もう限界だ、出ていこう。
もっと心安らげる場所がある筈だ。
ボクは約束の地を探すんだ――そう思って背を向けたら、肩を掴まれ一回転させられた。
クルっと戻って、目の前にはフィリスの顔がある。

「近頃のキミの態度は、酷く癪に障るね。どれくらいかって言うと、自販機の前で一〇円足りなくて佇んでいる横で一気飲みしてる奴を見た時くらい」
「はぁ……まさかリスティがここまで壊れるなんて、思ってもみなかったわ。それだけ恭也君のことが本気ってことかしら」
「恭也なんて知らないYOー」
「バカ、いいから少し聞きなさいよ」

どっちが姉なんだか、と言いながらさらに、さらに溜息を吐くフィリス。
胸の大きさを見れば一目瞭然だけど、それは言わないでおく。
姉の大いなる優しさに触れて人間的に成長するがいい。


……いや、認めよう。
わかってる、フィリスの言ってることは正しい。
普段のボクであれば、恭也のことでさえなければ、こんな風になったりしない。
ボクは多分、恐いんだと思う。
何かが変わってしまいそうで、それで予想外のことが起きるとおかしくなる。
何かが壊れてしまいそうで、それで逃げてるんだ。

「あのねリスティ、多分ホントのところは、あなたはつき合う前の過程を楽しんでるのよ」
「過程……?」
「そう、過程が楽しいから、その先のことが恐いのよ。相手が何を考えてるかわからないって言うのは、とっても大きいことじゃないかしら。相手が考えてることを好き勝手に想像できるもの。もちろん、恋人同士になったからって何もかも理解できるとは思わないけどね。嫌われてるかもしれない、だけど、もしかしたら好かれてるかもしれない――そう考えるだけでドキドキするでしょう? 相手に好かれるために、自分を良く見せるためにあれこれするのは楽しいでしょう? 答えの決まった関係になってしまったらドキドキはなくなってしまうかもしれない……きっと、そういうことなのよ」

……少し驚いた。
フィリスがこんなに恋愛に明るいとは思わなかった。
パッと見ただけじゃわからないけど、中身はしっかりと成長していたんだろう。
姉としても少し感慨深いところだ。
後で矢沢に礼を言いに行こう。

「リスティは恋愛に刺激を求めるタイプだから、きっと安定してしまうのが恐いのね」
「まいったな、まさかお前に教えられる日が来るなんてね……」
「うふふ、あのね、最近ある人の本にはまっちゃって……すっごく勉強になるの。ほらこれ、リスティも読んで見る?」

取り出した本の表紙には、草薙まゆこの文字――

ボクは叫んだ。
少女マンガで勉強するな。
オー、マイゴッド。

「ウソだーっ! あんな奴の言うことなんて当てになるもんか!!」

ちょっとでもコイツを信じかけたボクがバカだった。
ボクはバカだ、バカだと言ってくれ、よろしく。

「リスティさんーーーっ!!」
「げっ!?」

そうこうしていると、どこからか恭也の声が、ドップラー効果を伴って聞こえてくる。
この分だとそう遠くはない距離だ。

「あら、流石は恭也君。もうここまで来たのね」
「そ、それじゃフィリス、ボクはもう行くよっ……」
「まぁ、それなりにがんばってね。いつでも選手交代してあげるから」

フィリスのその声に、ボクは背中の翼を光らせながら言った。

「大きなお世話だ!!」






     ◇ ◇ ◇






路地裏で――

「リスティさん!」

学校の屋上で――

「待ってください!」

その辺の歩道橋で――

「話を聞いてください!」

どこかの砂浜で――

「あはは、待てよー、コイツー」

……最後のは何か違う。



そうして、走り回っているうちにいつのまにか、ボクたちは今日最初に会った場所に戻ってきていた。

「はぁ、はぁ、はぁ――」
「何で逃げても逃げても場所がバレるんだ!?」
「はぁ、はぁ――オレは、やるときはやる男ですっ……」

恭也は汗だくだった。
無理もない、ボクがテレポートする度に、走って追いついて来るんだから。
それでも数回深呼吸すると、あっという間に息を整えた。
ちくしょー、カッコいいじゃないか。

「オレは、周りのみんなからは、やれ朴念仁だの、やれ鈍感男だの言われていますが……それでも、あなたに関してだけは自惚れてもいいんだと思っています」

真直ぐにボクの目を見つめながら言う。
ボクはそれを真直ぐに見つめ返す。
視線を逸らしたら負けだと思った。
何が負けかは良くわからないけど、負けるのは嫌いだ。

それにしても、この鈍い男は時々鋭くなるから油断できない。
思い返してみたら、行く先々みんな、二人で行ったことがある場所だった。
ボクはホントは追いかけてきて欲しかったんだろうか。
今の追いかけっこのようなこの過程も、楽しんでいるんだろうか。

「これはオレの勝手な勘違いで思い込みですか? それならそうと言って下さい、今後一切あなたには近づかないと誓いますから……」

覚悟を決めよう。

「……ボクのことが、好きだって?」
「はい」
「……絶対に?」
「はい」
「絶対の絶対?」
「絶対の絶対の絶対に」

覚悟を決めよう。
ホントのホントの覚悟を。
そして、形勢を逆転する一手を打ち込むんだ。

「なら、ボクは逃げる――」
「リスティさんっ!」
「――そしてキミはボクを追いかけるんだ。先に音を上げた方の負けさ。ボクは捕まったって降参なんてしないけどね……一生かけて追いかけてみるかい?」

複雑そうな顔をしていた恭也は、それで初めて笑った。

「受けて立ちましょう!」

強気の笑顔だ。
普段の優しい笑顔もいいけど、こういうのも悪くない。
いや、相当。

「もしもキミが勝ったら、しょうがない、キミの恋人になってあげるよ」
「負けた場合は?」
「そうだねぇ……」

もちろん、負けるつもりはない。
負けるのは嫌いだ。
少しだけ主導権を握られたけど、必ず勝ってみせる。
必ずや、栄光の勝利をこの手に掴んでみせる。
レッツ、メイクドラマ。

そう、これは勝利宣言だ。
そして、最初の攻撃だ。
胸を張って背筋を伸ばし、片方の手を腰に当て、もう片方で恭也の顔面を指差す。
抉るように、突き刺すように、気合だ。

ボクは、持ちうる限りの努力で、今年最高の笑顔を恭也に向けた。
破壊力はバツグンだ。


「その時は、キミをもらおうか」






鳥たちはぴーちくぱーちくで蝉はじーじーで、それでもって太陽はさんさんだ。
だから、ボクの顔が茹でたタコみたいになってたのは、きっとその暑さのせいに違いない。
断じてボクのせいじゃない。
否、否、否。


そう、良く晴れた日曜日だった。











―― fin ――





















■あとがき

初めましての方が多いかもしれません、どうも、P209iです。
相互リンクのお礼の意も含め、書かせて頂きました。

男性キャラが迫られてばっかりってのは何だかなぁ、と言うことで。
追えば逃げる、逃げれば追う――そんな捻くれっ子だと思うのです、リスティさんは。


魔術師の戯言

はい、第二回他力本願時の一号応援SSありがとうございます

集計の際にリスティにプラス10票入れておきます
この調子で皆様で盛り上げてくださいませ
私、人生他力本願ですから(汗

いや、力作コメディですね。
読んでてニヤニヤしてしまいました。

WEB拍手でも感想を送っていただいたら、P209iさんにきちんと転送いたしますので、ぜひぜひ手段は選ばず読後の感想をお送りしましょう
WEB拍手で送る場合、他の感想と迷わないように、『Sunday Game』か、『P209iさん、と、銘記してください

それでは、がんがん感想を送りましょう

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