二人は闇の眷属(幕間・さくら視点)
忍のことは、ずっと心配だった。
4歳の時、飛鳥姉さんに子供が産まれ、私のことを構ってくれなくなった時は少し寂しかった。それでも妹が出来たようで嬉しい気持もまたあった。
けれども子供は素直とは限らない。ましてや“夜の一族”の秘密や掟は重過ぎる。事実を教えられるや、子供なりに悩み苦しむこととなる。私の場合は幸か不幸か耳と尻尾で早々に運命を受け入れざるを得なかったが、忍は感受性が強すぎて何かにつけすねた態度を取ったから、お嬢様教育を施そうとしたお義兄さんと姉さんはほとほと愛想を尽かしていた。
忍の気持はわからなくもない。“夜の一族”である自分が嫌い。だから嫌っていることから目を逸らす。けれども“夜の一族”として生きる以上、嫌いな部分を鏡で見ているようなもの。だからますます嫌いになる。近親憎悪の構造そのものなのだ。
ノエルがきっかけで私はようやく忍と打ち解けたけど、姉夫婦からこってり油を絞られた。そのうち二人目を授かったせいか、姉さんたちは忍を諦めた態度を取り出すが、病院に向かう途中トラックに追突されて死んでしまう。「女の子だったらすずかと名づけるんだ」との言葉が、姉から聞いた最後の言葉になってしまった。
ノエルが居るとは言え、いくらなんでも小学生が屋敷に一人で暮らすのは問題が多い。そう思った家族は忍を綺堂家で引き取る提案をしたけど、忍は忍なりに一族に対する負い目があるのか、それとも継子扱いを嫌ったか、申出を断った。あとは唯一人、忍に信用されている私が時折、様子を見に行くしかなかったが、人気のない屋敷を訪れるたび、時が凍りついたようで胸が痛んだ。
一人残された忍を甘く見て財産を巻き上げようとする親族が多かった。幸い、ノエルが冷静に対処したのでかわせたものの、その度に彼女は金に汚い子と中傷された。結局は一人、また一人とあきらめたけど、安次郎さんだけは忍の財産に執着し、年々手口が荒っぽくなっていたのが気がかりだった。
あの人の放った刺客に忍の右腕が切り落とされたとき、私はとても許せなかった。ノエルの連絡によると幸い提供者の心当たりがあると聞いた。翌朝、忍から恭也君に引き合わされたとき、彼の視線は先輩のそれに通じるものを感じた。
聞けば高校時代によく通った翠屋の息子さんだと言う。確かにたまに手伝いをしていた寡黙な男の子がいたような気がする。話をするのは始めてだったが、恭也君は先輩のように何でも受け入れてしまうタイプでなく、清濁併せ飲み抱え込むタイプに見えた。その後、私も忍に連れられ翠屋や高町家に出入りするようになるが、抜き身の刀のような彼のたたずまいは、まるで神咲先輩を男にしたような印象を受けた。けれども、付き合いが長くなるうち、小さっぱりした性格で礼節に事欠かず、そして心の奥底はだれよりもやさしい、そんな彼に私は好感を覚えた。
安次郎さんがイレインを仕向けたとき、彼一人でオプション4体を撃破したと聞いて耳を疑ったが、彼が修める御神流という古流剣術は私達“夜の一族”をも凌駕する戦闘力があると聞かされた。手段を選ばぬ暗殺剣。それが御神流の正体だそうで、恭也君に言わせると前にも後にも道がない決して誇れぬ卑怯な剣と自嘲するがごとく言う。そんな剣術を修める彼は“夜の一族”とはまた違う、決して表舞台に立つことの出来ぬ闇の眷属の一人。闇に生き、闇に死する者だからこそ、忍と誓いを立て秘密を抱えたまま共に歩むと誓えたのだと理解できた。
今にして思えば、忍に恭也君みたいな頼りがいのある男性が現れてよかったと思う。私が先輩たちと知り合ったことで張り詰めていた心がほぐれたように、忍がどんどん明るくなっていくのを見て私はとてもうれしかった。
私たち、“夜の一族”は高校時代に転機が訪れるらしい。思えば私にも不思議な高校時代があった。私もやはりヒトとは違うと他人の目ばかりを気にしていた。入学したばかりの頃、上級生にヒトでない存在を祓う先輩が居ることも判り、一悶着の末、絶望的な気分にすらなった。そして、やっと見つけた親友の求めで戦った幽霊と、その幽霊に惹かれていた先輩。やがて私も先輩の交友関係に取り込まれるが、先輩を囲む女の子は、忍者に格闘家、幽霊にHGSと一風変わった人たちばかりだった。ゆえに“夜の一族”も埋没したのが幸いしたのだろう。周りの人たちも私のことを化物でなく、ちょっと変わった能力を持った女の子程度に捕らえてくれたので、私はようやく人として肯定的な考え方を持てるようになった。
私は裏表なく、そして例え火中であれ一緒に飛び込んでいく性格の先輩にだんだん惹かれていった。この人ならどんな困難が待ち受けていようとも共に歩んでくれると確信していた。けれども、先輩の想いの相手はよりによって既に死んでしまった女性だった。
春原先輩は最後は私と神咲先輩の二人がかりで自縛を解き天に帰っていった。3年ほど前、なのはちゃんの友達の幽霊が昇天した時、あの子は事実を受け入れ、そして自分の力で立ち直ろうとした。けれども、先輩はあの日から7年たってもその人の面影を引きずったままでいる。
「「忘れる」って、人間の能力の中でもすごく大事なものですよ…。四六時中気持ち、くすぶらせて、過去に捕らわれて「思い出しては後悔と懺悔の日々」。そんなの、少なくとも私は嫌です」
私はかつて先輩にこう言った。けれども、私はこのセリフを吐く資格があったのだろうか。
悲観にくれる先輩に取り入り、彼女の座に納まろうとすれば出来たかも知れない。先輩の記憶を操作し春原先輩の部分だけ消してしまうことだって出来た。けれども、私は共にすることが出来なかった。
「好きな人とは、一緒に生まれて…、一緒に死にたいけど…、実際そうもいかないのが…、人生ってやつだね。さくらは…、見送るばっかできっと、つらいね…。みんな、先に行っちゃうから…」
先輩たちと忍の別荘で合宿した時、春原先輩に言われたことだ。私たち“夜の一族”の優れた肉体再生能力は、結果的に人よりはるかに長い寿命をももたらす。ヒトと結ばれた場合、どんなに長くとも100歳位で私たちを遺して死んでしまう。「後悔と懺悔の日々」を送りたくなければ、忘れてしまうしかない。けれども、記憶の忘却は自らの拠り所を否定してしまうことにも繋がってしまう。「私は残酷」といつも強がっているけど、愛しい人の記憶が風化することに耐えられないのは、多分、きっと、私の方だ。結局、私は未来に怯え、先輩に好きだと伝えることも出来ぬまま今に至ってしまった。
忍が先輩とはまた違う、硬派な恭也君に惹かれるまでそんなに時間はかからなかった。恭也君なら、忍を安心して任せられる。家族に恵まれなかった忍には幸せになって欲しい。そう願わずにはいられぬ一方で、それが忍にとって幸せな事かどうか、私には判らなかった。
恋愛とは他者を深く知るだけではなく、ありのままの自分をさらけだすことにもなる。お互いがむき出しになることで、時には傷つくこともある。さりげない態度や一言ですれ違ってしまうことすらある。感受性の強い忍がこうした恋愛の負の側面に耐えられるかと言う、一般論としての不安。
そしてそれ以上の不安として、恭也君が人間離れした戦闘力の持ち主だと言っても、種族としてはただのヒト。まして彼は常に死と隣り合わせの道を歩む剣士。桃子さんみたいに唐突に彼を失うことだってあるかも知れない。忍が恭也君を彼氏とした場合、仮に彼を亡くしてしまったら再び孤独に耐えられるかという本質的な不安。忍が悲しむ姿はもう見たくない。
恭也君は器用な人ではない。だから、彼が忍を見る目や態度から、明らかに特別な存在に思っていることはよく判る。けれども二人の距離が縮まっているようにも思えない。忍がアプローチすると、するりとかわしてしまうようにすら見える。やはり、彼も気にしているのだ。その生き様を。だからこそ、ある時、私は忍にこう言った。
「ヒトを好きになるのは難しい」と。
あとがき
第三弾はちょっと視点を変えて、さくらを通じて二人を客観的に見ていただきました。
ご存知の通り、さくらはその長すぎる寿命ゆえに未来に怯えているわけですが、長すぎる寿命は忍にしても同じこと。真一郎は天寿を全うできるただの人ですが、恭也の場合は何時殺されるか判らぬ身。故に、さくらは忍に恭也が現れたことを歓迎する一方で、もしもの事態を危惧する気持も当然あったと思います。
締めのセリフ、「ヒトを好きになるのは難しい」。これは間接的ですが、実際にサウンドステージX2でさくらが言ったとされています。ただ、忍は自分に振り向いてくれない恭也に対し、恋愛のかけひきのようなニュアンスでそのセリフを諳んじますが、さくらの真意はもっと別の次元にある。そう私は解釈しています。
ご意見ご感想は、是非、恭也×忍陣営に投票の上、コメントを。
魔術師のお礼状
今回のさくら独白はジーンと来ちゃいました。
私はサウンドステージ聞いてないのですが、今回のさくらの話は原作(とらハ1)の延長上にあったので、違和感なく話に入り込めたのも大きいかもしれません。
前作のお礼状でも書いたかな?
夜の一族と過ごす、共に生きる、その上でもっとも辛いことって、必ずヒト側が先に死ぬことなんですね。
其処に悲しみがあり、今回のSSで書かれているように、その孤独は、誰かと共に生きる幸せを知った後だけに余計に辛い物だろうと思います。
それを乗り越えるには、忘れるか、乗り切るか・・・。
そして、このSSでは、真一郎は七瀬を選んでいるようです。
似ているんですよね、真一郎の立ち位置と夜の一族の立ち位置。
長い逢瀬の末か、出会った時点かの差異はあっても、必ず自分を残していく思い人、死によって別たれる二人と言う構図が。
そんなさくららしい感情棚だと思いました。
二人には幸せになってほしい、けれど・・・
「ヒトを好きになるのは難しい」
今回のテーマを端的に評してる言葉だと思います。
さて、こんなさくらの感情を経て、二人の友達以上恋人未満の未来は何処に行くのでしょうか・・・