二人は闇の眷属(恭也の決意)

 

 昨夜も、よく眠れなかった。

 右膝を手術した以上、ベッドから起き上がることすらままならない。暇を持て余す入院生活は、昼寝が趣味の俺にとっても退屈極まりないものだった。窓の外から見える風景はまるで一枚の絵のように単調なもの。時が経つのがいやに遅く感じる。

 こんなにも剣を握らない日々は、多分生まれてこの方、初めてではないだろうか。目蓋を閉じると浮かび上がるのは、術後の回復に対する不安や鈍り行く勘への恐怖、そして自分自身の気の迷い。様々な想いが浮かんでは消え、気づけばいつも朝になっている。

 

「高町君、どうしたの? なんだかぼぅっとして…」

「い、いや。何でもない」

 月村が不思議そうにたずねてくる。

 面会時間になると、家族の代わりに月村が毎日のようにやってくる。彼女は俺が退屈しないよう色々差し入れを持ってきてくれるが、その一つである文庫本から目を離し外を見ていた俺は、ごまかすように返事をする。

 俺の最大の迷い。それは他でもない月村に対する自分の気持だ。高町家は年頃の娘ばかりの家だから彼女の存在も当たり前に感じていたが、家族から切り離された生活が長引くことで自分の家が客観的に見られるようになる。月村が来ると同室の入院患者が羨ましそうな目で俺を見る。今までそんな視線は気にも留めなかったが、やはり、自分は異性には恵まれているということなのだろう。

俺は剣を取ったら何も残らない、つまらない人間だ。そのことは自覚している。月村の特別な事情があるとは言え、こんな綺麗な娘が傍にいてくれるということがどれだけ幸せなことか、改めて意識してしまう。そんな一ヶ月の入院生活だった。

 

「どうなの。そろそろちゃんとする気とか、ないの?」

 退院後、母さんにしばしば言われる。つかず離れずの俺と月村を見て、いい加減付き合いだしたらどうだと言いたいのだろうが、俺は父さんみたいに軽い性格でないから“恋は盲目”の喩えのように飛びつくことが出来ぬままでいる。

母さんは御神の剣士である苦しみは、どこまで分かっているのだろうか。

父さんは、なのはの顔を見ることなくこの世を去った。胸の内は知りようもないが、それが如何ばかりに無念であったか想像に難くない。

 母さんは父さんが逝ったとき、気丈にも涙を見せなかった。しかし、その表情は心細さに怯えていたし、喪主としての挨拶は聞き取れないほどか細いものだった。父さんは結婚するとき「俺が死んでも、泣かないこと」と母さんに約束させたらしい。その約束を守ったとは言え、本当は大泣きしたかったに違いない。

 月村は、かつてノエルがイレインと相討ちとなったとき、燃え盛る屋敷を見てそれこそ死んだかのように泣き崩れた姿はとても正視できたものではなかった。普段の明るさは繊細さの裏返し。俺が殺されたらどうなってしまうか容易に想像がつく。ましてや月村はヒトより長い寿命を持つ“夜の一族”。俺は天寿を全う出来たとしても寿命の違いで、何れにせよ彼女を残して先に死んでしまう。

 俺だって死ぬのは怖い。護りたいものはいくらでもある。家族の行く末を見ずして志半ばで死ぬのは無念として残るだろう。そんな想いを残し俺は死ぬことになるのだろうか。中途半端な想いを抱え、俺は自分の気持を先送りし続けていた。

 

 ある夜、リスティさんに居酒屋に呼び出された俺は、ズバリ本心を見抜かれた。月村が好みじゃないからはぐらかしているのではと言われた時、思わずムっとして「そんなことは…」と言ってしまったのは、我ながら不覚だったかも知れない。

俺は、月村のことが好きなのだ。それも、どうしようもなく。けれども、家族のこと、仕事のこと、そして寿命のこと。お互いが抱える色々な“闇”が邪魔をする。男は強くなければならない。こうした固定観念までもが行動を縛る。そんな俺が抱え込む悩みを能力(ちから)を用いるなく言い当てられたのは、正直、情けなかった。

 

「相手の人生背負おおうなんて重い事考えなくてもいいんだよ。やさしい気持をやりとり出来て、そばに居て、大事な相手だってことを伝えてあげればいい。そんだけさね。簡単でしょ」

 

 普段、俺達をからかっているリスティさんが、今夜ばかりは真面目な顔で俺に言う。月村には色々と世話になったから、あの娘には幸せになってもらいたい。だから、少しは月村の事を考えてあげて欲しい。そんな彼女の言葉は立ち止まっていた俺の心をそっと後押ししてくれるようで、良い意味で肩の力が抜けた。

 何も難しく考えることはなかったのだ。自分にとって特別な相手と思うなら、そして傍に居続けて欲しいのなら、そう伝えれば良いのだ。死は誰にでも訪れる。ただ、それが早いか遅いかの違いだけ。それは月村だって百も承知のはず。ならば、未来を気にして立ち止まるのでなく、お互いが少しでも幸せだと思える道を選んだ方が悔いは残らない。俺はやっと開き直ることが出来た。

 

 だが、俺は生来の口下手で、想いを伝えるのは正直苦手だ。どこで、どんな風に気持を伝えれば良いのだろう。こんなとき、さりげなく相手を褒めその気にさせてしまう赤星のことが羨ましく思う。

「好きだ。だから、ずっと傍に居て欲しい」

 こう一言伝えれば済むだけなのに、なぜかいざとなると切り出せない。たった一言がこんなにも重いとは思わなかった。伝えたい。でも、いつどこで。こんな調子で自分の想いは空回りするばかり。月村との会話も弾まなくなった。そんな自分がもどかしい。そのうち、二人に気まずい隙間風まで吹きだした。

ところが、ある日、翠屋の厨房に居た俺は遠くの悲鳴に気付き駆けつけたところ、そこには変質者が月村にナイフを突きつけて羽交い絞めにしているところだった。彼女は眼を赤く染める余裕も失い、なすすべもなく恐怖に怯えたままでいた。また、理不尽な暴力が振るわれようとしていることに俺は怒りを隠せず、変質者を殴り倒してリスティさんに引き渡した。

 俺が難しく考え自分の気持に結論を下すのを先送りしたばかりに、月村をまたこんな目に遭わせてしまった。やはり俺は人間として未熟だと痛感させられた。もう、先送りは許されない。だから、俺は月村にこの場で想いを伝えた。

 

「俺は、剣士として、人としてもまだ未熟で、いろいろとやらなければならない事がある。きっと、いろんなところに行く。だけど、俺が帰って来る時は、きっと一番にお前に言う。そしたら俺は、お前の所に帰ってきて、いいか…」と。

 

あとがき

ちょっと今回は苦しみました。もともとこれは原作補完SSなので、“史実”になぞって恭也の心理を追っていますが、特に今回は結論への過程が一本道の展開なので、どうしてもネタばれがあります。

リスティに説得され告白を決意するとしても、そんなあっさり翻意するものかと筆者は疑問を感じていました。彼女がどう恭也を説得したのかは、サウンドステージX2を聞けば済むこと。そこに至るにはいろいろな葛藤があり、彼の心は飽和点に達していた。だからこそ、説得に折れた。そのような仮説を立て、背景である恭也の心がどう揺らいでいくのか。それを描くのがこのSSの狙いです。

もしこんなSSでもよければ恭也×忍に清き一票を(今回は弱気)。


魔術師のお礼状

はい、今回も恭也の独白で月村忍嬢への思いの吐露と、二人の間に横たわる数多くそして大きな闇という名の障害物。
しつこいけど、私はサウンドステージを聞いたことないのですが、今回だけでなく今までの話を通じて積み重ねられた、恭也の苦悩があるので、リスティの最後の優しい後押しに、恭也が決意し自覚するシーンは違和感なく読めました。

リスティの一言で決意したのではなく、既に決めていた、わかっていたことをするための最後の後押し。それが、リスティだったのでしょう。

あと、高町家の特異な状況は触れてはいけないお約束w
さざなみ寮みたいな寮でもないのに、あんなに女性ばっかり集まってくるわけないよww

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