想い〜すれ違い〜

後編

 

 

SEENAこと椎名ゆうひは、窓の外に輝くイルミネーションをボーッと眺めていた。

場所は海鳴市のホテルの一室。

45階のロイヤル・スウィートの窓からは海鳴がほぼ一覧できた。

 

ゆったりとした部屋の造り。

フカフカの絨毯。

ダブルベットよりも更に広いベット。

ルームサービスは最高級のフランス料理。

ロイヤル・スウィートの名に恥じない豪華な部屋。

しかし、そんな物は彼女の心を少しも喜ばせなかった。

 

「海鳴に居るのに・・・なんでうちはこんな所に居るんやろう?」

 

そう呟く彼女の視線はある一点を指しつづけていた。

 

国守台・・・・・・さざなみ寮があるその場所を・・・

いや、彼女はきっとそこに居る人を見ているのだろう。

 

『槙原耕介』・・・ほんの少し前までは彼女の恋人であった男。

そして、彼女が唯一惹かれた男。

ゆうひが好む好まざるに関係なく、ゆうひのその容姿はとにかく異性の目を惹き続けた。

そんな、視線に嫌気が指していた彼女がはじめて好きになれたのは、彼女の容姿でなく、心を、そして夢を・・・

外見でなく中身を愛してくれた、優しく包容力がある、でも少しHな彼であった。

耕介は確かに整った顔立ちをしてはいる。

しかし、十人に聞いたらその十人に間違いなく美女と答えられるゆうひが惹かれるほどの容姿ではない。

でも、彼は優しかった。

そう誰にでも・・・見た目も・・・性格も・・・年齢も・・・性別も・・・全て関係なく誰にでも優しくできる人だったから・・・

ゆうひは、彼に惹かれ・・・そして思いを告げたのだった。

 

「…耕介君」

 

誰も居ないたった一人の部屋

さざなみ寮でなら今頃大宴会と、心の安らぎ。そして優しい笑顔が溢れていただろうに…。

一滴の涙がゆうひの瞳から零れ落ちる。

 

「ゆうひ…全然手を付けてないじゃない…」

 

突然のマネージャーの声に慌ててその涙を拭う。

しかし、隠しきれる物ではない。

ゆうひの瞳は真っ赤に充血して・・・少し腫れていた。

 

「駄目よ、少しでも食べなくちゃ…。

明日、そんなんじゃ最後まで歌いきれないで倒れちゃうわよ」

 

「うちは・・・もう歌えへん…」

 

喉まで出かかった、その言葉をゆうひはすんでの所で堪えた。

 

ゆうひは、耕介に別れを告げられてからの1週間。

以前の様に歌う事は出来なくなっていた。

歌だけでは無い、あれだけ軽快で明るかったトークも老若男女、視聴者を幸せにして止まなかった微笑も全て姿を消した。

 

トークも笑顔も感情を押し殺して作れる。

でも、それは少しいつもと違っていて・・・

そして歌もまた然り。

間違いなくSEENAの歌声でありながら、どこかが違う…。

気持が入っていない・・・それは天使のソプラノの歌ではなくて、只の上手い歌手の歌でしかなかった。

 

なんとかゆうひを元気付けようとするマネージャーの言葉をBGMに、ゆうひの視点は変わらずにある場所を指していた。

いや、そこに居る男の姿に・・・であろうか。

 

 

―――さざなみ寮

 

明日はクリスマスイブであるにも関わらず寮の中は、静まり返っていた。

重苦しい雰囲気

それは、平素のこの寮の雰囲気とは無関係な物であったのに…。

 

「お兄ちゃん…ゆうひちゃん、なんで帰ってこないの?」

 

知佳が、勇気を出して耕介に重苦しさの原因である核心に触れた。

 

「さあ、明日は大きなコンサートだから集中するためじゃないのか」

 

耕介は嘘が下手だった。

だって、そんな耕介の言葉では寮の誰も騙すことなど出来なかったから。

ゆうひは、大きなコンサートならそれだけその緊張感すらも楽しんで出来る人だった。

 

『大勢の人にうちの歌を聞いてもらいたい』

 

歌姫は、まだこの寮で暮らす普通の音大生のころからそう繰り返していた。

 

「緊張しないの?」

 

と言う、知佳の質問にゆうひは

 

「うちには耕介君が居る!

耕介君が励ましてくれる!!

耕介君が笑ってくれる!!

耕介君が見守っててくれる!!

どんな、失敗したとしても耕介君だけはきっと味方してくれる・・・

だから・・・うちは失敗を気にしないで、大好きな歌を歌えば言いんや!!」

 

そう言って微笑んだのだった。

その顔は、幸せそうで、優しくて、…・・・・本当綺麗だった。

 

そんなゆうひが、明日と言う大きなコンサートを控えて、海鳴で行うと言うのに、さざなみ寮に帰ってこないはずがない。

寮内の誰もがそう思っているからこそ、重苦しい雰囲気になっていた。

 

 

夜、全ての寮内の仕事を終えて耕介は自室で天井を見ていた。

枕もとのサイドボードにはクシャクシャにされた週刊誌が転がっていた。

 

その見出しには

『歌姫の急な降番

妊娠か?パパはやっぱり窪塚拓也!!?』

と言う、文字が踊っていた。

 

そして、もう一冊

『歌姫ことSEENA!引退か!?

連日連夜の仕事のキャンセル』

 

「クソッ!!」

 

耕介は天井に向かって一人、毒気づいた。

前者が、デマなのは良くわかる。

今までの耕介なら、また少しゆうひが離れていくような寂寥感を感じてはいただろうが。

問題なのは後者の記事であった。

前者のようなゴシップ誌で無いだけに、そしてここ1週間ぱったりとテレビにSEENAが出てきていないだけに信憑性が感じられた。

 

 

耕介は、ゆうひとのそんな日常が好きだった。

 

胸の中で子犬の様に甘えるゆうひの頭をそっと撫でてやった。

そうするとゆうひは嬉しそうな気持良さそうな顔で耕介にほお擦りをしてくる。

 

「お前は、本当に子犬みたいだな」

 

耕介が笑いを噛み殺して、そう言うとゆうひは、

 

「わん」

 

と言って、「お手」をしてくる。

そして、二人は大笑いするのだ。

 

 

耕介は、ゆうひとのそんな日常が好きだった。

 

そして、最後にゆうひは必ず呟くのだ…

まるで、親に捨てられるのを恐れる子犬のような声で・・・

 

 

 

チュンチュン・・・チュンチュン・・・

 

ボーっとする頭で時計を確認する。

時刻はAM6:00

 

今日はゆうひのクリスマスコンサートの日だった。

チラリと机に目をやると、どうしても捨てられなかった今日のチケット…

 

「クソ!!!」

 

耳に蘇えるのは、先ほどまでの夢の中でのゆうひの言葉。

 

そして、耕介は今日の朝食を作るために台所に向かったのだった。

 

 

 

夜の帳が降りてきて・・・

 

聖夜を彩るように星が瞬き…

 

そしてゆうひのコンサートが始まった・

満員のコンサート会場。

すでに全ての曲を歌い終わり、後はアンコールを残すのみとなっていた。

 

「ゆうひちゃん…いつもと違う…」

 

知佳が、困惑気に呟いた。

 

「そうですね、いつものゆうひちゃんの歌は聞いているだけで笑顔になれるような感じなのに…」

 

愛もまた感じていた。

今日のゆうひはなんだか無理して歌っているのでは無いかという事を・・・

 

「あのバカは結局来ないしな…」

 

ゆうひが寮のみんなのために取ってくれた、指定席に一つだけ空席があった。

 

「まあ、あのうすらでっかいのが居ないおかげで後の人は大助かりだろうけどな…」

 

言葉とは、裏腹に真雪の声は寂しそうだった。

 

ワッ!!!

 

と、客席が沸いた。

最後の歌を歌うためにゆうひがステージに戻って来たからだ。

 

SEENAのコンサートでは、必ず最後の曲は『NamelessMelody〜だけど君に贈る歌』と決まっていた。

今でも根強い人気を誇る曲だ。

客席もみんなゆうひに釘付けになっていた。

 

そしてゆっくりと曲が流れ始めた・・・

なのに、ゆうひは歌わなかった・・・

 

「おかしい・・・」

 

客がざわめき始めた。

舞台上のSEENAは泣いていた。

 

 

シ――――――――――――――――ン

 

 

「うちは歌えない!!!」

 

嗚咽交じりのSEENAの絶叫が響いた。

 

客席も・・・バックも・・・誰も物音一つ出せずに舞台上のゆうひの言葉に聴き入っていた。

 

「歌えるはずないやん!!

これは・・・二人で考えて…二人でつくった曲なのに…」

 

水を打ったような静けさの中で天使のソプラノの悲痛な声が響いていた。

 

「記者の皆さん…うちを天使のソプラノとせっかく評してくれはりましたけど・・・

あなたがたにうちの羽根は・・・奪われてしまいました…」

 

スーッと大きく深呼吸してますっぐに正面を見ながらゆうひはある言葉を口にしようとした。

 

「うちは…今日限り…」

 

このあとに続く言葉はファンは絶対に聞きたくなかったのだろう…

怒号のような悲鳴が巻き起こった。

 

『耕介…本当に良いのかよ?』

 

真雪が、自分の横の空席を見やった。

 

「うちは今日限り…引退」

「待てよ!!!!!!」

 

ゆうひの言葉をかき消すほどの大音量で誰かが叫んだ。

その人物は真直ぐに舞台上のゆうひの所まで上がっていこうとした。

慌てて静止しようとするガードマンを押しのける様にして舞台に立った長身の青年に観客は何故か目が離せなかった。

 

何人ものガードマンに揉みくちゃにされながらもその男は真直ぐに、SEENAの所に一歩づつ近づいていった。

 

「嘘や・・・」

 

SEENAのその呟きまでもマイクは拾っていた。

 

「ゆうひ!!止めるなよ!大勢の人の前で歌うのが夢だったんだろ?」

 

「だって・・・もう駄目なんや…。

耕介君が居らんとうちはもう駄目なんや…。

うちが歌えるのは耕介君が見守っていてくれるからなんや!!!」

 

耕介は泣き崩れるゆうひを抱きとめた。

 

「わかってる・・・俺は、おまえがどんどん遠くに行ってしまうように感じて寂しかった…。

でも、思い出したんだ…夢で見て…」

 

「夢?」

 

「『うちがどれだけ遠くにいても、今と同じくらい優しく見守っててな〜』って言う言葉を…」

 

「耕介君…」

 

「バカだよな…俺。

ゆうひの夢は、俺の夢のはずなのに・・・会えない寂しさからくだらない嫉妬なんかしてさ…」

 

 

そしてコンサート会場には優しい天使のソプラノが奏でる歌が流れていた。

それは、今までのどんな時よりも優しく、美しく…

思わず微笑まずに入られなくなるくらい幸せな歌声だった。

 

 

――後日――

 

「見ろよゆうひ!」

 

コンサートからしばらく、マスコミの質問攻めを避けるためにしばらくさざなみ寮で暮らしているゆうひのもとに、耕介がいつぞやの写真週刊誌を片手に入ってきた。

 

「そんなん見たくもないわ!!」

 

その雑誌のせいで耕介と破局を迎えそうになったのが未だに憎々しいのか、ゆうひがつまらなそうに耕介に返事をした。

 

「いや、まあ見てみろって!!」

 

耕介が投げよこした雑誌の一面には…

 

『翼をなくした天使SEENAの前に表れた『名も無き』英雄

天子に翼をプレゼント!!

そして天使は彼に歌を贈った・・・』

 

と言う見出しと共に、耕介が後ろからゆうひを抱きしめている写真が掲載されていた。

さらに、文章の最後はこう締められていた。

 

『先々週、そして先週の記事は全面的に撤回させていただきます。

関係者各位の皆様には多大なご迷惑をおかけしたことをお詫び致します』

 

「こんな写真恥ずかしいわ〜!!」

 

まんざらでも無さそうな様子のゆうひ。

 

「これで耕介君、もう二度と浮気は出来へんで〜」

 

「するか!!!」

 

「「あははははははははは」」

 

息の合ったさざなみ寮のお笑いコンビ。

幸せそうな笑顔で溢れていた。

 

 

さざなみ寮1階

 

「でもさ〜、お姉ちゃん」

 

「ん?何だ知佳」

 

「お兄ちゃんのこと名も無き英雄なんてさ…しゃれてるね」

 

「ああ、NamelessMelodyはあいつに贈った歌だからな…」

 

 

その後、NamelessMelodyを贈り合うのが恋人たちの間では流行したとかしないとか・・・・・・

 


 

 

魔術師の戯言

どーでしょう?
私にしては珍しいゆうひが主役の話です。
気がついた人や知ってる人も居るでしょうが、この話は元々クリスマス物です。

つまり、メチャメチャ時期はずれです。

でもこの話すきなんだも〜〜ん。

皆さんの感想も聞きたいっす


チチキトク、カンソウヲオクレ(爆